#30 優等生なりの気遣い
今朝の石荒さんは、どうも様子が可笑しいです。
最近は私の前では余り見せなくなっていた無表情に戻ってるんです。
しかも、以前よりも目に生気が宿っていないんです。まるで、食卓に並べられたサンマの塩焼きの様な目をしてるんです。
昨日の夕方、自宅のマンションまで送って貰って別れるまでは元気だったから、その後に何かあったのかな。
祖父にスマートフォンを買って貰えることになったと朝一番に報告しても興味無さそうで上の空でしたし、花壇にホースで水を撒いてた時も注意散漫だったのか、自分の脚に水をかけてビショビショになってましたし。
何があったのか気になります。
知りたい。
友達が元気が無くて落ち込んでいるのだから、心配するのは当然だと思うんです。
石荒さんだってあの雨の日、お恥ずかしい姿を見せてしまい落ち込んでた私を元気づけようとしてくれたのだから、今度は私が励ます番です。
と言うのは建前で、あの石荒さんをココまで凹ませる様な出来事とは何なのか、後学の為に知りたい。
ええ、私は知るべきだと思んです。
知る必要があるんです。
じゃないと、いつまで経っても私は石荒さんには勝てない。
それに、あの格好付けたつもりのニヤニヤ顔は好きではありませんが、今の無表情よりはマシです。早くいつもの小癪な石荒さんに戻って欲しいんです。
その為には、何かホットな話題で場を温めて、石荒さんが話しやすい流れにして心の内を吐露して貰わなくては。
作業の手を止めて、ズーン・・・と覇気の無い石荒さんの傍に近寄って、優しい口調を意識して語りかけた。
「石荒さん、知ってますか?」
「・・・」
「昔、でーたらぼっちが田植えを真似して、海苔を作ったそうですよ」
「・・・」
どうやら石荒さんには、ワタクシ渾身のユーモラスでトラディショナルな小噺がお気に召さなかったようです。
仕方ありませんよね。
そもそも、15年間真面目で良い子で模範生である事を求められ続けた私が、小粋なジョークを言うこと自体、無理があると云う物。
悔しいですが、15年間坊主頭で通して来た歩くインパクトヘッドの石荒さんのが何枚も
ここは仕切り直して、ストレートに訊ねるのがベターでしょう。
「石荒さん、今朝は元気無いようですが何かありましたか? 良ければ、私に話して頂けませんか?」
「・・・別に何でもない」
「全然何でもない感じに見えませんよ? またお体の調子を崩されたんですか?」
そう言えば、お体の調子で思い出しました。
連休前の雨の日の放課後、石荒さんは体調崩して嘔吐した事を六栗さんに知られるのを嫌がっていた。
あの時から、石荒さんと六栗さんの間にはただの幼馴染だけじゃない特別な何かがあるのでは無いかと推察してました。
それに幼馴染なら夕方以降でも会ったりスマートフォンで連絡を取り合ったりすることもあるでしょうし、昨日の夜に喧嘩でもして落ち込んでるのかな。
「もしかして、六栗さんと何かありましたか?喧嘩でもされたんですか?」
私が六栗さんの名前を出した途端、石荒さんは唇を尖らせ、私の視界から逃げる様にそっぽを向いた。
ビンゴです!
六栗さんと何かあったのは間違いないです!
石荒さんをココまで凹ませるなんて、流石六栗さんです。
ニコやかな笑顔に隠されたあの鋭い眼差しで、石荒さんを凹ましたに違いありません。
「そうですか。六栗さんと何かあったんですか」
あれ?
ココまで聞いておきながらアレなんですが、この後、私はどうすれば?
慰めれば良いんでしょうか?
それとも、笑いながらトドメを刺せば良いんでしょうか?
中学生の頃でしたら、クラスや生徒会で何か相談されても当たり障りのないことを話して、あとは笑顔でやり過ごして済ませてましたが、石荒さんとの関係はそんな上っ面だけのものではありませんし、だからと言って、落ち込んでる友達を笑い飛ばせる程、私は非人道的な人間ではありません。
取り合えず原因が分かりましたし、私の苦手な六栗さん絡みの話なら関わったところで面倒なことになりそうなので、これ以上は関わらない方が良さそうですね。
けど、私が会話を切り上げ作業に戻ると、石荒さんはその場で体操座りに座って顔を俯かせ、絵に描いた様ないじけポーズで時折チラチラとコチラに物欲しそうな視線を送って来た。
どうやら、ようやく話を聞いて欲しくなった様ですね。
それにしても今日の石荒さんは、面倒臭いです。
以前あれだけ素っ気なかったくせに、こういう時だけ構って欲しそうにするだなんて。
「何ですか?まだ私に聞いて欲しいことでもあるんですか?」
「・・・別に」
ああああもう!
この坊主頭!本当に面倒臭いです!
再び作業の手を止めると、苛立ちを隠すことなくドスドスと足音を鳴らすように近寄り、体操座りの坊主頭を両手で掴んで「イジけてないでシャキってして下さい!」と言いながらワシャワシャと頭皮をこねくり回した。
あれ?
初めて男性の坊主頭を触ってみましたけど、この手触り、ちょっと気持ちいいです。
病みつきになりそうです。
「桐山は・・・」
私が坊主頭の感触を堪能していると、再び石荒さんは口を開いた。
「はい、なんでしょうか」ワシャワシャワシャワシャ
「・・・やっぱイイ。桐山に話してもややこしくなりそうだし」
この坊主頭さん、私を苛立たせることに関しては、どうやら天下一品の様です。
良いでしょう。
私だって怒る時は怒るんですからね!
坊主頭をこねくり回していた手を止めて、バチンと両手で顔面を挟むと、今度は顔面をウリウリこねくり回した。
「なんなんですかさっきから私をそんなに苛立たせて本当に怒られたいんですか。いつものニヤニヤ顔はどうしたんですか。メソメソしてそれでも男なんですか。本当は女の子なんですか。石荒ケンサクじゃなくて石荒ケン子さんだったんですか。ああそうですか。これからはケン子さんって呼んで欲しいんですね」
「あばばばば」
石荒さんは何か言おうとしてましたが、こねくり回して変形した顔が面白いので、話を聞くのは後回しにして、しばらく石荒さんの変な顔を楽しみました。
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