第47話 続々・ミカラを巡る女たちin正妻戦争

「ねぇ、主様は〜?まだ居場所わかんないの〜?」


ダークエルフの集落の巫女・・・シャプティが催促するように仲間の1人に話しかける。


「おっかしいのぉ・・・?精霊たちはワシに嘘は吐かないはずなんじゃが・・・」


エルフ大森林のハイエルフの姫君・・・ミルティーユ・シャーフィーユは小首を傾げて不思議そうにしている。

精霊魔術を極めている彼女は、精霊を介しての探知探索ならば世界トップクラスだろう。


「くんくんくん。・・・いえ、微かに旦那様の匂いがします。人間がたくさん居過ぎてわからなくなったのでは?」


ミカラの半眷属のハーフエルフ・・・マハナ・デタサービが鼻をひくつかせた後、うんざりしたように周囲を見回す。


「仕方無いじゃない。新しい王様が戴冠するんでしょ?あの伝説の聖女様も来るって話だし、お祭り騒ぎになるって」


この一行のリーダーのエルフ・・・ラピスラズリもやや疲れた顔を見せている。

人間の国をあちこち旅してきた彼女も、こんな大勢の人間を見たのは生まれて初めてだ。

人混みに酔うとはまさにこの事。

そんなエルフ族4人のパーティーは、やはりこのマルドゥック王都でも珍しいのか、チラチラ視線を向けて来る人間は多い。

だが明らかに武装した、冒険者然とした格好のエルフ族をナンパしに来る男はいない。

大森林に住むエルフが排他的で人間にあまり友好的でないのも有名なのだろう。

物珍しそうに見られはするが、物売りや物乞いすら4人に近寄ってはこない。

それはそれで面倒が無くて良いのだが。


(ミカラ抜きの、エルフの女だけの、私の理想のパーティー・・・か)


これは元々、ラピスラズリが求めていたパーティー編成ではある。

実際この王都へ辿り着く前に、この面子で何度か魔物や野盗と戦ったが、問題なく制圧できている。

短期間だが一緒に過ごしてみて解った事であるが、ミカラは少々というか、かなり過保護だ。

バフ強化だけの話ではない。

ミカラは自分たちを一段上の視点から見下ろし、危険が無いように管理調整している。

そのためミカラ無しの方が皆の成長は見込める。

ミカラが後ろで控えてるという甘えが無くなり、それぞれ真剣さが増し、自ら考え行動する。


(理想のパーティー・・・なはずなんだけど) 


ミカラ抜きでもそれなりに楽しくやれていた。

でもふと仲間の誰かが、寂しそうな表情を見せる。

なし崩し的に仲間になった間柄。

別に生死を共にするような大ピンチを切り抜けた訳でもない。

それでも、仲間のそんな顔は見ていたくなかった。

そして、川で顔を洗おうとして気づく。

自分も、同じような顔をしていた事に。


(別にアイツなんか、好きでもないし、惚れてもいないんだからね?)


そうは言っても、体は正直だ。

他の3人のエルフ族を代わる代わる抱きながら、無責任な態度を崩さないクズ。

4人の情事を見続けていた結果・・・ラピスラズリは、ミカラに無理矢理強引にされる夢を何度も見るようになる。

夢だと理解る1番の理由は、夢の中に出てきたミカラが・・・好きだ、愛してる、結婚しよう・・・とか言うところだ。

本物のミカラなら絶対に言わないセリフだ。

しかし、そう甘く囁かれ、うっとりする自分。

貪るように愛し合って・・・そして、目を覚ます。

そんな朝は、頭を抱えて身悶えてしまう。


(これ、これが、調教ってヤツ?馬じゃあるまいし・・・)


馬と言えば、エリザベスらお馬さんたちは厩に預けてある。

あの馬たちもミカラが可愛がっている女の子には違いないので、若い厩番にはたっぷりとチップを渡しておいた。

見目麗しい4人ものエルフ族から金貨を渡され、その厩番は夢見心地でぽけっとしていた。


(なんか、馬の方が扱い良くないかな?)


旅の途中、かなり馬を可愛がっていたミカラ。

口煩く喋らないし、結婚も迫ってこないからだろうか。


(ミカラがこのまんま逃げ出したら・・・絶対にこの3人のせいよね?)


