第51話 七人の女傭兵

「あんたかい?うちらを雇いたいって野郎は?」


その女は傭兵ギルド所属のクランの一つのリーダーだった。

名をベネット・ナッシュ。

ベネットたちが根城にしてる宿屋の1階に併設された酒場の一角にて、彼女は豪快に酒を呷ると、値踏みするように目の前の男を睨む。


「ミカラ・デタサービ。冒険者ギルド所属だ。よろしくね」


軽い感じで挨拶してくる男からは、歴戦の猛者と言った雰囲気は感じない。

鍛えてもいるし、身のこなしも良さそうだが、金を持っていそうには見えない。


(冷やかしだったらボコッて裸にひん剥いて、通りに蹴り出してやる)


ベネットは男嫌いで有名だったし、目の前の男も第一印象からして好きになれそうにない。

ベネットはミカラ相手に愚痴を吐き出す。


「戦争が起きるっつーから馳せ参じたら、第1王子派はとんずらしちまうし、滞りなく第1王女様の戴冠式とくらぁ。何処にアタシらの働き口があるんだい?え?何かい?アタシらみたいなゴロツキに王女様のパレードの護衛でもさせようってかい?」


その軽口を受けて部下の傭兵たちがギャハハハと嘲笑う。

その嘲笑を受けてもミカラは涼しい顔で流す。

そして・・・


「戦はあるぞ。お前さんらには、ティア王女の下で働いてもらう」


そう淡々と告げる。

ベネットの目が細まり、口の端から垂れていた酒を手の甲で拭う。


「・・・ ガセじゃねぇだろうな?」


「もちろん」


凄んで見せても顔色を変えないミカラに少し苛つく。


「へっ。じゃあなにかい?ウチら全員近衛騎士にでも召し抱えてくれるって訳かい?」


「いや、王女の守りなら間に合ってる。王都の警護かな?」


ミカラは何処から取り出したのか、大きな革袋をテーブルに置く。

その革袋からジャラジャラと溢れる金貨の山に、ベネットたち全員が目を見開く。


「ミルザ」


ベネットに名を呼ばれた少し表情の乏しい少女がその金貨をザッと調べる。

そしてすぐに首を縦に振る。


「姐御、コレ本物」


「マジかよ、すげぇ!受けようぜ姐御!」


一番血の気の多そうな娘がはしゃいだ声を上げる。


「ドゥーベ、少し黙れ」


ドゥーベと呼ばれた娘が慌てて口を閉ざす。

両掌で口を覆う仕草が小動物じみてて可愛らしい。


「ミカラっつったか?いったいどんな裏がある?」


ベネットの疑り深さに満足したように、ミカラが笑う。


「今からお前さんら全員を相手に俺が実力を確かめる。もしも期待以下だったら話は無し。俺の期待以上だったら、全員抱いてやる」


その発言に、全員が殺気立つ。


「あ?アタシらを金で買おうってか?」


若い女七人だけの傭兵クラン。

なめられる事も多い。

護衛依頼をしてきた貴族が、毎晩1人ずつ夜伽の相手をしろと命じてきたので半殺しにして街道に捨ててきた話は傭兵ギルド内でも有名だ。

たまに彼女たちの事をよく知らない余所者が女相手だとバカにしてきたが、そのたんびに解らせてきた。


(コイツも、その手合いか)


ベネットが目の前の男を半殺しにすると決めた。


「表へ出な優男。アタシらが勝ったら、金貨は貰う。だが依頼は無しだ」


こんな男を使いに出すような貴族や王族の下で働く気は無い。

金貨を頂いたらとんずらすればいい。

責任は全部ミカラが負うだろう。


「よしゃ、商談成立〜」


ニコニコと笑うミカラに対して、七人の女傭兵たちはそれぞれの得物を持って、宿屋の裏手にあるちょっとした広場に向かう。

そこは人目から隠れて鍛錬も出来る。

戦うには絶好の場所だ。


「で、誰から相手すりゃいい?トリはアタシだね。まぁアタシまで回ってこないだろうがね」


ベネットがせせら笑う。

一対一を7回戦。

どう考えても自分の出番は無いだろう。

そのベネットに対して、ミカラが小馬鹿にするように笑いかける。


「はっはっは。バカ言うなよ。全員でかかってきな。あ、ハンデ要る?そうだな〜、俺はじゃあ、この小指一本で相手してやるよ?」


ミカラが左手の小指を突き出してピクピク動かす。

ベネットの笑顏が消えて、真顔になる。


「後悔するんじゃないよ?」


ベネットがサッと手を上げると、七人の女傭兵が得意の布陣を組む。

凶悪な魔物や、格上の敵を全員で相手にする時のフォーメーションである。


(・・・コイツの自信は嘘じゃねぇな?武器も、手も使わない?つまりは、魔術師か?)


