第二章 「美少女」と呼ばれる男子生徒
1
「山辺カオル君?あの子、部活は辞めたわよ!さあ、理由は、よく知らないけれど……」
電話口でルミの問い掛けに答えたのは、2年B組のユウコという演劇部の女生徒だった。
「彼と仲の良い友達とか、知らない?」
と、ルミが尋ねた。
「あら、ルミ、年下の子、しかも、美少女みたいな男の子が趣味なの?」
ユウコは、変な勘違いをしている。
「違うよ!ちょっと、山辺くんに確認したいことがあるの。恋愛関係じゃない話でね!」
慌てて、ルミは否定した。
「ふうん、怪しいな?山辺くん、友達は少ないと思う。というか、いないんじゃない?変わっているしね!ただ、演劇は好きだったみたいよ!才能もあるし、歌も上手なの!だから、我が演劇部では、浮いていたわね!一年生なのに、主役だから……」
「中学校は何処?」
と、別の角度からの調査に変えてみる。
「あら、彼、東京から来たのよ!確か、両親が離婚して、お母さんの実家に帰って来たって、訊いた気がする……」
そんな会話で、山辺カオルの行方についての情報は、ほとんど得られなかった。
「そうそう、これは噂だけど、山辺君、東京にいた頃は、子役で何かのテレビドラマに出たことがあるそうよ!芸名がなんていったかはわからないし、いつのことかも知れないんだけどね……」
と、ユウコは最後に不確かな情報を付け加えて、電話を終えた。
「さて、山辺カオルにも謎がありそうだね?母親の実家って、何処なんだろう?PTAの名簿だと、アパートになっているんだけどね……」
と、ヒロが手帳を広げて会話をスタートさせる。
「やっぱり、そのアパートに行ってみるしか、手はないわね?」
と、ルミがいった。
「ああぁ!地味な調査になりそうだ!九人を調べ終えるまでに、三学期が終わって、年度が替わるんじゃあないか……?」
「誰か、ひとりが、大怪我か、死亡したかを確認できたら、それでいいのよ!可能性の高い順に調べたら……?」
と、みどりが意見を述べる。
「その可能性がわからないし、おおっぴらに、電話を掛けまくるわけには、いかないだろう?少なくても、松坂先生が秘匿(ひとく)している、案件だからね……」
「そうね、地道にひとり、ひとりを調べるしかないわね……。さあ、山辺君のアパートを探しに行くわよ!」
2
「どう見ても、安アパートね!」
と、木造二階建ての古臭い建物を見上げながら、ルミがいった。
アパートというより、下宿屋といった感じだ。一階部分の中央にガラスの開き戸の玄関があり、住民はそこから各自の部屋に入るようになっている。ただし、二階部分には、建物の横に非常階段のような、手摺り付きの急な鉄製の階段が設置されていて、二階の住民──部屋数は四つ──は、そこを利用しているのかもしれない。
「トイレは共有。台所も簡易のものしか、備え付けられてないわね!戦前の遺物じゃないの?」
と、お嬢様育ちのみどりがいった。
「シィ!住民に聞こえるよ!ほら、掃除しているおばあさんが、こっちを睨んでいるよ!」
と、ヒロが少女のふたりに注意した。
「あのう、こちらのアパートに、川辺カオル君という、美少女のような高校生がお住まいではないでしょうか?」
アパートの前の道路の落葉を竹箒で集めている、六十代後半と思われる、老女にヒロはおずおずと声をかけた。
「カオルの知り合いかね?」
と、パーマのかかった白髪の女性が、大きな眼で睨むような視線を向けながらいった。
「は、はい!一高の生徒です!」
と、ヒロは緊張気味に答えた。
「カオルなら、いないよ!」
と、ぶっきらぼうに答えながら、ヒロの後ろに控えている、ふたりの少女を値踏みするように見つめる。
「どうせ、興味本位で友達にでもなろうって算段だろう?孫は、見世物じゃないんだよ!」
「孫?それでは、おばあさんは、カオル君の……?」
「そうだよ!それと、この安アパートの家主さ!戦前の遺物で悪かったね!あたしの亭主の母親が始めた下宿屋なんだ!戦後にアパートにして、亭主とふたりでやってきたんだ。銀行が金を貸すから、鉄筋のマンションに建て替えたら、って勧めてくれたけど、亭主が死んじまったし、跡取りもいない。わたしが死ぬまでは、この建物ももつだろうから、このままにしているんだよ!」
