#24 少年は歩み寄ることにした
気が重いが諦めて、飲みかけのマグカップもそれぞれ持って3階に上がり、部屋へ案内してリモコンでエアコンを操作しながら「適当に座ってて」と言うと、桐山は緊張してるのか借りて来た猫の様に大人しくフローリングの床に腰を降ろした。
俺の方は自分の家だからなのか、今は緊張や恐怖は感じてない。
「中身見られると不味い?」と聞きながら手に持ってた桐山の合皮のバッグとトートバッグを桐山の目の前に置くと、桐山は「大丈夫です」と言って合皮のバッグを開いて中身を1つづつ取り出していった。
桐山が中身を確認してる間に濡れてる物を拭き取る用にタオルを用意したが、中身は奇跡的に濡れてはおらず、教科書やノートは無事だった。
次に桐山はトートバッグの中身を取り出そうとして、「あ・・・」と動きが止まった。
「濡れてた?大事なもの?」と聞くと、バツが悪そうに俺が貸した傘とラッピングされた包みを取り出した。
ああ、そう言えば、受け取り損ねたままだった。
「昨日は本当にありがとうございました。お陰で助かりました。これ、つまらない物ですが良かったら召し上がって下さい」
「これ、お菓子なの?」
「はい。ウチの近所の洋菓子のお店で買ってきました」
もう包みを見ても吐き気を催すことも無くて平気だったので、開けると中には手のひらサイズのマドレーヌがいくつも入っていた。
「へー、今から食べてもいい?学校でゲーして出しちゃったからお腹空いてたんだよね」
「え、ええ、どうぞ」
「桐山もお腹空いてるんじゃない?一緒に食べる?」
「いえ、私は・・・」
桐山に遠慮されて俺一人だけでは食べ辛いので、桐山の手を取り強引にマドレーヌを1つ掌に押し付け、もう1つ取って袋を開け、モグモグと食べ始めた。
俺が食べ始めると桐山は「はぁー・・・」と盛大に溜め息を吐いてから、諦めたような表情で手に持つマドレーヌの袋を開け、食べ始めた。
俺の部屋に女子を入れたのは初めてのことで、しかもそれがあの桐山ツバキ。
昨日までは俺とは人種が違う高嶺の花の優等生だと思ってたのに、今は俺のジャージ着て俺と一緒にマドレーヌを食べている。
俺が「これ、美味いね」と言うと、「ええ、美味しいですね」と桐山が答える。
昨日まではこんな受け答えすらしたことが無い間柄だったのに。
相変わらず会話は盛り上がらないが、もう気不味さは無く空気は重くは無かった。
多分、桐山が普段と違ってお澄ましせずに感情を表に出してるせいで、俺が桐山に対して怖がったり緊張しなくなってるからだろう。
今日は朝から、今までの桐山のイメージとはかけ離れた様々な表情や態度を見て、特別な人種では無く、俺と同じただの高校1年生だと認識するようになった。
それに、桐山ってちょっと面倒臭いところもあって、お節介だし遠慮しいだし、普段は優等生ぶっててもたまに機嫌悪そうにしたり、飽きれた風に溜め息吐いたり、結構スキだらけなんだよな。
ということで、もう少し仲良くしても良いんじゃ無いかと思ってしまい、積極的にコミュニケーションを取ってみることにした。
「桐山、1つお前に伝えたいことがある」
「えっと・・・なんでしょうか?」
「お前、ジャージのズボン、前と後ろ逆だぞ? 普通、間違えんだろ」
実はリビングに居た時から気付いてたんだけど、ウケ狙って
しかし、俺が指摘するとマドレーヌをモグモグしてた桐山は固まり、恐る恐る視線を落として自分の下半身を確認すると、口の中のマドレーヌを盛大に吹き出して咳込んだ。
慌てて「コレ飲め」とマグカップを渡して「大丈夫か?」と訊ねると、水分補給して一先ず落ち着いた様子だが、マグカップを置いて完熟マンゴーみたいな真っ赤な顔を両手で隠して「恥ずかしい・・・今日はもう何してもダメ・・・」と悲壮感を漂わせ始めた。
ズボンが前後逆だったのが相当恥ずかしかった様なので、慰めるつもりで「最初ウケ狙って態とかって思ったんだけど、桐山ってそういうキャラじゃないよな?って思ってスルーするつもりだったんだんだよ。でもなんか我慢出来ずに言いたくなっちゃって、すまん」と謝ると、「分かってたのならもっと早く言って下さい!酷いです!」と怒りだして、目の前に有ったタオルを俺に投げつけようとして、俺も「うお!?ごめん!そんなに怒らないで!?」と言いながら両手でガードするように身構えると、桐山は投げようとしたタオルを降ろして、俯き沈黙した。
完全に八つ当たりだよな?と思うけど可愛そうなので、それは言わないでおいた。
「と、とりあえず出とくから、履き直したら?」
「・・・・」
桐山が俯いてタオル握りしめたまま反応が無かったので、立ち上がって扉の外に出て、「桐山、どんまい」と声を掛けてから扉を閉じた。
俺が部屋から出て数秒すると、中から『ううううう!どうしてこうなるの!!!次から次へと何なんですか今日は!?』と桐山が感情を爆発させている声が聞こえて来た。
確かに、桐山にとっては今日は厄日だよな。
ちょっとは優しくしてやらないと可愛そうだよな。
と同情していると、母がジュースとお菓子を乗せたお盆を持って階段を上がって来て「こんな所でどうしたの?桐山さんは中?」と聞いてきたので、「今、着替え中」と説明してお盆を受け取った。
母が階段を下りて行ったタイミングで桐山が扉を開けてくれたので部屋に戻り、床に座ると「ジュースとお菓子、どうぞ」と言いながら桐山との間にお盆を置いた。
俺がジュースを飲み始めると桐山は正座で座り、「御見苦しいところをお見せして、すみませんでした」と謝り始めたので、「全然気にしてないし、桐山も気にしないで」と答えておいた。
桐山は絶賛落ち込み中のままで元気が無かったので、励ますつもりで格好付けて語る事にした。
「正直言うと俺、ずっと桐山のこと怖かった。入学者説明会で見た時からね」
「わ、私がですか?怖いんですか???」
「うん。自分とは違うお上品でお嬢様っぽくてすげぇ美人だし、見てると生気吸い取られそうで。だから近づいちゃダメな人だと思ってた。なのに同じクラスの隣の席になったもんだから、いつも緊張して超ビビってたんだよね」
「そんなこと・・・」
俺がそう話すと、桐山は更に悲しそうに眉間に皺を寄せた。
「ああ、ごめんごめん。そういうのは全部俺の勝手な偏見だったって分かってるから。ちょっと情緒不安定なとこあるけど俺と同じただの高校生で、今はちゃんと仲良くしないとダメだなって思ってるから」
「情緒不安定・・・」
「だって桐山って、いつもなら落ち着いてて俺なんかよりもしっかりしてそうで、お上品な優等生って感じだったのに、今日はキョドったりムキになったり、不満そうな顔で何度も大きな溜息吐いてるし、さっきなんて怒ってタオル投げようとしてたしさ、そんな態度いままで全然見せて無かったじゃん」
「ええ、自分でも今日はオカシイという自覚があります・・・」
「でも、それが本性なんじゃない?普段のお澄まししてるのは周りの目を気にして我慢してるんじゃない?本当は怒ったり笑ったりしたいのに、そういうの出せなかったんじゃない?」
「!?」
今日見方が変わった俺が抱く桐山のイメージを話すと、桐山は目を見開いて心底驚いた様な表情で、俺を見つめていた。
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