第24話 瘴気纏いし闇を総べる者、その者ダークエルフの救い主也―――て、なんでやねーん

「婿殿!?どうするつもりじゃ?」


「旦那様。どうやって戦うつもりなのです?」


ミルティーユとマハナは、心配半分、口づけしたシャプティへの嫉妬半分といった塩梅の、微妙にむくれつつもこちらを気遣うという、非常に複雑な表情をしている。

その問いには答えず、ミカラが構える。


「3人とも、俺から離れてろ」


「あ、はい・・・」


ミカラの言葉に、シャプティは素直に従う。

名残惜し気に、ミカラの胸から離れる。

しかし逆に・・・


「嫌じゃっ!婿殿1人を戦わせるわけにはいかんっ!」


「旦那様っ!私がたくさん魔物と人間を倒しますゆえ!先程受けた依頼の報酬は無しでお願いしますっ!」


ミルティーユもマハナもミカラに寄り添うようにくっつく。

2人とも離れる気は無いらしい。


「あーもう、知らんぞ?」


ミカラは呆れたように嘆息すると、己の内側に意識を向ける。

鍵を開けて、扉を開くように・・・限定的に力を解き放つ。

それにともない、閉じ込め封印していたあるモノも溢れ出てくる。


(『■■適性』・・・)


「『瘴気解放』」


(丁度良いや、今この場で出し切っちまえ)


ミカラはミルティーユから吸い出して体内に溜め込んでいた瘴気を、一気に解き放つ。


「うっ!!!」


「うぎゅーーーーっ」


ミカラから放たれる濃度の高い瘴気を浴びて、マハナとミルティーユが倒れる。


「だから離れてろっつったろーが」


濃い瘴気を纏ったままのミカラが呆れて2人を見下ろす。


「ぐっ!?なんて濃い瘴気なの?本当に、人間なの?」


(まさか―――ま、魔族?)


離れていたシャプティも、鼻と口を覆いさらに離れる。

先程まで頼もしく雄々しく見えていたミカラは今、上位魔族、音に聞く魔王軍幹部にしか見えない。


「さて、ハッタリは効いたかな?」


身体から凄まじい勢いで瘴気を立ち昇らせながら、ミカラは額に手を水平に当てて集落を見下ろす。

『視力強化』によりクリアになった視界でつぶさに観察する。

魔物たちは突然現れた上位魔族並の濃い瘴気に慌てふためき、騎士団を蹴散らしながら逃亡を始めていた。

『探知』魔術を行使していたらしい騎士団付きの僧侶や魔術師たちも、ミカラが発する瘴気に当てられたのか、泡を吹いて昏倒しているのが見える。

両勢力ともに、ダークエルフに構っている場合ではないのだろう。


「よーし、これで大丈夫だろ。ダークエルフの集落を襲った騎士団は、魔族率いる魔物の群れに襲われて潰走。でもって対外的には、魔族に襲われていたエルフたちを助けようと救援に赴き、見事に魔族を撃退した・・・て、ところで落ち着くかな?」


「なにそれ?全然違うじゃないっ」


ミカラの話を聞いて、シャプティが憤慨する。


「まぁそんなもんさ。・・・ んお?危ねぇなー」


パニックになった何体かのトロールが、ダークエルフたちの作ったバリケードを破壊して長の館へ向かって行く。

ミカラは指を2本揃えてそのトロールたちに照準を合わせる。


「『空間転移』」


ボッ!ボッ!


指差した位置を座標として暗黒の球体が出現し、トロールたちの上半身を覆う。

暗黒の球体が消えると、そのカタチにえぐり取られたトロールたちの死体が地面に転がる。

まさに悪魔の、魔族の所業だ。

その死体から・・・長の館付近から慌てて離れる他の魔物たち。

これでダークエルフの避難民たちは大丈夫だろう。


(う、嘘でしょ!?魔族しか使えない空間転移の闇魔術を・・・こんな風に使うなんてっ!!!)


