第一章 「番長」と呼ばれている生徒

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「なるほど、緘口令が教師陣の間で発令されているかもね……?」

「まあ、あり得ない話ではないわね!受験シーズンも間近だし、生徒たちに不安や疑心暗鬼が発生する可能性がある、と判断したのかもしれないわね……」

 みどりの話を真剣に訊いていたヒロとルミが推測を述べた。ただし、場所は図書室だが、終業式当日ではない。残念ながら、あの日、みどりは、ヒロとルミを捕まえられなかったのだ。

クリスマスも過ぎた年末近く、ヒロとルミは、自作のミステリーを載せた同人誌を作ろうと、計画していて、学校の図書室を使っていた。みどりは、ルミの仲良しから、そのスケジュールを聞き出し、わざわざ学校に足を運んだのだった。

「それで、君は僕たちに、その話をして、何を期待しているんだい?」

と、ヒロがみどりに尋ねる。

「もちろん、事件の真相解明よ!」

「事件かどうかもわからないよ!事件だとしても、先生たちが解決するんじゃないか?我々が首を突っ込む事象では、ないね!」

「何いっているの?先生たちは、うやむやにする気よ!教育委員会にも届けないわ!それを見過ごす、っていうの?」

「みどりの意見にも、一理あるわね!自殺か事故か、生きているのか、亡くなったのか?それさえ我々には、知らされない……。それは、問題だわ!」

「ルミ、そういうけど、飛び降りたのが、誰なのか、わからないんだぜ!」

「そう、ミステリーでいえば、誰が犯人か?ではなくて、誰が殺された、か?よね……」

「殺された、じゃなくて、飛び降りた、だけどね……」

「とりあえず、その『誰(=Who)』を探しましょう!それがわかれば、先生たちが、うやむやにする理由がわかるはずよ!」

「まあ、全校生徒のうち、男子で、期末試験を欠席した奴だから、すぐに見つかるはずだけど、ただ、今は冬休みだから、証言を拾うのが、大変だね!先生からは、得られないよ……きっと……」


   2

「とりあえず、今日までにわかった、期末試験を欠席した男子生徒の一覧表だ!各クラスの学級委員に電話して、聞き取り調査の結果だ!」

ヒロがレポート用紙に、男子生徒の名前が書かれた一覧表を机に差し出しながらいった。生徒会の名簿を捲って、かなり慎重に、噂にならないようにするため、時間を要した。年が明け、冬休みは残り少ない。

「我が校は、一学年、八クラス、全部で二十四組だ!」

「意外と、多いわね!」

と、ルミがいった。

「ただ、三年生には、受験のために、敢えて欠席した奴がいる。四日の試験期間のうち、初日だけ休んだ者もいるんだ!怪我や病気以外で、前もって休むことが決まっていたらしい。それらを除くと、残りは九名。頭に丸印(まるじるし)をしている男たちだ!」

「道谷マサル?これって、番長のこと?」

と、みどりが最初の丸印の名前に反応して尋ねた。

「ああ、2年D組の学級委員が『番長が来ていなかった』っていった後で、その名前を教えてくれた」

「番長って、不良なの?」

と、ルミが尋ねる。

「ううん、わたし、中学校が一緒だったから、知ってるわ。番長はアダ名よ!本人は、高倉健の任侠映画にあこがれているんだけど、『ケンさん』にはなれなくて、せいぜい、『番長』ってことになったのよ!ただ、勉強は好きじゃあないから、落第する可能性があるのよね……」