盗賊職にしか見えないが見せかけなのだろうか?

ミルザ・・・金貨の鑑定を行った表情の乏しい少女が、まずはミカラに『鑑定』魔術をかける。

ミカラの不敵な態度の正体を暴き出すためだ。

そして・・・


―――お姉ちゃん―――

―――私の分も―――

―――生きてね―――


「いやあああああああああああああああっ!」


突然悲鳴を上げて倒れ伏すミルザ。

白目を剥いて泡を吹き、身体はガクガクと痙攣し失禁までしている。


「!ミ、ミルザっ!?」


仲間たちに動揺が走る。


「あ、やべ」


ミカラがベネットたちが駆け寄るより早くミルザの元へ急行して抱き起こすと、その唇を奪う。

口移しの魔術式で破損した精神を修復すると、激しく痙攣していたミルザの身体が落ち着き、穏やかな寝息を立て始める。


「テメェっ!ミルザから離れろっ!」


ドゥーベという血気盛んな前衛の少女が、槍を構えて突撃してくる。


「いやぁ、ミルザだっけ?なかなかいい素質あるね。俺の精神防壁は深度に応じてカウンターでかいからさ」


ドゥーベの懐に潜り込んだミカラの小指が、彼女の鳩尾、正中線を捉える。


「ゲボっ!おえええっ!」


浸透勁により内部に衝撃を受けたドゥーベが吐瀉物をまき散らして昏倒する。


「うわ、またかよ」


大食いだったのだろう、このままでは嘔吐物で喉を詰まらせる。

ミカラは迷いなくドゥーベの唇も奪い、吐瀉物を吸い出して吐き出す。

ついでに治癒も行っておき、内臓のダメージも無かった事にしておく。

安らかな寝息を立てるドゥーベを地面に寝かしつけると、近寄ってきていた少女の剣を小指一本で止める。


「よくも2人をっ!」


その少女は少し短めの剣を2本操る双剣使いだった。

手数の多さで圧倒するはずの得意の斬撃が、ミカラの小指一本全てに弾かれる。


「この野郎っ!」


少女は切り札の水魔術を使おうと魔力を練り上げる。

大気中の水分を一気に集めればこの広場と、根城にしていた宿屋や周辺の建物を押し流せるくらいの濁流を生み出せる。


「フェクダ!駄目だっ!」


ベネットが叫ぶ。

洪水を起こして町に被害を出すのは流石にまずい。

しかし・・・


(あ、あれ?おかしいな?)


何も起こらない。

水の精霊が応えてくれない。

呆然とするフェクダの髪の毛を、ミカラの小指がかきあげる。

フェクダの耳は、途中から切られて短くされている。


「ハーフエルフか」


「お前っ!」


フェクダがカッと激昂しかけるが・・・


「がぼっ!」


その口中に水の塊が発生する。

ミカラの仕業ではない。

ミカラに支配されたこの場の精霊たちが、支配者に逆らった敵に対して自動で迎撃したのだ。


(な、なんでっ!?生粋のエルフ相手でもないのにっ!私が精霊魔術で・・・負け・・・)


