第4章 続・優等生編

#20 甦る少年の暗黒史





 翌朝になっても雨は止んでいなかった。


 桐山に貸した傘は予備の方なので、雨が降ってても問題は無い。

 けど、俺を悩ませているのは、あの桐山ともう一度会話をすることになることだ。


 桐山にしてみれば、貸りたからには返そうとするだろう。

 折り畳みの傘だから教室に持ち込めるし、クラスメイトたちが居る教室で渡してくるかもしれない。

 その時俺は、平静な態度で対応出来るだろうか。


 昨日だって、クールぶった態度を何とか保って話しかけたが、実際には緊張してて脇汗が超ハンパ無かった。

 やはり、あの美貌を前にすると、俺の様な凡人には声を掛けるだけでも恐れ多いことなのかもしれん。




 今朝は雨が降ってるからと、六栗のお母さんが学校まで車で送ってくれることになり、いつもよりも早い時間に登校した。


 教室に到着すると、既に桐山が来ていて席に座り読書でもしてる様だった。


 他のクラスメイトたちに挨拶しながら自分の席に向かい、チラリと桐山の様子を窺うと、桐山も俺のことをチラチラと見ていたようで、一瞬目が合うと、読んでいた文庫本で顔を隠してしまった。


 文庫本で隠れちゃう程、顔小さいんだな。


 そんなどうでもいいことに感心しつつ、リュックを降ろして着席して、教科書や筆記用具を机の中へしまった。



 傘を返してくるなら朝イチかと思っていたが、今の所一言も会話は無い。

 芦谷も大草もまだ来ていないから、俺たちの席周辺は俺と桐山の二人きりになっている。


 気不味いから六栗のところへ避難しようかな。

 でも、六栗の周りは直ぐ人が集まるから、俺はちょっと苦手なんだよな。


 どこぞのクラスの某が六栗のこと好きだってとか、どこぞの部活動の某先輩が六栗によく声掛けて来るとか、そんな話ばっか聞かされるんだよ。

 一々言われなくても六栗がカワイイのは俺が一番知ってるんだよ。

 豊高みたいに勉強ばっかしてたのが集まってるガリ勉高校にこんなオシャレで陽キャ美少女入って来たら、そりゃモテるって。


 と、桐山のことを考えない様に現実逃避で六栗のことを考えていると、桐山の後ろの席の須美って名前の眼鏡の女子がやって来て、桐山とついでに俺にも挨拶してきた。



「ツバキちゃん、おはよ。石荒くんもおはよう。二人とも今日は早いんだね」


「おはようございます、須美さん。今朝は用事があって・・・」

「おはよ」


「用事って?委員会とか?二人とも美化委員だったよね」


「美化委員では無くて、須美さんにご相談したいことが」


 挨拶しつつ二人の会話が気になったので、スマホをいじってるフリして傍耳を立てていた。


 しかし、会話の続きは聞こえてこない。

 内緒話でもしてるのかとチラリと横目で様子を窺うと、二人とも小声で会話をしてる様で、桐山の方は必死に首を振って何かを否定してるところだった。


 こんな桐山を見るのは珍しい。

 いつもお上品にお澄まししてるのに、今は顔が赤くなるほど必死な様子だ。


 コッソリ様子を窺うだけのつもりが、ガッツリ見てしまい。

 そしてまた桐山と目が合い、文庫本で顔を隠され、そんな桐山のことを慰める様に須美が桐山の肩をポンポンと叩いていた。


 女子同士のそういうのって何話してたのか凄く気になるんだけど、そこに入って行ける程の図々しさは俺には無いし、二人の様子から俺にも関係してる話題っぽく見えるので、やはりココは触らぬ神に祟りなしで、関わらない様にしておこう。



 っていうか、俺の傘はいつ返してくれるんだ?

 俺から返してくれって声かけるべき?

 借りたくもないのに無理やり押し付けられて迷惑してて、返して欲しかったら自分で取りに来いってことか?


 もしかして、桐山って結構性格悪い?

 お上品な優等生っぽい雰囲気してるくせに、中身は悪役令嬢なのか?


