第48話 正妻戦争休戦協定

「うん?その髪飾り・・・」


ミルティーユがアフロディーテが髪に付けている木彫りの髪飾りに目を付ける。

それは、アフロディーテが古代遺跡を発見する直前にミカラに買って貰った物である。


「・・・こちらですか?ミカラ様に買って頂いた髪飾りですわ。私が目に留め、どうしようか迷っていましたら・・・ミカラ様が私の心を読んだかのように手に取り、私の髪に手ずから付けてくださったのですわ。・・・私の宝物ですの」


そう言って髪飾りにそっと手を触れるアフロディーテの頬は朱に染まっている。

4人のエルフ族だけでなく、その事を知ってるはずのセリンからもイラッとした気配が起こる。

皆が思う。


(・・・アクセサリーなんて、プレゼントしてもらった事ないのに・・・)


それだけ、この金髪セミロングの人間が大事なのだろうか?

しかし、女たちは知らない。

ミカラが馴染みの娼婦に入れ上げて、家まで買ってあげた事があることに!


「確か露天商の主人は、エルフゆかりの品と仰っていましたが・・・」


それなりの実力のある者ならばパッと見でマジックアイテムとは解るが、それがエルフの手によるものかまでは判別できない。

しかし、ミルティーユにはそれが何かはすぐに解った。


「それは、エルフ・・・が作った物ではないな」


ミルティーユが言う。


「それは我が母が作った髪飾りじゃの。ハイエルフの加護が宿っておる」


エルフどころではない、ハイエルフによる手製のマジックアイテム。

ハイエルフの姫君による鑑定書でも付属させてオークションにでも出品すれば、豪邸が買える額で落札されるだろう。


「ほれ、見てみい」


ミルティーユが自分の髪に差していた髪飾りを外して皆に見せてみる。

いつだったか、屋台のお菓子と交換しようとしていたシロモノだ。


「コレはワシが作ったモノじゃが、その娘のモノの方が数段上じゃろ?ワシも母が作るのを真似て色々作ってみたんじゃが、結局母は越えられなかったの。もの作りの才は母のが上じゃったなぁ」


遠くを見つめるように、懐かしそうにミルティーユが言う。


「ミ、ミルティーユの母親とか・・・い、いったい何百年前の話よ?」


ラピスラズリが流石にドン引く。

精霊魔術の頂点に居るミルティーユの、さらに上の存在とか、最早神と呼ばれる領域だ。

実際精霊化して大森林に漂うハイエルフたちは、土地神みたいな存在ではある。

ミルティーユがアフロディーテをジッと見つめながらポツリと呟く。


「ふむ・・・ 幸運の呪いの髪飾りじゃの」


「幸運の・・・呪い?」


相反する単語の並びに、セリンが首を傾げる。


「うむ。運命の足し算引き算、天秤を傾けて反動を強くするようなものじゃ。例えば命の危機を代償に富と名声を得たり、困難や試練を乗り越えた末に成功したり、様々な障害を乗り越えて・・・愛する者と結ばれたり、じゃな」


なんだかそれは確かにアフロディーテの事のようである。

結局全員でパーティーを組んだりせずに解散する事にはなったが、セリンはあの古代遺跡に居た他の女たちとはそれぞれ情報交換した。

その結果、アフロディーテだけがミカラとの関係性において一歩先を行っている事をセリンが確信する。

・・・アナの存在はまた扱いが微妙ではあったが・・・

その理由が解った。

ただこの世界の因果関係は酷く曖昧で、その物品を手にした者が英雄や勝者になるのでなく、傑物たちの元に、強力な武具神器が集まっていくという考え方も根強い。

ただの武器が、英雄が長年使ったために呪具・神器と化す逸話も多い。

卵が先か鶏が先かのような話になってしまうが、アフロディーテが特別な存在には違いない。

歴然とした事実として、アフロディーテだけが、ミカラに愛されていた事実は変わらないのだ。


「ふ〜〜〜〜ん?」


セリンの目が細まる。

他の者も似たような顔だ。

富や名声や成功はどうでもいいが、最後のがとても気になる。


「呪いの品、神器とも呼べるクラスのアーティファクトは、持ち主を選ぶ。恐らくじゃが・・・それが選んだのは婿殿じゃな。そして、婿殿がそなたに譲渡したカタチじゃの。無理矢理奪われたり失くしたりしたら、まず婿殿の元に戻るぞ?婿殿が違う娘に渡すとも思えんし、結局またそなたの手に戻る。とはいえ大事にせよ。人里に流れた由来はわからんが、それは確かにハイエルフの遺産じゃ」


