#23 母親ってヤツは




 玄関扉を開けて「どうぞ」と言って入る様に促すと、桐山は物凄く不満げな表情を浮かべたあと、諦めた様に「お邪魔します」と言って一歩進み玄関に入ってくれた。

 やはり、今日の桐山は情緒が不安定なのか喜怒哀楽が目まぐるしいな。



 扉を閉じて桐山の背後から「かーさーん!タオルちょーだーい!」と大声で母を呼ぶと、廊下の奥のリビングから顔を覗かせ「”ただいま”でしょ!」と怒られたが、「あら、お客さん?雨に濡れたのね。直ぐに用意しますね」と余所行きモードに切り替わり、顔を引っ込めた。


「き、急に押しかけ申し訳ございません!石荒さんが体調を崩されてたので付き添って来たんですが雨に濡れてしまい逆に石荒さんに気を遣わせてしまいまして、タオルお借りしたら直ぐに帰りますので!」


 桐山が珍しく早口で捲し立てる様に事情を説明しているが、恐らく母には聞こえていない。


「とりあえず、荷物降ろして上着は脱いだ方がいいぞ」


「え、ええ・・・」


 直ぐに母がバスタオルを数枚持ってきてくれたので、桐山に1枚手渡すと俺も1枚受け取り、広げて桐山の肩に被せてやった。



「雨、結構強かったの?」


「うん、まぁそこそこ」


 バスタオルを1枚床に敷いてくれたので、母と受け答えしながら靴と靴下を脱いで上がった。


「桐山も靴の中まで濡れてる?タイツも早く脱いだほうが良いかも」


「え、ええ・・・」


「温かい飲み物用意するから、遠慮せずに上がってね」


 母が俺と桐山の上着を受け取りながらそう言って奥に引っ込むと、桐山は敷いてあるバスタオルの上に腰を降ろし靴を脱いだが、流石に俺の前でタイツは脱ぐ様な真似はせず、脱いだ靴を行儀よく揃えた。


 濡れたタイツのままだと廊下も濡れると思い、「このスリッパ使って。濡れてもいいし」と言って1組取り出して置くと、「すみません。お借りします」と履いてくれた。



 リビングに案内すると、母が直ぐに温かいミルクココアを用意してくれて、「着替え用意するから、少し待っててね」と言って、今度は階段を上がって行った。


 取り合えず座って貰おうとソファーにタオルを敷いて「ここ、どうぞ」と言うと遠慮がちに座ったので、「俺、着替えてくるから、遠慮せずに休んでて」と伝え、荷物を持って自分の部屋に上がる。

 部屋に入ると母が居て、クローゼットから俺の中学時代のジャージを取り出していた。


「今のケンサクのじゃサイズ大きいから、コレならワンサイズ小さいしマシよね?」


「いいんじゃないかな」


「これ持って降りるから、アナタもさっさと着替えなさい」


「うん」



 着替えてから通学用リュックの中身が濡れてないか確認したが、背中にしょってたお陰か、教科書とか無事だった。

 リビングに降りると桐山の姿は無く、恐らく洗面所で着替えているところだろう。


「桐山さんって言うの?ケンサクが体調崩したって言ってたけど、どうしたの?」


「帰り際に急に気持ち悪くなって、吐いた。でも一度出したらスッキリして、今は平気」


 俺がそう言うと、母は俺の額に手を当てて、熱が無いか確かめていた。


「熱は無さそうね。顔色も少し良くないようだけど、お外で冷えたせいもあるのかしらね」


「俺よりも桐山の方が濡れてるから」


「シャワーで温まってから着替える様に言ってあるから大丈夫よ」


「ありがと」


「それにしても、凄く綺麗なお嬢さんね。お付き合いしてるの?」


「はぁ!?なんでそうなるの!?」


「だってアナタ、こういう時はヒナちゃんが付き添ってくれるんじゃないの?ヒナちゃんじゃなくて他の女の子がお家まで付き添ってくれるなんて、特別に親密なお付き合いしてるんじゃないの?」


「いやいやいやいや、桐山とは席が隣ってだけで仲も良くないよ」


「あらそうなの?勿体ない」


「勿体ないってナニが」


 母は、俺が女子を家に連れて来たことがよっぽど面白いのか、随分と楽しそうだ。

 だがしかし、親と女子の話題とかマジきつい。


 因みに、六栗は毎日ウチに迎えに来てくれるが、家の中まで入ったことはない。

 なので、女子をウチに入れたのは桐山が初めてということになる。

 ホント、人生とは何が起こるか分からないな。

 まさか、桐山をウチに入れることになるなんて、今まで想像すらしたことない。



 桐山が戻って来るのを待つ間、玄関で桐山のローファーを乾かす為に新聞紙を丸めて詰めたり、リビングでスマホをいじいながら待っていると、30分ほどで「シャワーと着替え、ありがとうございます」と言って出て来たが、湯上りで着替えたばかりの桐山は、髪がまだ濡れていた。


 直ぐに母から「ちゃんと乾かさないと風邪ひくわよ!」と注意され、母に押される様に二人で洗面所に戻って行った。


 しばらく母の声とドライヤーを使う音が聞こえていたが、それが止むと再び桐山だけ戻って来た。

 いつものサラサラ艶々ヘアになって戻って来た桐山は、俺とは目を合わさずモジモジしながらソファーにちょこんと座り、俯いている。


 なんだか気不味いので、「飲み物、温め直すな」と言って立ち上がり、二人分のマグカップを持って台所に避難した。


 5分程でリビングに戻ると母も居て、「シャツとスカートはお洗濯してから乾燥機に掛けてアイロン掛けしておくわね。上着の方はそこまでは難しそうだから着ずに持ち帰った方が良さそうよ。しばらく時間かかりそうだから、ゆっくりしていってね」と桐山に説明すると、「家に連絡を入れておきたいので、お電話お借り出来ますか」と言うので、俺のスマホを渡した。


 桐山はスマホを受け取るが使い方が分からなかった様なので教えてやると、その場で通話を始めた。

 母親が出た様で、事情を簡単に説明してクラスメイトの家にお邪魔してることを伝えるとウチの親に変わって欲しいと言われたらしく、申し訳無さそうに「すみません、母が変わって欲しいと言ってまして・・・」と言い、母も「はいはい、大丈夫よ」と言って代わり、直ぐに母親同士で話は付いたらしく、再び桐山にスマホを代わると、一言二言告げて通話は終わった。


 桐山は恐縮した様子で「ご迷惑お掛けして、本当にすみません」と頭を下げていたが、母からは「良いの良いの。いつもケンサクがお世話になってるんだから」とニコニコしながら「洗濯物終わるまでケンサクのお部屋で待って貰ったら?」と無茶振りしてきた。


「なんで俺の部屋で!?」


「ココだとゆっくり休めないでしょう?それに桐山さんの荷物も濡れて無いか確認するのに、ここじゃ邪魔になるじゃない。ホラ、案内してあげて。あとでお菓子持って行ってあげるから」


「いや、マジで無理だし」


 俺が嫌がると母は桐山の荷物を強引に押し付けてきて、「ほら、行った行った!桐山さんもケンサクのお部屋のがゆっくり出来るよね?」と桐山に同意を求めた。


 桐山へ視線を向けると、超困った顔してる。


「桐山も困ってるじゃん!」と言おうとすると母はサッサと台所へ行ってしまい、リビングには桐山の荷物を持った俺と桐山の二人だけが残された。



 こんな空気にされては「俺の部屋には入れないからな!」とは言い辛く、仕方なく「俺の部屋、行く?」と聞くと、桐山は無言のまま頷いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る