第56話 七人の女傭兵ガチンコ総当たりデスマッチ!

「王女様からの依頼?」


傭兵ギルドに所属している、とあるクランのリーダーであるその男は、その依頼内容に首を傾げた。

もうすぐ戴冠式を迎え、新生マルドゥック王国女王となられるティア王女様からの依頼だそうだ。

依頼内容は、王都の警護。


「確かに各国の賓客は多いし、第1王子も行方をくらましたまんまって話だがなぁ・・・」


マルドゥック王都には正規の兵や騎士団が居る。

護衛なら十分間に合うだろう。

もしかすると、警護と銘打っているが、観光客の交通整理かも知れない。


「王都全域の警戒と警護、ね?アプスラの私兵だけじゃ戦争なんて起こせないだろ」


狙うならクーデターだろうが、各地の有力な地方貴族や、第2王子以下の弱小派閥は軒並みティアの軍門に下ったとのもっぱらの噂だ。

味方となる勢力がいない。

マルドゥックと険悪な関係の国は不思議とおらず、他国の協力を得て王都へ進軍するのはほぼ不可能だろう。

戦争にならなかったのは大変によろしいが、傭兵である自分たちはおまんまの食い上げだ。

戴冠式のお祭り騒ぎを少し見物したら、また何処か戦の匂いのする土地に移るつもりであった。

そこに、降って湧いたような破格の依頼だ。

マルドゥック政府からでなく、あくまでティア王女個人からの依頼なのが少し気になるが、わざわざ足を運んだ手前、少し小遣い稼ぎをしてから王都を離れるのも悪くない。


「対魔物を想定した装備と編成をしておくように?ああ、噂の魔獣騎士団てヤツか。確かにあのトロールキングとか襲ってきたら厄介だな」


マルドゥック王都へ向かって街道を進んでいた時に、野盗の集団と、さらに魔物からの襲撃を受けた。

トロールキングはさすがに逃げるしかないかと思っていたら、その場に居たエルフたちが片付けてしまった。


(しかしアレは、たまたま現れた野良の魔物だろう?)


魔獣使いがあれほど巨大な魔物をテイム出来るなど聞いた事が無い。

彼の知ってる魔獣使いは、鳥形の小型の魔物を使役して上空から偵察をする諜報タイプだけだ。

他にも狼タイプの魔物を使役する者も居るらしいが、やはり偵察や連絡などの諜報系だ。

魔物の軍勢が攻め込んでくるなど有り得ない。

それこそ魔王軍の再来だ。


「魔物か・・・あのエルフの姉ちゃんたち見つけたら誘ってみるかな」


冒険者ギルド所属のエルフ4人組。

魔物相手のプロらしく、たまたまだがしばらく同行したなかで、彼女たちの戦闘能力の高さは思い知った。

野盗相手には殺さないように手加減して制圧していたために手際が微妙ではあったが、魔物相手の圧倒的な強さは驚嘆に値する。


「ベネットたちにも話持ってってやるかね」


他のクランからはやや煙たがられている7人の女傭兵たちを思い出す。

特に下心は無い。

彼が故郷に残してきた娘が同じぐらいなのだ。

純粋に心配になる。

女なら傭兵など辞めて結婚すればいいのにとは思うが、彼女たちの男嫌いも知っている。

それにそれを言うなら、常に心配してくる娘を安心させるためにまず自分から辞めろと言う話になってしまう。

彼に出来るのは、孤立気味のベネットたちに、たまに声をかけて様子を窺うくらいだった。

彼は面倒見が良い男だった。

ややお節介とも言えるが。


「おお、精が出るな」


ベネットたちが根城にしてる宿屋へ着くと、7人は建物の裏手の広場にて鍛錬を行っているようだった。


「模擬戦か?凄い熱量だな?」


裂帛の気合いの声と、鋼が打ち合わされる剣戟の音が木霊する。

まるで、意中の男を巡って争っているかのように、彼女たち7人は瞳に炎を宿してそれぞれが本気を見せている。


(仲が良いとは思っていたが、訓練では真剣そのものなんだな。馴れ合いもふざけ合いも無い。うちも見習わなきゃなぁ)


彼のクランの新入りたちは、たまに模擬戦などやらせても手を抜いて適当にやるヤツも多い。

傭兵は金が絡めば強いのだが、そうでないならそもそも戦わない。


(しかし、ベネットたち・・・こんなに強かったのか・・・)


そう言えば、彼女たちが戦うところをまともに見たのは初めてかも知れない。


(すごいな。あのアリオットだっけ?あんなの初見で対処できないぞ?)