シャプティが戦慄する。


「ついでだ。そいや」


騎士団が運び込んだのだろう、奴隷運搬用の鉄格子で出来た車輪付きの檻も暗黒の球体でくり抜いておく。

奴隷にしたエルフが逃げ出さないよう、対精霊魔術用に魔力抵抗値が高くなっているその檻が、バラバラに壊れる。

騎士たちはそれを見てさらにパニックになる。

特別な鎧を着た自分たちも、あの黒い玉なら容赦無くえぐり殺す事ができると理解したからだ。

こんな恐ろしい真似ができるのは・・・


「ま、魔族だっ!空間系は『闇』属性だが、こんな高位魔術はダークエルフには使えないっ!魔族が来てるっ!逃げろ逃げろっ!」


「だから俺は反対だったんだっ!魔族が襲って来てるから便乗してエルフを拐おうなんてっ!」


「おい待てっ!逃げるな貴様らっ!それでも騎士かっ!王命をなんと心得るっ!エルフが無理ならせめてダークエルフでも捕まえねば、なんと申開きを―――」


「死ねバカっ!ならアンタ1人でやれよっ!俺はこんなとこで奴隷捕まえに来て魔族に殺されるために騎士になったんじゃないっ!」


「ま、待て貴様らっ!あ・・・」


ぷちっ


指揮官らしき、一際ピカピカ豪奢な鎧の太った騎士がトロールに踏み潰されるのをミカラが確認する。


「おーあの指揮官死んだかな?これで騎士も魔物もみんないなくなるだろ?はっはっはー!」


ミカラがかんらかんらと笑う。

ダークエルフの集落は、ミカラが削り殺したオーガやトロールの死体と、逃げ惑うオーガやトロールに踏み潰された人間の死体だらけの地獄絵図と化していた。


「よっっっし、一件落着だな〜〜〜」


ミカラがう〜んと伸びをする。

体内に押し込んでいた瘴気はほぼ全て出し切ったようだ。

どうやって処分しようか悩んでいたモノを有効活用出来てスッキリだ。


「ん?どしたシャプティ」


ぴくぴくと悶絶しかけてるハイエルフとハーフエルフの前で、ダークエルフの少女が両手を付いて地面に平伏している。


「我が君、ダークエルフの救い主よ」


「はい?」


「お待ちしておりました!」


感極まったのか、シャプティはミカラに飛びつき、その唇を奪う。


「むぎゃーーーーっ!」


「ぬおおおおおおっ!」


ミルティーユとマハナが血の涙でも流しそうなほどの形相でそれを見ている。


「どうか我等をお導きください」


頬を赤らめ瞳を潤ませ、シャプティがミカラにとっては意味不明な事を言ってきた。









「悪いが人違いだから。俺別にダークエルフの救い主違うよ?救い主違〜う。依頼受けただ〜け」


ミカラがダークエルフの集落の全員を相手に身振り手振りで説明するが、伝わらない。

皆のキラキラした視線が痛い。


「わかりました。未だ我等に標を示す時ではない、と」


長と名乗った渋いイケオジダークエルフが神妙に頷いている。


「いや違うからね?」


ちなみに長の屋敷の離れにミルティーユとマハナは運んでおいた。

吸い込んだ瘴気が晴れるまでは動けまい。

一晩といったとこか。

死ぬ危険も無いので放置だ。

ミカラの注意を無視するのが悪い。


「その方が救い主様か」


しわくちゃのダークエルフのおばあちゃんが現れる。

 

「大婆様」


大婆様と呼ばれたしわくちゃのダークエルフがミカラを見ると、面白そうに頷いてニカッと笑う。


「ふむ。我が占いには・・・瘴気纏いし闇を統べる者、その者ダークエルフの救い主也・・・としか出ていなかった。占いをそのまま解釈するなら、友好的で温厚な魔族が気まぐれにたまたま助けてくれる・・・くらいに思っておったんじゃがな。孫娘にその事は伏せておいて正解じゃったな。もしも占いの内容を伝えてしもうたら、救い主様が人間などとはとても思うまいて」


「あーもうわかったよ。なんでもいーから、もう寝るぜ?無茶苦茶疲れたし」


ダークエルフたちは集落の片付けがあるのだろう。

魔物の屍肉はアンデッド化したり他の魔物をおびき寄せたりする。

人間の死体も獣を呼び寄せる。

これから死体を集めて火の精霊魔術で荼毘に付すのだろう。

ダークエルフたちには幸いにも死傷者はゼロであった。

しかし、交代していたとはいえ精霊魔術を使い続け、本当に来るかわからない救い主を最後の希望に

して籠城していたため、精神的疲労は計り知れないものがあった。

実際、何人ものダークエルフは体調を崩して寝込んでいるらしい。

人手不足だろうし死体処理など手伝ってあげた方が良さそうだが、さすがのミカラも疲れたので寝たい。

疲れたというか、体内に押し込んでいた瘴気を解き放った解放感の反動か、睡魔が凄い。

野宿も覚悟していたので、ベッドで寝れるのは本当に有り難い。


(そういやシャプティ見ないな?何処かで働いてるのかな・・・)


