第27話 続・ミカラを巡る女たち

「ミカラ・・・」


自分を呼ぶ声に一気に意識が覚醒する。

今夜もいつも通りマハナとシャプティを抱いていた。

その辺りから記憶が無い。


(油断した)


身体が上手く動かない。

『探知』魔術を行う。

同じ室内で、マハナとシャプティの寝息を拾う。

さらに範囲を広げると、部屋の外の扉の前で眠りこけてるラピスラズリの反応を確認。


(あのムッツリエルフ、興味ないフリして俺達の絡みを覗き見してやがったな?)


あと数日したら、我慢出来なくなって混ざりに来るかも知れない。

それはともかく今は目の前の・・・


「なんのつもりだ?ミルティーユ」


「今宵こそは抱いてもらうぞ?・・・否、ワシが抱いてやろう・・・小僧」


裸身を露わにしたハイエルフの姫がミカラの上に跨っていた。

窓から差し込む月光が、ハイエルフの姫の緑色の髪と白い肢体を浮かび上がらせる。

美しい。

この世に美の女神がいるのなら、まさにミルティーユの事を差すのだろう。

美の女神が恨めしげに見下ろしてくる。


「毎日毎日毎日、ワシが寝てる真横で盛りよってからに・・・」


やっぱり狸寝入りだったらしい。


(そりゃそうか)


「今晩は誰にも邪魔はさせぬ」


ミルティーユの周りには精霊たちが踊り狂っている。

今この場の支配者は、間違いなくこの少女の姿をした怪物だ。

眠りの魔術の効果も、3人どころではないだろう。

もしかしたら建物内すべての人間を眠らせているはずだ。


(対属性たる闇の精霊とかも関係無しか。あらゆる精霊に愛されし者。シャプティの完全上位互換・・・)


「女に上に乗られるのは好きじゃないんだがなぁ」


こうまでされると反撃したくなる。

下からその薄紅の蕾をイタズラしたくなる。

が・・・


(だめだ動かん)


指一本動かせない。


「もう駄目じゃ、駄目駄目じゃ。ワシの身体が幼く見えるのは理解している。だがそれを理由に拒み続けられるのはも〜〜〜我慢できん」


しかし、人間の子供にしか見えないミルティーユの小さな裸身では、ミカラのモノは・・・


「ありゃ?」


おっきしていた。

おかしい、自分は幼女趣味では無いはずなのだが。


「ふん、身体は正直じゃのぉ?どれ・・・あむ」


「うおっ!?姫さん、何処でそんなん覚えて・・・」


「・・・ん・・・ぷはっ!うつけが。毎晩毎晩見せつけとるのは何処の誰じゃ?」


「そうでした」


ハイエルフの姫君に本気を出されたら抵抗のしようもない。

ミカラは遂に観念してミルティーユを抱く事にした。


「ん?動ける?」


不意に身体が動き、そのまま上下を入れ替える。

一瞬でミカラに組み伏せられたミルティーユは、満足そうに微笑む。


「ふっ。ハイエルフの呪いじゃ。ワシを抱く決心が着いたら動けるようになるという、な。変な気を起こすなよ?さらに心変わりしてワシを抱くのを止めたら、再び身体は動かなくなるぞ?」


