第57話 魔獣騎士

「魔獣騎士団の編成は?」


アプスラの平坦な声に、ベルが文官のような生真面目な口調で報告をする。


「9割方は整っております。戴冠式当日までには完璧に仕上がるかと」


「よし、そのまま続けろ」


「ひっ、たしゅったしゅけてっ!!!」


2人の会話に割り込んできた声に、アプスラが不快げに眉毛を寄せる。

アプスラの目の前には、1人の女が居た。

アプスラの婚約者である。

マルドゥック王国大貴族の娘であり・・・第1王女派に通じていた内通者だ。

彼女はウールンの配下ではない生粋の王侯貴族であったため、本人に戦闘能力は無い。

裏切ったのもウールンの画策というよりは、旗色悪しと自らアプスラを見限っただけだ。

ちなみに彼女の父親は、先程彼女の目の前で魔物に生きながら食われた。

裏切り者を生かしておくほど、アプスラは甘くない。

ならば何故この女を生かしておくのか?

答えは簡単。

簡単に死なせないためだ。

この女がアプスラの居ないところで、散々アプスラやウールンの悪口を言っていたのは知っている。

実家から連れてきた寄り子の騎士と密かに通じ合っていたのも知っている。

自分への悪口や不貞などどうでもいいが、ウールンへの言葉だけは、絶対に許す事はできない。


「案ずるな。お前を魔物に襲わせたり食わせたりはしない」


それは単なる手間暇の問題だった。

父親と同じく生きたまま食わせるだけなのも味気が無いし、かと言ってこの女に魔物の種を仕込んで繁殖させるのは時間がかかる。

苦しめるだけなら魔物に犯させるのも一興だろうが、今は一体でも兵力が欲しいし時間も惜しい。

この女は、繁殖以外の時間のかからない方法で有効活用すればいい。


「ひぇっあ、ありが、ありがとうごじゃいま」


涙と鼻水を垂らしながら礼を言う婚約者を・・・


「ベル、任せた」


魔獣騎士団軍事顧問に丸投げする。


「そ、そんにゃ、た、たしゅけてくれるって・・・」


婚約者が絶望の顔をする。

それを見たアプスラは少しだけ笑みを見せる。

羽をもがれた虫が足掻くのを楽しむ、嗜虐的な笑みを。


「そうだな、お前の想い人と一緒にしてやろう。ふふ、俺が王位に着いた後はあの騎士の子を、俺の跡継ぎとして育てるつもりだったらしいな。そこまで想い合う2人を・・・離れ離れにするのは酷だものなぁ?」


その言葉を聞いて、婚約者がしどろもどろになる。


「ひっ!そ、それは、その、あの・・・」


そろそろあの騎士の処置も終わっている頃だろう。

2人仲良く戦列に加えてやろう。

アプスラは自分の優しさに満足する。

きちんと配下の事も考えねば、王など務まらない。


「ありがとうございます。少し原材料の補充が必要なところでしたので」


ベルが物でも見るように女を見下ろし、その手を伸ばしていき・・・


「あ、あぎゃああがぎゅおおっあはがあああっ!」


・・・その女の、人間としての生が終わった。













「なにしてんだてめぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


ズドッ!


倒れたフェクダへと剣を振り下ろした騎士を、風よりも早く現れたミカラが横合いから蹴り飛ばす。

一瞬後に爆風がやってきて、周囲の木々を揺らす。


「しっかりしろ!フェクダ!」


ミカラが倒れ伏すフェクダを抱き上げる。


「ミ、ミカラ・・・」


フェクダの目の焦点が合っていない。


「待ってろ!今治す!」


額に手を当て、速攻で治癒する。

『感知』による診察では、そこまで酷い怪我ではない。

ミカラ自身の戦略的価値を考えるならば、ミカラの魔力は温存し、近衛騎士の誰かに治癒させるのが合理的だ。

しかし、そんな事は出来ない。

ミカラは迷いなく光の治癒を行い、フェクダを癒やす。


(ああ、くそっ!また使っちまった!)