 オホホホとか言いながら、俺いびられちゃう?

 こんな貧乏臭い傘を押し付けて、ワタクシに恥でもかかせるおつもりですの?とか言われちゃう?

 それ言われたら、流石に凹む。




 結局、傘は返して貰えず桐山とは会話も無いまま1限目が始まり、休憩の度に桐山と須美ともう一人野場って女子の3人で今朝の様な内緒の会話で盛り上がってる様子を見せつけられ、お昼休憩になっても傘は返して貰えなかった。



 いつもの様に芦谷と大草の3人でお喋りしながら弁当を食べてて、桐山たちの3人組も俺たちと同じようにお喋りしながら弁当を食べてて、何故か桐山以外の二人は俺のことをチラチラ見て気にしてる様子だった。


 今度はなんだ?俺の玉子焼きでも狙ってるのか?と思い、聞いてみた。


「俺の玉子焼きでも狙ってるの?欲しいなら物々交換で応じるよ?」


「いやいやいや、玉子焼きなんて狙って無いし」


 いち早く反応したのは野場だ。

 因みにこの野場って女子は、同じ西中出身で同じ陸上部だった。

 当時は特別仲良かったわけじゃないけど、普通に会話程度はしていた。


「あれじゃね?イシケンに気があるんじゃね?」


 俺だけでなく恐らく女子3人も触れたくないだろう話題をぶっこんで来たのは、大草だ。


「違います」


 いち早く否定したのは須美だ。

 普段はふんわり優しい雰囲気の眼鏡女子なのに、大草に向かって蔑む様な視線でピシャリと否定する姿は、かなり怖かった。


「そんなにハッキリと否定したら、石荒くんが可哀そうだよ。もっとオブラートに包まないと」


「おい芦谷、それは慰めてるつもりか?オブラートに包まれれば俺を誤魔化せると思ってるのか?」



 やんややんやと男女で楽し気に会話をする中、桐山だけは一言も喋らず愛想笑いで会話を聞いてるだけで、俺とは目を合わせようとはしなかった。




 午後の授業も終わり、放課後になっても雨は止まなかった。

 この頃には、今日は傘返して貰えそうにないな。どうせ安物の予備だし返って来なくてもまぁいいや、と考える様になっていた。



 この日は六栗の方が委員会(保健委員)の集まりがあり、既に教室に姿は無かったので、俺は一人で帰る為に準備を終えて教室を出た。


 廊下には桐山たち3人組が居たので、社交辞令で「さようならごきげんようまた明日」と3人に向かって挨拶をして、下駄箱へ向かおうとすると、「ちょっと待った!」と野場に腕を掴まれた。


 あ、今から傘返してくれるのか?と気付いて、微妙に緊張し始めたのを誤魔化す様に「なんの用ざますの?ワタクシ先を急いでますの」と返事をすると、野場が「ツバキちゃんが石荒くんにお礼を言いたいんだって」と言い出した。


「ほら、ツバキちゃん、頑張って!」と須美に背中を押される様に一歩前に出た桐山は、手に持ってたトートバッグから俺が貸した折り畳み傘と可愛らしくラッピングされた包みを取り出した。


 脇汗噴き出して来た。

 やはり桐山と対峙すると、緊張感がハンパ無い。


 いつもは背筋伸ばして姿勢の良い桐山が、猫背で俺とは視線を合わせようとしないまま、俺の傘とラッピングされた包みを恐る恐るといった感じで差し出してきた。


「い、いいい石荒さん、昨日はたしゅかり・・・・助かりました・・・・ありがとうございます・・・」


 カミカミだし声が小さくて聞き取りづらい。

 普段は優等生らしく静かな口調ながらも滑舌はハッキリしている桐山が、こんなにキョドってるのは珍しい。まるで別人の様だ。


 お礼を言われているのは分ったけど、俺の脳内にはある記憶が甦っていた。


 今のこの情景が、あの時によく似ている。 

 中2のバレンタインに六栗に告白された時。俺の人生で最も最低最悪の愚行をやらかし、今も後悔し続けているトラウマレベルの暗黒史だ。








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