第22話 アドラメレク
「行かなきゃ」
誰かが自分を呼んでいる。
ミカラの直感がそう告げている。
ミカラが足を踏み出すと、同行者が声をかけてくる。
「ミカラ様、そちらに行っても魔の森があるだけですよ?私達が向かうべき人間領は反対側です」
マハナだ。
勝手にデタサービ姓を名乗っててそれを押し通す圧が凄いハーフエルフ。
ミカラはやや上の空でマハナに返事をする。
「・・・いやぁ、なんつーかさ?せっかくここまではるばる来たんだし〜ちょいと観光と言いますか寄り道をば・・・」
「駄目ですミカラ様、早く行きましょう」
ミカラが白と言えば黒猫でも白猫と言いそうなほど心酔してるマハナが、ミカラの意思を否定して引き留める。
マハナ自身驚いた。
何故自分はミカラに逆らうのか?
マハナはミカラによるあらゆるバフ強化をされていた。
その強化された感覚が、この先には危険が待っていると教えている。
そして、今のミカラの顔は・・・
(私を助けてくれた時と同じ顔をしている)
女だ。
この先には、ミカラを待つ女がいるのだ。
「わかった。マハナはここで待ってて。俺だけ行ってくるよ」
自分を振り返りもせずに歩み去ろうとするミカラの正面に回り込み、縋り付いてマハナは叫ぶ。
「行かないでっ!私を、私を守ると仰ったのは嘘なのですかっ!?」
そんなマハナにミカラは困ったように笑いながら言う。
「嘘じゃねーよ。マハナにかけた魔術式は特別だからさ。俺が死んでも消えたりしないから安心―――」
「違うそうじゃないっ!」
苛立ち、焦燥。
そして、嫉妬
凍りついた心のまま生きてきたマハナという少女にとって、初めての感情だ。
「悪ぃなマハナ。でもここで行かないと、後悔する気がするんだよ」
「行かないでっ!ミカラさ―――んっ」
ミカラはマハナにキスをして黙らせると優しくぎゅっ、と抱き締める。
「あ」
そしてマハナの手を振り解き、魔の森へ向かい走っていってしまった。
行ってしまう。
マハナが地面に崩折れる。
あの人が行ってしまう。
私以外の女を助けるために。
「・・・やはり、貴方様も・・・こんな半端者は要らないのですか?」
マハナの両目からは涙が溢れて止まらなくなる。
よろよろと立ち上がる。
「・・・それでも私は、貴方を諦めたくないの」
マハナは泣きながら、ミカラの後を追って走り出す。
「―――ん?今、俺の名前呼んだ?」
ミカラは、今抱き抱えてるミルティーユが自分の名を叫んでいたのを確かに聴いた。
(俺を呼んでたのはこの子で間違いない)
精神というか魂?
とにかく駆けつけなければと言う強迫観念が凄かった。
確かこのエルフのお姫様に自分は名乗った覚えはないので、名前に関して訊いてみる事にし―――
「おいっ!平気かっ!?」
ミルティーユが口をパクパクさせて喘いでいる事に気づく。
呼吸が出来ていない。
瘴気を大量に吸い込んだようだ。
(婿殿っ!婿殿が、助けに来てくれたっ!)
嬉しかった。
勢い任せにキスでもしたかった。
しかし、指を動かそうにも芋虫のごとく蠢くだけ。
身体はビクビク震えて思うように動かない。
これではとても抱きつけそうにない。
「―――おやおや?また貴方ですか?」
ミカラの出現に、魔族は手を広げ肩を竦めてお手上げのポーズを取る。
やれやれとでも言うように。
人間の真似。
何処までもふざけた仕草だ。
(この野郎、強ぇぞ)
だが―――
(構ってる暇は無ぇっ!)
ミカラはミルティーユに口づけをする。
(婿殿っ!?婿殿がワシの唇を―――ああ、今なら、このまま死んでもいい・・・もしやコレは死の間際に見る幻覚かの?)
ミカラに唇を奪われ舌を絡められ、ミルティーユが恍惚となる。
(おお、なんだか身体が楽になってきた。これが、婿殿のキス・・・愛の力なのじゃな・・・)
勿論そんな事はなく、これは口を介する体内へ直接強力に作用する魔術式だ。
(ゲロ不味ぃ〜〜〜)
ミルティーユが想い人に唇を奪われる甘美な時間を過ごしている時、ミカラは必死に吐き気を我慢していた。
ミルティーユの体内の瘴気を吸い出しつつ、『浄化』『治癒』を重ね掛けしている。
(俺には瘴気耐性あっけど、吸い込んで気持ち悪い事にゃ変わらねぇしな)
「はっはっは。私を無視して熱い口づけとはなんとまぁ、見せつけてくれますね」
魔族がパチリと指を鳴らすと、瘴気の立ち込める魔の森の向こうから、オークやゴブリンが次々と現れる。
今ミカラは隙だらけだ。
もっと強い魔物や、何か大技を使って来てもよさそうなものだが。
(?・・・なめてるのか?それとも様子を見てるのか・・・それともあの2種しか操れないのか。どちらにしろあの程度ならまぁ、問題無いな)
ミカラはオークとゴブリンを無視する事にした。
全身で守るようにミルティーユに覆いかぶさり、口づけを続ける。
そこへ魔物たちが殺到する。
オークやゴブリンは手に持った刃こぼれの酷い剣や棍棒などで、ミカラを滅多打ちにし始める。
ミカラの額が切れて、ミルティーユの顔に血がかかる。
(!!!婿殿っ!婿殿がワシの盾になっておるっ!このままでは死んでしまうっ!嫌じゃっ!最初の口づけが最期の口づけなんて嫌じゃ〜〜!!!)
