第28話 いざゆかん!女エルフパーティー!ぷらすヒモ

とりあえず一行は東へ向かう。

西へ行ってもエルフの王都、さらに向こうには魔族領があるだけだ。

元居た大陸に戻るかはともかく、東へと向かう。

そこからどうするかは考えていない。

町を出るための門へと向かい、かっぽかっぽと馬を歩かせる。

 

「んふふ。むふん」


ミルティーユはご機嫌だ。

昨夜は邪魔者も入らずにたっぷりとミカラと愛し合えた。

それと、ラピスラズリをパーティーに加えた事で馬が1頭足りなくなった事。

サイズと体重の面からミルティーユは、ミカラの前に座る権利を再び獲得したのであった。


「おや?ミルちゃん。町を出てくのかい?寂しいねぇ」


屋台でお菓子を売ってるおばちゃんがミルティーユに話しかけてくる。

営業トークでなく本心からのようだ。

この町に滞在してる間、すっかり屋台の常連となったハイエルフの姫君が、装備を整え仲間と共に馬に乗っている。

声をかけずにはいられなかったのだろう。


「うむ、まぁの。じゃがまた来るぞ。ここの菓子は美味じゃからの」


「そうかい?ありがとよ」


おばちゃんはミルティーユを身体の前に抱くミカラに、一瞬不審そうな視線を見せるが、周りを囲むエルフ、ハーフエルフ、ダークエルフの女たちを見て安心したように微笑む。

まさか、全員男女の関係になってるとは思えない。

きっと安全を考えて男が側に居るのだろう。

陣形の配置的に魔術戦士らしきエルフがリーダーに見える。

その女エルフが任せる男なら安心だ。

おばちゃんはラピスラズリの悪評も、ミカラの女へのだらしなさも知らない。

常連の可愛いエルフの女の子が、悪い男の毒牙にかからないか心配し、そして安心したらしい。

人間の感情には疎いミルティーユだが、常に精霊たちが色々な事を耳打ちしてくれる。

精霊たちの囁きでおばちゃんの内心を知り・・・


(ふふん。昨夜は婿殿の毒牙に美味しく頂かれたんじゃがな)


と口走りたくなるのを、ぐっと堪らえる。

少しずつ人間の常識を身に着けつつあるミルティーユ。

どうやら人間の世界では、ミルティーユの見た目ではミカラと男女の関係になると色々問題が起こるらしい。

寿命を終えるその時ですら若い姿のままでいるハイエルフからすると、いまいちピンと来ないが、見た目の年齢差は忌避されると学んだ。


(それにわざわざ周りに関係を強調するなど、自信が無いのと同じじゃ)


今のミルティーユには余裕がある。

正妻の余裕が。

ようやく叶ったミカラとの愛の営みは想像以上の幸福感をミルティーユに与えていた。

ミカラがまだ完全に心を開いてないのはひっかかるが、自分に涙を見せて、それを慰めてやれたのは大きい。

他の2人ではできてなかった事だ。

いつも飄々としていて何処か斜に構えており、女の扱いにも慣れているミカラ。

そんなミカラを子供のようにあやし、己の胸で眠らせてあげた。

その事実がハイエルフの姫に、一本ぶっとい芯のようなモノを心に抱かせる。


(ミカラが抱いた女は数知れずとも、ミカラを抱いた女はそうそうおるまいて)


正妻としての自信が出来、貫禄が生まれる。


(婿殿に甘えるのもいいが、甘やかすのもまた甘美なひとときであったのぉ)


