第55話 魔術国家ユグドラシル国立学園学長フレイヤ・ヴァルプルギス

「学長を辞めたいです」

 

「学長、この書類判子抜けてます。サインでも可です」


「ユグドラシルの巫女も降りたいのです」


「巫女様、次の神事には国王陛下も参列なさるそうです」


「不老不死の魔女なんてもう嫌です」


「フレイヤ様、ならば・・・」


「結婚して妊娠して出産して辞めてやるのです」


ふんすふんすと意気込む学長に、秘書を務める女が淡々と告げてくる。


「ならばまずは相応しい殿方を見つけて射止めてください。話はそれからです」


「むむ〜〜〜」


フレイヤは魔術学園学長室にある、学長専用のちっちゃい机に突っ伏し唸り声を上げる。


「今学園に滞在してる勇者パーティーに参加して・・・いい男をゲットしましょう。婚活パーティーです」


魔王討伐軍は一万人ぐらい居るらしいので、1人くらいはお眼鏡に叶う男が居るやも知れぬ。


「パーティーの意味が違います。それと許可出来ません。貴女はこの地を離れれば離れるほど弱体化します。大森林のエルフたちと同じですから」


使うのが精霊魔術か人間の魔術かの違いはあれど、大樹から、ユグドラシルからそれぞれ魔力供給を受けてブーストするのは、大森林のハイエルフの姫君と同じだ。

まだ未熟だった頃の勇者や聖女の旅に、『偽装』魔術で変装して同行していた事もあったが、勇者ベオウルフがフレイヤより強くなった段階で彼女の役目は終わっている。

敵の本拠地に乗り込んで弱体化するくらいなら、全力戦闘が出来るホームから後方支援に徹していた方が戦略的にマシなのだ。


「・・・ちょっと休憩してきます」


「畏まりました。次の分の書類を運んでおきます」


鬼のような事を平然と言う秘書を恨みがましい目で見つめながら、フレイヤは学長室を出る。

そのまま学園の校舎裏に行くと、涙を流して絶望する。


(何処かに・・・若くて可愛くて優しくて強くて将来性があって私の事を一生愛して守って甘やかしてくれる男の子はいないのでしょうか?)


そんなにワガママだろうか?

フレイヤと結婚すれば、フレイヤの次にユグドラシルの恩恵に預かれる。

次代の学長・・・つまりは次代の、不老不死の魔女ヴァルプルギスの父親になれるのだ。

地位も名誉も富も約束されている。


(それを抜きにしても、こんな世界最高に可愛い私と夫婦になれるのだから、私の運命の人が向こうからやってこないのはどう考えてもおかしいです)


昨日、魔王討伐軍到着に際し、久方ぶりに挨拶に来たアヴェラやリューセリアは、最近可愛い年下の男の子の恋人が出来たと自慢してきた。

なんと2人で共有してるらしいが、戦闘面ではまだ未熟で、このまま魔族領に行けば死ぬ可能性が高いそうな。

その男の子を鍛えて強くして欲しいとか無茶振りをされたフレイヤ。

その男の子の事を話してるアヴェラもリューセリアも凄く幸せそうで、フレイヤは嫉妬した。


(・・・ あの2人があんなメロメロになるような恋人・・・ 私も欲しい、欲しいよぉ)


ずるい。

世の中は不公平で理不尽だ。

自分は百年以上、彼氏はおろか男友達も作れずに延々とユグドラシルの世話やら学園の運営やらにこき使われている。

たまのストレス解消に、暗殺者ギルドから定期的にやってくる刺客をボコボコにしていたが、最近は来なくなった。

諦めたのだろうか。

骨の無いヤツラである。


(あーあ、何処かに、いい男落ちてないですかね?)


フレイヤが再び我が身の不幸を呪って・・・


「くすんくすん」


と泣いていると・・・


「君、どうしたの?」


そう言って若い・・・まだ幼いとも言えるくらいの少年が現れた。

膝を曲げてフレイヤに目線を合わせてくれる。

優しい。


「ほら、泣かないで?可愛い顔が台無しだよ?」


安心させようとしてるのか、少年が微笑みかけてくれる。

チラリと盗み見たその笑顏は優しく、魅力的だった。

少し見惚れてしまった。


(誰でしょう?魔王討伐軍の参加資格の年齢以下みたいですが・・・生徒にこんな子いましたっけ?)