シャプティが長や他の仲間と涙の再会を果たしている姿は見ていた。

その流れで自分を救い主だと紹介してきたためにミカラは否定し、話が並行線となってきたあたりでシャプティがいつの間にか居なくなっていた。


(ま、いいか。報酬云々はまぁ保険みたいなもんだしな・・・)


ミカラは長の屋敷の離れへと入り、あてがわれた部屋で衣服を脱いでベッドに横になる。

離れにはいくつか部屋があり、隣の部屋からはミルティーユとマハナのうなされる声が聞こえてくる。

しばらくうつらうつらして、そろそろ眠れそうにななった頃・・・


・・・ガチャリ・・・バタン


誰かが扉を開き、この部屋へと入って来た。


(・・・マハナといい、エルフ族には夜這いの習慣でもあるんか?)


「・・・ 俺は疲れてる。寝たい」


ミカラが目を瞑ったまま呟く。


「・・・ ほ、報酬を支払いにきたの」


衣擦れの音がし、衣服が床に落ちるパサリとした音も聞こえる。


「あれは・・・お前さんを報酬にすりゃ、勝手に飛び出して死んだりしないと思ったからだよ」 


「そうね、そうだと思う。でもならなんでわざわざ?」


ぎしり、とベッドの上へ1人分の体重がのしかかって軋む。


「・・・見返りは要らない、助けてやる・・・なんて胡散臭いだろ?」


誰かがミカラの上へ覆いかぶさってくる。

長い髪の毛先が顔をくすぐる。


「救い主様なら我等を見返り無しにお救いくださるかと」


「ざんねーん、俺救い主じゃないもーん」


「それでも、貴方が私達を・・・私を助けてくれたのは事実だもん・・・ん」


ミカラは唇を塞がれて黙らざるを得ない。

観念して目を開く。


「・・・ダークエルフって、そんな下着付けるんだ?」


ちょっと引いた。


「うっ・・・人間の行商人に売りつけられたのっ!これが人間の娘の普通なんだって・・・」


プロの娼婦だってこんなの着ないだろう。


「ただのヒモじゃねーか」


「うっ、うるさいなぁっ!」


シャプティは恥じらっているのか、長い耳まで真っ赤だ。


(褐色でも赤面てわかるもんだな)


思わず耳を触る。


「んっ!」


「お、悪い」


「いいよ、びっくりしただけ」


シャプティとミカラが無言で見つめ合う。

2人はそのまま顔を近づけていく。

その時・・・


バターーーーン!


部屋の扉を激しく開けて何者かが侵入してきた。

しかし扉を開けたはいいが、床に倒れて動かなくなる。


「む、婿殿ぉ・・・」


「だ、旦那様ぁ・・・」


ミルティーユとマハナが、少しずつだが這いずり這いずり近寄って来る。

まるで墓場から這い出て来たグールかゾンビだ。


「婿殿・・・ワシはまだ、抱かれてないのに・・・」


「これ以上、女を増やされたら・・・わ、私の妻としての立場が・・・」


シャプティが闇魔術を使う。


「闇の精霊よ、この者たちに安らかな悪夢を・・・」


「くっ!そんな魔術なんぞ・・・スゥスゥ」


「おのれぇっ!・・・スヤァ」


瘴気により魔力抵抗値が弱っていた事もあり、2人はコテンと寝転びスヤスヤと寝息を立て始める。

しかし唱えた文言通りに悪夢を見させられてるのか、2人は唸ったり歯ぎしりしたりしている。


「ミカラ様、私はダークエルフの長の娘にして巫女、私にはダークエルフの救い主にお仕えする義務があるの」


シャプティは、元々露出度の高かった下着を脱ぎ捨て裸になる。

このエルフの国に来てから見た女の中で、1番のプロポーションだ。


「いや、あのさ。義務とかそんなのとか・・・」


「ではこれならどうっ?助けてくれた男に惚れたのっ!抱かれに来たのっ!あんな風に助けられて惚れないわけないでしょ!言わせんなバカっ!」


シャプティは真っ赤になってポカリとミカラの胸をなぐる。

ミカラはその腕を取ると・・・


「きゃっ!」


シャプティと身体の上下を入れ替える。


「わかった。なら存分に頂く」


「え?あっ!その、はい・・・」


こちらが攻めに転じた途端、しおらしくなるダークエルフ。

男の逞しい腕に抱かれ、緊張と興奮で心臓が爆発しそうなくらい高鳴っている。


(私、今から男に抱かれて女になるんだ)