「にひひ」


思い出したらヨダレが出てきた。

その姫君のだらしない顔を見て、おばちゃんが勘違いする。


「おや?お腹空いてるのかい?旅立ちの餞別だ。サービスしとくよ」


ミルティーユへ、抱えられるだけお菓子を渡す。

ミカラが支払いをしようとすると首を横に振る。


「また必ずおいでな?待っとるよ」


「ありがとうなのじゃ〜」


おばちゃんに手を振り別れを告げているミルティーユに、ミカラがふと訊いてみる。


「そういや姫さん、いつ人間語覚えたんだ?」


思い返すと、この町に着いたあたりから人間の言葉を流暢に喋っていたように思う。

大森林で再会した時は言葉が通じてなかったはずだ。


「ん?ああ、覚えたのではない。思い出したのじゃ」


「思い出した?人間語を?」


昔は喋れていたという事だろうか。

ミルティーユが首を横に振る。


「うんにゃ。自動翻訳術式じゃな。厳密には」


「なにそれずるい」


「ワシの記憶にある知識だけじゃ片手落ちじゃったがの。遥か昔のハイエルフが・・・ 受肉した女神かなんかに教わったヤツじゃったかの?・・・ワシが生まれるずっと前の話じゃし、詳しくは知らん」


ミルティーユが生まれるずっと前とか、人間がまだ石を投げて棍棒で戦ってた時代だろうか?


「神話級の古代魔術かよ・・・壮大過ぎる横着だなぁ」


ミルティーユでなければ出来ない芸当だ。


「大森林に溶け込んだハイエルフの先達から助言をもらって、魔術式を完成させたのじゃ。これで婿殿が世界中何処へ行ってもワシがいれば助かるじゃろ?ワシは夫を立てて支える良き妻じゃろう?」


ミルティーユが上を見上げてミカラと見つめ合う。

ミカラの身体に、密着したミルティーユのぬくもりが伝わってくる。

服ごしとはいえ、胸辺りにはミルティーユの小さな頭が、腹の辺りには細い背中が、股間辺りには小ぶりの尻が、馬が歩くたんびに押しつけられてくる。

一瞬だが、昨夜味わった小柄な肢体を思い出す。


(まずいな・・・姫さんの身体に女を感じちまう・・・)


子供にしか見えない肉体に宿る、母よりも大きく深い母性に抱かれる幸福感と安心感。

その違和感と倒錯感は病みつきになりそうだ。

さすがのミカラも、ハイエルフを抱いた事は初めてだった。


(・・・人間がエルフにハマるのはそういう面もあるのかもな)


未発達な少女にママ、ママと甘えても実年齢では何倍も差がある。

大義名分というか言い訳は立つ。


「あ、ああそうだな。そん時ゃ頼りにするよ」


今まではその対象ではなかったが、1度抱いてしまった以上、ずるずると深みにハマっていくだろう。

生まれ育ちから、母性に飢えてる自覚はある。

娼館で選ぶ女はいつも、年上でややふくよかで、優し気な女ばかりだ。

エロい事はもちろんするが、抱きしめられて眠ると安心してぐっすりと眠れる。

ミルティーユにもそうしてもらった。

本当に自分が彼女を愛してるかはわからない。

だが愛されている自覚は持てた。


「婿殿・・・」


「姫さん・・・」


2人の醸し出す妖しい雰囲気に、遂に堪えきれずにマハナが口を挟む。


「へ、へぇえ〜〜〜?凄いですね〜〜。そういえば、私は旦那様に抱かれる事で人間語を覚えましたので、その翻訳魔術が使えなくて良かったです〜。旦那様も、わ・た・し、を抱く事でエルフ語を覚えたんですよ〜?ね?旦那様?」


ぎこちない笑顔でマハナが告げてくる。


「いや、まぁ、それだけが理由じゃないけども・・・ 」


ミカラが面倒臭そうな顔をする。

すると、ミルティーユがミカラの服をくいくいと引っ張りエルフ語でボソボソ言う。


「む、婿殿?ワシは人間語を忘れたのじゃ、教えて欲しいのじゃ。体で教えてたもれ」


正妻の余裕をかなぐり捨て、ミルティーユがミカラにおねだりしてくる。


「主様主様?私も教えて欲しいな~?人間語もエルフ語も、まだやっぱ慣れないし〜?」


(ほらきた面倒臭い)


シャプティまで加わってくる。

特にシャプティなどは、人間語もエルフ標準語も堪能なのに、わざわざダークエルフ訛りのエルフ語を披露してくる。


「清々しいほどに真っ赤な嘘を吐くんじゃありません」

  

(そうか、あのイケオジダークエルフ、気を使って方言は控えてたのか・・・)