褐色肌の少女が雷を纏って突撃し、大盾を構える大女を弾き飛ばしている。

チームワークも大事だが、個々人の能力が低ければ話にならない。

それに仲間の実力を知っておくのも大切な事である。

クランリーダーの男は唸るように息を吐くと、腕組みをしてベネットたちを見つめ続ける。

 

(こんな人目につくところで隠し玉使う訳がない。みんなそれぞれさらに奥の手を持っているはずだ)


ベネットたちが、今夜ミカラに抱かれる1人に選ばれるため、出し惜しみ無しで死力を尽くしている事など、彼には知る由もない。

ふと周りを見回すと、ベネットたちが戦う広場を見てる見物客や野次馬に混じり、それなりの手練れが混ざっている。


(あいつらは・・・たしか傭兵や冒険者で名を馳せてる連中だな。ベネットたちの闘気に当てられたか?)


お金のために戦う彼と違い、戦う事を目的に傭兵や冒険者をしている連中だ。

ベネットたちを見る目の鋭さが違う。

気づくと広場の持ち主、ベネットたちが泊まる宿の看板娘が飲み物と軽食の販売を始めていた。

商魂たくましく調子の良い事だが、感心もする。

見物料を取らないだけ良心的か。

クランリーダーは看板娘に小銭を渡し、酒を一杯受け取る。

真っ昼間から女同士の本気の戦いを肴にしての一杯とは、また贅沢である。

少し見ていて気づく。

一対一の戦いだが、同じ相手とは二度は戦っていない。

少し休憩は挟むが、直ぐ様違う相手と本気で戦い始める。

仲間同士という事で手の内をお互い知っているので小手調べなどなく、不意打ちで仕留めてやろうなどの小細工も当然無い。

お互い準備が整ったらばそのまま激突。

決着が着いたら相手を助け起こし、しばらく休んだらまた戦闘だ。


「そ、総当たり戦?馬鹿な・・・精鋭の騎士団の訓練じゃあるまいし・・・ 」


やるとしてもこんな大怪我しそうな本気のぶつかり合いはしやしないだろう。

急所は避けて殺さないよう注意はしているようだが、木剣や棒を使わず、真剣で戦っている。

段々と人だかりは増えていき、いつの間にか大勢の見物人たちが声援を送っていた。


(ちょっとした興業だなこりゃ)


近くの屋台が出張してきたようで、通りの端で食べ物やら酒やらを売っている。

もしも、むさ苦しい自分たちのクランが派手な模擬戦を行ってもこうはなるまい。

口を開けば傭兵らしい荒っぽい口調のベネットたちだが、見た目は若く美しい女傭兵たちなのだ。

それに魔術や真剣を使った激しい戦いは見栄えも良くて素人受けする。

彼個人は、あの小柄な少女の動きが気に入った。

恐らく殿役なのだろう。

派手な技は出さないが、堅実に受け、避け、的確に反撃している。

攻守のバランスが優れていて玄人好みだ。

そういった、違うタイプの少女たちがそれぞれの得意戦法で鎬を削っている。

見目麗しい女戦士の決闘。

これをただで見れるのだ。

人だかりも出来よう。

そんな野次馬など気にもしていないようで、ベネットたちの戦いに、次々と決着が着いていく。

ミルザが、悔しそうにしながら木の板に戦績を書き込んでいる。

メラクも溜め息を吐き出して戦績を書き込む。

負けた方が書き込む決まりのようだ。


(ん?これが今の戦績か?)


クランリーダーの男が興味本位でその木版を見やる。

戦績と、決まり手が簡単に書かれている。

反省点を活かすためだろう。

本当に頭が下がる。


(なんだ?武術指南役でもついたのか?)