溜め息を吐き出すミルティーユ。

この土地からではエルフ大森林に溶け込んでいる母親とは上手くコンタクトを取れないし、恐らく昔の事はあんまり覚えていないだろう。

そこまで話し、ミルティーユが穏やかに笑う。


「婿殿が持ち主として選んだ娘じゃ。悪しき者ではないし、信頼に足る。その髪飾りをしたまま大森林へ来い。ハイエルフの加護が強まって、そなたの力がさらに強化されるじゃろう。いずれは人間の魔術と精霊魔術を両方極められるはずじゃ。婿殿のようにの」








マルドゥック王国王都の、それなりに高い宿。

往来の真ん中で立ち話もなんなので、そこに場所を変えた6人。

そのラピスラズリが手配した宿屋の1階の食堂にて、改めて自己紹介から始める。


「ミルティーユ・シャーフィーユじゃ。見知り置け」


エルフ族の、ミカラの妻代表としてミルティーユが最初に名乗る。


「マハナ・デタサービと申します」


(デタサービ?)


マハナの自己紹介を聞いたアフロディーテとセリンがピクリと反応する。

ハーフエルフのマハナは、人間とエルフのいいとこ取りをしたような肉体をしている。

一言で言うと、マジずるい。

細いのにデカい。


「シャプティだよ、よろしくね」


褐色肌のダークエルフの挨拶を受け、セリンとアフロディーテが視線を下に下げる。

何がとは言わないが、マハナより大きく、つまりはこの面子の中で1番デカい。


「ラピスラズリよ」


エルフだ。

ただのエルフ。

エルフというだけで珍しいはずなのだが、他に濃いのがいっぱい居て1番存在感が薄い。


「私はアフロディーテ・ウーラニア・パンデーモス。烈風のアフロディーテとお呼びくださいませ」


アフロディーテが優雅に微笑む。


「セリン・ニトログリ」


セリンが微妙な顔で名乗る。

1番最後の名乗りが1番偉かったか1番下だったかの記憶が曖昧だ。

末席のような気もするが、真打ちのような気もする。


(まいっか、私が1番強いし)


その見解は正しかった。

単純な火力ならこの場の誰よりも強い。

魔力勝負ならミルティーユ、肉弾戦ならマハナだろうか。


「爆炎のセリンとお呼びくださいませ」


隣の余計なヤツが余計な一言を付け足してくる。


「だからその二つ名ってヤツ嫌いなんだけど?」


セリンが眉をしかめる。

可愛くない。

ラピスラズリが確かめるように尋ねてくる。


「烈風に爆炎・・・東大陸の古代遺跡の、魔術師ギルドの天才魔術師コンビ?」


「天才は合ってるけど、コンビじゃないからね?」


「それには同意致しますわ」


ラピスラズリに半眼で答える2人の若き天才魔術師。


「ミルティーユ。先程気になる事を仰っていましたが・・・ミカラ様は、精霊魔術をも行使出来るのですか?」


本題に入る前に、少し気になっていた事を聞いてみる。

アフロディーテの記憶に残るミカラの戦い方は、やや常軌を逸してはいるものの、あくまで人間の範疇に収まっていた。

あの時点では精霊魔術は使えていないはずである。

隠していた可能性もあるが、あんな必死にアフロディーテを助けに来てくれていて、出し惜しみしていたとは考え難い。

いつの間にエルフ族の秘技を盗み出したのか。


「そりゃそうじゃろ。あの男は毎日毎日ワシらの事を抱いておったからの。ハーフエルフとダークエルフ、さらにハイエルフの加護を備えておる。人間に限って言えば、婿殿ほど精霊に愛されている者はおらぬぞ」