どうせならあのオッチャン連れてくれば良かったのではとミカラは思う。

交渉とか強そうだし、2人で娼館にでも行けば入れ食い状態になったはずだ。

さすがのミカラも、この3エルフの防衛ラインを突破して娼館に行くのは無理だった。

まさか一回も娼館に行けずにこの町を出ていくとは思わなんだ。

このままでは一生行けないかも知れない。

ミカラが軽く絶望してると、今まで黙っていたラピスラズリが顔を赤らめ睨んでくる。


「・・・あ、あんたらねぇ。そんな会話聞かされる私の身にもなりなさいよ。頭おかしくなりそう」


そんな益体も無い会話をしながら町を出て街道を進んでいると・・・


「む!婿殿!魔物が人を襲っておるぞ!」


ミルティーユが精霊の囁きで魔物の襲撃を察知する。

大森林に居ればその全てが知覚領域となるが、人間の世界で弱体化している今のミルティーユにはあまり広範囲の探知は出来ない。


(だとしても、俺より遥かにでけぇ範囲カバー出来るけどな)


ミルティーユが居る限り、敵に不意打ちされる事は絶対に無い。


「急ぐわよっ!みんなっ!」


お飾りのリーダーだとしても、このパーティーのリーダーはラピスラズリだ。

彼女は先頭を突っ切り現場へ急行する。


「!―――見つけたっ!」


馬を全力で走らせるとすぐに人間の馬車と、それを囲む魔物の群れを見つけた。


(ミカラから言われた事が真実だったとしても!私はまだまだ強くなれるってだけだものっ!)


精霊の加護が弱まったとしても、磨いた剣や弓の腕前や、培った経験までは無くならない。

ラピスラズリはパーティーの誰よりも早く現場に辿り着き、誰よりも多くの魔物を討伐した。










街道にて人間を襲撃していた魔物の討伐。

そのクエストの報酬を貰いに、最寄りの大きな町へと立ち寄るミカラ一行。

エルフ大森林から2番目に近い都市であるが、規模としてはそちらより大きい。

地理的に東西南北へ通じる交通の要衝だからだろう。

町の門番には、ギルド支部長からの紹介状を見せて難無くスルーだ。

そのまま冒険者ギルドへと向かう。

街道に出没する魔物の討伐や一般人の救助などは、永続的なクエストとして冒険者に義務付けられている。

見捨てて敵前逃亡すればペナルティもある面倒事ではあるが、魔物を倒せば金が入るので美味しい小遣い稼ぎにはなる。

今回は通行人の商隊もついでに助けたので追加報酬もある。

なかなか良い臨時収入だった。


「みなさん凄いですよね」


ギルドの受付嬢が尊敬の眼差しをラピスラズリ率いる女エルフパーティーに向ける。

魔物の討伐と商隊の保護、それぞれ単発の依頼ならともかく、一般人の足手まといを守りながらの戦いは難しい。

しかも突発的な案件だ。

ミカラたちは別に商隊の護衛でもなんでもない。

金にそこまでがめつくないミカラたちは、お礼を申し出る商人にギルドから報酬あるから不要と伝える。

助けた一般人からのいわゆるチップも、報酬の一部として計算される。

もちろん黙ってればバレないが、バレたら別の報酬から天引きされたりと面倒臭い。

冒険者たちが人助けをした時に高額な金銭を要求したりなどのトラブルを防ぐための処置なのだが、ミカラたちの模範的な態度にその商人はいたく感銘を受けていた。

ちなみにその商隊は、冒険者ギルドへの護衛依頼をケチって自分たちで私兵を雇ったのだが速攻で逃げられていた。

襲ってきたのが野賊なら身代金目的で生かされる可能性もあるが、魔物は人間を食って腹に収めて終いだ。

そんな絶望的状況を助けに来たのが、美少女エルフたちの女冒険者パーティー。

鮮烈的な出来事だったはずだ。

今回で冒険者の有難みを身を以て感じた彼らは、これからはお得意様となるだろう。


「東の大陸に破竹の勢いで名を上げてる女パーティーがいるんですよ。うちも負けてられないです!西大陸のホープとして期待してますよ!」


受付嬢の言葉はリップサービスもあるだろうが本心でもあるだろう。

自領に有能な冒険者をどれだけ抱えられるかでギルド支部の評価は左右される。


(東の大陸の女パーティー?・・・まさかな。女だけのパーティーなんざよくいるし)


