#21 感謝の言葉と異変



 石荒さんに傘を借りた翌日、石荒さんの体調が心配だった私は、何時もより30分早く家を出て、登校した。


 教室にはまだ2~3人しか来てなくて、石荒さんの姿もまだ無かった。

 席に着いて荷物をバッグから取り出し机に仕舞うと、することが無くなり、落ち着かない。


 石荒さん、ちゃんと登校するかな。

 風邪など引いて無いと良いのだけど。

 傘やお礼はどのタイミングで渡すのがいいのかな。

 お手紙書いたけど、大袈裟だったかな。

 誰かに相談したいけど、須美さんか野場さんが来ないことには。


 ああ、ジっと待っていると、落ち着かない。

 読書でもしながら気持ちを落ち着かせて、待つことにしようかな。


 バッグから読みかけの文庫本を取り出して、栞を挟んでいたページから読もうとするけど、読んでいる文字が頭に入ってこない。


 

 昨日の石荒さん、私に傘貸してくれて助けてくれたけど、少し機嫌が悪そうだった。

 やっぱり本当は私のことが嫌いなのに、助けてくれたのかな。

 なら、私がお礼言っても、余計に機嫌を損ねてしまうのでは。

 やっぱり何も言わずにこっそりお返しした方が。

 でも、それは失礼だと思うし。


 いっそのこと、休んでくれれば・・・

 

 ダメ!

 何考えてるの!?

 私のせいで濡れて帰ることになったのに、体調崩したりしてたら、私はなんてお詫びすれば!?

 いっその事、私が休めば良かった。

 でもそれは、先送りになるだけで、借りた傘はいつかは返さないと。



 ほんの5分程度のことだけど、人生でこれほど悩んだことが無い程、ネガティブ思考に陥っていると、来た。今日も坊主頭の石荒さんが。



 教室に入って来た石荒さんの姿を見て、体調は良さそうでよかったぁと安心したのも束の間、こちらの席に向かって近づくのに気が付いて、慌てて視線を文庫本に戻した。

 どうしよう、なんて声掛けよう、おはようございますって言わないと、と頭の中でグルグル考え、勇気出して挨拶しようと顔を上げて石荒さんへ視線を向けると、目が合ってしまい、慌てて文庫本で顔を隠してしまった。


 何をしてるの、私は。

 ちゃんと挨拶してお礼言わないと。


 でもやっぱり、怖い。

 だって石荒さん、顔が怖いんだもん。

 六栗さんとお話してる時はいつも優しい顔してるのに、私とだといつも無表情で怒ってるみたいだもん。しかも坊主頭だし。


 ドンドン訳が分からない方向へ思考が迷い込み始めると、須美さんが登校してきてくれた。


 挨拶も早々に、相談する為に石荒さんに背を向けて、石荒さんに傘を借りてて返したいけど、どうすれば良いのか分からなくて悩んでいることを須美さんに小声で耳打ちすると、「(ありがとうございましたって、普通に返すのじゃダメなの?)」と須美さんは言う。


 そんなに簡単に出来たらこんなにも悩まない。

 それが出来ないから困ってるの。

 でも、それを上手く言葉にして説明が出来ない。


 何と言えば私の悩みを理解して貰えるのだろうかと考えていると、「(あ、もしかして、ツバキちゃんって、石荒くんのことが好きだったの?)」と見当違いのことを言い出した。


 思わず「違います!」と叫びそうになったけど、何とか声を出すのを我慢して必死に首を横に振って否定していると、いつの間にか石荒くんが私たちのことをジッと見てて、また目が合ってしまい、慌てて文庫本で顔を隠した。


 しばらくして野場さんも登校してきたので同じように相談すると、野場さんも須美さんと全く同じことを言い出して、本当はどうやってお返しすれば良いのかを相談したかったのに、石荒さんのことを好きだと勘違いしてる二人を周りに聞こえないように否定するのに苦労した。


 授業の合間の休憩の度に、須美さんと野場さんに「(私はお礼を伝えて傘を返したいだけなんです!決してそのような下心はありません!)」と小声で必死に訴えるけど、二人には中々分かって貰えず、ようやくお昼休憩になって「もう分かったからね?そんなにムキに否定しなくても大丈夫だからね?」と、なんだかスッキリしないままだけど、なんとか本題の相談に入れた。


 でも相談してる間も二人が石荒さんのことを気にしてチラチラ見てるから、石荒さんにも気づかれて怒らせてしまったんじゃないかと怖くなったけど、石荒さんは真面目な顔で冗談を言っていたので、多分怒ってはいなかった。


 