見てみると、後残る組み合わせは一つだけだ。

示し合わせたように、そこでこの総当たり戦の勝者が決まるようである。

ともに5選5勝。

他の仲間たちも広場の端に寄って見守る姿勢を取る。

歓声を上げていた野次馬たちも自然と静まりかえる。

広場の中央にその2人が進み出て睨み合う。

その片方、7人の女傭兵クランのリーダー、ベネット・ナッシュが不敵に笑う。


「驚いたね、フェクダ。そんな技の数々、いつ覚えたんだい?」


ベネットが内心冷や汗を流しながら問うてみる。

フェクダは今まで、力任せな大味な攻め方しか知らないはずであった。

しかし他の5人を巧みな水魔術で翻弄し、双剣使いの手数の多さで押し切った。

フェクダには、ミカラの強化により魔力不足や身体ダメージのデメリットを解消したはずのアリオットですら、まるで歯が立たなかった。

ベネットはアリオットには辛勝といったところだ。

フェクダだけ、この7人の中で頭一つ抜け出ている。


「覚えたというか、考えたんだよ。まぁ敢えて言うなら・・・」


ミカラに抱かれただけで、一級品の精霊魔術の使い手になってしまった自分。

全てはミカラのため。

ミカラの役に立ちたい一心で、急激に戦士として成長したとしか言えない。


「ミカラに、ベッドの中で教わったのさ」 


ニヤリと笑い、双剣を構える。

攻撃力で勝るアリオットを完封し、総合力で負けてるはずのメグレーズも圧倒した。


(水の精霊魔術が、ここまで手強いとはね)


「言うじゃないかお嬢ちゃん」


だが、ベネットも黙って負けてやるつもりはない。


「私が1番年上なんだけどね、姐御」


能力的にも気質的にもベネットがリーダー向きであるため、ベネットよりも年齢が上の者たちも姐御と慕っている。

ハーフエルフであるフェクダだけベネットより2倍ほど年上なのは種族的なものであるが。


「ミカラは言った。私にこの王都を守れと」


ならば建物を押し流すような濁流は使えない。

使うならば、針の穴を通すような繊細な魔術。


「みんなもミカラを好きなのは知ってる。けれど・・・ 」


フェクダが、羽織っていた丈の長いコートを脱ぎ捨てる。

傷を隠すため、真夏でも首まで覆う服を着込んでいた。

もう、それはしなくていいのだ。

胸だけを布が覆っていて、肩や背中、おへそも腋も丸出しになる。

履いていた長ズボンも、思いつきで切って破いてふとももを露わにする。

長いブーツも脱ぎ捨てて、素足を晒す。

その突然の脱衣サービスに野次馬たちが口笛を吹いて手を叩く。


「ん?あの娘、ハーフエルフだったのか。耳は今まで上手く隠してたのか?道理で綺麗なはずだ。特に肌が信じられないくらい綺麗だな」


クランリーダーも思わず目を見張る。

欲情まではしないが、その芸術的なまでの美しさに見惚れない訳ではない。

生まれのせいで傭兵に身をやつすしかなかったのかも知れないが、あの美貌なら引く手数多だろう。

あの美貌と肉体で迫られて、堕ちない男など居ないはずだ。

ちらりと周りを見れば、同性であるはずの宿屋の看板娘すら、売り子を中断してフェクダの肌や髪の美しさに見惚れ溜め息を吐いている。

他にもいた若い娘たちも感嘆の溜め息を吐いている。

異性同性問わず惑わす、エルフと人間両方の魅力を併せ持つ、完璧なハーフエルフ。

フェクダの肩や腕やふともも、ふくらはぎに至るまで、シミやアザや切り傷などが一切見当たらない。

身体の方の変化がインパクト強過ぎて、フェクダ本人も最初は気づかなかったが・・・傭兵稼業でろくに手入れしていないはずの髪の毛も、ミカラの光の治癒魔術の効果でツヤッツヤのサラッサラだ。


「フェクダ、あんた・・・」


ベネットが、その美しさとは別の意味で驚く。

いくら傷が治ったとはいえ、他人に素肌を見せる行為は慣れていないはずだ。

現に今も、微かに身体を震わせている。

他人の目が怖いはずだ。

戦闘中にそれをした事は、ベネットを侮った訳ではあるまい。

自分の覚悟の表明だ。


「ミカラに他にたくさん女が居るのもなんとなくわかるよ。でも私は―――」


フェクダの周囲を漂う精霊が活性化する。


「ミカラの側に居て!この身、この命を捧げたいっ!」


フェクダの身体が滑るように移動する。

足の裏に水の塊を発生させ、それを足裏に履いた状態で疾走する。

ブーツを脱いで裸足になったのはパフォーマンスではない。

素足の方がより、水の精霊魔術の精度が上がるためだ。


(なるほど、こりゃ凄い。だが気持ちが真っ直ぐ過ぎるんだよね!)


