#27 優等生が見つけた拠り所
石荒さんのお家に初めてお邪魔した日、私は2つの決意をした。
まずは、自分を変える。
具体的には、自分の本音を言葉や態度で出せる様になること。
石荒さんもその方が良いと言ってくれたし、自分の前では遠慮なく本性を出してくれて良いとも言ってくれている。
私自身もそうしたいと考えられるようになった。
つい最近までは友達とも呼べない異性のクラスメイトで、本来ならこんな風に本音を晒して打ち解ける様なことなんてありえなかったのに、今は彼のことは信頼できると感じていた。
そして、石荒さんの本質を見抜く力と人柄には『もっと話を聞いて欲しい』と思わせる物があった。
デリカシーが無い上に私のことを揶揄ったりして意地悪なところもあるけど、それも石荒さんなりの距離の取り方なんだろう。
何より、この人にはイヤらしい下心を感じない。
私の容姿のことは「綺麗」だとか「美人」だと口にするのに、本人は褒めてるつもりは無いらしくて、多分だたの形容詞なんだと思う。
痛ければ「痛い」と言い、臭ければ「臭い」と言い、甘ければ「甘い」と言う。
それらと同じ様に、綺麗だと思ったから「綺麗」と言ってるだけで、そこに裏は無いんだと思う。
そんな石荒さんとの交流を深めて、これからもっと自分の本音を出せる様に変わっていきたい。
そして、もう1つの決意は、この小癪な石荒さんに勝つこと。
テストの順位でもスポーツでも美化委員の仕事でも、兎に角なんでもいいから勝ちたい。
私よりも上だったときに見せる余裕たっぷりのニヤニヤしたあの表情を、泣くほど悔しい思いをさせて歪ませてやりたい。
でも、こんなことを思うのは石荒さんに対してだけだし、間違いなく石荒さんの影響でもある。
そのことを自覚してるし感謝もしてるのに、何故か歯止めが利かなくなることが頻繁にある。
今まで自分から異性に触れたり、憤って物を投げつけたりなんて絶対にしなかったのに、石荒さん相手だとそれが止められない。
憎かったり嫌いな訳じゃない。
もしそうなら、毎日の様にお家にお邪魔したりしない。
石荒さんに対しては『話を聞いて欲しい』『構って欲しい』、そして『構いたい』、そんな衝動が頻繁に沸いてくるのに、怒れてくることも多い。
人生で初めて本音で話せる友達が出来たことで浮かれているのか、それとも異性の友達と気兼ねなくお喋り出来る事が嬉しいんだろうと自己分析していて、その衝動には我慢することなく身を委ねていた。
だから、GWの連休に入ると美化委員の当番に
石荒さんは不満を零していたけど、私は楽しくて仕方なかった。
お花などの植物のお世話で癒されるのもあるけど、石荒さんと二人で働くという時間その物に喜びを感じていた。
仕事が終わった時の満足感?
二人で手入れした花壇を眺めていると、二人だけで協力した成果という優越感の様なものを感じる。
そして美化委員の仕事が終わり満足すると、直接石荒さんのお家に向かう。
石荒さんのお家では、3階の石荒さんのお部屋で午前中は勉強して、お昼にはリビングに降りてお母様が用意してくれる昼食をご馳走になって、午後は石荒さんの部屋に戻って読書したり石荒さんのスマートフォンを借りて色々調べものしたり一緒に動画など観賞したり、あと沢山お喋りもする。
お喋りの話題は、お互いの中学生時代や小学生時代、更にもっと小さい頃の話もしたし、今の高校のクラスのことや友達の話題も多い。
他にも、生年月日や誕生日に纏わる思い出に、クリスマスなどのイベントの思い出に、好きな食べ物や嫌いな食べ物、お互い共通の趣味だと分った読書の話題も多い。
あと、ずっと気になっていた坊主頭の理由も。普通過ぎる理由でガッカリしましたけど。
ただ、六栗さんのことは聞いてもはぐらかされて話してくれないし、恋愛に関する話題はお互いが避けてるフシがあった。
というか、今まで自分がこんなにもお喋りだとは思って無かった。
毎日、話しても話しても次から次へと話題が湧いて来る感覚は、もちろん初めての経験で、いつも時間が経つのがあっと言う間で、気付いたら夕方の帰る時間になっていることが多くなっていた。
そう言えば、二人の共通点と相違点で興味深い話があった。
