#11 少年の限界を超えた時





 入学者説明会の翌日。

 スマホを持つようになったは良いが、六栗のスマホの連絡先を知らないので、春休み中に遊ぶ約束の詳細を確認するついでに自分のスマホやお金を持てる様になったことを報告しようと六栗の家を訪ねると、パワーアップ(スマホとサイフ装備)した俺に六栗も相当驚いた様子だったが、「だったら今から遊びに行こう!」と言い出し、電車に乗って二人で遊園地に出掛けることになった。



 初めて乗ったジェットコースターにはどうしても慣れることは出来なかったけど、六栗と二人で乗ったティーカップやサイクルモノレールは面白かった。

 フードコートで食べた焼きそばやホットドックも、母の料理や給食とは違い、安っぽいところが逆に新鮮で他にも色々食べたくなった。


 六栗は昨日みたいにご機嫌斜めにはなることなく、遊園地に慣れていない俺に先輩ぶって色々教えてくれつつ、乗り物などに乗る時は俺の腕に手を回して密着したり、歩く時も手を繋いでくれて俺が迷子にならない様に気を遣ってくれていた。


 普段よりもスキンシップが多い六栗に、俺は内心嬉しくもあり、それ以上に照れ臭くて恥ずかしさもあったが、地元から少し離れた遊園地なら知り合いに会うこともないだろうと開き直って、クールぶって平常心を装い、スキンシップを受け入れていた。



 夕方の4時を過ぎる頃には俺も六栗もはしゃぎすぎて疲れてしまったのでそろそろ帰ることになったが、六栗の希望で最後に観覧車に乗ることになった。

 動き続けるゴンドラにビビりながら乗り込むと、先に乗り込み座った六栗が「ケンくんもこっち座って」と言って隣に座る様にベンチシートをポンポン叩いた。


 六栗の右隣に腰を降ろすと、密着するように間を詰めて来て、豊満な胸を押し当てる様に俺の左腕に抱き着き、俺の肩に自分の頭をコテンと乗せて来た。


 二人きりの狭い密室でここまで密着されると、ドキドキが凄すぎて全く落ち着かない。

 心なしか膝も震えている。


 六栗は何のつもりなんだろうか。


 まさか・・・また告白でもしようというのか!?

 まだ俺のことを好きだとでも言うのか?


 あんな酷い振り方したのに自意識過剰じゃない?と笑われるかもしれない。

 そんなのは都合の良い妄想だと自分でも分かってる。

 俺は童貞で恋愛経験も無い真性チェリーだ。

 だからこんな状況になってしまえば、そう考えてしまうのは仕方ないこと。

 

 告白が始まるのか!?

 いや、そんなことは今更ありえない。

 と、ぐるぐるぐるぐる胸の奥底で渦巻いていると思考回路がショート寸前になったが、1つだけ絶対に判断を間違えないようにと自分に言い聞かせた。

 

 もし、告白だったら今度こそOKするぞ・・・

 

 しかし、意識し始めると、言いようのない重圧を感じ始めた。


 ううう

 プレッシャーと緊張感でゲボ吐きそうだ。

 ダメだ。

 このままじっとしてたらマジで吐く。


 何か気を紛らわせるような話題を。



「ココの焼きそばって、紅生姜多すぎで麺とのバランスおかしかったよな」


「ちょっと黙ってて。今、整えてるから」


「おぅふ」



 ココの観覧車は1周10分以上かかるらしいが、乗り込んでからまだ2分しか経っていない。

 何を整えてるのかは分からないが、あと8分以上もこの重圧に耐え続けなければいけないのか。



 会話で気を紛らわせるのが無理だと分かると、俺は眼を瞑り雑念を振り払う為に心を無にしようとしたが、眼を瞑ったことで体中の感覚が研ぎ澄まされたのか、ゴンドラ内に充満する六栗の甘い香りや左腕に押し当てられた柔らかな胸の感触がハッキリとした輪郭を持って感じる様になってしまい、ドキドキが更に酷くなってしまった。



 もうダメ。

 マジで吐きそう。

 ココで吐いたら六栗に怒られそうだ。

 でも、入試の時に腹痛でちょっぴり漏らした時は怒らなかったから、大丈夫か?