「えげつねーなぁ」


ミカラはハイエルフの姫の執念に呆れると、その唇を奪う。


「・・・誤解があるようだが、俺は姫さんに興味が無かったとかじゃないぞ?俺が汚していいのか、傷つけていいのか、わかんなくてな」


「はん、物は言いようじゃの、女誑しめ」


ミルティーユはミカラの首筋に舌を這わせると、がぶりと噛みつき、歯型を付けた。










「駄目ね。情報がぜんぜん出てこないわ」 


鑑定士アナは冒険者ギルド内の酒場にて、集めた資料を投げやりにテーブルに置く。


「そちらも駄目ですか。私もクエストをこなすついでに聞き取りを行っていますが、なんの成果もありません」 


狂騎士クッコロも溜め息とともに兜を外す。


「女神様からの託宣もございません。使徒様はいったい何処におわすのやら・・・」


破壊僧侶ピオニーがモーニングスターを専用の頑丈な布で磨いている。


「何かめぼしい事件とかあります?少しでも手がかりがあると良いのですが?」


「んー?西向こうの大陸にエルフ大森林があるんだけど、魔物の大群を殲滅したハイエルフのお姫様が行方不明なんだって。どう思う?」


暗殺盗賊スノウが、集めた資料からひとつを選び読みあげる。


「女」


「お姫様」


魔物の大群どうこうより、ハイエルフのお姫様という部分に反応する。

女の勘が告げている。

怪しい。

もしかしたら、あの男がハイエルフのお姫様とよろしくやってる真っ最中かも知れない。

しかし・・・


「基本的に性欲薄いエルフの町って、娼館どころかキャバレーすらないのよ?あいつがそんなとこに長居するかしら?」


「ないね」


「そうですね」


アナの補足にクッコロもピオニーもスノウも、エルフ大森林のハイエルフの線は消した。










とある武道家の町の、とある道場。

2人の女武道家が激しく打ち合っている。

一進一退。

五分と五分。

互角の勝負だ。

果たして―――


「うぐっ!?」


女の片方が呻き声を発して蹲る。

勝負ありだ。


「・・・強くなったわね。アテゥーマ」


脂汗を流しながらも、ゾラは不敵に笑って称賛を送る。


「ありがとう。貴女のお陰でもあるわ」


アテゥーマも額の汗を拭う。

紙一重の攻防であった。

今の一戦だけで、ゾラを超えたとは言えまい。


「どうするの?私から領主の座を奪い返す?」


そうなると、王都に出向いて王族に御伺いを立て、使者を招いての御前試合となる。

面倒で手間だ。

今更領主が誰になろうとどうでもいい。

むしろ、強くなってあの男と並ぶくらいに己を高めるには、俗世のしがらみを全て捨てねばならないかも知れない。


「要らないわ。私はあの人を探すわ」


アテゥーマはそう言い残し、再び探索の旅に出る。


「東の果てにあるという、武神の国へ行くわ。強者たちの集まる国・・・ミカラはきっとそこに居る」


ちなみにミカラが今居るのは、西大陸のさらに西の方であった。










「あら、セリンさん」


「なによ?アフロディーテじゃん」


魔術師ギルドの図書館にて、2人は顔を合わせて、ふいと視線を外す。

セリン・ニトログリにより、古代遺跡のダンジョンボスが打倒される。

そのセンセーショナルなニュースは、アフロディーテの迷宮発見の報の衝撃を塗り替えた。

ダンジョンボス撃破以降、魔術封じの術式は破壊され、魔術師ギルドによる探索も可能になる。

これには魔術師ギルド上層部も狂喜乱舞した。

ただし、貴重な古代遺跡を損壊させた件に関しては各ギルドより遺憾の意を示される。

しかし、魔術が使える事で迷宮探索がスムーズになり、且つ行方不明者の捜索救出が大幅に進んだ事は功績として積まれる。

暫定的に各ギルドの出資金を一律とし、派遣される冒険者による財宝の取得時の分配を公平にする旨が打診され、各ギルドマスターが了承。

契約内容、依頼難易度が書き換えられるため、救出された者たちも含め、冒険者たちは全員一時帰還する。

唯一、行方不明となっていた盗賊職の男の捜索は打ち切られた。


(私は遺跡を破壊しただけで、ボス倒したのはアイツなのに・・・借りを作ったみたいでむかつくわ)


セリンがどんなに訴えても、一介の盗賊が闇魔術でボスを消し飛ばしたとかいう馬鹿げた話など、まともに取り合ってくれなかった。


「・・・魔王軍討伐隊・・・ 俗に言う勇者軍。魔王軍に寝返った裏切り者を除いて、功績ありとされるすべてのメンバーリストがこちらです」


「ふーん?あいつの名前は?」


興味ないというより、期待してない風のセリン。


「ありません」


「はぁ、やっぱし振り出しじゃん」


「ですが・・・当時の冒険者ギルドの登録者条件を満たしていない者・・・未成年の見習い冒険者は、名前を記載されておりません」


「それってまさか・・・」


セリンがハッとなる。


(あいつの正確な年齢なんて知らないけど、確かに年数的に、見習いをやっていた時期と考えるなら合致するかも!)


