第49話 7段アイスとかよく食べられるね?
「これはこれは、ティア王女様、ウールン様、よくぞ、ご無事で・・・」
(話が違うではないかっ!な、何故生きているっ!)
マルドゥック王国、王都。
その中心地たる王城の一室にて、1人の男が心の中で悲鳴を上げていた。
彼は第1王女派筆頭の大貴族であったが、ティア王女暗殺計画のあたりから、密かに第1王子派にコンタクトを取っていた。
ウールンの領地へ向かったティアに王都へ帰還するよう使者を出したのも、商隊を装い移動するティアの情報を敵側に流したのも彼である。
「頭でっかちの小娘か、剣を振るしか能の無い輩か。どちらが玉座に着こうと大して変わらぬ」
強いて言えば、義理の母親に欲情しているような王子の方が解り易く御し易いだろう。
王女の方は育つにつれ不気味なほどに政治的手腕を発揮し始めている。
王女に消えてもらった方がまだ旨味がある。
第1王子麾下の魔獣騎士団の武力に、高位貴族の子息子女で固めてる近衛騎士など抵抗しようもないだろう。
ティア王女にそっくりな影武者の存在も把握している。
判別方法は、胸。
配下の諜報官の報告から、ウールン領より王都に向かっているティア王女の胸が大きいと確認出来た。
第1王子派、第1王女派両方からのティア王女暗殺成功の報は正しかったようである。
「なるほど。影武者をそのまま即位させる気か。アプスラ王子を退けた後は、病死でもして第2王子あたりに譲位でもする気か?」
第2王子はさらに別の側室の息子であり、第1王女派に属している。
彼はティアよりも年上ではあったが凡庸であった。
絵を描いたり歌を歌ったりするする才能はあったが、王としての器ではない。
傀儡の王としてならもってこいだろう。
第1王女派にとってはアプスラに王位を継がせるよりかはマシなはずだ。
「しかし、影武者ごときに王など務まらぬ」
いずれボロが出るだろう。
第2王子派が第1王女派を切り捨てるかも知れない。
内部分裂が確定している派閥に籍を置き続けるのは危険だ。
前々から密会をしていた第1王子派のまとめ役の大貴族に、完全に寝返る密書を出した。
しかし、密書を持った腕利きの諜報官は姿を消し、第1王子派の大貴族にも連絡が取れない。
そうこうしてるうちにティア王女に化けた影武者が王都入り。
一応礼儀として影武者を王女として出迎えたが、その王女は・・・ちっぱいだった。
(くそっ!卿はすでに第1王女派に通じていた!?もしくは消された・・・いや、誰にだ?ヤツを消す理由など無い。どの派閥とも関係は良好で殺すより生かして取り込む方が有能な男だ。亡命?何故?)
彼が連絡を取ろうにも居所の掴めないその大貴族は・・・アプスラに顔半分を斬り離され、魔獣騎士団の操る魔物たちの腹の中に収まってしまっていた。
目の前の美しい母娘がニコニコと笑っている。
その笑顔は裏切り者に向けるようなものでなく、とても友好的で優しさに満ちている。
(諜報官に持たせた密書には、第1王子派に寝返る第1王女派の名前が全て載っている。アレが見つかると、まずい・・・)
内心の動揺を悟らせぬよう、完璧な笑顔で接する彼に、ティア王女も優しい微笑みを返している。
「うふふ、お出迎えご苦労様です。ところで・・・」
(はぁ〜あ・・・お気に入りのドレスでしたのに・・・)
ティアが、詰め物を入れていたせいで若干伸びてしまったドレスの胸元から・・・一通の封筒を取り出す。
「そ、それはっっっ!!!」
彼が諜報官に持たせた、裏切りの証拠の品。
(だ、だが!暗号化された文章を解読などできまいっ!いくら優秀とはいえ、あくまで政治面での事に過ぎないっ!)