ミルティーユのせいかミカラに原因があるのか・・・はたまたその両方か。

ミカラがミルティーユを抱くたびに、彼の周りの精霊の活性化が強まっている。

ミルティーユの得意分野である樹木を操る魔術とは相性がそこまで合わないであろうが、ミカラにもハイレベルな精霊魔術を行使する土台は出来つつある。

ミカラの得意分野は・・・闇である。


「そ!そんなんアリ!?」


ラピスラズリが叫ぶ。

下手をすれば、エルフであるラピスラズリよりも精霊魔術でも上回っている可能性が出てきた。

総合力で負けているのは最初から解っていたが、精霊魔術に限れば、人間であるミカラより上だと思っていたのに。

唯一の心の拠り所がガラガラと崩れていく。


「あ、あと!私は抱かれてないからねっ!?それにあんなの別に好きでもなんでもないしっ!」


それはミカラが居れば流されるような言葉だった。

いつものメンバーなら慣れっこのやりとり。

だがこの場にミカラは居らず、居るのは烈風と爆炎。

魔術師ギルドランク急上昇中の少女2人。

魔術師ギルド内の序列や功績は、地味で地道な研究発表を学会で行い審議され決められるため、彼女たちがトップになるのはそれこそ何十年か後になるだろう。

しかし、攻撃力に関してはまさにトップクラス。

風と炎の両翼だ。

魔術師ギルドの最高戦力に数えられるはずである。

セリンは、ラピスラズリの態度が気に入らなかった。

あの古代遺跡で出会った女たちとは一応和解して別れた。

アナとかいう一時同棲状態だった鑑定士がやり玉に上げられかけたが、皆でとりあえずの休戦協定は交わした。

ユノと言う魔剣士だけは少し不気味な部分はあったものの、皆一様にミカラを愛している事を認識した。

ライバルではあるが、殺し合う関係はミカラが望んでいないため・・・恨みっこなしでそれぞれミカラを探す事となった。

そう、早い者勝ちだ。

ミカラを見つけ出して、早くとっ捕まえなければならない。

これ以上、女を増やされる前に!


「なんなのアンタ?ミカラに抱かれてもいないし、好きでもないんでしょ?なんで一緒に居たのよ?」


火力特化の魔術師が文字通り口火を切る。


「わ、私は・・・」


ラピスラズリが口籠る。

こんな返し方をされると思っていなかった。

ラピスラズリからしたらムカツク女誑しに過ぎないが、2人は東の大陸からはるばる、たくさんのコネや金や労力を費やし、ミカラを探す手がかりを求めてこんな所までやって来たのだ。

覚悟の決まり方が違う。


(・・・これ以上女を増やされる前に、お手つきされる前に排除したいですわね?)


セリンに加勢もしないが止めもせず、アフロディーテが思う。

陰が薄いとは言え、ラピスラズリも当然のように美しい。

改めて考えると、この面子には濃いのが多くて逆に真っ当なエルフが凄く貴重な感じになっている。

思わぬ反撃に面食らいつつも、ラピスラズリも言い返す。


「わっ!私は、ミカラからパーティーのリーダーやって欲しいって言ってもらったんだもん!あ、あっちの方だって・・・その、ミカラにそろそろ食べ頃だなって言われたもんっ!次会ったらもう速攻でヤりまくりだもんっ!」


そこまで一気にまくし立て、ラピスラズリの顔が湯気が出そうなくらい真っ赤になる。


(ななななんて事言ってるの私っ!?)


「・・・へぇ〜〜〜、そ・う・な・ん・ だ〜〜〜?」


セリンの瞳に炎が灯る。


「まぁまぁ、これも何かの縁じゃ。仲良しこよしとまではいかんが、争うのはやめにせぬか?ラピは確かにまだ抱かれてはおらぬが、婿殿が可愛がっておるのは事実。いずれは妻の1人となろう。そのような娘を害して、婿殿・・・ミカラはどう思うかの?」


さすが年の功。

正妻候補第一位。

ミルティーユの大人の余裕にセリンが怯む。


「うっ。わ、私は別に、争う気なんて・・・」


見た目ちっちゃい子に窘められ、セリンが気まずそうに言葉に詰まる。

古代遺跡にて、ミカラの周りに居た女たちやその場に居ないアフロディーテをも燃やそうとしていた事を思い出したからだ。

恐ろしい事に、その事自体は別におかしいとも、悪い事とも思ってはいない。

しかし・・・


(他の女を燃やすと、ミカラに嫌われる)