「ええ、ですが・・・残念ながらこの図書館の資料にも載っていませんでしたわ。もし調べるなら、エルフ大森林を擁する西の大陸にでも出向くしか・・・」


「魔王城、魔族領、魔の森・・・勇者パーティー終焉の地ね。上等じゃない。行くわよアフロ」


セリンは一も二も無く立ち上がる。


「あのバカの手がかりは、どんな小さなモノだって見逃さないんだからねっ!」


爆炎のセリンが、最初にアフロディーテが見かけた気怠げな態度を一変させていた。


「ふふ。烈風のアフロディーテとして、ライバルのその意気は嬉しく思いますわ」


セリンが一瞬嫌そうな顔をする。


「その二つ名っていったい誰が考えるのよ?可愛くない」


セリンは自分の『爆炎』があまり好きではない。

手当たり次第そこら中を爆発炎上させそうなイメージを抱くからだ。

チラリと、図書館に保存されている過去の新聞の一面を見やる。

―――烈風のアフロディーテが発見した古代遺跡を爆炎のセリンが初踏破!これにより古代遺跡の名称はアフロセリンの迷宮と名付けられる案が濃厚か?―――


「なんでアンタと連名なのよっ!?」


「あら?奇遇ですわね。私も大いに不本意ですわ」


2人の天才魔術師はミカラの手がかりを求め、西の大陸のエルフ大森林を目指す。











荒野を埋め尽くす魔物の群れ。

そこへ向かいふらふらと歩みを進める人影がひとつ。


「ミカラさん、何処ですか?僕には僕には―――

僕には、ああああ、ああえああっ」


魔物たちがその小さな人影に殺到し、巨大な腕や爪を振るう。

しかしその時、一陣の風が吹く。


ズパッ!


太刀の音は一回。

限りなく同時に近いほどの早技で、魔物の群れを全て一刀両断にしていた。

それを成したのは、魔剣士ユノ。

魔物たちの返り血で真っ赤に染まりながらも、さらに爛々と輝く瞳が虚空を見つめている。


「ミカラさん貴方が必要なんです。必ず見つけますからね、ミカラさん?」


急速な成長を遂げる魔剣士が、煌々と大地を照らす月を見上げる。

あの月が照らすこの世界の何処かでミカラは必ず生きている。


「ああ!でもミカラさん優しいからなぁ。困ってる女の子とかきっとみんな助けちゃうんだろうなぁ」


ガリガリと剣を引きずりながらユノは歩く。

そんな扱いをすれば剣先を傷めるのだが、彼女の魔力を纏った魔剣は切れ味も強度も増している。

剣を引き摺った跡は彼女が歩く軌跡となり、彼女の後を追いかける。

まるで、彼女が歩いてきた地図に線を引くように軌跡は続く。


「あーーーぜんぶぜんぶ失くしてやるから。ミカラさんと僕を引き裂く女はぜんぶぜんぶぜんぶっ!」


癇癪を起こしたようにユノは突然剣を振り上げ、勢いよく地面に叩きつける。


ゴバッ!


ユノが叩きつけた剣が大地を割る。


「はぁ・・・はぁ、はぁーーー・・・斬って捨てる、からね」


ユノは歩く。

あてもなく。


「ミカラさん・・・何処?」












少年は音も無く走っていた。

暗殺対象の寝所は確認した。

周囲の人間は眠らせた。


(あとは、不意をつけるかどうかと・・・)


少年は暗殺対象の寝所に滑り込むと、その唇を奪う。

己の舌を噛み切って出した血を相手の舌に絡める。

巧みに舌を動かし唾液を絡めると、ごくりと喉が動き、暗殺対象が少年の血を飲み込んだ。


(この魔術式が通じるかどうか、だ)


少年の暗殺手段は単純明快。

相手をデバフ魔術でとことん弱らせ、自らの一撃をとことんバフ強化する。

リスクも負っている。

口づけをし血を飲ませた相手と同調して発動させるため、少年自身の耐久力も比例して下がる。

天秤の魔術式

自身と暗殺対象の防御力を下げ続け、己の手に持つ刃を強化し続ける。


「んん?何飲ました?毒か?私には効かないぞ?」


暗殺対象がのんびりとした動作で起き上がる。

強力な眠りの魔術もかけたはずなのに。


(起きるのが早いっ!デバフ効果はまだ不十分、だが今しかチャンスは無いっ!)


少年が強化させた刃を、暗殺対象の左胸に突き刺す。

目にも取らぬ早技だ。

実力差が埋めきれない相手には、実力を発揮される前に殺し切る。

それが最大にして唯一の殺し方だ。


(殺った――――――なにっ!?)