光の治癒によりフェクダの頭部の傷は綺麗さっぱり治る。

血で汚れた髪や、先程受けた全身の殴打の跡すら全て綺麗に元通りだ。

しかしそれにより、ミカラの魔力の属性が大きく光に偏る。


(ヒーラーじゃ、敵は倒せねぇっての)


光魔術にはもちろん攻撃魔術もあるが、あまり得意ではない。

今のミカラでは使いこなせない。

闇魔術がミカラ本来の属性である。

空間転移による削り取りは、物理的防御を無視した即死魔術。

アレが使えなくなるのは痛い。


(つっても、あんまそっちも使い過ぎると引き返せなくなるんだけどな)


騎士らしきナニカがゆっくりと立ち上がり剣を構える。

その身体からは精霊の反応が無い。

代わりに瘴気を立ち上らせている。


「魔族?じゃねぇよな?なんだコイツ?」


闇魔術を極めると生きたまま瘴気を纏えるようになる。

すなわち、魔族化だ。

逆に光魔術を極めても、肉体は光の粒子へと変わり永遠の存在となってしまう。

すなわち、精霊化。


(俺は人間を捨てる気も、肉体を捨てる気も無ぇんだよ)


大事なのはバランス。

中庸。

6属性の中心に立ち、どの属性にも偏らない完璧な中庸を目指す。

それをしなければ人間でなくなる。


「ミカラっ!」


意識がハッキリしたフェクダがミカラの首に抱きついてくる。

凄く良い匂いがする。

髪もサラサラだし。

肌もスベスベだ。


「おっと、いかん」


ハーフエルフの誘惑に負けかけたミカラへと、瘴気を纏った騎士が突っ込んでくる。


「仕方無ぇっ!」


ミカラが拳を突き出し、その騎士の胸を鎧ごと貫く。

普通の人間よりやや中央にあった心臓を手で握り締める。


「丁度良いや、もらうぜ?」


ミカラはその心臓を握り潰し・・・


「『吸収』っ!」


掌から吸収する。


「ぐぅおっ!!!」


瘴気が体内を巡る不快感は抑え切れない。

しかし・・・


「よし、成功・・・だ、はぁぁぁぁぁっ!」


ミカラが手を引き抜くと、騎士の身体が糸の切れた操り人形のようにぐしゃりと崩折れる。

瘴気を吸い取ったのが原因か、心臓を潰したのが原因か、取り敢えずは倒せたらしい。

あれほど立ち上らせていた瘴気はもう感じない。


「ミカラ、ミカラぁ」


フェクダがミカラの胸に顔を埋めて甘えてくる。


「よしよし、怖かったな?もう大丈夫だ」 


ミカラの脳裏に、この目の前のハーフエルフを無惨に犯してから喰い殺したい衝動が生まれる。


(くそっ。瘴気に引っ張られる)


この騎士から吸い出した瘴気により、光の属性へと傾きかけたミカラの属性は再び闇に傾く。

しかし、副作用というか、邪悪な思考をし易くなってしまう。

不滅の肉体となる魔族化が忌避される要因の一つだ。

力を得る代償に心も変質する。

ミカラは意識的にフェクダを少し離れた場所に下ろす。

騎士の身体を調べるためだという建前を使う。


「ごめん、私、ミカラの役に立ちたくて・・・」


今更思い出した。

ミカラは確かに言っていた。

まずは自分の命を優先しろと。

未知の敵を1人でなんとかしようとした。

そして殺されかけ、またミカラに助けられた。


(ぅう、不甲斐ない気持ちでいっぱいなのに・・・ 助けに来てくれて嬉しい。かっこよかった・・・そんな事考える私・・・最低だ)