 相談の結果、放課後になってから傘とお礼のお菓子を渡すことになった。

 放課後なら何かあったとしても、後は帰るだけで、一晩あればクールダウンも出来るから。

 お手紙は、大袈裟に受け取られるかもしれないからと渡さないことに。



 6限目の古文の授業中。


 あと20分もすれば授業が終わり、HRの後に石荒さんに声を掛けて、借りていた傘とお礼のお菓子を渡してお礼を伝えれば、昨日からずっと悩ましかったこの件から解放される。


 そこで、ふと我に返った。

 どうして私はこんなにも悩んで、躊躇してるのだろう。

 小学生や中学生の頃は誰かに親切にされても、その場で冷静に「ありがとうございます」と一言お礼を言って終わっていた。なのに、石荒さんに対しては、それが出来ず、悩みに悩んで、お礼の品やお手紙まで用意して、友達にも相談して、そしてずっとドキドキしている。

 こんなことはこれまで無かった。


 石荒さんが怖いから?嫌われているから?

 確かにそれもあったと思う。

 でも、冷静になって考えてみれば、その認識は多分間違ってる。

 石荒さんは怖く見えるけど、怒ってはいない。

 そして、私のことを嫌ってもいない。

 雨が降る中、嫌ってる人に自分の傘を渡して、自分は濡れて帰るなんていうことはあり得ないはず。


 石荒さんは、怖く見えるけど、怖く無い。

 嫌われてる様に見えてたけど、嫌われているわけじゃない。

 本当は、気遣いが出来るし、冗談だって言うし、優しい人。


 授業中なので、気付かれないようにこっそり隣の席へ視線を向けた。

 真面目な表情で少し俯き、教科書へ視線を落とした石荒さん。

 その横顔からは、相変わらず何を考えているのかは読み取れない。

 怒っているのか、不機嫌なのか、それとも全く逆なのか。


 もっとコミュニケーションを取って、石荒さんのことを知れば、私にも分かるようになるのだろうか。

 幼馴染で多くの時間を一緒に過ごして来た六栗さんには、石荒さんが何を考えているのか分かるのかな。


 そんなことを考えていると、後ろの席の須美さんが私の背中をトントンし、折り畳んだ紙切れをこっそり渡して来た。

 机の陰に隠れて紙切れを開いて確認すると、『となり、見すぎだよ』と書かれてて、恥ずかしくて急速に顔が熱くなった。




 そして放課後になり、ついに実行する時間に。

 廊下のロッカーに仕舞ってあったトートバッグを取り出し、気持ちを落ち着かせようと小さく深呼吸を繰り返していると、須美さんと野場さんも廊下に出て来て、「そんなに怖がること無いからね?」「ちゃちゃって渡すだけだから、そんなに気負わなくても大丈夫だよ~」と励まされた。


 よし、行こう、と思ったタイミングで、石荒さんが廊下に出て来た。

 もう帰るところだった様で、直ぐに野場さんが呼び止めてくれて、須美さんにも背中を押されて励まされた。



 石荒さんも、私が傘を返そうとしてることが分かったのか立ち止まってくれたので、バッグから傘とラッピングしたお菓子を取り出し、お礼を伝えようとするけど、ちゃんと顔が見れなくて、自分が自分じゃないみたいに声が震えて上手く喋れなかった。


 それでも何とかお礼の言葉を絞り出して、傘とお菓子を渡そうとすると、石荒さんがその場から逃げる様に走り出した。


 一瞬何が起きたのか分からず、走り去る石荒さんの背中を眺めていると、石荒さんは直ぐ近くの水場で立ち止まり、流しに顔を降ろしたと思ったら、うめき声が聞こえて来た。


 野場さんが慌てて石荒さんの所まで駆け寄り、私も須美さんに腕を取られて後を追うと、野場さんが背中を擦りながら「大丈夫?体調悪いの?保健室に行く?」と尋ねていた。

 石荒さんの様子を見ると、嘔吐した様で流しには吐瀉物があった。


 石荒さんは「すまん、大丈夫だから」と何度も繰り返しているけど、顔を覗いてみると蒼白で、とても大丈夫には見えなかった。


 やっぱり昨日雨に濡れたから、今日一日体調が悪かったのかな・・・

 申し訳無くて、涙が溢れそうになってきた。


「体調は悪くないし、本当に大丈夫だから気にしないでくれ」


「でも凄く顔色悪いよ?保健室に連れて行こうか?」


「保健室だけは不味い。六栗にだけは知られたくない」


 野場さんが心配して保健室に連れて行こうとすると、何故か石荒さんはそれを拒絶した。






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