フレイヤは魔眼を以てその男の子を解析する。


「僕はミカラ。勇者パーティーの一員さ。まぁ見習い扱いだけどね」


やはり、アヴェラたちの言っていたミカラという少年であった。

しかしそんな事よりも、驚くべき解析結果にフレイヤが戦慄する。


(―――っ!!!・・・高レベルの暗殺者適性・・・だけじゃない。微かにですが勇者適性と、聖女適性も所持している・・・ということは・・・?)


特異体質。

アヴェラが原因か、リューセリアが原因か、それともこの男の子の生来持つ才能なのか・・・


(抱いた女の持つ適性を・・・奪う能力?)


だけではないはずだ。

久しぶりに見た勇者と聖女は、格段に強くなっていた。

恋人と愛し合ってるから気持ちが強くなったとかの次元ではない。


(・・・性交した相手をも強くする?確か・・・東の果てにある体交法ですか?アレと同じ事を、自然に、天然でやっている?)


体交法による強化魔術というか仙術の知識はフレイヤも持っている。

試しようもないので実践した事はないが。


「何か困りごとかい?」


(困りごと・・・結婚相手がいないのが困りごと・・・じゃ、まずいですね)


「・・・勇者パーティーに、参加しちゃ駄目って、言われたんです・・・」


嘘は言ってない。

泣いてた理由とは大違いだったが。


「わかるよ、その気持ち。僕も、もっと力があればって、思うもの・・・」


(この流れは、上手くすれば・・・)


不老不死の魔女が、心の中で舌舐めずりする。


「ミカラは、強くなりたいです?」


「ああ、どんな事をしても、僕は強くなりたい」


そう真っ直ぐにフレイヤに語るミカラの真剣な表情が堪らない。

可愛い。

可愛くて堪らない。


「・・・どんな事を、しても?」


フレイヤの瞳が妖しく光る。

もう間違いないだろう。


「・・・アヴェラとリューが言っていたのはこの子の事ですか・・・」


(これで同姓同名の赤の他人だったら目も当てられないですしね)


「ん?何か言った?」


(アヴェラとリューのお手つきの非童貞なのは気に入りませんが・・・)


笑顏が可愛い。

欲しい。

欲しい欲しい欲しい。

この男の子が、絶対に欲しい。


(この子にしよう。この子に決めた)


「ううん、なんでもないです」


フレイヤは覚悟を決める。

かつての弟子二人の恋人を寝盗る覚悟を、決めてしまう。


「ねえミカラ、私が強くなる魔術をかけてあげましょうか?」


くるりと回ったフレイヤのローブが、花開いたようにフワリと舞う。


「へえ、そんなの出来るの?凄いね。お願いしてみようかな」


不老不死の魔女の婚活が、速攻で終わろうとしていた。


(やった!言質を取った)