落ち込むフェクダを他所に、ミカラが騎士の鎧を剥ぎ取り中身を調べる。


「こいつは・・・?」


それは奇妙な存在だった。

魔物とも、獣人とも、勿論人間とも呼べない。

それらの材料を、人間サイズに無理矢理押し固めたような、前衛芸術の抽象画みたいな生き物だ。


「キメラ?いや・・・そう呼んでいいのか?」


基本的に合成獣は全てキメラと呼べなくはないが、コンセプトも不明だし、何よりあの瘴気が説明できない。

それはまぁ置いとくとして・・・


「材料は・・・何処から持ってきた?」


『解析』魔術でざっと調べると、割合としては人間のパーツがやや多い。

人間1人拐うなんて簡単だろうが、敵はこの王都に攻め込んでくるはずなのだ。


「まさか」


第1王子派に属する大多数の騎士が王都より姿を消していた。

表向きは同じく姿を消した第1王子派の大貴族たちと共に野に下って潜伏中と思われているが、ミカラたちは知っている。

その大貴族たちはティアたち暗殺者ギルドが闇へと葬ったはず。

彼らの私兵である騎士たちに指示を出せるのは、1人しかいない。

主が行方不明となった後、その主の旗頭から召集を受ければ、アプスラに愛想を尽かしていなければ応じるだろう。


「まさか・・・ 騎士だと?魔獣騎士団・・・まさか―――!!」


ミカラは自分の考えが見当外れだった事に、今更気づく。

魔獣騎士団とは、魔物を操る魔獣使いによる魔物の運用が主たる戦力ではなかったのだ。

魔物と獣人と騎士をかけ合わせ混ぜ合わせた、一体の魔獣騎士を・・・団として編成出来るほど大量に備える事なのだと、気づく。


「こいつは早く知らせねぇと、王都防衛作戦の根幹から揺らぐぞ?」


こちら側の想定として、最大の脅威は集団で群れを成す大型の魔物だと思っていた。

実際に戦闘になれば、この魔獣騎士より大型の魔物の方が物理的には脅威度は高い。

だがむしろ、人間サイズのこの魔獣騎士たちが王都王城へ侵入してくる方が厄介だ。

大型の魔物なら遠距離から急所を狙える。

高威力の魔術で遠隔から狙い撃ちだ。

しかしこの魔獣騎士がマルドゥック兵や民衆と入り混じり、パニックを起こした民衆を含めた大乱戦に突入した場合・・・ミカラの扱うような即死系魔術ですら対処出来ない。

この騎士がここに居たという事は、王都中にコレが潜伏してるはずだ。

ガワは正規の騎士の姿をしているし、瘴気は人を無意識に遠ざける。

フェクダなど、目が良い者や鼻が効く者は誤魔化せないが、一般民衆には怪しまれずに王都中に配置出来る。

なかなかにまずい展開だ。


「早く戻らないとならない!」


クーデター前に敵の戦力を知れたのは僥倖だ。


「ミカラ・・・」


ミカラが騎士の身体を調べている間、長い耳を垂らしてションボリしていたフェクダが上目遣いに見つめてくる。


「だからフェクダ、すまん」


ミカラが目を伏せて謝る。


「ん、わかってるよ。おあずけ・・・」


こんなに迷惑をかけてしまったのに、抱いて欲しいなどワガママは言えない。

助けられてときめいてしまった心を、なんとか抑えないとならない。


「こんなところで申し訳無い」


ミカラがフェクダの肩を掴み、通りの石壁に押し付ける。

そしてそのまま服をずらしてくる。

外気に晒された素肌が震える。


「え?え?や、やだ、ここお外だよ?」


模擬戦では覚悟を決めて素肌を晒したが、このような脱がされ方はやはり抵抗がある。


「王城の清潔なベッドはおあずけだ。悪いな」


魔獣騎士なんてお土産持って帰ってしまったら、そのまま防衛作戦の会議に突入だ。

潜伏中の魔獣騎士を探し出して駆除しなければならなくなる。

フェクダを抱いてる暇は取れないだろう。

しかし、魔獣騎士を一体仕留められたのは偶然とはいえフェクダの手柄だ。

その事には報いたい。

ここで、フェクダに服や宝石をあげたり後日デートに連れていったりせず、肉体的快楽で支払おうとするのがミカラのクズたる所以であろうか。

それに・・・


(瘴気を吸い込んだ影響だな。欲望を抑え切れねぇ)


目の前に居る美しいハーフエルフを、思う様に蹂躙したい。

怯えと期待と不安と、悦びの感情を浮かべている俺の女を、今すぐに堪能したい。


「え?あ、あん。そ、そんな・・・こんな、人が通るかも知れないところでなんて・・・」


瘴気は人を遠ざける。

あの騎士を倒してしまったので、ここには普通に人通りが戻ってくるはずだ。


「あ、だ、ダメだよ、ミカラぁ、は、恥ずかしぃよぉ」


ミカラに抑え込まれ、フェクダが力無く抵抗する。

だが、衣服をずらしただけの、その雑な扱いにも興奮する。

最初は優しく労るように抱かれたが、こう、乱暴に物のように扱われるのも、いい。

奴隷時代に男に犯された事は無いが、女としての部分はナイフや火掻き棒で徹底的に破壊された。

その後はただ痛めつけられる事で暴力の捌け口として扱われた。

無理矢理、力尽くでミカラの物にされていく実感が、その忌まわしい記憶を塗り潰し、歪んだ悦びをフェクダに与えてくる。


(・・・ああ、ミカラに力尽くでされてる。私はもう、この人の物なんだ)


