そして、誰も、居らん、なった?――荒俣堂二郎の回想――
@AKIRA54
プロローグ 『口から先に生まれた女』と呼ばれる女学生
1
みどりは、その日の占いページの星座占いで12番目。つまり、最低だったことを思い出していた。
「ああぁ、あの占いは、よく当たるわね!授業中もよく当てられたし、下校の時間に、合わせたように、雨が降り始めるんだから……」
そう愚痴をこぼしながら、校舎の屋上にそびえ立つ、時計台を見上げた。
彼女が通う高校は、県立第一高等学校。時計台がシンボルマークの進学校だ。
季節は、冬。明日から期末試験が始まり、冬休みも近づいている。だから、その日は、部活をしている生徒は、ほとんどいない。みどりは、図書室で、明日の試験対策をしていて、下校時刻が遅くなった。雨が降り出したのは、図書室を出ようとした頃だった。
「あれ?屋上に誰かいるのかしら……?」
時計台を見上げた、その視線の端に黒い人影が映った気がした。屋上は、コンクリートの塀と、その上に金網の柵が設けられていて、全身は見えない。上半身というより、胸から上くらいが見えるだけだ。黒い学ラン。男子生徒のようだった。
人影は、すぐに消えた。時計台の反対側へ向かって走ったように見えた。
「まさかね?飛び降りたりは、しないよね……」
好奇心旺盛な彼女は気になったので、校舎のはずれまで、傘をさしたままで足を運んだ。
「ドスン!」
という、鈍い音が聞こえた気がした。彼女が覗いた場所は、校舎と外壁の間の狭い通路。校舎側には、背の低い、樹木の植え込みが並んでいる。その植え込みの上に、学ラン姿の物体が、ダラリと引っかかっていた。
「キャァー!」
と、自分でも、乙女チックな悲鳴だと思うくらいのソプラノの声が、彼女の口から発せられたのだ。
「退(ど)くんだ!」
と、大きな手が乱暴に彼女の肩を掴んで、白いスポーツジャケットの背中が、視線を遮った。
「松坂先生?」
「ああ、あとは先生に任せて、君は帰りなさい!明日からのテストに影響すると、いけないから……」
体育教師の松坂剛志(まつざか・つよし)がそういって、みどりの背中を押した。
残念だが、教師の言葉に素直に「はい」と答え、みどりは、正門ではない、近くの通用門から校舎をあとにした。
木の葉を落とした、銀杏並木を過ぎる頃、救急車のサイレンが聞こえてきた。
「ああぁ!本当に、最悪の日だわ……」
2
「なるほど、君は一週間前に、男子生徒と思われる人物が、校舎の屋上から飛び降り自殺をした現場を目撃したんだね?」
と、みどりに確認しているのは、同級生のケンだ。
期末試験が終わって、二学期の終業式が執り行われた、その後の時間帯。教室には、みどりとケンと、もうひとり、ユリが残っていた。
ケンは学級委員、ユリは、副委員なのだ。
「そうよ!この眼で、死体が植え込みの上に乗っかっていたのを、見たんだから……、まあ、まだ息はあったかもしれないけどね!救急車が来たのを聞いたから……」
「でも、さっきの終業式でも、それらしいことを、どの先生も言わなかったよね?自殺したらしい生徒がいたら、注意とか、お知らせとか、何らかのアクションがあるはずよ!」
と、ユリがいった。
「助かったのかもしれないね?それで、公(おおやけ)にしないことになったのかもしれないよ!受験とか、あるからね……」
と、ケンが推理をする。
「そうね!本人の将来を考えて、秘密にしたのよ!」
と、ユリも同調する。
「そうかなぁ?でも、全く、噂にもなっていないのよ!緘口令が出ているみたいに……」
「期末試験中だったからね!誰も、周りを気にしていなかったんだろう……。それとも、自殺じゃなくて、過って落ちた、事故かもしれないね?」
学級委員と、副委員にそういわれると、それ以上、突っ込めない。みどりは、「はぁ!」と、ため息をついて、席を立ち上がり、教室をあとにした。
「絶対、嘘よね?ケン、あの娘(こ)のアダナ、知ってる?」
「ああ、『口から先に生まれた女』だろう?おしゃべりで、ゴシップとか、噂話を広めるのが、特技らしいね……」
みどりが消えた教室で、学級委員の二人が内緒話をしている。しかし、消えたはずの女生徒は、教室の外の廊下で、まだ、思案していたのだ。
「ふん、あんたたちに相談したのが、間違いだったわ!こうなったら、相談するのは、探偵小説マニアのルミとヒロのコンビね!あいつらは……?図書室かな……?」
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