彼は知らない。
ウールン邸に居たメイドたちも密かに王都入りしてる事を。
この目の前の母娘も含め、暗殺者ギルドの選りすぐりのメンバーである事を。
「面白い物が手に入ったんですの。ご一緒にお読み頂けませんか?」
その日、何人かの大貴族が行方不明となったが・・・後に起こる歴史的な出来事に埋もれ、彼らの行方を調べようとする者は、特に現れなかった。
「ミカラ様〜〜〜!貴方のティアが只今戻りましたわ〜!」
ドバーン!
と、扉を開けてティア王女が突撃してくる。
ミカラに割り当てられた王城の一室である。
そこには、夫を世界の主にすべく鋭意努力するティアを出迎え、優しく抱き締め労ってくれる者が待っているはずであった。
「私!ミカラ様のために頑張って働いてきましたわ〜!裏切り者の臣下の首を、こうキュッと締め上げてそのままねじ切っ・・・て―――・・・」
その辺りで、ティアの弾んでいた声が萎んで消えてしまう。
その部屋には誰もいなかった。
いや、正確には、死屍累々といった塩梅で何人もの女たちが倒れている。
あるいはベッドに、あるいはソファに。
なかには床に大の字に寝てグースカいびきをかいてるケダモノも1匹いるが。
「ミカラ様は、何処?」
冷たい声を出すティアに、ティアにやや似た面影を持つ元・影武者の少女が体をソファから起こして応える。
「ふぁ〜〜〜・・・あ、王女様おはよ」
シェスタは大きく伸びをして、ティアとは似ても似つかない部分をぷるんぷるん揺らす。
「ボスは何処へ行ったのかしら?ねぇ、専属お世話係さん?」
ティアの後に部屋に入ってきたウールンが、眼鏡とホワイトブリムとガーターベルト・・・と、何故か頭にうさぎさんの耳を付けてあとはすっぽんぽんの黒髪メイドを、詰める。
「ぁう、す、すみません・・・意識を失うほど激しくされ・・・不覚です・・・」
ケイトは椅子に座ったまま立てないらしく、震える手で度の入ってない伊達眼鏡をカチャカチャ動かしてしどろもどろだ。
「むにゃむにゃ・・・腹、減った。肉〜・・・」
床に裸で転がっていた獣人が、ベッドから突き出していた足のふくらはぎに、ガブリと噛みつく。
「あ痛ぁっ!」
コーラに噛みつかれた近衛騎士隊長が悲鳴を上げて目を覚ます。
「え?何何?敵襲?ミカラ殿!ミカラ殿は何処っ!?」
ケイトと違い視力の悪い堅物女騎士が、フランの悲鳴で飛び起き、めがねめがねと言いながらふらふら立ち上がろうとして隣に寝ている同僚を踏んづける。
「みぎゃっ!」
レベッカに踏んづけられ、偉大なる胸部を誇る女近衛騎士がジタバタと腕を動かす。
その腕にひっかかっていたままの下着が、放物線を描いて入口の方へと飛んでいく。
「・・・貴女たちは、私の敵ですの?」
パトリシアから投げつけられたウルトラビッグサイズのブラジャーを顔に斜めにひっかけたまま、マルドゥック王国第1王女が底冷えのするような凍てつく視線を、目の前のメス猫どもに投げつけた。
その頃ミカラは、マルドゥック王国の王都、その中でも最高級の娼館に来ていた。
(ふふふ。マルドゥック王都まで来たんだ。記念に一回くらいは楽しまないとな)
そんなミカラを、高級娼婦たちが笑顔で出迎え、口を揃えて言う。
「お待ちしておりました。ボス」
「嘘でしょ?」
ミカラはがっくりと膝をつく。
マルドゥック王国は、ウールンの支配圏。
当然と言えば当然のように、モグリの娼婦以外は皆、すべて暗殺者ギルドのメンバーであった。
「それはそれとして、抱いてくださるんですね?」
「まぁ、せっかくだし」
王城を抜け出そうとするミカラの邪魔をしてきた女たちを、ナニしてアレして黙らせてきたのであまり残弾数もなかった。
代表として娼館の女将、人気ナンバーワンの娼婦、まだ客を取っていなかった見習いの少女、さらには引退して裏方に回っていた年増女の4人だけ相手にした。