私が「母の教育方針で幼少期からずっとスカートを履く事を禁止されてて、中学に上がるまでスカートを履いたことが無くて、今はスカートを履けますけどストッキングかタイツも履く事が条件なんです」と話すと、石荒さんは「俺は逆に冬でも半ズボンを履く事を強制されてて、小5で初めて長ズボンを買って貰った時は凄く嬉しかったけど、毎日その長ズボン履いてたから周りからは貧乏だと思われていた」と話してくれた。
どちらも母親の厳しい躾や教育方針に辛い思いをした経験があって、でも私の場合は今も母に対しての不満は継続しているのに、石荒さんは今現在お母様と良好な親子関係が出来ていた。
お母様のことを嫌ったり憎んだりしたことは無いのかと聞くと、「確かに子供の頃はなんでウチだけって不満あったけど、今は親なんてそんなもんでしょ?って思うかな。ウチは躾が厳しかったけど愛情が無いとは思わなかったし、他所の家は緩い分ほったらかしで、愛情とか栄養が足りない家だって沢山あったからね。まぁ俺だけスイッチ持ってなかったのは超悲しい思い出しかないけど」と言う。
石荒さんの場合は、厳しい躾も義務教育が終わるまでだったらしく、高校の入学祝いにスマートフォンを買って貰っているし、私から見てもお母様は厳しい部分もあるけど、理不尽に怒ったりキツイ性格の人では無い。
私のことも、いつも優しく迎え入れてくれるし、お喋りしてても面白い話を良く聞かせてくれる。
石荒さんが言う通り、愛情があるからこその厳しさなんだと思う。
でも、そういう石荒さんの家庭環境を目の当たりにしてしまうと、自分の境遇と比べてしまう。
母の厳しさに、愛情はあるのか。
私にはそうは思えない。
周りからどう見られるのかが一番大事で、いつも見栄を張るし、私を厳しく躾けるのも、自分の娘を優秀な優等生に育てたという自分自身への評価の為だと思う。
そして父に対してもそれは同じで、如何に出世し良い暮らしをするかが重要で、父の人格や愛情には興味が無い様に見える。
お見合い結婚だから、そういう夫婦でも仕方がないのかも知れないけど、長年連れ添って暮らして来たのに、まともに会話すら無い夫婦というのは、子供としては悲しくて辛い。
と、今まで他人には話したことがない話もスラスラと話してしまう程、沢山のことを話しているけど、それでもまだまだ聞いて貰いたいことは沢山ある。
なのに、もうすぐ連休は終わってしまい、学校が始まれば今の様に毎日石荒さんのお家へお邪魔して一緒に過ごすことは出来なくなる。
それで、石荒さんに「まだまだお話したいこと沢山あるのに、連休終わったらどうすれば」と相談すると、「え?まだ喋り足りないの?」と呆れつつも、「うーん・・・スマホ買って貰ったら?」と提案してくれた。
でも、折角の提案だけどウチの母ではまず無理な話なのでそう説明すると、「だったら、お祖父ちゃんとかお婆ちゃんにねだってみたら?」と次なる提案をしてくれた。
確かに、父方の祖父や祖母なら私から相談すれば買ってくれそう。
祖父と祖母は隣県に暮らしてて、私一人でも行けない距離では無いし、今はGW中なので私が父の実家に遊びに行くこと自体は不自然じゃない。
その日、石荒さんに自宅まで送って貰い帰宅してから、早速祖父の家に連絡をしてみると、私からの連絡に喜んでくれて『電車代出すから、遊びにおいで』と言ってくれて、GWの最終日に訪ねることになった。
スマートフォンのことも相談すると、『お祖父ちゃんと一緒に買いに行こうか』と言って、すんなり了承してくれた。
普段は父方の祖父や祖母に甘えると母がうるさいから、なるべくお利口に振舞う様にしてたので、私が珍しく甘えたり相談したことが嬉しかったらしく、しかも『お母さんには内緒なんだね?お祖父ちゃんに任せておけば大丈夫だからね』と母のことも察してくれていた。
今まで母に対して不満を抱きつつも、いつも恐れて怯えてたのに、今では母に嘘をついて毎日異性のクラスメイトの家に通い、更には隠れてスマートフォンまで買おうとしている。
今の私は、母に対して初めて反抗している様なものだった。
同世代の人たちにとって、親に反抗することはよくある話なんだろうけど、私にとっては相応の覚悟が必要なことで、でもそれだけの覚悟をしてでも譲れないことだと思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます