第7章 卯月曇

#38 強制入部で夫婦漫才

 


 結局、翌日には美術部へ見学に行ったその場で無理矢理入部届を書かされて、入部することになってしまった。


 勿論、無理矢理書かせたのは美術部の人じゃなくて桐山。

 お約束でゴネてみたけど、腕捕まれて「本当に往生際が悪い人ですね。それでも男ですか。その青光りした坊主頭は飾りですか。坊主頭らしくズバッと書いたらどうですか。今更逃がしませんからね」とネチネチ言い出して書くまで腕離してくれず、美術部の人をドン引きさせてた。



 美術準備室には部員は一人だけしか居なかった。

 菱池(ひしいけ)さんと言って3年生女子で、部長だそうだ。


 菱池部長の説明によると、部員は全部で5人在籍してるそうだけど、菱池部長以外の4人は在籍してるだけで部活に来ることは今はもうないそうだ。そんな状況の為、自動的に菱池部長が部長をやってるそうで、実質独りぼっちの部活動をずっと続けているらしく、桐山から事前に入部希望の話を聞いて、今日は新入部員が来るのを楽しみにしてたらしい。



「二人は、どんなことをしたいのかな?デッサン?油絵?水彩画?彫刻や石膏でも良いですよ?」


「私たち二人とも水彩画希望です」

「特に希望は。無理矢理入部させられたんで」


 菱池部長の質問に二人同時に答えたが、当然のごとく意見が噛み合ってない。


「なぜ桐山が俺の希望も答えてんだ?俺がいつ水彩画やりたいって言った?」


「石荒さんに選択権があると思ってること自体、私には理解出来ないんですが」


「オイちょっと待て、俺に選択権無いってどういうことだ!?美術部に入部するまでは良いよ?牛丼奢ってくれる約束だし。でも、何やるかは自分で決めさせて貰うからな。俺は水彩画は、ヤ・ラ・ナ・イ」


「そうですか。またそうやって私のことを除け者にして自分だけ石膏とよろしくやるおつもりなんですね。私よりもダビデ像のが大事だなんて、私のことは所詮遊びだったんですね。ええ分かりました。こんな浮気者のことなんてもう知りません。顔も見たくないです。もう近寄らないで下さい」シッシッ


「ちょっとちょっと!ケンカはダメだよ!?希望聞いただけでどうしてそんな喧嘩になっちゃうの!?恋人同士なら仲良くしないとダメだよ?ウチの学校にダビデ像は無いから安心してね?」


「恋人ではありません。私が坊主頭を恋人にするわけ無いじゃないですか」

「恋人じゃありませんよ」


 また二人同時に答えたが、今度は珍しく意見が合ったのに、桐山はどうしても一言二言文句も言いたくなるらしい。


「ええ!?そうなの???仲良さそうにしたり直ぐ喧嘩して浮気者とか言ってたから、てっきりお付き合いの長い恋人同士さんかと思ったよぉ。夫婦漫才めおとまんざい的な?それとも鬼嫁と尻に敷かれた恐妻家?」


「私たちのユーモラスでトラディショナルな掛け合いが解るだなんて流石菱池先輩。一人取り残されても美術部にしがみ付いて部長にまで昇りつめただけのことはありますね」


「オイコラ!先輩に向かって失礼にも程があるぞ!」


「まぁまぁまぁまぁ」



 その後、交流を深める目的で部活動や豊高に纏わる色々なことを質疑応答したり説明してくれたりして、その延長で雑談などを続けたが、桐山がちょくちょく俺をイジったり挑発したり頭をワシャワシャしたりするから、その度に3年の先輩であり部長である菱池部長が汗をダラダラ流しながら諫めるという構図が出来上がってて、一番可哀そうな俺は、美術部の先行きに不安しか無かった。


 因みに、この日も帰りに自宅まで送るハメになり、その時に菱池部長の前でも素の自分を出してることを聞いてみたら、「元々私のこと知らない人ですし、美術部でも猫被ってたら石荒さんとの本気トークが出来ないじゃないですか」とのことだった。


 どうやら桐山基準では、【今まで猫被ってて実はこんな性格】と思われることが嫌なんだそうだ。

 嫌とか言ってるけど、本当は凄く恥ずかしいんだと思う。

 俺には弱みを見せたくないのか俺の前では異常に強気だけど、桐山って実際のところ恥ずかしがり屋だし、俺と同じでビビりだ。

 だからこそ、ビビる必要の無い俺には強がってるんだろうけどね。





 こうして、俺と桐山は揃って美術部に入部した訳だけど、そのことで今後のことを考えておく必要がある。


 俺と桐山が二人揃って美術部に入ったことを六栗を始めとしたクラスメイト達に聞かれた場合、どう説明するか。


「揃って入部するほど、二人って仲良かったっけ?」

「席隣同志だもんね。やっぱ仲良かったんだね」

「もしかして、二人は付き合ってるの?」


 そして

「ケンくん、桐山さんとは仲良くないって言って無かったっけ?ん?どういうことなのコレ?ヒナに嘘付いてたってこと?ん?」


 こうなるのは間違いない。


 もういっそのこと、コソコソしてないで桐山と友達として仲良くしてることオープンにしたほうが下世話な邪推されなくて済むんじゃ無いかとも思うんだけど、桐山曰く「そんなことが知れたら、石荒さんごときでもツバキ姫と親密になれるのなら、僕も!私も!と勘違いして私に近寄って来る人が増えるじゃないですか。却下です」と、相変わらず自意識過剰な心配を理由に却下された。


「だったら俺に付き纏わなければいいじゃん」とか「俺も近寄らないようにする」と言いたくなるけど、前に実際にそう言ってみたら超スネてメンドクサイことになって大変な目にあったので、「ああそうですか、そりゃ大変ですね」と答えておいた。



 美術部入部の言い訳とか説明は、正直言って、惚けるしかないのかな。


 偶然だ。

 たまたまだ。

 部長に頼まれて入部しただけで、一緒に入った訳じゃない。

 俺が先に入ったら後から桐山も入って来たからびっくりした。


 これくらいしか俺には思いつかないな。



 ◇



 入部した翌日。

 GWが終わってからも連日昼休憩や放課後に桐山に呼び出されてお喋りに付き合わされたり美術部への入部手続きなどしてたので、この日は久しぶりに六栗と一緒に帰り、家でゆっくり中間試験の勉強でもするつもりでいた。


 しかし、結局この日も桐山に『今日も放課後、美術準備室で待ち合わせしましょう』と言われた。




 


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