ベネットはカウンターを狙い、剣を引いて構える。

フェクダの双剣よりも自分の大剣のがリーチが長い。

それに剣の腕ならベネットのが上だ。

スピードは大したものだが、狙いが解っていれば怖くない。

双剣を弾いて刃を横にしてぶっ叩いて終わりだ。

フェクダが複数の魔術を操るのを見ていない。

もし隠しており、不意打ちで水弾を撃ってこようが叩き落とす自信はあった。

フェクダが加速してベネットに肉薄する。

今、このタイミングだ。


(勝った――――!?)


勝利を確信したベネットの剣が空を切る。


「―――っ!?かっ・・・―――っ!?」


突然息が出来なくなったため動きが乱れたのだ。

息が出来なくなった原因は・・・


「ガボッ!?」


口の中に突然発生した水の塊だ。

それがベネットの呼吸を邪魔している。

これは、フェクダがミカラへ攻撃した際に食らったカウンターの再現だ。

ベッドの中ではないが、まさにミカラから直接教わった技とも言える。

フェクダがこの負け方をしたのは皆知っていたが、他の相手との戦いで使ってこなかったので、フェクダではまだ使えないのかと思わされた。

格上のベネット相手の切り札として、あえて使ってこなかったようだ。


(こりゃ一本取られたね・・・)


ベネットは朦朧とする意識の中、腹にフェクダの双剣の柄がめり込む感触を覚える。


「げぼっ!」


大量の水を吐き出し、意識も飛び出していきそうになるベネット。


(だがまだだ、まだ戦える)


ベネットは意地で大剣を手放していない。

しかし、最後まで油断していないフェクダがベネットの大剣を双剣で弾き飛ばす。

さらにベネットに足をかけて地面に転がし、首の左右に双剣を突き立てる。

このまま体重をかければ、ベネットの首は両断される。


(あ〜〜〜・・・負けた、かぁ)


ここからの逆転はさすがに厳しい。


「切り札は、最後までとっておくものでしょ?」


可愛らしくウインクする年上のハーフエルフの妹分に、ベネットは・・・


(あーあ、ミカラの1番には、この7人の中ででもなれないのかぁ・・・)


そう思いながらも、自分たちを圧倒した事に称賛と尊敬の念を抱き、意識を失った。

万雷の拍手喝采の中、ベネットたちの序列が変化する。

リーダーを交代する気は無いが、この立ち位置を譲る気も、フェクダには無かった。









拍手喝采の中、何故かわからないが銅貨や銀貨、果ては金貨まで投げられて、ベネットたちは総当たりの模擬戦を終える。

たまたま見ていた商人の1人が、美しく強い女同士を戦わせる興業を思いつくのだが、それはまた別のお話。

それはともかく、なんだがよくわからないが途中から声援とかもらえてたし、ベネットたちが一応野次馬に手を振る。

野次馬に混じっていた傭兵ギルドの別のクランのリーダーが、感動した!俺も今から模擬戦をやるぞ!と言って駆け出して行ってしまった。


(ずっと見ていたのは知ってたけど、何をしに来たんだ?)


ベネットは首を傾げたが、さすがに疲れたので呼び止めるのはやめた。

後回しにする。

もう飯食って寝たい。

負けたのは悔しいが、これほどの身体能力を手に入れた事への高揚感は凄い。

気持ちよく眠れそうだ。


「うう〜悔しい〜私が1番強いのに〜」


まぁ中には、決着内容に不満がある者もいる。


「アリィ、まだ言ってるのかい?アンタは強いっちゃ強いけど、調子に乗り過ぎたね」

 