今は年増女に膝枕されている。
「また男に抱いてもらえるなんて・・・しかもボスのお相手が出来て光栄です」
優しく頭を撫でられるミカラ。
(・・・これがなきゃ最高なんだけどな~)
暗殺者ギルドメンバーは、忠誠心から抱かれに来るので、なんかちょっと違う感が抜けない。
見習いの少女も、ティアと同じ二世だった。
両親ともに暗殺者ギルドのメンバーで、ボスに仕えるべく娼婦として、暗殺者として鍛えられてきたそうな。
「俺が言うのも筋違いかも知れんが、自分の生きたいように生きろよ?」
「じゃ私、ミカラと結婚したい。初めてはボスにって決めてて、実際にそうなったら・・・やっぱり他の男に抱かれたくない。ミカラと結婚したい。もし無理なら・・・子供だけでも生ませて?」
目を潤ませて懇願してくる。
並の男ならなんでも言う事を聞いてしまいそうな破壊力だ。
「俺は結婚はしない」
それでも崩せないミカラの言葉に、少女はアッサリ引き下がる。
「わかった。でもこれからも可愛がってね?絶対にもう離れないから。あと子供は3人は欲しいよ?」
そう言ってその少女はミカラの頬に口づけする。
(・・・おかしい。しがらみを断ち切ってプロの娼婦の限定的サービスを堪能しようとやって来て、なんでしがらみ増えてんだよ?)
鼻にかかったような甘え声で甘えてくる少女を抱き締めながら、ミカラが憮然とした顔になる。
そんなミカラのつれない態度にも、少女はまったく怯まない。
うっとりとミカラの肉体をさわさわし続けている。
(お父さんお母さんの言い付け通りに抱かれに来ただけだったけど、ボスって優しくって、凄く上手くって・・・何より、美味しぃのぉ)
彼女は交わった相手の魔力や生命力を吸い取る特異体質持ちの血筋だった。
娼婦として、男娼としてターゲットに近寄り肉体に溺れさせ・・・いずれは腹上死させる。
その異能をフルに使ってもまるで尽きぬミカラの魔力や生命力に魅せられてしまった。
彼女は捕食者の目をして舌舐めずりする。
「私リサ。絶対絶対離れないからねっ!」
リサは見習いの段階で高級娼館を辞めウールン配下のメイドへ転職。
ミカラのサポート役の遊撃部隊に志願する。
「なんだろう。美味しくない訳じゃないんだが、ステーキ食べようとナイフ入れたらケーキだった?みたいな?」
そうぼやきながら娼館を後にするミカラ。
ミカラが相手をした女たち以外も、手の空いている皆でお見送りをしてくれている。
窓から身を乗り出し、裸のまんま手を振っている女までいる。
(いや目立つって、やめとくれ)
周辺の通行人たちが何事かとキョロキョロしている。
それこそ大口の大貴族でもお忍びで来たのかと思われているかも知れない。
冒険者然として金を持ってなさそうな若い男に手を振っているとは思うまい。
「ん?」
少し歩いたところで、顔見知りの男とバッタリ出会った。
「ミ、ミカラ殿、その、コレは・・・」
第1王女近衛騎士隊所属のチェリオ・ドーテーステイルであった。
(しまったな〜)
ミカラが娼館から出てくるところを見られていたっぽい。
ミカラの顔を見て視線をキョロキョロ泳がせているのは、近衛騎士の1人だった。
男の名前は生憎と覚えが悪いミカラは、チェリオという固有名詞までは思い出せないが、その若き近衛騎士の活躍は覚えている。
あの峠道での魔獣騎士団との戦闘で、女たちを守ってくれた近衛騎士だ。
男の同僚がピンチでも割と無反応なのに、女の同僚がピンチに陥ると並々ならぬ底力を発揮して、魔物たちを撃退し、何人もの女の近衛騎士を救った。
彼が居なければ、何人かは死んでいた。
と、フランやシェスタやレベッカから報告を受けていた。
男は見捨てて女を助ける潔さと、その心意気には大変共感したものだ。
非常に好感が持てる。