水を飲まされるまでもなく喉奥や胃の中、さらには肺の中に自然発生した純水に、フェクダは水死しかける。


「ええ?またぁ?」


ミカラは呆れると意識朦朧とするフェクダを抱き寄せその唇を奪い、彼女の体内に強引に発生させられた水分を体外に追い出す。

おしっこというカタチでジャバジャバ吐き出された水分が、フェクダの真下に池を作る。

ガチャガチャと双剣を手放して気絶したフェクダをまた地面に寝かせて、ミカラがおもむろに拳を振るう。

正確には拳から突き出た小指を。


「ぎゃっ!」


「ぐえっ!」


そう悲鳴を上げ、ミカラの小指の一撃を受け、大柄な盾持ちの女戦士と、恐らく総合力で1番強い小柄な少女が崩折れる。


「メラクっ!メグレーズっ!」


メラクが盾を持って文字通り盾となり、いざという時は殿も務めるクラン最強のメグレーズが仕留める。

そんな黄金コンビが、ミカラの小指を額に受けて脳震盪を起こしている。

2人ともまた吐瀉物を吐き出し痙攣し始める。


「あ〜加減ムズいなぁ〜」


ミカラは2人の吐瀉物をまた吸い出して吐き捨てると、脳震盪も治癒してやる。


「うわあああああああっ!雷撃よっ!我が身を守る鎧と成り!我が一撃を雷神の槍と化せっ!」


「もうやめろアリィっ!うちらの負けだっ!」


浅黒い肌の巨乳の女戦士が魔術による雷を纏い、疾走する。

雷撃を操る魔術戦士アリオット。

ベネットたちの切り札だ。

6属性から外れる雷属性の使い手は少なく、初見で防げる者は皆無だ。

魔力量が少ないアリオットにとっては燃費が悪過ぎるため、使用は1日1度が限界。

良くて筋肉は断裂し、悪ければ骨まで折れる。

無事に怪我無く使いこなせても、使えば丸一日は寝ていないとならない。

ベネットからは、仲間の命の危機の時にだけ使用を許されている。

これより後が無い文字通りの最後の切り札である。


ズドッ!


「あがっ!――――」


ミカラが小指でアリオットを防ぐ。


(あ〜〜〜小指だけって言っちまったからなぁ)


優しく受け止めてやりたかったが、それでミカラが負けたら本末転倒だ。

ミカラの小指の一撃はアリオットの豊かな胸を貫き、肋骨や肺を潰してしまっていた。


「ケポッ!カヒュッ!ひゅわっ!」


血の泡を吹き出し始めたアリオットの唇を奪い、治癒の魔術式を体内に浸透させ、損傷した肺も肋骨も治してやる。


「よし、後はお前さんだけだな」


アリオットを地面に寝かせたミカラが笑顏でベネットへと近寄っていく。


「あれ?」


ベネットは地面に両手をついて頭を垂れていた。

いわゆる土下座の姿勢だ。


「おいおいどうし」


「頼むっ!見逃してくれっ!アタシはどうなってもいいからっ!この娘たちはみんなアタシの妹・・・ 娘みたいなもんなんだっ!頼むっ!」


ガタガタ震えながらミカラに懇願する。

金貨に目が眩んでしまった。

いや、こんな化け物に目を付けられた時点で自分たちは終わっていたのだ。

誰の差し金だろう?

あの半殺しにして街道に捨ててやった貴族か?

裸にひん剥いてやった傭兵だろうか?


(ああ、駄目だ、派手にやり過ぎたんだ・・・)


女だてらにと下に見られたくなかった。

大きなクランに誘われたが、その話を蹴った。

仲間の1人が違う傭兵クランの男と仲良くなった時、守ってやったつもりでその関係を終わらせた。

あれも、これも、ベネットの弱さゆえの事だ。

女だけでも全然やっていける。

そう思っていた。

そう思いたかったのだ。


「ごめん、私が全部悪いんだ。殺すなら私だけにしてくれっ!」


死ぬのは怖い。

だがそれ以上に、仲間たちを失う方が遥かに恐ろしい。

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、ベネットは顔を上げ・・・


「んっ・・・!?」


ミカラに唇を奪われる。

ミカラは『鎮静』の魔術でベネットの精神を落ち着かせると、頭をぼりぼりかいて決まり悪そうにしている。


「ああ、いや、すまん。やり過ぎた」


「え、えぇと・・・あ、アタシたちを始末しに来た殺し屋じゃ・・・ ?」


「なんでそうなるねーん」


ミカラがそう突っ込んで軽く肩を叩くと・・・


「ひぃっ!―――あっ」


ベネットの股下から温かいものがチョロチョロと流れ出てくる。

ミカラのムカツク態度でグビグビ酒が進んでしまった代償であった。









「ほ、ほんとに、アタシらを生かしておくのかい?」


ベッドの中で優しく抱き締めてやっていても、ベネットはまだ疑り深くミカラを見つめている。


「なんだよ?なんでそんなに疑うの?俺ってそんなに信用できない?」


ミカラが少し傷ついた顔をする。

性技を以て正義を成す。

とにかく抱いちまえばイチコロよ!

と、あの後ベネットたちの泊まる大部屋に移動して7人同時にベッドインしたのだが、ベネットは未だに不安そうにしている。

他の6人もミカラに怯えた態度をまだ見せている。

初めての者や、そうでない者も居たが、ミカラは別け隔てなく愛したつもりだ。


「アタシらは、男の恨みを買い過ぎてるからね・・・」


ベネットがそうこぼす。


「でも!それだって男が悪いんだっ!」


ドゥーベが目に涙を溜めて叫ぶ。

その時、それまでずっと・・・ミカラに初めてを奪われている時すらも・・・黙っていたミルザがぽつぽつと語り始める。


「―――わ、私は双子の妹が・・・犯されて、殺されるところを・・・隠れてずっと見ていた、の」


ある日住んでいた村が野盗の集団に襲われ、ミルザを残して全滅した。

必死に息を殺し気配を消していた事で助かった。

後日、無意識に『隠蔽』魔術を自分にかけていた事がわかった。

同時に、双子の妹の手を握ってさえいれば、彼女も魔術の効果判定を受けて助かっていた可能性も・・・知ってしまった。


「ミルザっ!」


ベネットが気遣わしげにそれを止めようとするが、ミルザは首を振って話し続ける。


(・・・気持ち、良かった・・・)