ミカラが知ってる顔を思い浮かべ、頭を振ってかき消す。

冒険者ギルドには、遠隔地でも情報をやり取りできるマジックアイテムがある。

地域を跨ぐような依頼の場合、複数の冒険者が依頼を受け競合する場合があるからだ。

どのパーティーがどんなクエストを成功し、失敗したかはギルド内で情報共有される。

冒険者たちの向上心を煽り、競わせる事で冒険者全体の底上げを狙って、世界各地の冒険者の功績をほぼ誤差無しのリアルタイムで公表している。

直近だと、所属は魔術師ギルドではあるが烈風のアフロディーテと爆炎のセリンによる古代遺跡発見とその攻略が有名だ。


(今は女の時代なのよ!もっと女が活躍すべき時なのよ!)


受付嬢は鼻息荒くそう思う。

以前、男の冒険者に捨てられた事とは・・・何の関係も無い。

爆炎や烈風の派手な活躍に隠れがちだが、単身で魔物を狩り続ける魔剣士の少女や、手堅い連携でどんな依頼でも成功させ続けている女パーティーが、今の東大陸でのトレンドである。

彼女たちより実力のある冒険者は、国が召し上げてしまったり、長期任務に従事していたり、秘匿性の高い仕事をしていたりと、冒険者ギルドの看板にはし難い。

受付嬢は、ラピスラズリたちと比較するのに単騎の魔剣士や天才魔術師コンビは除外する。


「貴女たちなら彼女たちを超えられるはずです!鑑定士アナをリーダーにした、狂騎士クッコロ、破壊僧侶ピオニー、暗殺盗賊スノウの4人パーティーを!」


「ブフォッ!」


それらの名前を聞いたミカラが、口に含んでいた酒を吹き出す。


「・・・旦那様・・・」


「あ、悪い」


運悪く、ミカラの吹き出した酒を顔面に浴びたマハナ。

ミカラは慌てて清潔な布を出して、酒の滴る彼女の顔を拭いてやる。

だがマハナは・・・


「・・・ だ、旦那様に・・・口に含んだ酒を吹きかけられた。いいかも・・・ 」


背筋をゾクリと振るわせ微笑んでいる。

なんか変な性癖に目覚めかけていた。

受付嬢がミカラへと視線を向け、ラピスラズリたちのパーティー編成の書類を確認する。


「・・・?ミカラさんは、正式にパーティーにならないんですか?」


受付嬢が疑問を口にする。

臨時の助っ人扱いのはずなのに、妙に馴染んでいる。


「いやぁ、俺はまぁ、ラピたちが稼いでくれりゃそれでいいからさ〜」


軽薄そうにへらへらしている。


(なんだ、ヒモ男か)


受付嬢はミカラへの評価を最低点で採点した。

アナたちのように盗賊職の女冒険者が代わりに入れればいいのにと、受付嬢は思った。









「お疲れ様」


「おやすみ」


冒険者ギルドの受付嬢、ルーナが同僚と挨拶を交わして外へと出る。


「はーあ。私も冒険者みたいに自由に生きて見たいわね」


勿論命の危険があるのはわかっている。

昼間談笑していた顔見知りの冒険者の、迷宮での死亡登録の書類を書くなどざらである。


「昼間のあの娘たち、大丈夫かな?」


それぞれが熟練の冒険者だったとしても、女だけというだけでなめられたり不当な扱いを受けたりする。

さらに、エルフを攫って奴隷として売買しようとする人間はまだまだたくさん居る。

あの小さいエルフの女の子など特に心配だ。


「あのミカラってヤツが上手く立ち回ってくれればいいんだけど」


へらへらしてるのも社交術のひとつなのかも知れないが、イマイチ頼りない。


「そういえばミカラって・・・ ?何処かで聞いた名前よね?」


ルーナがぼやくと・・・


「ん?呼んだ?」


そのミカラが目の前に居た。


「貴方・・・なんでここに?」


「まぁ、息抜き・・・かな?」


ミカラが疲れたように溜め息を吐いている。

ヒモにも苦労する事があるのだろうか?