(パティは少なくとも確実に死んでいたな。まぁパティはもう俺のだからやらないけど)
パティが死んでいたら、その遠因となった獣人少女コーラを、近衛騎士たちが素直に受け入れてくれたかわからない。
彼の活躍は、パティとコーラという、2人のミカラの大切な女を守りきったのだ。
尊敬に値する。
「ちょっと、いいかな?」
ミカラはそのチェリオの肩に手を置いて、くるりと反対方向へ向き直る。
つまり、今出てきた高級娼館の方へ向かって引き返しだした。
「あ、あのミカラ殿?」
チェリオは狼狽える。
「お前さん、彼女や恋人、婚約者や妻子とかいる?」
「自分は・・・いま、せん」
それどころか女性経験がゼロである。
俯くチェリオ。
(ミカラ殿より年上なのに、恥ずかしい・・・)
「そっか。なら安心だな」
ミカラは朗らかに笑うと、再び出迎えてくれた娼館の女将にチェリオを紹介する。
「彼は俺の大切な仲間だ。それなりの持て成しを、頼む」
そう女将に告げると、彼女はニッコリと微笑み、チェリオに話しかける。
「それではこちらへどうぞ」
「あ、あのミカラ殿っ!自分はそのっ!こ、こんなところに来れるような金は・・・」
若干青褪めている彼にミカラが安心させるように告げる。
「俺の奢りだ。気にせず楽しんでくれたまえ」
そう言って彼の肩を叩いて娼館に送り出す。
(よし、口封じ完了)
「ミカラ殿っ!あ、ありがとうございますっ!」
(そう思うなら大声で名前呼ばんでくれよ?)
尊敬の眼差しを向けてくる若き近衛騎士に、ミカラは軽く手を振って別れを告げる。
(・・・ミカラ殿、いや、今度から兄貴と呼ばせて頂こう)
ふわふわした夢心地のまま、チェリオは娼館の奥へと案内される。
彼の周りの娼婦たち・・・つまりは暗殺者ギルドのメンバーたちは、ギルド専用の符丁、魔力の発信による声無き会話を先程から激しく交換していた。
(ボスが大切な仲間だってハッキリ明言したそうよ)
(それって、つまり・・・)
(この男を堕とせば、ボスの覚えめでたくなり、お側に置いてもらえるかもって事!)
(じゃあ!私たちもリサみたいに!)
(あ!コラ!抜け駆けしないのっ!)
彼女たちの目が、獲物を前にした肉食獣のように爛々とギラつく。
ミカラのお相手に選ばれなかった女たちは、気合いを入れていた分、皆不完全燃焼もいいところだった。
そんな獰猛なメスたちの群れに、哀れな童貞騎士チェリオが放り込まれてしまったのである。
その日、1人の若き近衛騎士が、高級娼館にて最高峰の初体験を迎える。
彼はそのせいで素人の女で満足できなくなり、王女護衛の功績から舞い込んでくる大貴族の令嬢との縁談を全部おじゃんにしてしまうのだが・・・それはまだ少し先の話である。
「ふぅ、善行を積むと良い気分になるな!」
ミカラは晴れ晴れとした気分で王都の町中をぶらぶら歩く。
「相変わらずの凄い人混だなぁ」
先代女王、先々代国王の連名の遺言状が本物であるとマルドゥック王国政府から公式公表され、ティアの王位継承は確定した。
あとは、戴冠式を迎えるのみ。
その運命の日に向け、続々と各国首脳や高官、特使たちがマルドゥック王都へ集まって来ている。
アプスラがどういうつもりかはわからないが、狙ってくるなら戴冠式当日だろう。
今王都に魔獣騎士団を攻め込ませてもティアに逃げられる可能性が高く、王都を荒らして心象を悪くするだけだ。
ティアが正式な王となった後に、クーデターを起こしてティアを殺してそのまま王冠を奪う。
ベストとは言えないが、まだそちらのが勝機がある。
少ししか相対していないが、あのアプスラという男は権謀術数は苦手というか、好んでいないように思う。
直接的な革命、王位簒奪こそ本来得意とする手段なはずだ。
(・・・俺が守れるのはどの範囲だ。何処まで俺は守れる?何処まで、失う?)