情熱の炎を糧に実際に炎を吹き出す少女魔術師の凶行は、その凶行の元凶が止めているという皮肉な構造をしていた。


「わかったわよ。一時休戦ね。で、アンタたちはミカラとどういう関係?そして、あのバカ今は何処に居るのよ?」


幸か不幸か、ミカラの現在地を知っていそうな者達と偶然にも出会ったため、アフロディーテとセリンの2人は当初の目的・・・勇者パーティーと魔王討伐軍の話を訊く事を忘れてしまう。

アフロディーテが身に付ける、ハイエルフの加護を持つ幸運の呪いの髪飾りが、妖しく鈍く光る。

それとは別に・・・


「え?か、可愛がってる?あれで?」


ラピスラズリがミルティーユに問いかける。

そんな雰囲気あったろうか?

たまにからかってきて、ぷんすか怒るラピスラズリを肴にして酒を呷っていたクズ。


(そういう意味の可愛がりってこと?)


おちょくるような扱いをされてきた記憶しかない。

しかし・・・


「なんじゃ?気づいておらなんだか。お主、ワシらとともに過ごすうちに冒険者としてもリーダーとしても、精霊魔術師としても成長しておる。勿論我等の主は婿殿1人じゃが」


「ラピの指示や判断が的確で迷いが無くなってきています。まぁ旦那様が認めた女ですから?褒めるべきは旦那様ですけど」


マハナが少し膨れつつもラピスラズリを評価する。

熱くなり易い自分はリーダーには不向きだ。

その性根はミカラへの一途な愛に起因しているので恥じ入るつもりはないが・・・リーダーとしての資質を見出され留守を任されているラピスラズリには少し嫉妬している。


「ん?そうそう。私たちは取り敢えず主様の言う通り冒険者になったけど、別に一流冒険者とか目指してる訳じゃないしね。冒険者ミカラの弟子?ていうのかな?主様のノウハウを学べて成長してるラピは、私もちょっとヤキモチ焼いちゃうなぁ」


シャプティも複雑な表情でラピスラズリを見る。

最終的にミカラの子供を妊娠すれば一旦集落に戻って出産し、自ら子育てをするつもりのシャプティは、冒険者としての実績を積む事に特に重きは置いていない。

そうなのだ。

色々偶然が重なり、ミカラ不在のパーティーの全責任を預かる立場となったラピスラズリが・・・1番成長している。

これは図らずもミカラによる、冒険者のリーダーとしての最終試験のようなものになっていた。


「え?でも、私・・・」


ミカラに抱かれていない。


「阿呆。抱かれようと抱かれまいと、婿殿の愛は変わらん。知らぬのか?お主が疲れて変な姿勢で寝入ってしまった時、誰がベッドまで運んでいると思っていた?」


無防備に寝ている美しいエルフ。

襲ったりせず、頭を撫でてやるだけ。

その慈しむような表情は、扉の隙間から覗く3エルフを嫉妬させるには十分だった。


「ラピスラズリ。お主は弟子として、相当に可愛がられ期待されておる。言いたくないが、ワシらより大切にされておるぞ?」


ミカラの体交法による強化が1番手っ取り早いし、ミカラが1番得もする。

女を抱いて、ついでに強化バフをかける。

簡単でお手軽で、さらには女を守る事にも繋がる。

それもそれで愛してると言えなくもないが・・・


「お主は弟子として愛され、大切に育てられておる」


「そ、そんな事言われても・・・」


ラピスラズリは動揺した。

そんな事あるのだろうか。


(嬉しい・・・)


あくまでミルティーユたちの主観にしか過ぎないし、本人を問い詰めてものらりくらりと答えをはぐらかしそうだ。


(俺が楽するためだとか言いそうね)


そう言ってそっぽを向くミカラを想像し、自然と笑みがこぼれるラピスラズリ。

あ、そうか。


(私・・・ミカラの事、好きなんだ・・・)


そうしてまた1人、ミカラを愛し、ミカラに愛される女が増えていく。


(ミカラが今巻き込まれてる何かが解決してまた元に戻ったら・・・私も、ミカラと・・・)


ラピスラズリが密かに心に決める。

自分も、ミカラの妻に加わる決意を。

だが、遅い。

遅かった。

役者は揃い、運命の歯車は擦り減り砕け散るほどの速度で回転を始めてしまった。

元にはもう、戻れない。

あの5人旅がとても幸せな日々だったと・・・ラピスラズリは知る事になる。

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