そんなはずはない。

この男は何の苦労もせずに、あの女エルフたちのおこぼれに預かっているのだから。


「ねぇ」


ルーナはなんだかムカムカしてきた。

この男にちょっと一言言ってやらねば気が済まない。


「ちょっと付き合ってよ」


ルーナはミカラの手を取ると、近くの酒場へと連れ込む。

2人が酒場に消えた瞬間に―――婿殿の気配が消えたっ!酒臭くてようわからん!―――旦那様の匂いが消えた!うぅ、旦那様の下着の匂いをもっと普段から嗅いでおけば―――アンタたちは犬か。ほら、あっちの歓楽街だよきっと!主様大きいおっぱい大好きだからそれ系のお店だよ絶対!―――ああん?喧嘩売っとるか小娘?―――何してるんです!早く見つけなきゃ!旦那様がまた変な女にひっかかっちゃう!―――などと言う騒がしい女エルフたちが嵐のように通り過ぎていったが・・・それはまた別の話。











冒険者ギルドの受付嬢ルーナは、女エルフたちのヒモ男を説教しようと決心して酒場へと入る。


「とりあえずエール2つと何かツマミね。あとワインをボトルで頂戴」


彼女も百戦錬磨の冒険者たちと毎日渡り合ってるベテランだ。

酒にも強い自信がある。

ミカラのような若者が、ヒモとして生きてるのを見過ごす訳にはいかない。

今夜はとことん問い詰めてやる気でいた。

年上として、冒険者ギルドの受付嬢として、彼を導く義務があるのだ。

そのつもりだったのだが・・・


「だからね?私は言ってやったのよ。いったい誰が依頼人と冒険者を繋いでるのかって。荒くれ者の礼儀知らずが高慢ちきなお貴族様と交渉とかできるかってのよ。だからね?この町1番のパーティーは私が育てたようなもんなのよ?」


「そうなんか〜。ルーナは凄いな〜」


「あら、うふふ。褒めても何も出ないわよ」


説教モードに入るはずが愚痴モードに入ってしまったルーナ。

相当溜め込んでいたのか、溢れる愚痴が止まらない。


「なのにあの男ったら、依頼人の貴族の娘に見初められたからってホイホイ縁談受けて逆玉よ?信じられない。誰があのお貴族様の無理難題を上手いこと達成可能な範囲の依頼に落ち着けたと思ってるのよ?私のお陰で実績積めてたはずなのに・・・ひっく」


目をかけていた冒険者が他の町のギルドに河岸を変えてしまう事はままある。

冒険者は魔物退治が主な仕事だ。

魔物の討伐が上手くいき、仕事が無くなって拠点を変える。

そもそも拠点を持たない根無し草も多い。


「それにしたって、貴族のご令嬢はないでしょ?私より若いし可愛いしおっぱいも大っきいし。くそう、男はああいうの好きだからなぁ。あのキラキラふわふわしたお嬢様に、貴女は私たち2人のキューピットですと言われた時の情けなさったらなかったわよ」


「そうかそうだな。ルーナも辛かったんだな」


しみじみ言われてなんだか不公平な気がしてきた。

自分ばかり恥ずかしい事を喋らされてる気がする。

このミカラって男からも身の上話を聞かないと平等じゃない。


「ところで貴方無理してない?あの悪名高いラピスラズリに、いいように使われてない?」


この短い時間で、ルーナの中でミカラの立ち位置が変化していた。

最初は女エルフ4人にくっついているヒモかなんかだと思った。

しかし、戦闘力で申し分無い彼女たちを、一介の盗賊職が自由にできるとは思えない。

きっと、雑用ばかり押し付けられているのだろう。

男避けとして矢面に立たされたりもされてるはずだ。

昼間は商売柄よいしょしておいたが、ラピスラズリの悪評はギルド間で共有されている。

性格の悪いエルフなんぞに手を出すはずのない、可愛い妻子持ちの冒険者に難癖付けて殴り倒したり、交代で入るはずの風呂を占拠してたため文句を言いに行った男を、覗きだと非難してしばき倒す。

