第46話 とある若き近衛騎士の恋心

第1王女近衛騎士隊所属、チェリオ・ドーテーステイル。

チェリオの生家であるドーテーステイル家は由緒正しい高位貴族の一門ではあったが、経済的には中堅ぐらいの家である。

チェリオはその三男坊だった。

高位貴族は王都に住んでる者が多く、地方騎士のように領地経営や副業で儲けたりもできない。

一部の有力貴族以外は、高位貴族と言いつつ名誉職に近い部分もある。

そんな彼は家を継ぐ訳でもなく、分け与えられる領地も無い。

戦争の噂も聞かないので、安全地帯に居つつ食いっぱぐれないように騎士となった。

そんななんとなく騎士になったチェリオに転機が訪れる。


「あら?可愛い騎士様ね。今日はよろしくお願いしますね?」


たまたま護衛として着いた任務で、側室であるウールン様と出会ったのだ。

なんて可憐な方だろうか。

チェリオは恋に落ちたが、ウールンは王の側室。

叶うはずも無い。

彼はその恋心を忘れるように仕事に打ち込む。

真面目に仕事をこなすその姿勢が認められ、なんとウールン様の御息女様・・・第1王女ティア様の近衛騎士に選ばれる。


「あなたがわたくしのきししゃまでしゅね!よろちく!」


天使かな?

辿々しく喋りかけてくれるティア王女にまたチェリオは叶わぬ恋をする。

身分と年齢が違い過ぎる。

ティア様には生まれる前から外国の王子との婚姻の話があったはずだ。

騎士と姫君の恋物語など、創作物、絵物語だけの話なのだ。


「貴様が新入りか。私は厳しく行くぞ?」


フランという名の、年下の女近衛騎士が隊長だった。

どうやら小さい頃からティア様のお世話係をしていたらしく、若年ながらそれも含めて選ばれたそうな。

しかし、ただのコネや経歴で選ばれた訳ではなかった。

剣の腕も、ベテランの騎士よりも強かった。

彼女の下、チェリオは近衛騎士としての務めを果たしてきた。

王や女王が崩御された時も王女の護衛として守りを固めていた。

女王暗殺の疑いがティア王女にかけられたと聞いた時は耳を疑った。

アプスラの魔の手からティア王女を守るべく王都を脱出する時も、追撃者たちと死ぬ気で戦った。

戦場に送られる事の無い、危険の少ない近衛騎士。

やや呑気な立場で安心していたが、途端に危険度ナンバーワンの職場と化した。

夜逃げ同然に実家や自領に逃げていった同僚が何人もいた。

チェリオは帰る場所が無かったから残ったようなところもあった。

そして、フラン隊長がいたから頑張れた面は大きい。

気高く、勇敢な彼女こそ近衛騎士の鑑たと思った。

彼氏はおらず、見合い話は蹴りまく・・・斬りまくっているらしい。

生死を共にする戦いをすれば、同僚の騎士とかと恋に落ちるかもしれない。

うん、頑張ろう。

道中、やたら強い野盗と戦っていたら、大型の魔物が襲ってきた。

その魔物に馬車は蹴り飛ばされ、フラン隊長が王女様と共に崖下へ落ちた時・・・不敬ながら王女様よりフランの無事を祈ってしまった。

2人ともご無事で、再会できた時はホッとした。

しかし、そんな隊長が・・・出会ったばかりの男の慰み者になってしまった。

ショックだった。

別に恋人でもなんでもなかったけど。

そして、怒りに震えた。

騎士らしく一騎打ちでフラン隊長の身を自由にしてあげようかと思っていた。

しかし・・・


「なんで逃がすんだよ?敵は皆殺しが基本だろ?」


逃がすというかこっちが逃げたというか・・・チェリオや彼の同僚の近衛騎士たちが必死に戦ってようやく追い払った魔物の首をひとまとめてにして持ち帰って来たミカラを見て、やっぱり一騎打ちは止めた。