ミルティーユもマハナもシャプティも、ミカラの妻を自称する事をやめない。


(これは私の予想だけど・・・たぶん、あの例の馬車・・・厄介な人間が乗ってたわね?)


先程も考えたミカラの過保護っぷり。

そこからも考えて、ミカラが自分たちを巻き込まないように合流を避けている事は間違いないだろう。 そして、遂にはミカラの本来の目的に至る。


(ミカラが私を選んだ理由・・・ミカラが私を抱かない理由・・・)


ミカラが自称妻たち3人の安全を考えようと、この3エルフはミカラを追いかける事を、ミカラの愛を求める事をやめないだろう。

そこで、ラピスラズリの出番である。

彼女はミカラに対して懐疑的だ。

そこまでの執着はミカラに抱いていない。

ほどよく3人のストッパーとして働いている。

冒険者として日の浅い他の3エルフの面倒を見るのにも最適だろう。


(私って、都合のいい女なのかな?)

 

最初からそう言われていた。

名ばかりのリーダー。

ミカラの隠れ蓑。

それは飲み込んだはずの事案だったろう。

恋でもなんでもないはずなのに、ミカラになんとも思われていない事や、ミカラに一度も抱かれていない事が、ラピスラズリの心を酷く傷つけていた。


(私って、ミカラの何かな?)

 

羨ましい。

独占なんて無理な男を、ライバルたちと共に取り合う関係。

そんなの絶対にゴメンなのに・・・


(この3人が、羨ましい・・・)


こちらをちょいちょいからかっては笑っていたあの男の小憎らしい笑顔が、頭から離れない。








「なっんんっでっっ!馬車の行き先間違うのよぉっ!せっかく大森林の側まで行けたはずなのになんで王都にとんぼ返りしてんのよっ!!!」


魔術師のローブを着た赤い髪の少女が烈火の如く怒る。

しかしそれを受けるこれまた魔術師のローブを着た金髪の少女が、そよ風でも受けたようにサラリと流す。


「仕方ありませんわ。だって今はお付の者もおりませんし」


まるで自分に非がないような言い分に、赤髪の少女魔術師・・・爆炎のセリンこと、セリン・ニトログリが苦虫を噛み潰したような顔をする。


「・・・ようくわかったわ。アンタが自信満々に出来るって言ってる事、だいたい執事や使用人とかが9割方お膳立てしてくれてて、アンタは最後の1番良いとこやらせてもらってるだけだって」


