#25 見抜かれた優等生は気付く




「でも、それが本性なんじゃない?普段のお澄まししてるのは周りの目を気にして我慢してるんじゃない?本当は怒ったり笑ったりしたいのに、そういうの出せなかったんじゃない?」



 石荒さんの言葉に、呼吸するのを忘れてしまうほどドキッとした。


 今日の私は自分が自分で無い様に思えるほど、らしくなかった。

 でもそれは、今まで内に秘めて表に出すことが出来なかった自分の姿、石荒さんの言葉で言う『本性』を今日は出すことが出来ていたと言うことであり、石荒さんの言葉で今更今日の自分がそうだったことに気が付いた。


 中学生までずっと自分の中に溜め込んでいた欲求や苦痛が、知らず知らずの間に表に出ていた。

 変わりたいと思いながらも諦めていたのに、石荒さんの前では怒ったり落ち込んだりと感情を表に出して、私自身がそんな自分に戸惑っていた。


 そして、まだ知り合ってたったひと月程度の石荒さんは、そんな私の内面を見抜いていた。



「ど、どうした?そんな驚いた顔して・・・ま、また怒るのか!?暴力は良くないぞ!?ちょっと格好付けて良い事言ってみたかっただけだし!もう怒らないで?ね?」


「い、いえ、怒ってはいません・・・」


「そ、そうか。なら良かった」


「でも・・・」


「ん?」


「でも、ちょっと悔しいです」


「え?なんで?」


「石荒さんが仰る通りだからです。今まで誰も私のことをそんな風に見抜いたことが無かったのに、ほとんど会話したことが無い石荒さんは私の内心を見抜いていたからです」


「いや、分かるでしょ。ちゃんと見てれば俺にだって」


「ちゃんと見てれば・・・」


 それは誰も私のことをちゃんと見てくれてはいなかったという意味で、その自覚はあったし、そのことも石荒さんは見抜いていたということになる。


「うーん・・・なんて言えばいいんだろ・・・あ!分かった!」


「?」


「桐山ってさ、滅茶苦茶美人じゃん?100人に聞いたら100人全員が「美人」って答えるくらいじゃん?だからさ、みんなその見た目に気を取られて桐山が何考えてるとか内面にどんな悩み抱えてるのかとか見れないんじゃないの?むしろ、敢えて見ようとしない人も居るかもな。俺も最初そんな感じだった気がするわ」


「・・・」


 今まで周りから綺麗だとか美人だと言われても下心や嫌味が透けて見える様で嫌だったけど、石荒さんの言葉には不思議と下心も嫌味も感じない。むしろ、当たり前のことの様に言うから、否定も謙遜もし辛いほどで、話してる内容も妙に納得が出来た。

 きっと石荒さんは、本質を見抜く力が優れた優秀な人なんだろう。



「まぁ今更だし、俺の前ではそのままで良いんじゃない? 多分、明日学校で桐山がいつもみたいに優等生ぶってお澄まししてたら、ズボン前後逆だった姿思い出して笑いこらえるの大変そうだし、俺」


「うう・・・」


「授業中とかみんな真面目に受けてるのに、俺一人で思いだし笑いしそうで、マジでやばいな・・・」



 前言撤回。

 デリカシーが足りない、この人。

 やっぱり、悔しい。

 なんでこんな人に私のことが分かってしまうのか。

 それに、こんな人の前で自分の本性を曝け出していたことにも。


 でも、嬉しい気持ちも。

 諦めるのはまだ早い、今からでも自分を変えられることが出来るかもしれないって思えて、正直に言うと、いまほんの少しだけ気持ちが軽くなったような解放感を感じている。

 こう思えるようになれたのは、間違いなく石荒さんのお蔭。



「お?やっと元気出て来たみたいだね」


「そうですね。石荒さんのお蔭かもです」


「ふふふ、ようやく桐山も俺の有難さが分かって来たか」


「なんですか、ソレ。うふふ」



 冗談っぽくそう言う石荒さんは普段私に見せる無表情とは違い、なんだか恰好付けた様に得意げな表情で、六栗さんに向かってそんな表情をしているのは何度も見たことがあったけど、私に向かってその表情をするのは初めてのことだった。



◇ 



 友達の家に遊びに行った経験が無く、クラスメイトでしかも男性の自宅にお邪魔するのは生れて初めてのことだった。


 石荒さんは友達とは呼べない間柄だったし、お母様にもご迷惑を掛けてしまって、緊張と申し訳無さばかりだったけど、今はこうして石荒さんのお部屋にお邪魔して、色々と話す事が出来て良かったと思う。


 それに、その相手が石荒さんだったことも。

 あんなに怖かったのに、今は全然怖くなくなってるし、今まで感じていたような異性に対する苦手意識もほとんど感じていない。

 きっとこれは、石荒さんの人柄のお蔭だと思う。




「うーん、折角桐山が遊びに来てるのに、俺んち娯楽が無いからすることが無いんだよなぁ。俺の部屋テレビもゲームもパソコンも無いでしょ?本なら沢山あるけどマンガとか無いし。だから誰も遊びに来ないんだよね」


「私の部屋も同じですよ。家では勉強か読書くらいしかすることないです」


「そうだなぁ、丁度桐山の勉強道具も揃ってることだし、折角だから課題でもする?桐山頭良さそうだし、教えてよ」


「家に帰っても勉強するだけですし、そうしましょうか」


「ところで、桐山って最初の学力テスト、よかった?何番だった?」


「えっと・・・学年で29位でした。石荒さんは何位でした?」


「あれ?そうなの?もっと上だと思ってた。俺、5番ね」


「はい???私よりずっと上じゃないですか???」


「たまたまだよ。フフ」


 謙遜してるつもりの様ですが、また恰好付けて凄く得意げな表情を浮かべてる。


 やっぱり、悔しい。

 この人には負けたくないって思う。


 同級生に対してこんな気持ちを抱くのも、15年生きて来て、初めてのことだった。





 第4章、完。

 次回、第5章 四月尽、スタート。




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