どうやら、歳のわりに耳は良いらしい。ルミとみどりの会話を聞いて、アパートの現状まで説明してくれたのだ。
「跡取りがいないって、カオル君とお母さんがいるでしょう?」
「カオルは孫だけど、母親は、あたしのひとり息子の嫁さ!血の繋がりはないし、息子が事故で亡くなったから、再婚させたんだよ!若かったし、美人だったから、こんな田舎暮らしはかわいそうだったからね!新しい亭主も良さそうな男だったけど、良すぎて、女癖が悪かったみたいでね……。浮気がバレて、それで、離婚したけど、行く場所がない。あの娘の親戚筋は不幸続きでね……頼るところが、あたしのところだけだったのさ!まあ、可愛い孫を連れてきたし、再婚を勧めたのは、こっちだし、ね……」
と、尋ねもしない、カオルの母親のことを老女は愚痴っぽく語った。
「カオル君は中学校まで、東京にいたそうですね?テレビのドラマに子役で出ていたとか……?」
と、みどりが、カオルの話題に持ち込もうと、会話に介入してきた。
「やっぱり、その噂を聞きつけて、興味本位で訪ねてきたんだね!」
「ち、違います!カオル君、この前の文化祭の時、演劇部の催しで、主人公だったでしょう?お芝居も歌も上手!なのに、演劇部を辞めちゃった、って聞いたもので、身体でも壊したのかと……」
「あら、あんたたち、あのお芝居を見たの?そりゃあ、カオルの演技とミュージカル風の歌はよかったけど、あとの役者が酷いし、照明もカオルの動きについていけてなかったし……。まあ、高校の演劇部に期待したほうが間違いだったのよ!カオルはやる気を失くして、辞めたのよ!先輩たちの嫉妬も凄かったらしいから、イジメに合う前に、さよならしたのよ!」
「それで、今はどうしているのですか?期末試験も、欠席したみたいでしたけど……?」
「ちょっと、訳があってね、そのことは秘密なの!でも、大丈夫よ!新学期になったら、学校へ行くから……。カオルにもこんな素敵なお友達がいたのね?これからも仲良くしてね!」
と、どうやら、同級生だと勘違いしているらしい。一学年上だ、とは、いまさらいえず、言葉を濁して、別れを告げた。
「秘密って、自殺未遂を隠しているのかしら……?」
3
「どうも進展しないね!誰が飛び降りたのか?こんなにわからないとは、思わなかったよ!」
「我々だけでは、無理があるわね!誰か助っ人を頼んで、分担して当たったほうが良くない?」
再び、学校の図書室で、三人が話し合いを始めている。
番長もカオルも行方を確認できない状況なのだ。残りの七人について調べるには、三人では心許ない。時間が経過すれば、怪我も治って──飛び降りした人物が、死亡していないとすればだが──、事件は完全に、揉み消しされるかもしれない。
「信頼できる人間がいるのかい?しかも、探偵に向いている奴だぜ……」
「あっ!ひとり、探偵がいるわ!」
「へえ!みどり君は、探偵まで知り合いがいるのかい?」
「ごめん、探偵じゃあないけど、刑事の息子よ!ヒロやルミと同じくらい推理小説好きで有名よ!」
「わかった!F組のマサだね?」
「あら、ヒロも心当たりがあるの?マサ?聞かない名前だわ……」
「正式な名前はマサオだったと思う。マサシじゃあなかったはずさ。周りから、マサ、って呼ばれている。父親が県警の刑事で、本人は剣道を習っているらしいけど、部活はしていないね!なかなかのハンサムだけど、女子との噂はない!時々、妹なのか、美人の小学生と図書館で見かけたりするね。その小学生も推理小説マニアみたいで、エラリー・クインの『Yの悲劇』を借りていたよ……」
「小学生の女の子は、どうでもいいの!マサって男、信頼できるの?口は硬い?」
「一年の時も今も、クラスが違うし、接点もなかったから、性格までは知らないよ!みどり君は、どう?」