ミカラのバフにより魔力量と耐久力が上がったアリオットは、雷撃を纏う魔術で無双しまくり・・・かけたところでフェクダ、ベネットに完封された。

フェクダの水の盾に阻まれて攻撃は届かず、ベネットには足を引っ掛けられ突撃の勢いそのまま転がされた。

突然好き放題に使えるようになった必殺技に振り回され、戦略も戦術も立てずにがむしゃらに戦ってしまったのが敗因だ。


「ぅう〜今ミカラに抱かれているのは私だったかもなのに〜」


涙を流して悔しがるアリオットの言葉を聞いて周囲を見回すベネット。


「フェクダは?」


そういえば、意識を取り戻した辺りから姿を見ていない。

落ちてた時間は1分もないはずだ。


「とっくに行ったよ」


るんるんスキップするようにマルドゥック王城へと向かっていったフェクダ。

仲間たちは呆れ半分、嫉妬半分で仲間のハーフエルフを見送った。

フェクダ以外の6人は、トラウマさえ克服できればミカラ無しでも女としての幸せを掴める可能性はあった。

だが、フェクダには一欠片の望みすら残っていなかった。

それを救われ、女として愛されたのだ。

気持ちのうえで負けてないとは、少し言い切れない。


「ま、負けたんだから仕方無いさ。今夜はウチらだけで寂しく酒盛りだ」


何故だかわからないが、その日の宿屋で出てきた料理はとても豪華だった。

宿屋の女将からはいつまた模擬戦をするのか訊かれ、また首を傾げるベネットなのだった。







 

「ミカラ、待っててね!今から貴方のフェクダが参ります!」 


下町を抜け、歓楽街を抜け、閑静な住宅街に差し掛かったあたりで、フェクダが唐突に足を止める。


(・・・騎士?)


それは騎士の姿をしていた。

巡回中なのだろうか?

いや、それにしては周囲の精霊の反応がおかしい。

ミカラに抱かれ強化されたフェクダの瞳には、大気中の精霊や、人間一人一人が纏う様々な精霊が見える。

アリオットは、解りやすく雷の精霊。

自分は水の精霊。

得意な属性の精霊が特に周囲に集まっているだけで、色々な精霊が大気に渦巻いている。

ミカラは最初は闇の精霊の気配が濃かった。

フェクダを治癒してくれた後、その身に纏う精霊は光で満ちていた。

ミカラの言っていた弱体化の理由は恐らくそれだと当たりをつけている。

光の治癒を行うと闇の精霊も祓ってしまい、ミカラが得意とする闇魔術が使用不可、もしくは著しく威力精度が落ちるのだろう。


(闇の精霊・・・いえ、これは・・・瘴気?)


その騎士は微かにだが瘴気を纏っている。

瘴気を吸って生きていられるのは・・・高位の魔物や、魔族だけだ。


(ミカラの役に立ちたい)


フェクダは判断を間違える。


(この騎士は・・・ミカラの敵)


ミカラの命令を無視してしまう。


(後をつける。無茶はしないで・・・)


―――優先度は自分たちの安全第一、まずは命を守れ―――


そのミカラの言葉は、フェクダの中から消えていた。


「え?」  


消えた。

目の前に居たはずの騎士の姿が消え・・・


「!!!!!」


突然背後に現れた濃い瘴気に全身が総毛立つ。

反射的に水の精霊魔術を使う。


「くっ!このっ!!!」


知識としては知っていた。

しかし、体験としては初めてだった。


(精霊が―――!?しまっ―――)


濃い瘴気が場に満ちると、精霊の活動は停滞し、精霊魔術が使えなくなる。


「ぐっ!?」


咄嗟に前方へと飛び退くが、腰の辺りに衝撃を受ける。

フェクダの軽い身体は硬い石畳をバウンドし、壁にぶつかり地面へ転がる。

身体強化はされていた。

そのお陰で骨も折れていないし内臓も無事だ。

しかし、打ち所が悪かった。


「あ?・・・」


フェクダの額から血が流れ、美しい髪が赤く染まる。

脳震盪。

すぐに立てない。


「ミ・・・ミカ、ラ・・・」


(・・・駄目だ。これじゃミカラの役に立てないよ)


必死に見上げたフェクダが見たものは・・・


「ミ、カラ・・・私・・・ごめ」

 

先程の騎士らしきナニカが頭上へと振り上げ、自分へと振り下ろしてくる、鈍い輝きを放つ剣だった。





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