「じゃあ、まずは、番長がその『誰(=Who)』か、どうかを、調べてみるか……」

「家に電話する?」

「いや、学校から箝口令が敷かれているとしたら、家族が正直に対応してくれるとは限らない。直接、会いに行こう!みどりさん、番長の家を知っているかい?」

「だいたいだけど……」

「ああ、近所まで行けば、『道谷』なんて珍しい名前だから、訊けば、大概はわかるだろう……」


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「へえ、意外と大きな家だわね!」

 と、ルミが近所で教えられた『道谷』という家の前で、驚いたような声を上げた。

 閑静な住宅街の一角に、他の家の敷地の5倍はありそうな、本瓦葺きの日本家屋が建っていた。

「番長の家庭は、大地主よ!この辺の宅地は、番長のおじいさんの私有地を、不動産屋に売ったものだって訊いてるわ」

「門から玄関まで、距離がありそうだね。チャイムを押してみるよ……」

 門の横のインターフォンをヒロが押すと、若い女性の声が応答してきた。ヒロが、マサルの同級生を名乗って、在宅の確認をした。

「マサルお坊ちゃんですか?出かけておりますが……」

 と、家政婦らしい女性が答えた。

「どちらへ?それと、いつ、お帰りですか?」

「さあ、伺っておりませんけど……」

「出かけたのは、今日ですか?夜は、いつも何時頃ならご在宅でしょうか?」

「さあ、わたしには、わかりかねます……」

 と、まったく要領を得ない返事が続いた。

「失礼ですが、マサル君のご両親か、ご兄弟はご在宅ではないですか?」

 埒が開かないと考えて、家族に代わってもらおうとしたのだが……

「あいにく、ご家族は、スキーで信州のほうに出ております。今は、わたしひとりで、お留守をおあずかりしているのです。御用件をおっしゃっていただければ、帰りましたら、お伝えいたしますが……?」

「スキー旅行?では、マサル君もご一緒に、信州ですか?」

「いえ、マサルお坊ちゃんはご一緒ではございません!御用件は……?」

「いえ、結構です!また、出直します!」

 これ以上は、情報収集は困難と判断して、三人はその場をあとにした。

「どうも怪しいわね?家政婦にまで、緘口令が出ているのかしら……?」

「しかし、番長の生存確認ができない、ということだよ。家族旅行にさえ同行していないんだとさ……」

「つまり、みどりが目撃した『誰か?』が番長だった可能性が強まった、ってことよね?」

「ただ、今の家政婦らしい女性の言葉から、マサル君が死亡した感じは、なかったね。大怪我をして、入院したのなら、家族が家政婦に何も知らせないで、怪我人を残して、旅行に行くとも、思えないんだけどね……」

「これ、噂だけど、番長、最近ちょっと家庭内でいざこざがあって、殆ど家に帰ってないそうよ!」

 と、みどりが会話に割り込んだ。

「家に帰っていない?」

「中学時代の友達の家に泊まったりしていたそうよ。ただし、期末試験前の情報だけどね……」

「だとしたら、家政婦が行方を知らないのも無理ないか……」


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「そう、冬休み中は会っていないのね?何処へ行くとも訊いていないのよね?」

 みどりは、噂に訊いた、番長を泊めたという中学時代の友達に電話してみたのだ。だが、番長の行方はわからないままだ。

 ただ、その友達に家出してきた理由を問われ、番長は、学校の成績のことで、父親と口論になったことを打ち明けていた。どうやら、担任教師と面談した母親が、ヒステリック気味に夫に訴えたのが原因らしい。学業以外にも、タバコを吸っていた現場を、生徒指導主任の教師に見つかってしまったらしい。という情報を仕入れることができた。

「D組の担任は?」

 と、ヒロが尋ねる。

「安藤先生ね、社会科の……」

 と、みどりが答える。

「社会科の安藤先生?ああ、キンチャンか?タレ目だから、コント55号の萩本欽一似なんだよ……。えーっと、指導主任は?」

「近森先生よ!近森照明(ちかもり・てるあき)……」

「ああ、そうだった。名前どおりのハゲ頭で、あだ名は『ハゲタカ』……今度の校長の後輩らしくて、生徒指導主任に抜てきされて、張り切って、生徒を摘発しているらしいね。髪の毛の色とか、前髪の長さまで、チェックしているそうだよ!」

 名前の『照明』を音読みすると、『ショウメイ』。若ハゲで、白熱電球に似た頭を生徒たちは揶揄(やゆ)している。

「D組で、番長と仲の良い友達は?」

「さあ、番長の友達なんて、知らないわ!」

「タバコを吸っていたところを見つかった、ってことは、お仲間が、居そうだけどね……」

「ハゲタカに訊いてみる?」

「へえ、ルミはハゲタカ先生に顔が効くのか?」

「まあ、ミステリーが好きだって訊いていたから、ミステリー同好会の顧問をお願いしたのよ。返事はまだだけどね……」

「ミステリー同好会?」

と、みどりが尋ねる。

「そうよ、会員は、今のところ、わたしとヒロだけだけど……」

「わたしも入りたい!」

「あのさぁ、同好会の話はいいから、今から、ハゲタカ先生に会いに行こうぜ!番長の行方に関わっている、かもしれないからね……」


「おい、おい、ミステリー同好会の顧問の話なら、俺は忙しくて、無理だぜ!」

ハゲタカ先生は、冬休みだというのに、学校の職員室に居て、ルミの顔を見るなり、そういった。

「同好会を新たに設立するには、顧問の先生が必要だ、と教頭先生にいわれたんです!近森先生は、体育系の顧問はしていないから、名前だけの顧問で良いんです!」

「体育部の顧問はしていないが、生徒指導主任だからな!冬休みもこうして、学校に出てこないといけないんだ!名義だけったって、何かあれば、顧問の監督不行き届き、ってことになるんだぜ!まあ、君とヒロは優等生だが、他の会員になるメンバーはわからないからな……。最近、生徒の中で、喫煙する者が増えているから、各部活の顧問の先生に注意喚起したところだ!」