うん。

無駄な争いをして戦力を減らす事も無い。

よくよく見てみたら、ミカラに抱かれているフラン隊長も満更でも無さそうだったし。

彼女は女としての幸せを手に入れたのだろう。

自分たちが男同士固まって休んでるなか、フラン隊長がミカラに腕を無理矢理取られて・・・いや、仲良く手を繋いで林の奥へ消えていっても、気にしないようにした。

その時の食事は妙に塩っぱかった。


「あんな男は信用できない。私がフラン隊長を正気に戻してやる」


最年少かつ最弱の近衛騎士のシェスタの剣幕には、内心首を縦に振りまくっていた。

しかし、あまり無理をしないよう忠告はした。

ミカラの否定は王女様の否定にも繋がるからだ。

そして彼女はいざという時のためのティア様の影武者なのだ。

年齢もティア王女に近く、まだ少女と言っていい。

妹のように思っていた。

ティア様に似てるうえに、胸は大きかった。

将来が楽しみだ。

王女に扮する彼女を守っていれば、守ってくれる仲間の騎士へ好印象を抱くだろう。

もしも、シェスタがティア王女の代わりに拐われたりしたら、自分が必ず助け出すと誓った。

ウールン様の邸宅に着いた夜、少し寝苦しくて夜中に抜け出し少し屋敷を歩き回って・・・迷った。

メイドもおらず、困ったチェリオは屋敷をうろうろした。

そのうち、一つの大きな部屋の扉の前に辿り着く。


「ん?この扉はなんだ?中から光が漏れ・・・て―――」


その扉の隙間から見た光景を、チェリオは一生忘れられないだろう。

ウールンが、ティアが、シェスタが、ミカラに3人いっぺんに抱かれていた。

もしも、3人のうち誰か一人でも嫌な顔を見せてくれたら、乗り込んでいって助けに行った。

しかし、彼女たち3人は自らミカラに抱かれにいっていた。

むしろ、3人相手にしてるミカラの方がちょっと面倒臭そうにしている。

チェリオはその後の事をよく覚えていないが、なんとか元の部屋へと戻り、就寝した。

翌朝、轟音が目覚ましとなりチェリオは飛び起きる。

慌てて装備を整え皆で守りを固めていると、シェスタが拐われたと言う。

そして、直ぐ様ミカラが助けに向かったと。

チェリオもすぐに追いかけたかった。

しかし、王女を守るのが近衛騎士の務め。

断腸の思いでシェスタの無事を祈っていると、変わり果てた姿のシェスタをミカラが連れ帰って来た。

一度殺され、そこから蘇生したという。

なんだこの男は。

シェスタを、愛した女を守れなかったのか。

ミカラが悪い訳ではない、それは解っている。

しかし理不尽かも知れないが、男として怒りに震えた。

だが、シェスタは幸せそうだった。

姿も変わり、王女への忠誠心も捨てたシェスタは、ミカラの側に居て、とても輝いて見えた。

表情がコロコロと変わり、笑顔も、可愛い。

まるで年相応の少女のよう・・・そうか。

別人になった訳ではないのだろう。

本来の自分へ戻っただけなのだ。

あの日の・・・フラン隊長の真似をしていた背伸びのシェスタはもう、いないのだ。

チェリオが守ると誓った最弱の近衛騎士は、ミカラと生涯をともにすると誓う、1人の女になっていた。









「そう、貴方の気持ち・・・告白は、私の胸の内に仕舞っておくわね?」


今まで誰にも話してこなかった胸の内を吐き出してしまい、羞恥や屈辱もあったが、胸のつかえが取れたようなスッキリした気持ちにもなれた。

チェリオは内通者や裏切り者、潜入者を見つけ出すための事情聴取を受けていた。

担当はレベッカ。

剣の腕はそうでもないが、計画立案や予算管理、宿や馬車の手配から果ては天気予想まで、あらゆる事をこなせる才色兼備。

王女の近衛騎士隊のまさに生命線であった。

こんな素晴らしい奥方がいらっしゃる旦那様は幸せ者だと思った。

留学中の可愛い娘さんまでいるらしいし。

絵に描いたような幸せな家庭だと思い、そう伝えると、レベッカは目を伏せてそれを否定する。

どうした事だろう?

そんな憂いを含んだ彼女の横顔がとても美しく見えた。

事情はわからない。

しかし、彼女は幸せになるべき女性だという事だけは確信できる。


(この気持ちはなんだ?レベッカは、夫も、娘だっているんだぞ?)