フレイヤが魔眼の威力を高めてミカラの瞳を覗き込み、少年の意識を奪い取る。


「――――あ?―――」


ミカラの身体がビクリと震え、その肉体の主導権はフレイヤが掌握した。


「じゃあミカラ、強くなりたいのなら、私と結婚するです」


「・・・わかっ・・・た」


虚ろな表情をしたミカラが途切れ途切れに呟く。


「私と結婚して、子供を作るです」


ふんすふんすと興奮しながら、フレイヤがミカラに告げる。


「君と、結婚し・・・て?、子供・・・作る」


ミカラがそう言って頷き、契約をしてしまう。


「やったー。可愛い旦那様、ゲットしました〜」


不老不死の魔女がちっちゃい手を広げてバンザイする。

こうしてミカラは、野良犬に噛まれたか通り魔にでも遭ったような唐突さで、不老不死の魔女と結婚したのであった。












「王城ね・・・。俺に客って誰かね?」


ミカラは迎えに来たケイトとリサと共にマルドゥック王都王城へと戻って来た。

ミカラが広い応接室に入ると目の前には、長い髭の老人が居た。

長いローブに木の杖にトンガリ帽子。

まさに由緒正しき魔術師と言った姿だ。

冒険者ギルド所属の魔術師は、あくまで魔術を基本戦術に組み込んでいる者を差す。

動きやすいズボンを履いて鎧を着込み、普通に剣やナイフなども装備している。

魔術師と悟られないよう、わざわざ武骨な戦士風の格好をしている者さえいる。

魔術師ギルドの魔術師にはまだこういった姿を良しとする風潮も無い訳ではないが、かなり形骸化しており、重要な式典くらいでしか見かけない。

せいぜいが、自由な服装の上にジャケットやコートを羽織るように魔術師のローブをひっかけているぐらいだ。

魔術国家ユグドラシル国立学園ではさらに見かけなくなる。

世界各地から留学生を募り最先端を自負する学園では、ハイセンスなデザイナーが設計したブレザーが採用されており、校内も近代的で都会的だ。

講師陣もスーツと言われる簡易的な儀礼服を着ていてローブ姿の者はそう多くない。

それこそ重要な式典ぐらいでしかローブやトンガリ帽子など身に付けない。

なので、今どきこんな絵本に出てきそうな格好の魔術師は珍しい。

そしてその珍しい姿の老人は、賢者と呼ばれている老魔術師である。

かの勇者ベオウルフを見出し迎えに行った3英雄。

勇者パーティーの正式メンバーとされる、聖女や聖騎士と共に並び称される者。

勇者や聖女が師事したとされる稀代の魔術師。

ある時期を境に勇者パーティーから姿を消し、魔王討伐軍にも在籍していなかったため、死んだとも殺されたとも、隠居しただけとも言われている。

そんな伝説の存在だ。

先日なんと、彼こそあの魔術国家ユグドラシル国立学園の学長だとの公式発表があり、世間を大いに騒がせた。

勇者パーティーに参加しなかったのは、後進育成に尽力していたからなのだと。

そんな大物がミカラの目の前に居る。


「それが他所行きの格好か?」


ミカラが胡散臭そうな顔をして、その老魔術師に適当な感じで話しかける。


(あー・・・夢を見たのは、虫の知らせってヤツかい) 


「ふふっ。やはりあなたには通じませんね?でわ賢者タイムは終了と言う事で・・・」


老人の口から舌っ足らずな幼い声が漏れ出し、老人の姿がぼやけ、次の瞬間には幼女姿の魔術師になる。

ローブに杖、トンガリ帽子なのは同じだ。


「久しいですね。ミカラ」


「フレイヤ」


ミカラが少し眉根を寄せて応える。


「私の『偽装』魔術は完璧なはずなんですけどね」


フレイヤが肩をすくめてみせてみる。

魔術師ギルドなどの施設に『偽装』魔術で姿を変えたまま入るとアラートが鳴ったり、魔術式が強制解除され本来の姿にされてしまったりするが、彼女レベルの『偽装』魔術ならばそれすら誤魔化せる。

彼女ならば好きに姿を偽り魔術師ギルドの重要施設でも難無く出入り可能だろう。


「やはり愛の力でしょうか。照れますね」


にへへと笑うフレイヤをひょいと抱き上げるミカラ。


「おや?もう我慢できませんか?」


「話しやすくするだけだ」


ミカラはソファに座り、膝の上にフレイヤを乗せる。


(リューセリアのホムンクルスに、ヒートの妹、さらにフレイヤか、なんなんだこりゃ?)