巫女となった時、生涯独身である事は決まってしまった。

それが、まさか無理矢理犯されたりする以外で覆る事があるなんて。

それも出会ったばかりの男に。

惚れたのかどうか、好きなのかどうか、そもそもこの男がどんな男かもまだよくわかっていない。

シャプティは規模は小さいが集落の長の娘。

ダークエルフの姫であり、箱入り娘であった。

貞操観念は厳しく、身を捧げた相手に死ぬまで尽くす覚悟も決めてきた。


「ミカラ、私を愛して?私のぜんぶ、ぜんぶあげるから・・・」


「わかった。愛してるぜ」


(報酬ってことは一晩だけだよね?後腐れ無いよね?)


「嬉しい・・・」


(私、一生この男のモノになるんだ)


その日、ダークエルフの巫女は現れるはずのない救い主に立てた操を、稲妻のように現れ彼女を助けてくれた救い主へと捧げた。


「うぅ~ん、婿殿ぉ〜・・・お、女は胸じゃないのじゃ〜・・・」


「だ、旦那様がぁ〜・・・わ、私以外の女の胸に抱かれてるぅ〜〜・・・」


床に転がり、うなされている2人が見ていたのは、まさに悪夢にして正夢であった。











「じゃ、行くわ。食料その他マジ助かる。ありがとなー」


ミカラがほくほく顔で長に手を振る。

このイケオジダークエルフが大好きになった。


「いえ、救い主様に対してこのようなお返ししか出来ずに誠に申し訳ありません」


翌朝の事である。

速攻で旅立つ事にしたミカラたち。

鹵獲した馬3頭も、ダークエルフたちにちゃんと世話されていたようですこぶる元気だ。

あの3人の騎士は馬もぞんざいに扱っていたらしく、ミカラが撫でたり話しかけたり果物を食べさせたりすると、馬たちもご機嫌になる。

前の主人の事など忘れたらしい。


「くっ・・・ 不覚。また旦那様に悪い虫が増えてしまいました・・・」


「婿殿・・・婿殿は、ワシには興味が無いのかのぉ・・・」


マハナもミルティーユも瘴気の影響からは回復しているものの、スヤスヤ眠っていた真横でミカラとシャプティが愛し合っていた事実に打ちのめされていた。


「ふふんっ!救い主様はわたしのおっぱいが大好きなのっ!だから私が1番なのよっ!」


シャプティが2人に対してドヤ顔をする。

真面目に聞いていなかったが、この2人はミカラの妻と名乗っていた。

ならば、最初が肝心。

誰が1番か示しておかねばなるまい。


(男はみんな大好きだもん)