近辺随一のトラブルメーカー。

仲間にしたくない残念美女ランキングという、冒険者たちの裏のランキングで堂々第1位だ。

そんなのに捕まった若い男。

可哀想に。

お姉さんが救ってあげなくちゃ。


「ね?お姉さんに本当の事言ってごらん」


ルーナはややトロンとした目でミカラに詰め寄る。


「なんの事だよ?俺はみんなと仲良くやれてるよ」


「でもあのラピスラズリって女はさ・・・」


ルーナがラピスラズリの悪行を自慢気に話し出そうとした時・・・


「なぁルーナ?仲間を・・・ラピの事を悪く言わないでくれるか」


ミカラが冷たく言い放つ。

途端にルーナがシュンとなる。

酔いも少し覚めた。


「あ、ご、ごめんなさい。私ったらまた・・・」


またやらかしてしまった。

ちょっと仲良くなった男の冒険者の、女の仲間を悪く言って嫌われる。

よくやってしまう失敗だ。

酒のせいだ。

ミカラは凄く聞き上手で、酒も進む。

酒が悪い。

そんな悪い酒には負けない。

ルーナは手に持っていたボトルワインをラッパ飲みして退治すると、しおらしく謝る。


「ほんとにごめん。私、駄目ね。こうやっていつも失敗してるのに」


「いや、俺を心配してくれてるのは嬉しいよ?ありがとう。でも、俺はサポート役として、彼女たちを支えていくって決めてるから」


「ミカラ・・・」


ルーナが驚く。

自分の勘違いを恥じる。

サポートに徹して、あくまで助っ人としてパーティーを支える。

それは、自分の功績を捨てている事に他ならない。

常に助っ人扱いの彼は、ラピスラズリたちがどんなに活躍しても日の目を見る事は無いだろう。


「な、なんで、そこまでして?」


ルーナは両手に持った空のワインボトルをぎゅっと抱きしめる。

ルーナの胸がチクリと痛んだ。


(もしかして、あの4人の中の誰かを想ってるの?)


しかし語られたのは、ミカラの嘘偽りの無い吐露であった。


「・・・昔、俺のせいで仲間を失ってな。俺がもっと上手く立ち回れていたら、死なずに済んだヤツも居る。俺は2度とそんなのは御免なだけだよ」


苦渋に満ちた笑顔は、ルーナの心をも切なさで満たす。


「そう、なんだ」


ルーナは自分の下世話な考えを恥じた。


「すごいね。よく頑張れてるねミカラは」


もうルーナの中で、ミカラへの評価がマイナスになる事は無いだろう。


「でも、ルーナだって頑張ってるだろ?」


「え?」


意外な返しにキョトンとするルーナ。


「ルーナたちギルドの職員がいなきゃ、俺達みてーな世間の爪弾き者がまともにクエストこなせる訳がねぇさ。いつもありがとうな。まぁ、女エルフパーティーのヒモが何言っても有難みはないか」


「ううん、そんな事ないよ。ミカラは立派よ」


ルーナは思わずミカラの手を包む。

盗賊職らしく、繊細で器用そうな指だ。

だが男らしい武骨さもある。


(・・・こんな指で身体をイジられたら・・・)


ルーナがゴクリと唾を飲み込む。

同棲していた男冒険者に金を持ち逃げされてから、ずっと1人の夜を過ごしていた。


「ね?ミカラが良ければさ、今からウチで・・・その、飲み直さない?」


部屋に下着を干してたような気がする。

でも気にしない。


「わかった。ルーナん家で飲み直そう。飲むだけな?アイツら、俺が他の女と一緒に居るだけで怒るからさぁ」


「あはは、大丈夫よ。何もしないわよ?」


ルーナとミカラは手を繋いで酒場を出る。

ふらふら歩くルーナをミカラが支え、ルーナはミカラの肩に頭を預ける。


(あれ?以外に逞しいわね?顔は可愛いのに・・・)