甘美な口づけが死の香を放ち始める。
このままではミカラが殴り殺されてしまう。
ミルティーユが恐怖で凍りつく。
その時―――
「わ・た・し・の!旦那様にぃ〜っ!」
弾丸のように走り込んで来た何者かが―――
「何をしているっ!下衆どもがっ!」
オークとゴブリンを薙ぎ払う。
どさどさと倒れるオークやゴブリンの首はネジ曲がり、一撃で絶命していた。
あの時、無力にもオークやゴブリンに組み伏せられていたハーフエルフは、もういない。
ふしゅーふしゅーと息を荒げて周囲を睥睨する自称ミカラの妻。
(マハナかっ!ありがてぇっ!)
ミカラは『耐久力強化』『防御強化』に回していた魔力をミルティーユの回復に回す。
そのままマハナがオークとゴブリンと戦ってくれてる間にミルティーユへの処置を終え、お姫様抱っこにして立ち上がる。
ミルティーユはミカラの腕の中でぐったりしていて、はぁはぁと息遣い荒く体調はまだ悪そうである。
顔は林檎のように紅潮し、潤んだ瞳で熱い視線をミカラに向けている。
「婿殿・・・もっとじゃ。もっと欲しいのじゃ」
ちっちゃいお手々でミカラのほっぺたに触る。
「んん?婿殿?なんだ?まだ瘴気の影響残ってるか?」
「きゃっ」
ミカラがミルティーユの額に己の額を当てる。
口づけまでせずとも、こうしてから『鑑定』や『解析』をすれば相手の体調などはわかる。
「ん。問題無いな」
そしてマハナに笑顔を向ける。
「マハナ、助かった。来てくれたんだな、ありがとう」
その声を聴いたマハナは、最寄りのゴブリンの頭を蹴り砕いてから・・・
ギギギギ・・・
と、軋んだ歯車のように首を回し、ミカラに告げる。
「・・・ええ〜、私は貞淑な妻ですので・・・。妻が魔物と戦ってる後ろで、旦那様が他の女と熱い熱い口づけを長々としていても・・・気には、しませんので。ええ、ええ、浮気性の旦那様に・・・理解ある妻ですので」
噛み切った唇の端から血を垂らしながらマハナが笑って言う。
怖い。
「仕方無いだろ。非常事態だ。あと妻じゃない」
ミカラが憮然とする。
マハナがムッとする。
ミルティーユはボウッとしながらミカラを見上げている。
その時唐突に―――
「ふむ。やはりといいますか・・・」
魔族がミカラの目の前にぬるりと現れる。
「貴方様はやはり、魔―――」
ゴッ!
ミカラが目にも止まらぬ速度で拳を放つ。
しかし、その場にすでに魔族はいない。
魔族は今度は少し遠くに移動していた。
「ふむ、これは一本取られましたな」
魔族の左肩から先が失くなっている。
「まさに腕一本分ですな、はっはっは」
血は流れていないが、可視化できるほどに濃密な魔力が血煙のように宙に流れて消えていく。
「惜しいな。心臓を狙ったんだがな・・・。まぁお前さんらが人間と同じ肉体構造してるか知んねーけどよ」
ミカラが、たった今魔族にぶち込んだ拳を解き、指をコキコキと鳴らす。
小手調べは終わった。
二者の間にひりついた空気が流れる。
(おお、やはりこの者はあのお方の―――。ならば、下手を打てばこの私ですら、完全なる死も有り得る)
魔族の男は、久方ぶりに感じる死の恐怖を・・・楽しむ。
永遠に近い寿命。
死んでも時間が経てば復活する。
真の意味で殺される事などほぼ無い。
上位の魔族にとって生きる事は退屈な事。
だが、目の前の男は自分を殺し得る力を隠し持っている。
それのなんと・・・
(甘美な事よ―――っ!)