モヤモヤしながら寝れずにゴロゴロしていたら、黒髪眼鏡のメイドさんに起こされた。

ちょっとドキドキしながらついていくと、庭にみんなが居た。

ミカラから朝まで生特訓の話を受け戸惑っていると、レベッカがいない事に副長が言及する。


「ああ、さっきバフ強化かけといた。今のレベッカなら、お前さんら全員相手に一方的にボコボコにできるぞ?」


それは、そういう事だった。

レベッカは、別に彼がいなくても大丈夫らしい。

良かった。

良かった。

その特訓は辛く、ちょっと涙が出た。

王都へ向かって出立したが、警戒していた割に特に何も無く順調に旅は進んだ。

道中、ミカラがフラン隊長やシェスタやレベッカと林の奥に消えていったり、ウールン様とティア様が乗られている馬車に入っていったりしていたが、彼は気にしないように任務をこなした。


「はぁ、みんなあんな女誑しの何処がいいんだろ?絶対に幸せにならないのにね」


女近衛騎士の中でも、胸が1番大きい同僚がそう言って来た。

チェリオは激しく同意したかったが、やはりミカラを否定すると王女様たちを否定するような気がして、曖昧に答えておいた。

女は悪口に敏感だ。

ミカラの悪口は言いまくりたいが、もし女に聞かれたら後が恐い。

そんな中、アプスラの待ち伏せにより峠道で魔獣騎士団との戦闘になる。


「死なないでね?貴方が死んだら、私泣いちゃうかも」


同僚の女騎士と背中合わせになり、剣を振るう。


「それは有り難いね。死ぬなら君の膝枕がいいかな」


戦場での軽口だ。

確か彼女には親が決めた許嫁が居たはずだ。

任務が完了して王都に凱旋出来たとしても、自分と結ばれる事は無い。

だが、それがどうした!


「うおおおおおおっ!」


(ミカラ殿には勝てない!それは知ってるとも!だがそれがどうしたっ!俺は、近衛騎士なんだっ!)


チェリオは戦った。

鎧を纏い巨大な剣を振るうオーガと切り結び、なんとか隙を突いて斬り伏せる。

しかし、勝利の余韻を味わう暇も無く、上空から落とされたマジックアイテムの爆発により、意識を失い・・・チェリオは今、死にかけていた。


(・・・俺も、少しは役に立てた、かな?・・・)


膝枕を約束した彼女も、彼ほどではないが傷を負ったそうだ。

つまり、膝枕はまぁ、おあずけだ。


(最後に、もう一度笑った顔が見たかったな・・・)


まぁどうせ膝枕されても、きっと彼女の胸が邪魔で、顔を見る事もできなかったろう。

チェリオよりは酷くないのなら、きっと助かるはずだ。


(・・・俺はもうここまでか・・・許嫁と、幸せにな・・・)









(・・・?・・・)


死んでいない。

体がどんどん楽になっていく。

痛みが引いていく。

コレは?

そして、この唇に感じる柔らかい感触はなんだ?

チェリオは安らぎと興奮を同時に抱きながら目を開き・・・








「うっ・・・ふ、副長!?」


目の前に、目を瞑りやや頬を赤らめた副長の顔を見て、背筋を凍らせる。


「お、目が覚めたか?間に合って良かった。危うく死ぬところだったな」


そう言って照れ臭そうに笑う副長。

ああ、そうか。 

なんかチクチクすると思ったら、副長の無精髭か。

あれ?

俺のファーストキス?

相手は、無精髭の、中年騎士・・・。

・・・・・。

呆然としていると、副長が説明してくれる。

頬を赤らめるのをやめてくれ。

水。

口をすすぎたい。


「いや、な。ミカラ殿が、男とは口移しの魔術式をしたくないと、言ってだな」


副長の頭に手を置いていたミカラがその手をどかす。


「良かったな。副長に感謝しなよ?」


そうチェリオに言って去って行く。

ミカラが掌から出した治癒の魔術式を、副長の頭を介して彼の肉体に浸透させたのだ。

ミカラとしても収穫はあった。

他人を介せば口移しの術式は使える。

ただ、相手はそれなりの関係が無いと効果は見込めない。

だがこれなら、瀕死の重傷を負った夫や父親とかを助けて欲しいと訴えてくる妻とか娘とかにも手を差し伸べられる。


(ふむ。報酬として女を要求するのは本意ではないが、なんでも言う事聞くから〜とか言われたら仕方無いよな?その時は女に恥をかかせたらいかんよね)