かなりどストレートな嫌味だが、それも意味が通じなければ意味が無い。


「あら?下々の者の働きにより、我々貴族は大成を成すのです。もちろん労いや感謝の念は忘れていませんわ」


まったくズレた返事をする金髪セミロングの少女魔術師・・・烈風のアフロディーテこと、アフロディーテ・ウーラニア・パンデーモス。

2人が居るマルドゥック王国の王都は、人、人、人の山だ。

よりにもよって、新国王の戴冠式直前にかち合うとは思わなかった。

そもそもエルフ大森林を目指していて迷子になったのだが。

2人はミカラの過去を調べるため、エルフ大森林を目指していた。

東大陸の魔術師ギルド総本部から、西大陸の魔術国家国立学園へ、転送門による超長距離空間転移をしてやってきた。

両大陸を移動する船旅なら数ヶ月から半年・・・下手をすれば1年はかかる距離である。

通常、よほどの事がないと転送門は使わせてもらえない。

世界各地の転送門は極秘管理されている。

魔術師ギルド総本部、魔術国家国立学園、女神教総本山、聖王国、そして厳重に封印され使用不可にしてあるという魔族領魔王城跡地など。

一般人では使う事はおろか立ち入る事すら出来ない秘境魔境にその門は、ある。

一説には神話の時代より伝わるアーティファクトであるとの噂もある。

それをごく私的な理由で使わせてもらえたのは、烈風のアフロディーテと爆炎のセリンの功績によるところが大きい。

2人は、魔術師ギルドが意図的なアイドル化を図っている面はあるものの、強大な魔力を操りそれに相応しい結果を出している。

そうして魔術国家国立学園に辿り着いた2人は、西大陸を真横に真っ直ぐに突っ切る、大陸横断列車に乗る。

そうしてマルドゥック王都の駅へ一息でやって来た。

この列車の特等席のチケットも、たまたまキャンセルが出たとかで、学園の学長代理がニコニコしながら手渡してきた。

是非、我が校の発展に尽力して欲しいと熱弁をされた。

彼女たち2人が学園を飛び級で卒業した優等生だったからだ。

新聞などで見かける2人の肩書きは魔術師ギルド所属となっているが、経歴を少し調べれば学園の卒業生だとすぐに解る。

2人が何やら熱心に調べ物をしていると知って、喜んで協力を申し出てきたわけである。

もっと活躍して欲しいに違いない。

もちろんそんな思惑など知らぬ存ぜぬの当人2人は、マルドゥック王都の町中で、益体も無い言い合いを続けている。


「・・・はい?それに何か問題が?」


「問題あっから迷子になってんでしょうがっ!」


ふしゅーふしゅーと鼻息荒く毒づくセリンだが、流石に魔力を噴出したりはしない。

あの古代遺跡を破壊して以降、魔力のコントロールには細心の注意を払っている。

無駄な放出はロスになるし、精度や威力も落ちるのだ。

炎は猛々しく燃え広がるよりも、細く絞って一点集中させた方が、さらに強く美しい。

単純に我慢強くなったとも言える。

ライバルのその変化と成長はアフロディーテも嬉しく思う。

アフロディーテはアフロディーテで、風の魔術を極めに向かっている。

風を感じ、風と一体化するほどの精神統一を果たす事で、彼女も魔術師としてさらに1段階上へと進んだのだ。

その結果、セリンがぎゃあぎゃあ言ってもそよ風を受けたようにケロリとしている図太さを身に着けていた。

そんなアフロディーテが、たくさんの群衆の中で、一際目を引く4人組を見つけた。


(あら?エルフ族。しかもあの娘の緑色の髪は・・・まさか、ハイエルフ?)


風の魔術師としての経験と直感が、あの小柄なエルフの凄まじい実力を見抜く。


(ハイエルフはエルフよりも穏やかで争いを好まないと聞きますが・・・彼女がその気になればこの王都を森に飲み込めてしまうでしょうね)


セリンが歩く移動砲台なら、あのハイエルフは歩く大樹海とでも呼べそうである。

アフロディーテが、そのエルフ族4人組に近寄り話しかける。


「ねぇ、貴女たち、少しよろしいかしら?もしかして、エルフ大森林のエルフさん?」


「まぁ私もさ?なんか見える景色に見覚えあるなぁとは思ったけどまさかマルドゥック行きなんて思わな・・・ちょっと!この金髪アフロ!人の話を聞―――あれ?エルフじゃん?めっずらし」


アフロディーテを追いかけて来たセリンも、目の前のエルフ族を見て怒りを引っ込める。

彼女たち2人の目的は、ミカラの過去を調べる事。

手探りではあるが、まずは魔族領最寄りの町で調べるつもりであった。

魔王討伐軍、伝説の勇者パーティーの事を。

もしも、可能であればエルフ大森林にも足を運ぶつもりではあった。

エルフたちが自分たちを受け入れてくれるかはわからなかったが。

しかし、この場で偶然にもエルフと出会えたのは僥倖だ。

もしかしたら勇者パーティーの事を知るエルフとかと、顔繋ぎして貰えるかも知れないからだ。


「私達、実は―――」

 

アフロディーテが、勇者パーティーの件を話し出そうとした時・・・


「すんすん・・・ 貴女・・・」


マハナが鼻をひくつかせながら、アフロディーテの前へとやってきた。


「はい?あの・・・?」


出鼻を挫かれたアフロディーテが軽く戸惑いながらそのハーフエルフを見つめる。

そして・・・アフロディーテを見つめるマハナの目がスゥッと細まる。


「旦那様の匂いが・・・しますね?」


「だ、旦那様?」


それがミカラを差す言葉であると知るミルティーユ、シャプティは一気に警戒度を上げる。

ラピスラズリは・・・


(つ、遂に来たかっ!)