自分を慕う女たちを失いたくはない。
国民への被害も最小限に抑えたい。
「アプスラはともかく、あの野郎の動きが読めねぇ」
ミカラの脳裏に文官のようなヒョロッとした男が思い浮かぶ。
そうミカラが思考を堂々巡りさせていると・・・
「や、久しぶりだね、ミカラくん?」
1人の女が話しかけてきた。
格好は至って普通の町娘。
しかしその顔は―――
「!!!!」
その顔は、ミカラには見覚えがあった。
その女は、聖女と呼ばれている。
魔王を倒した勇者の仲間。
「リューセリア・・・」
魔王討伐の英雄の1人、女神教の聖女がニッコリと笑い、ミカラに微笑みかけていた。
「・・・いや、誰だお前?偽物にしちゃぁいい出来だなぁ?」
ミカラが剣呑な気配を滲み出す。
研ぎ澄まされた殺意を向けられ、聖女リューセリアらしき女が苦笑いする。
「ありゃ〜〜?さすがに君は騙せないか〜。でも偽物って言われると傷ついちゃうかも?一応、本物のリューセリアと同じ素材の同じ存在なんだけどね。記憶だって、ちゃんと本体とリンクしてるよ〜」
その言葉にピンと来るミカラ。
女神教の教会。
秘匿された技術。
教会が隠匿するアーティファクト。
「ホムンクルスか。だがリューセリアは・・・」
色々腑に落ちる部分と腑に落ちない部分がある。
「魔王討伐に向かう前に、教会はオリジナルの魔力パターンの記録と、細胞の採取はしてあったみたい。勇者の魔力パターンは解析不可能で、細胞採取どころか皮膚に傷一つ付けられなかったみたいだけどね」
リューセリアの姿をしたホムンクルスが笑う。
「あ、あと私が唯一の成功例だからね?ホムンクルスだからって雑に扱っちゃダメだよ?抱く時は優しくしてね!」
「冗談」
ミカラが鼻で笑う。
リューセリアの事は今でも思い出す。
そのリューセリアと瓜二つのホムンクルスを抱いたとしたら・・・あの時の後悔が押し寄せて来て、勃つモノも勃たないだろう。
「この女もお友達か?」
背後に立つ女。
格好は普通の町娘。
しかし、その立ち昇る光輝な気配が、その女の正体を告げている。
(聖騎士か。俺の天敵だな)
曲がりなりにも聖女の護衛を任されている実力者だ。
闇魔術を得意とするミカラを封殺できるだろう。
(勇者パーティー・・・か)
魔王討伐軍。
万を超える軍勢で魔族領へ侵攻し、百足らずしか魔王城へ辿り着けず、数える程の生還者しかいなかった。
その中心となった、公式発表された3人の勇者パーティー。
勇者アヴェラ・ベオウルフ。
聖騎士ヒートウッド・サンシーカー。
聖女リューセリア・ヴィトリアス。
(・・・カイン、アイファ・・・)
抹消された裏切り者や、非公式な功績者の名を頭の中に思い浮かべる。
そのミカラの思考を読んだように、聖女が口を開く。
「カイン・グレンデル。不思議だね?君は彼の事も仲間だと思ってるんだ?」
嫉妬に狂った男の顔を思い出す。
(心を読むな、バカ)
ミカラがそう考えると、やはり思考を読んでいたらしい聖女様がペロリと舌を出す。
ミカラがカーテンを閉めるように心を閉ざして思考の漏出を防ぐ。
しかし、気づく寸前に零れ落ちた単語は拾われてしまったようだ。
「アイファ・デタサービ。妹ちゃんか。残念だったね。でも彼女は本物の妹じゃ―――」
「黙れよ」