ミカラが女を抱く黄金パターンが増えた。

ほくほくのミカラと違い、若き近衛騎士は青褪めながら己の唇を触る。


「・・・わ、忘れてください。俺も、なるべく忘れますので・・・」


「・・・いやしかし、この口移しの魔術式、なかなかの効果だ。私の治癒術の腕では、お前の傷は治せなかったはずなのだ」


副長が真面目な顔で仕切りに頷いている。

やめて。

そんな目で見ないで。


「どれ。この感覚を忘れないうちに、もう少しやっておきたい」


「え?」


「え?」


「ふ、副長?」


周りで心配そうに見守ってくれていた仲間たちが一様に後退る。


「む。そこの、怪我が酷いな?応急処置だけではいかんぞ?おーい、ミカラ殿。ちょっとまた力を貸して欲しい。こっちのヤツにもさっきと同じ治癒術を―――」


「ふ!副長!自分は大丈夫でありますっ!身体になんの問題もありませんっ!」


足に怪我をした同僚は、片足を引きずりながら逃げようとするが、ガシリと副長に捕まってしまう。


「そうか?・・・む?いや待て、なんだか顔が青褪めている。鎧を脱いで横になりなさい。副長命令だ。ミカラ殿抜きでも効果があるか試してみ・・・」  


「拒否しますっ!」


迫る副長、逃げる仲間の騎士。

そんな彼らを死んだ目で見つめながら、若き近衛騎士は同僚の女騎士をなんとなく探す。

居た。

しかし、彼女はもうすでに・・・


「よし、具合はどうだ?」


ミカラによって、大怪我は治癒されていた。

ミカラは鎧を脱がして下着同然の姿になった彼女の体を触って傷の治りを確かめている。

ミカラの手や指が体を這うたんびに、彼女が小さい悲鳴を上げている。

彼女は、副長が治癒した彼の次に怪我が酷かった。

ミカラの治癒が無ければ下手をすれば死んでいただろう。

ミカラが、唇を抑えて恥ずかしそうに横を向いている彼女の顔を覗き込む。

すると、彼女がミカラに言う。


「ま、まだ少し、身体が辛いの・・・熱が、あるみたい・・・脈もおかしいし・・・」


そう言って、彼女は自らミカラの掌を己のシャツの下へ潜り込ませて胸の谷間・・・否、大渓谷へと誘導する。


「そうか、ならもう少し重点的に治癒しよっか」


ミカラがそう言いながら、女たちが何をしてるかチラリと観察する。


「ねぇ?貴女、新参者ならそれなりの態度ってものが―――」


「ミカラと子供作る。たくさん生む」


「こんの獣がぁ。それしかないんかい」

 

「ところで、お母様?ややこってどういう事ですの?嘘ですわよね?お父様にも使った手段ですわよね?子供が出来たと嘯いて、開き直らせ避妊をやめさせ、結果本当に妊娠する。まさかそんな古臭い手を・・・」


「おほほほほほ」


図らずも、なんか忙しそうである。

ミカラと、ミカラが抱き上げている女騎士の事など気にはしていないようである。

ミカラは抱き上げている女騎士の唇を再度奪うと、耳元に口を寄せて、甘く囁く。


「・・・よし、じゃああっちの茂み行こっか?」


「あ、ダメ、私には親が決めた許嫁が・・・」


「お前さん、名前は?」


「パ、パトリシアです。パティって呼んで欲しいかも・・・」


「パティか、可愛い響きだな」


「か、可愛いとか、そんな簡単な言葉で騙されないからっ!」


そう言った彼女は、ミカラの首に腕を回していた。

そうか。

愛称でなんて呼ばせてもらえなかったな。

いや、ファーストネームもだな。

家名でしか呼んだ事ないなぁ。

ミカラがなんらかの『隠蔽』魔術でも使ったのだろう。

彼が見ていた2人が、突然見つけられなくなる。

彼女は助かったようだ。

良かった。

嬉しくて涙が出た。

もうすぐ王都へ帰還できる。

王女様が無事に王位を継げば、自分たちも大出世だ。

きっと縁談話もたくさん来るだろう。

しかし、その前に・・・


「娼館でも行くか」


女で受けた心の傷は、女に癒やして欲しくなった。


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