と、いいながら、ハイライトに火をつける。

「番長、いや、D組の道谷マサルも、先生に喫煙の現場を抑えられたそうですね?」

と、喫煙の話が出たついでを装って、ヒロが核心部分に話題を振った。

「道谷マサル?何で、ヒロ、おまえがそれを知っているんだ?あいつは、初犯だから、校長以外には、報告していないぞ!」

「本人がいったそうですよ!僕が訊いたのは、道谷の中学校の同窓生からですけどね」

「まったく、要らんことを喋りやがって、どうしようもない奴だ……!」

「道谷君が、ひとりでタバコを吸うわけはない!他に誰か生徒は居たんですか?」

「居たんだが、俺が見つけた時は、逃げ出したところだった。道谷は逃げ損ねたんだ!初めてのタバコ──しかも缶ピース──に酔っていたんだろう」

「道谷君は誰と一緒だったのか、白状しなかったのですか?」

「ああ、名前は知らない、っていってたな。偶然、同じ場所で、吸っていただけだと……。まあ、そいつらは、常習犯だ!現行犯でないから、停学にはできないが、落第は間違いないな!」

「タバコを吸っているところを見つかったら、停学ですか?」

「いや、常習犯となれば、職員会議で検討することになる。道谷はまだ、その対象外さ!」

「そうだ!近森先生、さっき、道谷君がタバコを吸っていた件は、校長先生にしか、伝えていない、と、おっしゃいましたね?」

と、ルミが、ハゲタカ先生とヒロの会話に、突然割り込んだ。

「ああ、ルミ君、それがどうした?」

「じゃあ、担任のキンちゃん、いや、安藤先生もご存知ないことですよね?」

「キンちゃんか?知らないはずだ!校長から、彼には伝えていないはずだ!しばらく、様子を見よう、ってことになってね……」

「あっ、そうか!番長のお父さんは、PTAの会長!番長のお兄さんは、優等生だったし、その時期は後援会会長もしていたわ!」

と、みどりが、急に閃いていった。

「ゴホン!」

と、ハゲタカ先生が、ハイライトを灰皿で揉み消しながら、わざとらしい咳をした。

「なるほど、忖度(そんたく)ってことか……」

「ヒロ、それなら、番長の両親には、タバコの件は伝わっていないはずよ!本人が家出した原因は、タバコじゃなかった、ってことになるわ!」

と、ルミがいった。

「家出?道谷が家出したのか?」

と、ハゲタカ先生が、新しいハイライトを取り出しながら、そのルミの言葉に反応した。

「家出かどうかは、わからないんですが、しばらく、家に帰っていないようなんです……。ところで先生、この前の期末試験の前辺りに、生徒が大怪我をした、って、案件はありませんか?」

と、ヒロは、『屋上からの飛び降り』とはいわずに、かなり範囲を広げた訊き方をした。

「大怪我?部活中にか?それとも、通学中の交通事故か?交通事故なら、ないはずだ!あれば、俺に報告が入る。部活での怪我なら、わからない。そっちは、体育教師の松坂先生が担当だ!だが、大怪我なら、職員室で話題になるはずだよ!」

「つまり、大怪我をした生徒は……、いない、ってことですね?」

そういって、ヒロが確認しているところへ、教頭の山岡と、家庭科教師の梅沢園子が職員室に入ってきた。

山岡は、でっぷりと肥えた『信楽焼の狸』にそっくりな中年だ。アダ名は『ポン太』。梅沢園子は、この高校の教師の中では、最古参になる婆さんで、アダ名は『砂かけババァ』だ。ちなみに、校長の土居兼雄は『子泣きジジィ』とアダ名がついている。水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』に登場する、妖怪たちだ。

「おや、ミステリー同好会を立ち上げるために、近森先生を口説きに来ているのかね?部活よりも、学業に力を入れなさい!君たちふたりは、名門大学に合格してもらわんとね……」

 と、ヒロとルミに気づいた教頭が話しかけてきた。

 ヒロとルミは、学業のレベルでいうと、中の上クラスの成績だ。ただ、この前の期末試験で、ヒロは化学のテストで、100点満点を取っているし、ルミは、日本史の試験で、96点という、学年トップの成績だった。たまたま、持ち前の推理力で、ヤマが当たったに過ぎないのだが、普段はそれほど目立たない成績だったため、担任にも、クラスメートにも、一目置かれる存在になってしまった。ふたりとも、ガリ勉タイプではないし、学業より青春を謳歌(おうか)したい、と思っているのだ。