支配される悦びに震えるフェクダに、ミカラが意地悪な囁やきをする。


「せいぜい、通行人が来ない事を女神様にでも祈っててくれ」


自分でも悪い顔をしている自覚がある。

これも瘴気の影響だよね、うん。


「やっ!やっぱり恥ずかしいよぉ、駄目だよぉっ!あっ・・・」


少し住宅街から外れているとはいえ、いつ人が通るかわからないような場所で、ミカラはフェクダを欲望のままに抱いていく。


(はぁ!嘘・・・人に見られるかも知れないのに・・・ドキドキしてる・・・)


フェクダが初めての野外プレイに、かつてない興奮を味わう。

もちろん、ミカラはこっそり『隠蔽』魔術を使用しているので、通行人が通りがかっても、2人の痴態を認識する事は出来ない。

それこそ、鼻が効く者でもない限り・・・













「・・・・・・だ、旦那様?」


マハナが突然ガバリと路面に這いつくばる。

周囲に居た人間が、目を逸らして避けて通る。

くんくん鼻をひくつかせるハーフエルフ。


「ちょっとマハナ?犬じゃないんだから!やめなさいって!」


一緒に居たラピスラズリが慌ててマハナの腕を引っ張る。


「い、いえ、かつてないアイデンティティの崩壊の足音がしますっ!こ、この先に旦那様が、旦那様の匂いがっ・・・!!!」


這いつくばったマハナが、まさに犬みたいに四足歩行で走り出そうとする。

ラピスラズリがそれを羽交い締めにして止める。

エルフとハーフエルフの二人組なだけで目立つのだ。

これ以上悪目立ちしたくない。


「アンタの鼻も!ミルティーユの探知も!こんなに大きくて人がたくさん居る王都じゃ、なんの役にも立たないの解ったでしょ!?アフロディーテたちが待ってるんだから、早く行くわよ」


二人一組に分かれて情報収集していたミルティーユとアフロディーテたち。

これから宿屋に集まって夕食を取りながらの報告会なのだ。


「ああ、待って、旦那様の匂いが、確かにこっちから・・・凄く濃く漂ってきます!」


ミカラの半眷属となったマハナの直感が、主がすぐそこで闇の気配を放っているのを認識している。


「そう言って昨日は歓楽街の高級娼館に行ったじゃない。何時間も待って出てきた匂いの元は、普通の人間の男だったし」


声をかけてくる男が多くてうんざりした。

二度とあんな場所には行きたくない。


「で、でもあのチェリオとかいう男は旦那様の事を知って・・・」


ミカラの事を尋ねたら、自分の大切な仲間だと言っていた。

その時点で胡散臭い。


「俺の尊敬して信奉する兄貴?だっけ?どうせ娼館通いの仲間でしょ。居場所なんて知る訳ないわよ。まったく恐れ入るわね・・・私ら放っておいて娼館遊びとは」


本当にミカラに辿り着く一歩手前まで行って、引き返してきてしまった2人。


「ラピっ!待ってくださいっ!あと少しだけ・・・」


「しつこいっ!」


マハナがラピスラズリに引きずられていく。

実は今、マハナが手を伸ばした方の角を曲がったすぐ先で・・・


「ミカラっ!ああっ!あっちから足音と話し声がするよぉっ!?み、見られちゃうよぉ」


衣服をずらされて半裸になったフェクダを・・・


「へへっ、なんだよフェクダ?見られたら興奮するタイプだったのか?なら今度、大勢の前でヤってみるかぁ?」


ややSっ気を発揮したミカラが言葉責めもする。


「うぅ、酷いよぉ、ミカラ・・・でも好き」


ミカラが最近手に入れた新しいハーフエルフとアブノーマルなプレイをしている場面に出くわさなかったのは・・・ 自称ミカラの妻であるハーフエルフにとって良かったのか悪かったのかは、誰にもわからない事である。

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