少年の刃は確かに対象の左胸を貫いた

しかし・・・


「なん、だと?」


対象の左胸・・・ 乳房はとても豊かで、少年の刃はギリギリ心臓には届いていなかった。


「ぐはっ!」


少年は暗殺対象に組み伏せられる。

暗殺対象は左胸からナイフを引き抜くと無造作に捨てる。

暗殺対象の傷は自動回復し、あっという間に傷が塞がる。


「私を殺そうとしたんだ。殺されても文句は無いよな?」 


少年はされるがままだ。

覆面や衣服をびりびり破かれ剥ぎ取られる。


「へぇ、可愛い顔してんじゃん?」


「・・・・・・・・・」


(僕を殺すか?なら、その一瞬の隙を―――)


「え?」


少年が困惑する。

暗殺対象が自分の一部を優しく愛撫し、そそり立たせようとしているからだ。


「何をする気だ?拷問されても吐かんぞ?」


性器を立たせてから針を刺したりするのは、割とポピュラーな拷問方法だろう。

しかし、少年の予想は外れる。

暗殺対象が衣服を、下着を脱ぎ捨てて、少年に覆いかぶさってきたからだ。


「なんのっ、つもりだっ!」


「へっ!暗殺しようとしたくせに、手籠めにされる覚悟は無かったのかぁ?」


「う―――」


唇を無造作に吸われる。


(ち、窒息死させる気か―――?)


乱暴過ぎる。

規格外のパワーを誇る事は知っていたが、それであってもだ。

まるで、男女の営みを知らないかのようである。

純潔の乙女とは程遠いイメージだが、まさか・・・


(規格外のパワー?まさか、相手がいない?・・・今まで誰も、コイツを抱けなかった?まさかコイツ、処女なのかっ!?)


「さぁて、私が抱き締めると普通の男は腰が砕けちまうからねぇ・・・物理的に。気合い入れな坊主。私のアソコが、お前さんのアレを食い千切っちまうぞ?」


暗殺対象が面白そうに笑う。

とんでもない情事が始まった。


「うおおおおおおおおおっ!」


少年は精根尽き果てた後も暗殺対象にデバフをかけ続ける。

どんなに重ねがけしても、暗殺対象がこちらを抱き締める腕力は緩まない。

そしてそれは下半身も同じだった。


(ほ、ほんとに食い千切られてしまいそうだ・・・!?)


少年は上半身は諦め、肋骨や肩を折られる事を覚悟する。

下半身に魔力を集中し、自身の強度を上げ、相手にデバフをかけ続ける。

暗殺対象はそれを気にせず、無視を決め込み少年を力任せに抱く。


(ゴリラの交尾ってこんな感じだろう)


少年は現実逃避をしつつ、抗い続けた。

そして、夜明け頃・・・


「はぁっ・・・はぁっ・・・生きて・・・る?」  


少年は生き延びた。

少年の下半身は血塗れだった。

擦り切れて痛い。

破瓜の血以外の、自分の血も混じってるであろう。


「お前、童貞じゃないだろ」


ベッドに腰掛けている暗殺対象が、ジト目で睨んでくる。


「・・・ 」


「私は初めてだったのに。年下のくせに〜!私と言うものがありながら、何処のどいつと寝たんだ!?」


「・・・」


無茶苦茶な物言いに呆れる。

少年の初めての相手。

それは暗殺術の指南役の1人の女だ。

女の扱い方のすべてはその女に習ったのだ。

童貞など、齢十を数える前に捨てている。


「不公平だ。浮気者め」


勝手な事を言ってくる暗殺対象に、少年は戸惑うばかりだ。


(まさか、抱かれて抱いて・・・情が移ったのか?)


それは自分自身に対しての思いでもあった。

抱かれ殺されまいと必死に抵抗した。

無我夢中であり、最後の方は上下が入れ替わった。

強靭な肉体を限界までデバフさせ、最後の力を振り絞って屈伏させようと力任せに、犯した。

少年がその女を力尽くで抑え込んで組み伏せた時、女の目に歪んだ悦びが宿るのが見えた気がした。

愛しい気持ちとは程遠いが、力の限りを尽くして屈伏させた目の前の女を殺す気が、まるで起きない。


「痛かったな。アレが破瓜の痛みって奴か?私が痛みを感じるとはなぁ・・・新鮮な気分だ」


暗殺対象は己の秘部から流れる血を物珍しそうに眺めている。

少年を振り返るとニヤリと笑う。


「私の処女膜は頑丈でな?何度か・・・幼馴染とか仲間の男たちとか、それこそプロの男娼に金払って抱いてもらってみたんだが、無理だった。女神様の加護で防御力が高いのは有り難いんだがな。まさかこんなところまで強くなくてもいいじゃんよ。お陰で処女捨てるのに二十代半ばだぜ?私ゃ操を立てる聖女様じゃないんだぜ?まったく」