心の中で言い訳をするミカラ。

そういえば古代遺跡に潜る前あたりから娼館に行っていなかった。

マハナとは半分魔術的儀式も兼ねていたので、昨夜は結構かなり久しぶりに、女を堪能してしまった。

ミカラがシャプティとの熱い一夜を思い出していると、突然イケオジダークエルフが怒鳴る。


「馬鹿者っ!ミルティーユ様に頭を下げんかっ!シャプティっ!」


ミルティーユとはこのエルフの小娘の事だ。

何故父親がそう言うのかシャプティにはわからない。

不満を口にする。


「何よ?エルフだからって私たちダークエルフが―――」


「このお方はエルフが王族、ハイエルフの姫君ミルティーユ・シャーフィーユ様であられるっ!我等ダークエルフでは直接会う事すら不敬であるのだぞっ!」


さすが長、そこは知っていたらしい。


「えっ!?ハイエルフっ!?」


シャプティが驚く。

エルフ大森林内だと目ん玉飛び出るくらいバフ強化されるハイエルフだが、森外に出ると途端に弱体化する。

普通のエルフと区別がつかなくなる。

ミルティーユは鷹揚に頷く。


「よいよい。もはやワシは婿殿を愛する1人の女。大森林はともかく、エルフの王族やら王都などどうでもよい事じゃ」


ハイエルフの姫君がカラカラと笑う。


「あ、そうじゃ。今回みたいな事がまたあったら大変じゃろ?エルフ大森林に住んだらどうじゃ?まぁ、魔の森も近いから絶対に安全かと言われるとちと微妙だがの」


まるで簡単な事のようにミルティーユが言うと、長が明らかに動揺する。


「わ、我等を大森林に住まわせて頂けるので・・・?太古の昔、当代の魔王の軍勢に加わり世界に反旗を振りかざしたエルフ族の恥部である我等を・・・」


長が涙を流して歓喜に震える。

集落の人々もざわつき始める。

千年単位で袂を分かってきたエルフとダークエルフの関係が、こんなアッサリ解消するとは考えもしなかったのだろう。

しかし、ハイエルフの姫が許したとて、大森林の総意を得たわけではない。


「うむ。少し待て・・・ああ、大丈夫じゃ。精霊化しとるワシの先達に言伝しておいたぞ。精霊化したハイエルフには当事者もおる。昔の事じゃし、もうあんま覚えてないから別にいいそうじゃ。ハイエルフを代表し、ミルティーユ・シャーフィーユの名の元に、この集落のダークエルフの大森林への移住を許可する・・・あー、あの石頭どもはうるさそうじゃのぉ・・・」


さらにはエルフの民、特に長老集は絶対に納得しまい。

イチャモンをつけて追い出すか、魔物がまた攻めて来た時に前線に立たせたりくらいはしそうである。


(あやつらは選民意識が強過ぎる。エルフなど寿命が長いだけの人族の亜種じゃ)


長老集が聴いたら卒倒しそうなミルティーユの本音だ。

結局世界を支配しているのは、寿命が短いが世代交代の速い人間だ。

魔王を討伐する勇者も、エルフや獣人からは生まれた事が無い。


「そうじゃ、コレをやろう。口やかましい若造どもがなんか言ってきおったら、コレを見せて黙らせよ」


ミルティーユが良い事を思いつく。


「姫様っ!?なにをっ!?」


長が慌てて止めに入るが間に合わず。

ミルティーユは長く美しい緑の髪を、風の刃でバッサリ切ってしまった。

それを長に手渡す。


「ハ、ハイエルフの姫様の・・・髪の毛」


長がぶるぶる手を震わせながらそれを受け取る。

エルフの肉体はあらゆる部分に魔力が満ちていて、触媒としても優秀である。

ハイエルフの髪となるとさらに高く濃い魔力を秘めているし、精霊の加護も最初から受けている。

それを下賜されたとなれば、とんでもない栄誉である。


「え?いいのか?姫さん」


ミカラも驚いている。

ミルティーユの髪の毛一本でも、そこらの錬金術師や魔術師がよだれを垂らしながら大枚はたいて欲しがるレア素材だ。

ミルティーユが笑顔で言う。


「いいんじゃ、どうせ邪魔じゃしの。大森林に居れば風の精霊魔術を使わずとも、精霊たちが勝手に髪を地面に触れぬよう持ち上げてくれておったのじゃが、人間領ではそうはいかん。ワシの自慢の髪を引きずって歩く気は無いし、いちいち魔術で浮かすのも、縛って結い上げるのも面倒じゃ」


本音かも知れないが、気を使った言い回しだ。

出奔したとはいえ、エルフの王族。

魔物の侵攻をエルフだけで防ぎ切れず、人間に援軍を打診した事が今回の襲撃の遠因のひとつだからだろう。

少し憂いを秘めた瞳で、腰くらいまでの長さになった髪の毛を弄ぶミルティーユ。


「・・・そうか。その長さも似合ってるよ」


ミカラはミルティーユの気持ちを汲んであまり言及はせず、優しく頭を撫でてやる。


「ふへへ。もっと撫でろ婿殿」 


ミルティーユがへにょっとした顔をする。

そのへにょへにょハイエルフに、イケオジダークエルフは恐縮しきりだ。


「姫様・・・なんとお礼を言ってよいか。本当にありがとうございます。この御恩は我等子々孫々まで伝え・・・」


「要らぬ。お主らダークエルフを助けると、我が夫ミカラが決めたのじゃ。ワシは妻としてそれに従ったに過ぎぬ。感謝するなら婿殿にせよ」


夫を立てる良い妻だとミルティーユは内心自画自賛だ。

しかし、ダークエルフの救い主とかいうよくわからないモノになりたくないミカラとしては、余計な事は言わないでミルティーユの功績のままにして欲しかった。


「畏まりました。救い主ミカラ様、ハイエルフの姫君を娶る人間など聞いた事も見た事もございませぬ。さすがは救い主様でございますな。この件はお2人の連名にて記録させて頂きます」