ミカラの過去が追いかけて来てるような気持ち悪さがある。

追いかけて来た過去もとい正妻一号がミカラの服をくいくいと引っ張る。


「も〜久しぶりに会う妻に対してもっとかける言葉は無いのです?」


ぷくーっと頬を膨らませる仕草は幼女そのものだが、中身は軽く百は超えているはずだ。


「相変わらず変わんないな、フレイ」


「仕方無いのです。うちには大森林と違いハイエルフが居ないのです。大樹ユグドラシルは、人間とお話するために1人はコネクトする存在が必要なのです」


フレイヤはユグドラシルに接続出来る唯一無二の存在だ。

ユグドラシルの巫女と言っていい。

しかしミルティーユと同じくその土地を離れると途端に弱体化するため、魔王討伐軍、勇者パーティーには参加できなかった。


「それに・・・そう思うなら私をきちんと娶って欲しいのです」


フレイヤがポッと顔を赤らめる。

ユグドラシルは別に鬼でも悪魔でもない。

巫女が役目を降りたくなれば、条件次第で交代を許可してくれる。

巫女を降りた者は一気に老け込む事は無いが、ユグドラシルの加護が弱まり、緩やかに年を取り老衰で死ねる。

条件とは、子を成す事。

フレイヤの肉体は成長が止まって見えるが、妊娠出産は可能である。

胎内に宿った新たな命にその役目は移り、生まれ落ちた後は母の後を継ぐ巫女となる。


「酷いです。百年モノの処女を散らして置きながら」


「それを言うならまだ子供の貞操をよくも奪ったなロリババア」


出会った時はちっちゃい女の子だと思ってた。

泣いてたから慰めようと思って話しかけたら、いつの間にか魔術的結界の中で裸に剥かれてのしかかられ、そのまんま犯されていた。

乱入してくる勇者。

泣きながら刃物を持ち出し突撃してくる聖女。

発狂する暗殺妹。

もう無茶苦茶だった。


「あの修羅場の元凶がよくもまぁ、んな事言えたもんだぜ」


「ミカラが可愛いのが悪いのです。今もまだ可愛いです」


にこにこ笑っていたフレイヤだったが、急に目をスッと細める。


「・・・貴方、大森林のハイエルフと交わりましたね?」


フレイヤの目が妖しく光る。


「ミカラを取り巻く精霊が活性化しています。ハイエルフの加護ですね。私とお揃いです」


「いや違うだろ」


「本質は変わりませんよ」


不老不死の魔女が妖しく笑う。

フレイヤ・ヴァルプルギス。

魔術国家ユグドラシル国立学園学長。

エルフ大森林の大樹から株分けされた苗の1つが根付いた地の、主。

人とエルフの友好の証として譲渡された大樹の苗を植えた事により、その地は精霊が活性化して大森林のように樹海に呑まれるはずであった。

しかしその時、1人の魔術師が細工をする。

本来ならば土地の力を吸収して育つはずの大樹の力を逆に大地に流したのだ。

魔力を吸い上げた大樹が再び大地に魔力を流す事で、土地全体が魔力を帯びるようになる。

その土地で育った食べ物を食べた人間たちは魔力が高まり、皆魔術師の適性を持つようになる。

しかし、というか当たり前のようにここで問題が起こる。

崇め奉るべき神に等しい大樹を、人間の強化のために成長を止めさせた事にエルフ大森林のエルフたちが怒ったのだ。

しかし、すでに根付いてしまった大樹の苗は回収不可能。

攻め込もうにも、当時は大陸横断列車などなく、超長距離を行軍するしかない。

魔物が跳梁跋扈する死の荒野を抜けても、それで終わりではない。

精霊の力が弱まった土地で、大樹の力を文字通り食って育った人間の魔術師たちを、エルフたち・・・ハイエルフですら倒す事は難しい。

そもそもこの件で騒いでたのは肉体を持つエルフたちに過ぎず、精霊化して大森林に漂うハイエルフたちはあまり乗り気ではなかった。

精霊化したハイエルフの感覚は通常のエルフたちと異なり、人間が食べた大樹の一部も、大樹の力と認識している。

つまり、エルフ大森林の木々が魔力を帯びるのと、魔術国家の人間たちが魔力を高める事は同じ認識でしかなかった。

皮肉な事に、物質文明を否定するエルフたちは大樹の本質を見落とし、目に見える大樹という物質が無い事に怒ったのだ。

とはいえ、彼らの溜飲を下げなければ収まりはつかない状況だった。

株分けの苗が根付いた土地は魔術国家ユグドラシルと名を改め、成長を止めた大樹は国の中心に据えられ神格化する。

エルフと同じ信仰を持つ事で友誼の証とし、表向きは和解が成立した。

しかし、それも時の流れが歪めてしまう。

エルフたちからすれば、人間の無礼をなんとか我慢してやっているに過ぎず、その出来事もちょっと前の事。

しかし人間側からすれば、自分たちが生まれる何百年も前の出来事をネチネチ持ち出して来るエルフたちに負い目など感じない。

精霊魔術頼りで己の内在魔力の研鑽を怠る怠惰な原始人にしか見えない。

これにより、事実上人間とエルフの間に決定的な溝が出来てしまう。

学園は度々エルフの講師や留学生を呼び込もうとするが、本拠地たるエルフ大森林からは色よい返事など望むべくもない。

極稀に旅をするエルフが講師や生徒として在籍したが、結局馴染めずすぐに学園を去って行く。


「・・・という訳なのです。ミカラには我がユグドラシル学園の、精霊魔術の特別講師として来て欲しいのです。お願いです、可愛い妻のお願いですよ?マルドゥックのお家騒動なんてどうでもよくなりませんか?なりますよね?今すぐユグドラシル学園へレッツラゴーです」