と、内心で叫び緊張で固まる。

ラピスラズリが知るだけでも、女を4人は食っているミカラ。

そんなミカラを追いかけている女が・・・ミルティーユたちだけな訳が無いのだ。

旦那様と言う単語にピンと来ていないセリンとアフロディーテは小首を傾げて不思議そうにしている。


「少し・・・ですがね。間違いありません」


マハナは本当に匂いを嗅いでる訳ではない。

魔力の残滓を嗅覚に変換して嗅ぎ分けているのだ。

その猟犬マハナの鼻が告げている。


「貴女・・・ミカラ・デタサービから、愛された事が、ありますね?それも、私達よりも、前に・・・」


マハナの目に剣呑な気配が宿る。

ミカラは必要な事以外は語らない。

過去の話など、特にしない。

聞いてもはぐらかされる。

嫌われたくない、面倒臭い女と思われたくないマハナやシャプティ、ミルティーユたちは、ベッドの中でもあまりそういった話題には触れてこなかった。

そこで空気を読まない読めないのが、烈風のアフロディーテだ。


「ええ、ミカラ様とは一度だけですが、深く深く愛し合いましたわ。あの方の過去を知り、あの方の抱える闇を払い、あの方を幸福にして差し上げるのが・・・私の生まれ持った使命ですの」


艶然と微笑み言い放つ。

その笑みを見て、気圧されるラピスラズリ。

女としての警戒度を上げるマハナにシャプティ。

セリンもそんなエルフたちの反応を見て、無言で体内の魔力を活性化させていく。

そしてミルティーユは・・・


「ほう?お主、婿殿を・・・ミカラを抱いたのじゃな?抱かれたのでなく」


マハナやシャプティに対するような余裕は微塵も無く、アフロディーテには、まさに正妻を巡る敵としての視線を向けている。


「ワシと、同じか・・・人間の娘よ」


一触即発の気配が両陣営に漂い始めた。








「うわぁ〜人間がいっぱいだ〜〜〜」


巨大な胸をたっぷんたっぷん揺らしながら、その女はマルドゥック王都を見下ろしている。


「えっへへ〜〜〜ミカラ〜〜〜。この地で、ミカラの最も愛する女が死に至るんだよ〜〜〜くふっくふふふふ」


彼女の未来視の魔眼が、瓦礫の中で女の名前を叫びながら慟哭するミカラを映している。

ミカラの心はきっと、深く傷ついてしまうだろう。

そんなミカラをこの大きな胸に抱いて慰めてやるのは、とても甘美な未来だった。

彼女の未来視は自分自身の未来は予知せず、また幸福な未来も見通せない。

そして場面場面を抜き取ったような断片的なものしか予知出来ず、またその未来も曖昧だ。

例えば勇者、例えば魔王。

そこまではいかなくとも、勇者に次ぐ実力の人間や、高位魔族が絡んでくると、途端に未来が変わって来る。


「でもでも〜ミカラが最も愛する女が私で〜私が死んでミカラが泣くのも、いいよね〜〜〜」


ミカラの泣き顔は見たくない。

だが、見たい。

泣き顔も可愛いのだ。

笑顔も可愛い。

これは困った。

そして考え、答えに至る。


「わかったのだ〜!ミカラが〜他の女が死んで悲しむのはむかつくの〜〜!私の死を悲しむなら許す。そらならよし〜〜〜」


思えばあの時の自分が間違っていた

ミカラに抱かれて死ねるなら本望だ。

あの時とは、思考は似ているが決定的に違う。

力を持つ者は、他者を気にしない。

己の力を振るい、その欲望を満たすのみ。

矛盾だらけなのは理解してるが、ミカラと比べれば大した事はないだろう。

あの男は女と距離を置くくせに女誑しで、昔の女を忘れられないくせに新しい女をバンバン増やしてる。

自分のワガママなど小さなものだ。


「私は〜ミカラに〜愛された〜いぃ〜」


ふにゃふにゃと不思議な踊りを披露するが、誰も見ていない。

何故なら彼女が立っているのは、マルドゥック王都王城の尖塔。

この地で1番高い場所。

誰も到達できぬ高みから、下界を見下ろす。


「ちゃんアドちゃもベルっちも〜好き放題してるし〜?」


眠そうな顔でくすくすと笑う。


「私も〜ミカラと游ぶぞぉ〜〜〜っと!」


ゆっさゆさと胸部を揺らし、その女・・・魔族アシュタルテが王都へ降臨した。









「・・・聖女様、もうすぐマルドゥック王都へと到着致します」


お付の女聖騎士がそう告げて来る。

女神教教皇麾下の神聖騎士団。

彼女たちに守られてゆったりと進む、シンプルなデザインだが荘厳さを持つ意匠の馬車。


「そうですか、わかりました」


その馬車の中から、鈴を転がすような美声が返ってくる。


「また会えるね?ミカラくん」

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