#03 悩み多き少年の後悔





 中3になると受験勉強が始まり、今まで以上に勉強で忙しくなった。


 でもずっとバレンタインでのことが、頭から離れなかった。

 俺の人生で最大の幸運をつかむチャンスだった六栗からの告白を血迷ってその場で断り、以降六栗とは気不味くなってしまった。

 向こうから話しかけてくることは無くなったし、視線が合うと気不味そうに逸らされるし、俺も今更六栗が気になってることが恥ずかしくて、視線を逸らしてしまう。

 しかも、1年2年と同じクラスだったのに、3年では別のクラスになったもんだから、顔を会わせる機会は激減したし、当然会話するチャンスもほとんど無かった。


 我ながら、格好悪いし、女々しいし、情けない。

 時を巻き戻せるなら、あのバレンタインに巻き戻したい。

 六栗からの告白を受入れ恋人になり、誰もが羨むようなラブラブカップルになりたい。

 いや、別に周りに知らせる必要はない。

 二人だけの秘密の関係でもいい。


 告白される前は『可愛いから気になる同級生』程度の存在だったが、六栗が俺を好きだったと知ってからは『俺も好き』に変わっていた。

 なのに、今じゃバレンタイン以前の様なフレンドリーな態度すら見せてくれなくなってしまった。


 だから兎に角、あの告白からやり直したい。

 次は絶対に断らないぞ、俺は。


 しかし、この世界は残酷で、時間は巻き戻らないし、一度拗れた関係はよっぽどの切っ掛けや努力が無ければ元には戻らない。

 劣等感の塊で女子の前ではエエ格好しいで、女性の扱いになれておらず直ぐにテンパって余計なことばかり口にしてしまう俺には、自分で関係修復するのは絶望的なことが自明の理だった。


 悲しくて切ない。

 そして、辛い。

 受験生なのに、受験以外の悩みが尽きない。


 そんな失意の中、母から「今まで部活してた時間は塾に行きなさい」と言われ、週3で塾に通い始めた。


 同じ町内にある学習塾で、生徒のほとんどは中学生だ。

 高校生や小学生も少し居るけど、ほとんどが高校受験を控えた中学生。

 しかも地元の中学に通う生徒ばかりなので、俺と同中がほとんどだ。


 そんな塾に、まさかの奇跡が舞い降りた。


 同じ町内に住むご近所さんで同じ中3の受験生でもあるので、奇跡と呼ぶほど不思議なことでは無いんだが、俺が塾に通い出した1週間後に六栗も同じ塾に通うようになった。しかも、俺と同じ月水金の週3だ。



 塾での授業中、同じ教室の離れた席に座り黙々とテキストをこなす六栗を見て、俺は内心歓喜に溢れていた。

 なんたる奇跡!神は存在した!

 俺はKAMIを捨てたのに、KAMIは俺を見捨てなかった!


 しかし、いくら歓喜しようとも、劣等感の塊でエエ格好しいのクセにビビりの俺からは、六栗に話しかけることは出来ない日々が続いた。


 けど、ある日、再び奇跡が舞い降りた。

 六栗のお母さんからウチの母に電話が掛かって来て、『塾の日、帰りは夜遅くて危ないから、ケンくんがヒナのこと送って貰えないかな?』と頼んで来たのだ。


 通話状態のスマホを持った母からその話を聞かされた俺は、「ふ、しょうがないな。六栗も女子だもんな。男の俺が守ってやらないとな」と格好付けて了承すると、ウチの母は俺の言葉をソックリそのまま物真似で六栗のお母さんに伝え、スマホからは六栗のお母さんの爆笑する声が漏れ聞こえて来た。



 何はともあれ、六栗との仲を修復する切っ掛けとなるはずだ。

 贅沢は言わないから、少なくとも日常的な会話くらいは交わせる関係に戻したい。






 翌日、学校の廊下で六栗とすれ違うと、俺に視線を向けて何か言いたげな表情をしていたが、思わず視線を逸らしてしまい、言葉を交わすことが出来なかった。


 そしてその日の塾でも、最初は同じ様に会話を交わすことは無く、帰る時どうやって声掛けて一緒に帰ればいいのだ?と内心焦り始めている俺に、六栗から話しかけてくれた。



「ケンくん、ママが変な事お願いしてごめんね?」


「お、おぉぅ」


 六栗に『ケンくん』って呼んで貰ったのが久しぶりで、嬉しくてちょっと泣きそう。


「もし嫌だったら良いよ?私、一人でも帰れるし」


「だ、ダメだ!もし六栗に何かあったらウチの母に俺が怒られる!!!」


「あぅ、ホント、ごめんね?」


「だ、大丈夫だ」


「・・・」



 相変わらずお互い気不味いままだが、久しぶりにまともな会話が出来て、俺の気持ちは昂っていた。



 だが、帰り道。



「・・・」


「・・・」



 何か喋るとまた失言してしまうのでは無いかとビビり始めた俺は、結局俺からは話しかけることが出来ず、お互い無言のまま10分程度で六栗の家に到着。


 六栗は家の前で俺と向き合うと、俯いてモジモジしながら話し始めた。


「ケンくん、ありがと」


「・・・うん」


「ケンくんも気を付けて帰ってね。おやすみなさい」


「うん」



 六栗が家に入るのを確認してから立ち去るつもりだったが、いつまで経っても家に入ろうとしないので、背を向けて俺の方からその場を立ち去った。



 一人になると、胸や頭を掻きむしりたくなる程の激しい衝動に襲われた。


 六栗と二人きりの時間を過ごせた喜び。

 その貴重な時間をただ無言でやり過ごしてしまった自分の不甲斐なさ。

 そして相変わらず格好付けてクールぶってる自分のキモさ。

 それらがごちゃ混ぜになって頭の中をグルグル巡り、恥ずかしくて情けなくてゲボ吐きそうだった。


 何よりも、六栗の態度からは以前の様なフレンドリーさが消えたままで、俺と一緒にいることで苦痛を与えてしまっているかのようにすら見えた。

 そりゃそうだ。バレンタインからまだ3カ月しか経っていないのに、自分を振った男と二人きりにさせられるなんて、ある種の拷問だ。

 六栗のお母さんも少しは子供の気持ちを考えてくれよ。思春期の子供は、繊細でデリケートなんだぞ。



 しかし、この地獄の様な気不味い二人きりでの塾帰りは、俺からは「もう止めよう」とは言い出せず、以降もキッチリ週3で続いた。





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