ミカラから殺気が、いや、高濃度の瘴気が立ち昇る。
闇の精霊が活性化し、急に日が陰ったように、周囲の景色の色が落ちていく。
側に居た女聖騎士がミカラを取り押さえようと身構え・・・
「待って、アイス」
聖女の声にピタリと動きを止める。
聖女はニコリと笑ってうさぎさんのポシェットを肩から外して女聖騎士に渡す。
「アイス買ってきて?貴女の分も含めて3個ね」
アイスと呼ばれた女聖騎士はコクリと頷くと・・・
「段数は?」
問いかけてくる。
「好きなだけいいわよ」
またコクリと頷き、アイスが人混みに消える。
「アイス好きだからアイスなのか?」
変な名前だなぁ・・・と、ミカラ・デタサービが首を傾げる。
「アイスバーン・サンシーカー」
ミカラの動きが一瞬だけ止まる。
「彼の妹よ」
ミカラの頭に、沈着冷静な聖騎士の姿が思い浮かぶ。
その妹。
似てるような似てないような。
「確かに無表情で無口で無駄が無いとこは似てるかもな。あいつは名前の割にクールだったからな。性格も似てそうだ・・・いや」
ミカラを守り、リューセリアを守り、さらにはアヴェラすら守って戦った、まさに鉄壁の守り手。
「ヒートは名前通りの熱い男だったさ」
ミカラが上を向いてぼやく。
「そうなんだ?私はオリジナルの断片的な記憶しか閲覧できないから」
ホムンクルスがぼやく。
今あるのも記憶を元にした仮想人格だろう。
恐らく、女神教総本山にあるアーティファクトを停止なり破壊なりすればオリジナルとの接続が切れ、廃人になるだろう。
「あ、戻ってきた」
聖女の声にミカラが人混みを見やる。
「高過ぎだろ、加減しろよ?」
アイスバーンが7段アイスを器用に3個片手で持って帰って来る。
話が中途半端だが、早く食べないとアイスが溶け落ちてしまう。
仕方無いのでまずは3人並んでアイスを食べ・・・ようと思った矢先。
べしゃっ!
と、目の前を走っていた女の子が転び、手に持っていた3段アイスが地面にぶちまけられた。
「あ!・・・ あ、ふわっ、うわぁぁぁぁん!」
「もう!だから走るなって言ったでしょ!」
母親らしき女が助け起こして叱っているが、泣き止まない女の子。
アイスは見るも無惨な蟻の餌だ。
すると・・・
「どうぞ」
「え?あの・・・ 」
「・・・あ!わーい!おねえちゃんありがとーっ!」
アイスバーンが女の子に自分の7段アイスを迷い無く差し出した。
ペコペコ頭を下げてお礼を言って去っていく母とその娘。
その母娘を見送った後、ガクリと頭を垂らすアイスバーン。
解り易い落ち込み方だ。
「ほら、やるよ」
「え?」
ミカラが自分の分のアイスを押し付ける。
ミカラは別にアイスが食べたかった訳ではない。
「早く食べないと溶けちまうぞ?」
受け取ったはいいがそのまんまボウッとしている聖騎士にミカラが告げる。
またコクリと頷き、アイスバーンはペロペロと7段アイスを食べ始めた。
そして・・・
「優しい。結婚」
「なんでだよ」
飛躍し過ぎる単語にミカラが突っ込む。
聖女様がニヤニヤしながら言ってくる。
「アイスは管理されて育った箱入りお嬢様だからね?悪い男に騙されないか心配だな〜?」
「そう思うんなら教会総本山の大金庫にでもしまっておけや」
(・・・この女、勇者を目指して作られたな?)