「F組には、一年の時の同級生のミキがいるわ!ミキの話だと、勉強はできるみたいよ、ヒロと同じくらいは、ね!数学が得意みたい。でも、おとなしいのか、人見知りなのか、あまり会話には入ってこないみたいよ。特に、女子と話すことは、皆無に近い。一度、文化祭のクラスの演し物の話を ミキがしたんだけど、ミキって、クラスでは、美人なんだけど、まるで、反応なし。オクテだって噂は、本当だった、ってミキがいってたわ」
「なんだ!オクテって噂が前からあったのね?じゃあ、ヒロとよく似たタイプね?」
「僕は、オクテなのか?まあ、ルミ以外の女子とは、会話が弾まないのは事実だな!みどり君はふたり目だ!」
「ヒロと同じタイプなら、信頼できるわね!一度会ってみるか……」
「たぶん、図書館にいるよ!美少女と一緒にね……」
「ヒロ!まさか、その美少女の小学生に、惚れたんじゃあないでしょうね……?」
と、みどりが嫌味っぽくいった。
「あり得る!こいつ、同級生とかダメだから……。かなり年下の女子を狙っているみたいよ!精神年齢がちょうど合うんじゃないの……?」
「それか、年上のお姉さまに、甘えたいタイプよね……?」
「そう、そう、みどり、ヒロのこと、よく理解しているわ!」
と、ふたりの女子が変な方向に話を進めている。
「チエッ!勝手に僕の好みを決めるなよ!それより、マサを捕まえにいくよ……!」
4
「あら、あの娘ね?ヒロがいうところの美少女の小学生は……。でも、一緒にいるのは、どう見ても、年下の小学校低学年の男の子よね……」
県立図書館は、冬休みの終わりに近い日なので、受験生の姿が多い。その中に、小学生の男女がテーブルを挟んで本を広げていた。女の子は、オカッパ髪。男の子は、坊っちゃん刈りの頭髪。年齢は少女のほうが三つは上に見える。
周りは、高校生か、中学生。その中でも、少女は輝いていたのだ。
「ああ、いつもマサと一緒にいる女の子だ!ほら、エラリー・クインの『Zの悲劇』を読んでいるだろう?」
「男の子は『江戸川乱歩』の少年探偵団みたいね!ヒロより、スタートが早いようよ!まだ、二、三年生に見えるわ!ヒロは五年生からだもんね!」
「そんなことは、どうでもいいことだろう?時代が違うんだよ!それより、マサのことを尋ねてみよう!ここは、みどり君に頼む……」
「女の子は苦手だもんね!特に、美少女とは、口がきけない傾向があるから……。みどり、声をかけて……」
ルミにそう急かされて、みどりは深く頷き、美少女の席に近づいた。
「あのう、失礼だけど、一高のマサ君とよくこの図書館に来ている女の子よね?マサ君の妹さんかな?あっ!わたしたちは、クラスは違うけど、同じ一高の同学年の生徒なんだ……」
「マサさんのお友達ですか?わたしは、妹じゃあなくて、従妹です。オトネといいます。みんなからは、オトと呼ばれています。この子は、わたしの弟でリョウです」
と、美少女は澱みなく、自己紹介と連れの紹介をした。
「あら、従妹だったの?でも、同じように、推理小説が好きなのね?わたしたち、一高の『ミステリー同好会』のメンバーなのよ!」
と、ルミが驚いたようにいった。
「ああ、じゃあ、ルミさんとヒロさんですね?ヒロさんは、時々、ここでお会いしたことがありましたね?」
「まあ、わたしのことまで、知っているの?マサ君とは、わたし、面識がないんだけど……」
「噂を聞いています!ヒロさんもルミさんも、推理小説を読むだけじゃなくて、執筆もしているんですってね?マサさんは、そっちの才能がなくて、羨ましがっていましたよ!ヒロさんは、ディクスン・カーのような『密室物』。ルミさんは、アガサ・クリスティの『ミス・マープル』のような、おばあさんが探偵の、短編小説だそうですね?」
「ええ!そこまで知っているの?ヒロの作品は、完全にカーの模倣よ!雪の上の足跡が謎になっているのよ!」
「チェッ!ルミだって、主人公は、マープルで、謎はチェスタトンの『ブラウン神父』の話に似ているぜ!まあ、僕の作品よりはマシだけどね……」
「おふたりとも、海外のミステリーを沢山読まれているんですね?」
「いやあ、まだ、海外物でも、古典的名作を片っ端から、読んでいるだけだからねぇ……。最近の作品は、あまり知らないんだ……。そんなことより、今日は、マサ君と一緒じゃあないんだね?実は、マサ君に用があってね。ここにくれば、会えるかと思ったんだが……」