成人と認められるのはだいたい十五歳。

女子はその前に結婚出産する者も多く、そう考えると、暗殺対象が初めてを経験できたのは普通の女の実に2倍差である。

暗殺対象はニカッと笑うと、少年を抱き寄せる。


「おい!もう1度だ。お前さんのデバフ魔術式!良かったぞ?口移しで魔術式流してきたな?交わってる最中もだ。まさかこんな手段で初めてを奪われるなんて!」


「う、奪われたのは、こっちだぞ?」 


少年は息も絶え絶えだ。

オーガやトロールなどに犯される女の気持ちがわかってしまった。

その気になれば首をへし折りネジ切れる化け物が、愛の営みを欲して求めてくる恐怖。


(コイツは僕では殺せない)


気持ちの面は置いておいても、実力的に不可能だ。

最も人間が油断するであろう性交時に、ありったけのデバフをかけて、なんとか生存するので手一杯だった。

アレに毒を塗ったり刃物を仕込んでも殺し切れる気がしない。

少年が逃げの算段を立てている事を察知したのか、暗殺対象が優しく少年を抱き締める。


「逃さないっての!どうせ暗殺失敗したんだ。帰っても殺されるだけだろ?な?ここにいろよ~」


猫撫で声が気持ち悪い。

ゲラゲラ笑いながら襲ってきた時とは目の色が違う。

今のこの暗殺対象の目からは、色を含んだメスの匂いがする。

ハニートラップを仕掛けていたなら成功なのだが、少年の仕事は暗殺だ。

確かに失敗した。

帰らなくとも始末屋が彼を殺しに来るだろう。


「私の恋人になれよ。守ってやるからさ。口封じに刺客が来たらぶち殺してやるよ。ああ、雇い主の情報とか要らんから。私が居るだけで都合が悪い連中は数え切れないからさ。心当たりが有り過ぎてどうでもいい」


暗殺対象の女は少年を優しく抱き締めると、頬に額に首筋にとキスの雨を降らす。


(確かに、コイツに守られるのなら、世界一安全だな)