長が見事な落とし所を見つける。


(この人、外交も上手そうだ。あのジジイエルフとも上手くやりあえそうだな)


一方的な搾取はされなそうである。


「それに、ハーフエルフをも妻とする寛容さ。お見逸れ致しました」


ついでみたいな扱いだが、ミカラの妻と言われて復活するマハナ。


「ええ、ミルティーユ様にはできない夜の営みは私の担当です。子供もすぐ作ります。今日妊娠して明日出産する所存です」


(ゴブリンでもそんな早く孕ませられねーよ)


突然無茶苦茶言い始めるハーフエルフ。

やはりハーフエルフは結婚出産などにも制限があるのだろう。

ミカラが愛した人間の女たちと比べると、マハナがやたら妻を強調するのにも理由がありそうだ。

しかし、そこを掘り下げたらいよいよ逃げれなくなる。

ミカラは気づかなかった事にした。


「誰も俺の妻じゃないからね?俺の話誰か聞いてる?」


救い主とか持ち上げるくせに都合の悪い事は全員無視しやがる。


「さすれば、我等に出来る事はただひとつ。・・・シャプティ」

 

名を呼ばれ、頭を垂れて跪いていたシャプティが立ち上がる。


「我等の集落にて1番強く、若く、美しい娘です。末永く御寵愛賜りますれば幸いにございます」


出会った時の普段着や昨夜の煽情的な下着と違い、今のシャプティは旅装束だ。

しかし邪魔にならない程度の装飾品などで綺麗に着飾っており、いわゆる花嫁衣装も兼ねているのだろう。

シャプティがミカラの素へと静々と歩いてくる。


「要らぬっ!礼など要らぬっ!」


「そうですっ!要りませんっ!」


ミルティーユとマハナがミカラを守るように両手を広げて立ち塞がる。


(確かこういう、身体を大の字に広げて威嚇する小動物が居たな)


ぼんやりくだらない事を考えていると、長がとんでもない事を言って来る。


「ミルティーユ様やマハナ様がおわす以上、3番目の側室で構いません。ダークエルフの巫女はダークエルフの救い主に仕える者。救い主が現れなければ、その妻として一生を未婚で過ごします。しかし貴方が現れた。一生独り身にさせる不幸を愛娘に背負わせてしまった愚かな父親ですが、娘の幸福を願わぬ父親がいましょうや?どうか昨夜同様、存分に可愛がってやってくださいませ。救い主様のお子を授けて頂けますれば、我が集落にて大切に育てますゆえ。我が集落では子供は大人全員で育てる方針ですのでその点はご安心を」


「うぐ」


ミカラが何も言えなくなる。

どうやら一夜限りの関係では済まなそうである。

ハニートラップだったようだ。

まんまと引っかかったミカラである。


「はい。お父様、お祖母様、シャプティは救い主様にこの身、この命を差し出し一生仕えます」


シャプティは長と大婆様に向かい、涙を流しながら微笑んだ。


「シャプティは、ミカラ様に嫁ぎ幸せになります」


そうしてまたミカラに、自称妻が1人増えた。











「その救い主様って止めてくれんか?」


「駄目。私は救い主様の妻なの!」


馬をかっぽかっぽと歩かせながら、4人は人間の町へと向かう。

ミルティーユが馬と会話する事で手綱を握らずとも乗れる事がバラされたため、馬は1頭増えている。


「やめないと追い返すぞ?離縁だ離縁」


「わかったやめる。・・・じゃぁ、主様なら良い?」


「そんくらいならまぁ」


ミカラが溜め息を吐く。


「嬉しいっ主様大好きっ!末永くよろしくねっ!」


明るく朗らかに笑うダークエルフを案内役に、ミカラは人間の町へと向かう。


(案内役が欲しかっただけなんだけどな)


にこにこ幸せそうに笑っているシャプティを見て、ミカラは・・・


「まいっか」


難しく考えるのを止めた。

ちなみに新しく妻が増えた事に危機感を覚えたマハナと、ミカラの股の間という特等席を剥奪されたミルティーユは、明るく笑うダークエルフよりもダークな表情で馬を歩かせていたという。

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