「マサさんに用事?ミステリー同好会の件ですか?」
「いや、クラブの話じゃあなくて……、ルミ、君が説明しろよ!」
美少女に正面から視線が合ってしまって、ヒロははにかむように、会話をルミに譲った。
「まったく、美人に弱いんだから……!わたしも美人のつもりだけど……?」
と、独り言のように呟いたあと、ルミがみどりの体験した事件について語った。そして、マサに手伝って欲しいことを伝えたのだ。
「まあ!小説ではなくて、現実の事件を調査しているのですか?ミステリー同好会って、凄いですね!」
と、美少女が驚く。
「生憎、マサさん、今、家族旅行に行っているんです。お父さんが久しぶりに、まとまった休暇をもらえたので……」
と、すまなそうに言葉を続けた。
「ああ、そうか、マサ君のお父さんって、刑事さんだったよね?休暇なんて、めったにないんだ……」
と、みどりがいった。
「それで、いつ帰ってくるの?」
「予定では、明後日です」
「じゃあ、このリストを渡しておくから、マサ君が帰ってきたら、渡してくれる?手伝ってもらえるなら、G組のルミかヒロかみどりの誰でもいいから、連絡してって伝えてくれる?」
そういって、ルミは九人の男子生徒の名前が書かれた、ノートの一ページを差し出した。
「九人の容疑者……、じゃなくて、被害者か……?変わったミステリーですね……?本格物ではなく、江戸川乱歩のいう、変格物……、奇妙な味の探偵小説ね……」
5
「山辺カオルに関して、少し情報が入ったわ!」
翌日、集合した図書室で、みどりがいきなり切りだした。
「演劇部の一年生で、つまり、カオルと一緒に部活を始めた、娘(こ)からの情報よ!」
「ほう、それで?」
「カオルが部活を辞めた理由よ!みんなは、先輩の嫉妬がイヤになったとか、演劇部のレベルが低く過ぎたとか、思っているみたいだけど……」
と、そこまでいって、みどりはヒロとルミに視線を巡らせて、間(ま)を作った。
「実は、スカウトされたんですって!」
「スカウト?プロ野球からかい?それは、ショウヘイのことじゃあないのか?」
「ヒロ!なにいってるの?プロはプロでも、野球じゃなくて、芸能プロよ!つまり、アイドル歌手か、映画スターにならないか、って誘われたのよ!」
「それをその演劇部の一年生は、誰から訊いたのかしら?」
と、ルミが尋ねた。
「本人がそういったそうよ。その娘、演劇部に入る気はなかったのに、偶然隣の席だったカオルから、一緒に入らないか?って誘われて、演劇部に入部したそうなの。だから、彼女にだけは、辞める理由を話したんだと思うって……。それで、辞めるんだって、いったあと、内緒にしておいてくれ、って念を押されたそうよ……」
「ふたつの考え方があるね!ひとつは、真実を話した……。もうひとつは、辞める理由の噂を作って、本当の理由を隠したかった。内緒にして、っていえば、かえって話を広げてくれる、と期待したのかもしれないね……」
「ヒロって、天邪鬼ね!本当に決まっているじゃないの!」
「そうかなあ?こんな田舎に、芸能プロダクションのスカウトがくるか?しかも、カオル君を男の子として売り出すのか、美少女として売り出すのか?はっきりいって、ゲテモノ扱いされるよ!」
「あのね!丸山明宏を知らないの?シスター・ボーイっていわれていて、シャンソン歌手で、三島由紀夫が絶賛しているそうよ!ゲテモノじゃなくて、個性的なのよ!唯一無二の存在になれるわ!」
「知ってるよ!『ヨイトマケの唄』だろう?まあ、個性的だね……」
「みどりは、カオルを知っているのよね?スターになれると思う?」
「わからないわよ!スターになるには、才能だけじゃなくて、運が必要だ!っていうから……」
「しかし、カオル君がスカウトされた、としたら、飛び降りたりはしないだろうね?つまり、行方が知れないのは、そのスカウト話の所為と、考えたほうが良いってことだよね?」
「そうね、カオルは被疑者から除けておいて、次に行く……?」
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