力では到底勝てないのでされるがままだ。


「その代わり―――」


女は舌舐めずりしている。


「私を毎晩、いや昼日中でもいい、抱け。犯せ。お前さんじゃないと女を楽しめないなら、私は一生お前さんを手放さないからな?」


女は少年の血塗れのモノに回復術式をかけて傷を癒やすと、早速獣のように男を求めてきた。


「私の名前はアヴェラ。アヴェラ・ベオウルフ。知っての通り勇者とからしいな?そんでもって、その勇者を殺そうとしてきたお前さんはなんてーの?」


愛も何も無い、ただ獣欲を満たすためだけの行為。

そんな関係に名前など必要ないだろう。

それに自分には本当の名前など・・・


「―――ミカラ」


少年が、表向き用にちゃんとした戸籍を作られていた事を思い出す。


「ミカラ・デタサービだ」


「ふーん?・・・ふふっ。顔にぴったりの可愛い名前じゃないか・・・これからよろしくな?私の可愛い・・・ミカラ」


勇者ベオウルフに組み伏せられ、暗殺者ミカラは朝から夕方まで、思う様蹂躙されたのだった。











「―――呪い、じゃな?」


歌うような優しい声音に目を覚ます。

遠い昔の事を夢見ていた気がする。

鈴を転がすような声が、耳に心地良い。


「妻、結婚、婿、嫁」


髪を撫でられる。

そのまままた眠りに落ちそうになる。


「この類の単語を使うと嫌な思念が飛んでくる。言霊の魔術か。ミカラよ、お主―――」


ミルティーユが、己の胸で安らぐ夫に向かい、その核心に触れる。


「何者かと、夫婦の契りを交わしておるな?」


びくりとミカラの肩が震える。


「何者に見初められたかは・・・ワシの口からは言うまいて」


「・・・」


ミカラは応えない。


「お主ほどの男が己の命を惜しがるとも思えん。呪いは・・・ 相手の女に向かうのじゃな?」 


ハイエルフは精霊魔術に長けている。

精霊とは、この世界に満ちる魔力の運動を差す言葉でもある。

呪いも魔術式の一種。

ミルティーユに見破れぬ術式など無いだろう。


「妻と勝手に名乗るのも良い。もしかすれば、人間の法的に婚姻を結んで、さらにお主が夫を名乗っても大丈夫なんじゃろう。・・・カタチだけならばの」


ミルティーユはミカラを安心させるように抱き締め、その背中を撫でる。

身長差から子供と大人のようなサイズ感だが、今彼女の幼い身体は、母親が幼子を抱くような深い慈愛に満ちている。


「ただし、逆に、じゃ」


ミカラの額に口づけをし、話を続ける。


「お主が心の底から女を愛した時・・・その女と婚姻関係が無くとも・・・その女に呪いが降りかかるのじゃろう?恐らく、死よりも恐ろしい呪いがの」


ミカラは答えない。

代わりに、やや乱暴にミルティーユを抱き締める。

組み伏せ、力任せに乱暴に扱う。

まるで何かに怯えているように。


「んっ・・・ワシを愛せ。ワシなら、きっと・・・んっ・・・その呪いも、跳ね返せるぞ?」


無理だろう。


(瘴気による精霊魔術使用不可はもうとっくにバレてる。ミルティーユは簡単に殺される)


ミルティーユではミカラの妻足り得ない。


「俺は、もう、誰も失いたくない・・・お前もだミルティーユ。お前が愛しいから、俺はお前も愛せないっ!」


「くっ・・・臆病者め―――あうっ」


初めてを終わらせたばかりなので、ミルティーユにはまだ快感よりも痛みのが強い。

だが、愛しい男が自分を求めてくる満足感は彼女の心を暖かく充たす。

そうして2人ともに果てる。

しばらく抱き合いながら、2人は荒い息を吐いていた。


(・・・ふむ。これが破瓜の痛みか。まさかワシがこのような体験をするとはのぉ)


治癒を施せば痛みなどすぐ引くが、そんな勿体無い事はしない。

これが、ミカラに愛された証ならば。

ハイエルフの寿命は長く、恋愛感情も性欲もほぼ無い。

このまま寿命間際まで生きてから精霊化して、他のハイエルフ同様に大森林に溶け込むと思っていた。


「婿殿の子を成して、育ててみるのもまた、一興かの」


最終的に肉体を捨てて高次の存在へ移行するとしても、その前に愛する男の子供を産むのも良いかもしれない。

エルフよりさらに妊娠し難いので、子供ができるかはまた別問題ではあるが。


「ん?どうした婿殿?」


ミルティーユはミカラの頬が濡れている事に気づく。


「まったく・・・泣き虫じゃの、我が婿殿は・・・」


ミルティーユは、己の小さな身体に縋りついて泣く愛しい男を、その小さい腕と掌で優しく包みこんだ。










深い

深い

昏い

昏い

闇の底

声が響く

聞く者の魂を砕いてしまうほどの

憤怒と嫉妬の声が、する


―――夫がまた違う女を抱いている―――


―――許せない許せない許せない―――


―――この前は失敗した―――


―――貴方は私のモノなのに―――


―――後少しで2人の愛の巣へと招けたのに―――


―――私は貴方のモノなのに―――


―――夫の気配が離れていく―――


―――私を置いていったくせに―――


―――だがもうすぐだ―――


―――もう嫌、他の女を愛さないで―――


―――好きなだけ女を抱くといい―――


―――貴方を愛してるのは私だけ―――


―――最後は私の元に還ってくるのだから―――


―――愛してる愛してる愛してる私の可愛い―――


―――お兄ちゃん―――


―――次こそ逃さない―――


―――・・・・・・・・――――


闇の中、何かが蠢く


―――アドラメレク―――


「はっ」


―――アシュタルテ―――


「は〜い〜」


―――ベルゼビュート―――


「ここに」


―――グレンデル―――


「・・・・・・」


―――我が夫の・・・・・・・・・・せよ―――


「御意に」


「御心の〜ままに〜」


「我が主」


「・・・・・・」


光も届かぬ闇の底で、何かが蠢き、胎動する


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