ミカラが気づく。
こちらもオリジナルには到底及ばない模造品なんだろうが、動きの所作や魔力の揺らぎから、基礎能力の高さが窺える。
通常一般人の基礎値を100とした場合、このアイスという女は1000は軽く超えている。
感情の起伏が少ないのは、怒ったり泣いたりしただけで周りの全てを破壊するからだろう。
「それじゃね、ミカラくん。私に許された自由時間はここまで。会えて良かったよ。ウールン様に感謝だね」
口ぶりからすると、ウールンの配下にミカラの居場所を聞いて来たようである。
「じゃ、ティア王女の戴冠式でまた会いま」
「リュシオン」
「え?」
ミカラがその言葉を発すると、聖女の姿をしたホムンクルスが振り返ってくる。
ミカラがつっけんどんに早口で喋る。
違うとわかっていても、湧き上がってくる今すぐ抱き締めたいという衝動を抑えるのは、しんどい。
「リューセリアって名前は呼びたくない。リューセリアコピーとかホムンクルスとかじゃ、お前さんに悪いしよ」
(そんな事気にしなくていいのに・・・)
そう思っても、聖女は言葉を発せない。
さっきの単語が気になって仕方無い。
もしかして、さっきの言葉は・・・
(ああんっ!駄目っ!ミカラくんの考えがわからないっ!)
ミカラは心の声が漏れないようにロックしており、聖女の力を以ってしてもその声を拾えない。
元々そこまで強力な力でもないからだ。
読心術は聖女の力の副産物的なものに過ぎない。
「リュシオン。どうだ?俺がお前さんを呼ぶ時の名前だ」
「へ、へぇぇ、な、なんで?なんでその名前なのかな?」
ニヤケそうになる顔をなんとか我慢して、ホムンクルスが問いかける。
嬉しい。
名前を、名前をもらえる。
あの、ミカラくんから。
聖女の期待に満ちた眼差しを受け、ミカラが頬をかきながら由来を説明する。
「リューセリアは俺に抱かれてる時・・・もしも2人の子供が生まれたらどうしたいとか、子供の名前考えとりとか・・・そんな女だった」
ホムンクルスの顔が固まる。
少しうんざりしたように笑うミカラ。
「・・・曖昧に答えてたら刃物持ち出してきて、俺の子供産めなきゃ死んでやるって泣かれてな。必死に考えた名前だ、ソレ」
話を聞き終えて、聖女が腕組みをしてうんうん唸り出す。
「うう〜〜〜ん、由来を聞いたらあまり喜べないんだけど・・・ 」
聖女様は少し眉根を寄せて、口中でもごもご呟く。
「リュシオン・・・リュシオン・・・リュシオン・・・ よし!」
そしてパッと輝くような笑顏を見せる。
「いいよ。私はオリジナルの子供みたいなもんだしね。私は今からリュシオン・デタサービ」
聖女のセリフの後半部分でミカラがガクンと姿勢を崩す。
「いやいやいや、リュシオン・ヴィトリアスでいいだろ?」
2人の会話を黙って聞いていた、聖騎士アイスバーン・サンシーカーが片手を真っ直ぐ上げ、唐突に告げてくる。
「アイスバーン・デタサービ」
「なんでやねん」
無表情でボケるアイスバーンに突っ込むミカラ。
しかしアイスバーンはキラキラした瞳をミカラに向けている。
ボケでも冗談でもないらしい。
「嘘だろ?アイスあげただけだぞ?」
そう言いつつもミカラは布を取り出し、アイスバーンのアイスまみれの口元を拭いてやる。
「私が言うのもなんだけど、その娘、あんま愛情もらってなかったからね。怖がらずに優しくしてくれるミカラが好きになっちゃったみたい」
「勘弁してくれ」
ミカラが顔を覆い天を仰ぐ。
「ふふっ。リュシオン・デタサービ!やった〜。も〜らいっ!」
生まれて初めて手に入れた、リューセリアの代替品としてではない自分だけのものに、リュシオンがはしゃぐ。
そしてそれに負けじと、少し鼻息を粗くして聖騎士アイスバーンがボソッと呟く。
「アイスバーン・デタサービ」
「だからっ!なんでだよっ!」
ミカラの叫びは、2人には届かなかった。
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