見た目ちっちゃい子がミカラの膝上に乗り、くいくいと服の襟を引っ張ってくる。


「断わる」


「う〜〜〜こんなに可愛い妻のお願いをきいてくれないのですか?酷い夫なのです」


「お前さんとは離婚が成立しただろ?」


ミカラは嫌な事を思い出し、顔をしかめる。


「まだ係争中です。それに、ユグドラシルからのバックアップを受けてるくせに、私のお願いはきけないと?」


「ちっ・・・」


ミカラの無尽蔵にも思える強大な魔力の源泉のひとつは、大樹ユグドラシルからの魔力供給である。


「私が拒否すれば、貴方に魔力供給はされず、他の女に使った癒やしの魔力や体交法による強化は成しえませんでしたよ?理解ある妻で良かったですね」


「・・・」


今までの全てとは言わないが、確かにユグドラシルからの魔力供給が無ければ死なせてしまった女は居たはずだ。


(シェスタ・・・フェクダあたりは怪しいな・・・)


ミカラ1人の力で救ってやったとは言い切れない。


「わかった。この件が片付いたらユグドラシルの講師でもなんでもやってやるよ」


「ふふふ、約束ですよ?破ったら怖いですからね?」


そう言うとフレイヤはいそいそとローブを脱いでブラウスも脱ぐ。


「・・・ 何してんだよ?」


「再調整です。ミカラ、あの時からずぅぅぅっと、うちに寄ってないでしょう?ユグドラシルとの接続が不安定になってるはずですよ。貴方本来の力があれば死にかけた魔族女を治癒したり、死にかけた人間の娘を眷属化したり、傷ついたハーフエルフの娘の身体を再生したぐらいで・・・こんなに消耗しませんよ?」


フレイヤが手ずからミカラの衣服を脱がしにかかってくる。


「くそ、全部筒抜けかよ」


ミカラが毒づく。

普通に女を抱いたり、バフ強化も兼ねた行為程度ではそこまで魔力の流れは変わらないだろうが・・・眷属化や聖女の光の治癒に際しては、ユグドラシルからかなりの魔力供給が為されたはずである。

使用履歴みたいなもので、世帯主であるフレイヤには、夫が何に魔力を使ったのかは常時閲覧可能なのだろう。


「当然です。一応まだ妻ですので。正妻一号です。・・・ 二号さんなんかに負けませんよ?」


あの運命の時、ミカラとフレイヤの婚姻届け・・・ユグドラシルに刻まれた連名の刻印は超常の力で上書きされかけた。

ギリギリで防げたが、その結果・・・

 

(あんなのと重婚するハメになるとは思わなかったぜ、まったく)


結果論だがフレイヤと結婚していて助かった。


(そうでなかったら俺は・・・)


人間をやめていただろう。


「では始めましょう?」


ソファに座ったまま裸になった2人が、正面から抱き合う。

平坦な胸をミカラの腹にこすりつけ、不老不死の魔女が笑う。


「ふふ、私が満足するまで、この部屋の扉は絶対に開きませんからね?お覚悟を・・・我が夫」


フレイヤがミカラの喉仏に舌を這わせる。


「何処のダンジョントラップだよ?ったく・・・」


ミカラが諦め呆れて溜め息を吐き出し、不老不死の魔女の、正妻一号の髪を撫でる。


(・・・アイツには勿論の事、ハイエルフなんかにも、ミカラは渡しませんからね)


フレイヤの感知魔術はマルドゥック王都全てを網羅しており、ミカラの女たちの気配も、禍々しい魔力を放つ者共の気配も全て捉えていた。


「ミカラは、私が守ります」


小さい腕と小さい掌で、守るようにミカラを抱き締めるフレイヤ。


「そりゃ有り難いけどよ、お前さんもヤバそうになったら逃げろよ?ホームじゃねぇんだから」 


ミカラも腕をフレイヤの腰に回し、ぐっと引き寄せて強く抱き締める。


「―――ぅんっ!・・・ はぁ、はぁ。ふふっ。つれないですね。俺もフレイヤを守るっ!とは、言ってくれないのですか?」 


「いやどう考えても、今この都で1番強いのお前さんだろ?・・・おい?んっ・・・」


ミカラのその言葉に、フレイヤは黙って唇を奪う事で返事をする。


(いいですよミカラ。存分にか弱い女たちを守ってあげてください。そんな貴方の背中を、私は守りますから。・・・ふふ、良く出来た妻ですね、我ながら・・・)


例えこの命がこの地にて尽きようとも、ミカラを守ると、フレイヤは誓った。

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