ミカラは優しかった。

恐怖しか抱いてなかった男女の交わりは、ミルザの心に、かつてない幸福感を与えていた。

だが・・・


(わ、私は・・・)


「し、しあわせになっちゃ・・・駄目なのにっ!」


ミルザがポロポロと涙を零す。

そのミルザを抱き締めてやりミカラが囁く。


「ミルザのせいじゃねぇよ」


「でも、でも、毎晩妹が夢に出てくるのっ!なんでお姉ちゃんだけ生きてるの!って!代わりに死ねば良かったのにっ!て!」


わめき出したミルザをミカラが強く抱き締める。


「ならなんでアルコルはミルザの事を教えなかったんだ?」


「あ・・・」


「ずるいって思うなら姉を差し出せば良かったのにな。なんでしなかったんだろな?」


「そ、それは・・・」


たまたま見つかってしまった可哀想な妹。

アルコルはミルザの隠れ場所をもちろん知っていた。

何故それを黙っていたかは・・・


「アルコルは黙ってる事でミルザを守ったんだ。誇れ、お前の妹は勇敢だ。悪夢に出てくるのは偽物さ」


知っていた。

妹が言っていたのは、声を出さずに口を動かして伝えていた事は・・・ミカラに『鑑定』をかけた時の反動で思い出していた。


「うぅ、うわああああああんっ!」


大粒の涙を流して号泣するミルザを抱き締めるミカラを、他の6人が複雑そうな表情で見つめている。

ベネットがポツリと呟く。


「・・・アンタ、それでウチらを抱いてなきゃ聖人君子だったんだけどね」


少し呆れたように笑うベネットを抱き寄せ・・・


「いやぁ、こんないい女七人、抱かない手は無いっしょ?」


そう笑いながらキスをする。


(ああ、もう、なんつー悪い男に捕まっちまったんだい・・・)


ミルザはもう、駄目だろう。

今の仲間か、ミカラのどちらかを選ぶしかない瞬間が来たら、己の命を投げうってミカラに尽くしてしまう。

他の仲間たちも似たりよったりの理由で男を嫌い、遠ざけていた。

男嫌いなのに男をよく知らない女たち。

そんな自分たちには、このミカラとかいう男は劇薬過ぎる。


(1番臆病なのは、アタシだけどね・・・)


恥も外聞も無くわんわん泣いて男に縋っているミルザが少し羨ましい。

ベネットにも意地や矜持がまだ残っている。

ミルザ以外の5人がミカラに心を許すまで、自分がこの女誑しに溺れる訳にはいかないのだ。


「どうした?惚れたか?」


ジッと見つめてくるベネットに軽口を叩くミカラ。


「バーカ、死んでも惚れてやるもんかい」


そう言いつつも、ミルザをヨイショとどかしてミカラに抱きつく。


(そうさ、惚れてない。コイツの寝技にやられちまっただけさ。アタシが本気になる訳・・・ないんだから・・・ )


そう言い訳をしてミカラに抱かれにいくベネットを、少し恨めしげに見つめるミルザ。

他の5人も顔を見合わせつつ、すぐに自分も2人のように堕とされるのだと自覚し、体を震わす。

それは、恐怖か期待なのか。

これまで一度も聞いた事が無い、甘い喘ぎ声を出し始めた姐御を見つめながら、彼女たちはミカラという謎の男に溺れていく。











「ふむ、ここがマルドゥック王都ですか。だいぶ変わりましたね」


魔術師のローブを着て魔術師の杖を持つ、見た目ちっちゃい子。

しかしてその肉体に内包する魔力は世界最強。

どっかの大森林の姫君と似たような特徴を持つ女が、何十年ぶりかにやってきた王都を物珍しげに見回す。


「面白い魔力がたくさんありますね~。ミカラは何処でしょうかね?久しぶりに旧交を暖めたいものです」


その見た目幼女は顔を赤らめ、内股をモジモジさせる。

遥々大陸横断列車に乗ってやってきた、魔術国家ユグドラシル国立学園の学長。

人間種族における魔術師の頂点、不老不死の魔女フレイヤ・ヴァルプルギスが、マルドゥック王都入りした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る