「あら、みどりさんも一緒なの?」

 と、砂かけババァが、みどりに気がついていった。みどりは、家庭科の成績がどういうわけか優秀なのだ。噂ではあるが、元お武家さま出身の曽祖母の躾(しつけ)が厳しくて、作法などの習い事をさせられたらしい。だから、園子には気に入られているのだ。

「そうだ!みどりさん、あなた、また、根も葉もない奇妙な噂話を広げていないでしょうね?松坂先生が気にしていたわよ!何の噂か知らないけれど……」


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「握り潰しているのは、体育教師の松坂先生のようだね?校長先生が知っているかは、わからないけど、飛び降りた生徒のことを公表しないと決めたのは、ジャイアンこと、松坂剛志ってことだ!」

「つまり、忖度よね?としたら、やっぱり、飛び降りたのは、番長ってことかしら……?」

 職員室をあとにして、三人は図書室にいる。松坂先生が飛び降りを目撃したみどりを気にしていると訊いて、次の対応策を考えなければならなくなったのだ。

「可能性はあると思うけど、僕はなんだか違う気がしてきたよ。番長は自殺をするタイプじゃないみたいだし、周りが忖度してくれる家庭にいるのだから……。家出くらいで、収まりそうだね……」

「じゃあ、別の候補者に移る?」

「ああ、平行して調べてみよう。次は、E組の北原だ!」

「北原君?あの妖怪マニアの?」

「おや、みどりさんは北原マモルも知っているのかい?」

「名前だけは、ね……。水木しげるや楳図かずおの漫画が好きみたいでね。髪の毛も伸ばして、鬼太郎みたいだし、校長先生と、園子先生のあだ名をつけたのは、北原だよ!」

「妖怪や怪奇漫画が好きなのか……?自殺するタイプじゃないかもね?」

「飛び降りたのが、自殺とは限らないわよ!妄想癖が極限に達して、発作的に金網を乗り越えてしまった、ってこともあり得るわ!」

「そう、自殺とは限らない……。事故もあれば、殺人の可能性もある……、かもしれない……」

「嫌だぁ!わたし、殺人現場を目撃したのかもしれないの?」

「目撃者とは、いえないよ!飛び降りる瞬間も、死体の確認も、していないんだからね……。見ていたら、命を狙われている、かもしれないよ!」

「ヒロ、みどりを脅かすことはないでしょ!自殺の可能性が一番高いのよ!事故も殺人も『可能性がある』って程度よ!まずは、その飛び降りた人間を探し出すことが先決よ!」

「オッケー!あとは、野球部の大前ショウヘイ、丸山リョウマ、桜木タカシ、山辺カオル、植田タイヨウ、片桐エイタロウ、山崎カズオの七人だ」

「みどり、知っている人いる?」

「まあ、ショウヘイは、野球部のエースで四番だからね!知らない生徒はいないよ!桜木は、本当の不良よ!停学もしょっちゅうよ!丸山は、イケメンで、女タラシ。隣の女子高生を孕ませた、って噂もあるわ!まったく知らないのは、山崎カズオね!それ、誰?」

「僕のメモでは、2年A組。学級委員によれば、居るかいないか、普段から記憶がない人物らしい。クラスに山崎があと二人居て、『カズオが期末試験を欠席しているけど、先生、俺と間違わないでくれよ!』といっていたそうだ!アダ名が『透明人間』だそうだよ!」

「植田タイヨウは、わたしが知っているわ!三年H組のちょっと変わり者だけど、秀才よ!難関大学を受験する予定だから、期末試験、パスしたんじゃないの?」

「かもしれないけど、学級委員は、事前には届けがなかったらしくて、担任が驚いていたそうだ!」

「あとは、山辺と片桐ね?」

「ああ、ふたりは一年生だから、面識はないだろうね!」

「山辺カオルは、ある意味有名よ!」

「へえ、みどりは一年生にもアンテナを張っているの?」

「ううん、山辺君、文化祭の催しで、演劇部の舞台に立ったの。それが、シンデレラ役!周りの女子高生より、遥かに美少女だったのよ!」

「ええ!つまり、オカマ、いや、女形(おやま)ってことかい?阪東玉三郎みたいな?」

「決まったわね!先ずは、玉三郎の行方を探ってみましょう!」

「それ、ルミの趣味に、合致した!ってことよね?わたしも興味が、あるわ……!」

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