 いや、そんな希望的憶測は捨て去るべきだ。



「ケンくん」


「・・・」


 返事したいけど、今声を出すとマジで吐いてしまいそうで、声が出せない。


 俺が返事をしないのでしばらく無言が続いたが、六栗はふぅーと息を吐いてから、再び話し始めた。


「ずっとありがとうね。めっちゃ感謝してるよ」


「・・・」


「今、ヒナがこうして居られるのは全部ケンくんのお陰」


「・・・」


 受験の為の勉強会にずっと付き合ってたことを言ってるのだろう。

 それを言ったら俺だって感謝している。

 六栗と勉強会してたお陰で俺も学力上がったし、メンタルも鍛えられた。

 クリスマスに手袋を貰ったことだって、凄く嬉しかった。


 でも、吐きそうだから今は感謝の気持ちを言葉にして伝えることが出来ない。


「ケンくんは忘れてるかもだけど、小5の時にケンくんの言葉のお陰でヒナは自分のコンプレックスから解放されたの」


 え?高校受験のことじゃないの?

 小5の時、俺は六栗に何を話したんだ?

 全然覚えてなくて気になるから確認したいけど、やはり吐きそうだから質問出来ない。


「小さい頃のヒナはね、髪が天パで茶色いのが凄く嫌で、黒く染めてストパもあてて地毛を隠してたの」


 そうだったの?

 てっきり、オシャレで茶色に染めてパーマあててると思ってけど、地毛だったんだな。初めて知った。


「でも、ケンくんのお陰で天パも茶色い地毛も全然恥ずかしくなくなって、今じゃ自分のチャームポイントだって思える様になったんだよ?」


 だから、小5の俺は六栗に何を話したんだ。

 坊主の俺にはとてもじゃないが、頭髪に纏わる有益なアドバイスなんて言えるとは思えないんだが。

 吐きそうだから聞けないけど、超気になる。


「だから、ヒナにとってケンくんは特別な人。幼馴染で教官で憧れの人だし」


 凄く良いこと言われてるんだけど、教官というワードだけが謎過ぎて気になっちゃって、いまいち心に染みてこない。



「あぅ・・・もうすぐ下に着いちゃうね。 今日は凄くいい思い出になったし、本当にありがとうね。あと、高校でもよろしくね」


「・・・」


 こちらこそよろしく、と返事したいけど、声出すと吐きそうだからやっぱり返事が出来ない。


「もう~、すっごく恥ずかしいのに頑張って話したんだから、返事くらいしてよ~!」


「・・・」


「あー!ヒナが少し黙っててって言ったから?スネちゃったの?」


 無言のまま首を左右にブンブン振って、スネてはいないことを必死にアピールするが、首振ったせいで胃からこみ上げてきそうになった。



 で、間もなくして下に到着し、既に限界を迎えていた俺はゴンドラから降りた途端、マーライオンの様にその場でゲーした。


 六栗や係員さんが超慌て出してしまったから、「平気平気」と大丈夫なことアピールして何とかその場は誤魔化した。



 六栗には迷惑かけてしまい恥ずかしい所を見せちゃったし、体調不良じゃないかと凄く心配させてしまったけど、帰りの電車内で「観覧車で乗り物酔いする人、初めて見たよ」と言われて、「いや!六栗が胸押し当ててまるで告白でも始まる様な空気作ってたからじゃん!そのせいで超プレッシャーだったし!乗り物酔いじゃねーよ!」と流石に反論したくなったが、そんなこと言える勇気ないし迷惑かけてしまったのは事実なので、「ごめんなさい。以後観覧車には気を付けます」と謝罪と反省の弁を述べた。








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