ボウッとしながらミカラを見上げると、ミカラがニコッと優しく微笑む。

ルーナの胸や尻を無遠慮に見て、時には触ってくる荒くれ者たちとは大違いだ。

ミカラは紳士的で、ルーナの身体を必要以上に触らない。


(もっと抱き寄せてくれてもいいのに)


ルーナはわざとふらついてみせ、ミカラに寄りかかる。


「おっと、飲み過ぎだぜ?ルーナ。今夜はもうやめ―――」


「や」


ルーナは首を振って、ミカラの目を見つめる。


「え?」


「もっと貴方の事知りたい」


熱っぽい視線を受けて、ミカラも真面目な顔で頷く。


「・・・わかった」


ミカラはルーナの肩を抱きながら、彼女の部屋へと向かった。

男日照りの長かったルーナは、ミカラと朝まで何回戦にも及んで、その日の仕事に大遅刻をしたそうな。









「・・・アンタ、マジ最悪なんだけど・・・」


何人も同時に寝れる大きなベッドがある宿屋などそうそうない。

昨夜泊まった宿では2人部屋と3人部屋に分かれるしかなく、誰がミカラと寝るかで大もめにもめてるうちに・・・いつの間にかミカラが消えていた。

歓楽街へと駆け出していく3人を他所に、ラピスラズリは普通に寝て起きた。

ミカラとエルフたちの胸焼けしそうなくらいの濃厚なまぐわいを見ないで済んで、久方ぶりにぐっすり快眠だ。

宿から出て、気持ちの良い朝の散歩がてらにミカラや他の3人を探しに行き・・・たまたま見つけたのだ。


「はよっス。マイリーダ〜〜〜」


気軽な感じで手を上げるミカラに、ラピスラズリは無言で精霊魔術を操り水の塊を投げつける。


「おわ?何すんだよ?抱いてやってないから怒ってる?おこなの?」


ヒラリと躱したミカラを通り越し、水の塊はパシャリと砕けて地面に染みを作る。


「違うわアホぉっ!」


内心ドキリとするラピスラズリ。

毎晩毎晩、自分以外の女を抱いているミカラ。

ラピスラズリの性知識と情緒はもうぐっちゃぐちゃだ。

エルフの交尾とは、本当に子作りのための交尾のような淡白さである。

発情期と言うモノは無いが、今したら子供できんじゃね?みたいな精霊のお告げ的直感で致すと出来たりする。

性交渉自体に快楽を見出し、真っ昼間から盛る事はまず無い。

それで愛が無いという訳ではない。

日々ともに暮らし、変わらぬ日常を穏やかに共に暮らす在り方こそが、エルフの理想の夫婦関係だ。

ある意味それを否定し、刺激を求めて里を飛び出してきたラピスラズリではあるが、ミカラたちの男女関係は刺激的過ぎる。


(人間の性欲が強いのは知ってたけど・・・こう、毎日毎日、よく飽きもせずにやれるもんよね)


そして、思う。


(うぅ・・・そのうち私も、ミカラの毒牙にかかるのかしら?)


思わず内股になりもじもじする。

ミカラに抱かれて幸せそうにしてる3エルフを間近で毎日見続けるのは、一種の洗脳に近かった。


「あの3人に会う前にっ!その顔やら首筋やらのキスマークをなんとかしなさいって話!」


「おお、これはすまん」


この男は、見目麗しい女エルフ3人だけでは満足できないらしい。


(なによっ!私を放っておいて違う女を―――て違う違うっ!私は別にこんなヤツが何処で誰を抱こうと・・・ああっ!やっぱむかつくっ!なんで私には何もしないわけっ!て、違うからっ!私はいったいどうしちゃったの!?それもこれもぜんぶミカラが悪いっ!)


「この女誑しのクズっ!」


ラピスラズリの放った水の塊を、今度はミカラは甘んじて受け、朝の洗顔を済ませたのだった。

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