魔族はにんまりと口角を上げる。
ハイエルフの姫にすら名乗らなかった、名を名乗る。
「我が名はアドラメレク。良ければ親しみを込めてアドちゃんとお呼びくださいませ」
ミカラはそれを聞き、顔をしかめ、血の混じったツバを吐き捨てる。
「死ねクソ野郎」
「つれないですね。少しお喋りしませんか?」
アドラメレクが足取り軽く近づいてくる。
肩の断面からじわじわと染み出していた魔力が凝り固まり、吹き飛ばした腕が元通りになる。
「断わる」
ミカラはミルティーユをマハナに預ける。
「マハナ、頼めるか?」
マハナはチラリとミルティーユを一瞥する。
(なに他人の夫に熱視線を送ってる、このババア)
ちょっとイラッとする。
以前は神々しく見えていたハイエルフの姫君も、今は単なる邪魔者にしか思えない。
しかし貞淑で理解ある妻として、マハナはその気持ちを完璧に隠して、ミルティーユを笑顔で受け取る。
ただ、お姫様抱っこのミカラに対して、受け取り方は汚いモノをつまむ時の雑巾持ちだ。
しかしミルティーユはミカラに見惚れており、ぞんざいな扱いにも気づかない。
ハイエルフを指で摘んでぶら下げながら、マハナはやわらかな笑顔を見せる。
「はい、お気をつけて旦那様」
暖かいマイホームから送り出すように、夫を見送る。
「おう、任せろ」
そしてミカラがアドラメレクと対峙する。
「繁殖力の弱い雌エルフと、繁殖力の強い雄オークと雄ゴブリンを掛け合わせ・・・精霊魔術を操るオークメイジやゴブリンメイジを量産する事。それが私の仕事なのです」
聴いてもいないのにアドラメレクがベラベラ喋り始める。
ミカラが身体強化や移動系の魔術を使っても、アドラメレクの身体を捕らえられない。
(ちっ。ただ強いより厄介だな)
背後を気にしてるのも影響があるだろう。
ミルティーユは瘴気に蝕まれた身体を回復させたとはいえ、精霊魔術は使えない。
マハナにはあらゆる強化を施した。
人間の魔術も扱えるはずだ。
しかし慣らすための初戦の相手としては、この魔族は荷が勝ち過ぎている。
だが何処からともなく現れるオークやゴブリンくらいなら対処は可能だろう。
目の端でマハナを捉えると、丁度マハナの金的蹴りがオークの股間を蹴り潰すところであった。
ちょっと、ヒュンッとなる。
「ふっ!」
ミカラが強く足を踏み込む。
地面がへこみひび割れ砕ける。
そのエネルギーを乗せて、加速した拳をアドラメレクに叩きつける。
「おお、怖い怖い。そんな一撃を受けたら、木端魔族の私めなどは木っ端微塵ですな」
アドラメレクは一瞬でミカラの拳の射程外に移動している。
ミカラの拳は、アドラメレクの背後に居たゴブリンの頭を粉砕していた。
「雌エルフ100匹に対して繁殖を試しても、妊娠出産し、さらには精霊魔術を操れる個体が生まれる確率は・・・ 1%以下なのです。だからたくさんエルフが必要だっただけです。百で足らなければ万のエルフを用意すればいい」
魔族の事情など興味も無い。
ミカラは無視して、足を踏み込み、拳を放つ。
だがアドラメレクはそれを、紙一重で躱して逃げおおせる。
「邪魔臭ぇな」
そしてわらわらと増えていくオークやゴブリンが邪魔過ぎる。
ミカラが踏み込み拳を放ち、アドラメレクが瞬間移動で回避する。
攻撃に巻き込まれたオークとゴブリンがぶっ飛ばされる。
それを幾度か繰り返すうち、アドラメレクが不思議そうに話しかけてきた。
「何故・・・転移魔術で私を捕まえないので?貴方ならば私の魔力の残滓はトレースできるでしょう?」
そう、闇魔術には闇魔術。
空間転移する相手を空間転移をして追いかけ捕まえる。
出来ない話ではない。
しかし・・・
「そんなんせんでも勝つわ」
ミカラはそう言い放ち、首や肩や腕を回し軽くほぐしている。
「ふむ。勘の良い方だ」
アドラメレクは感心したようにウンウンと頷く。
「貴方様が空間転移をした場合・・・魔族領へと強制的に座標固定されるようにしております。今回は異物が混ざっていたために少々ずれたようですがね・・・。貴方がここへ来たのは偶然ではない。運命、宿命、天命なのです」
「あっそ」
ポーカーフェイスを気取るが、内心冷や汗をかくミカラ。
(げ、マジかよ?)
なんとなく嫌な感じがするため、空間転移魔術は奥の手中の奥の手としていたが、どうやら正解だったらしい。
今までも、追いかけてくる女から逃げるために空間転移魔術を使いかけて、何故か背筋がぞくぞくしたため止めておいた。
その理由がわかった。
「貴方には瘴気の耐性があるようですね?」
先程よりもどんどん瘴気が濃くなっている。
まるで魔王城の最深部にいるみたいだ。
「ですが、後ろの御二方はどうですかな?」
「・・・ 」
ミカラが無言で背後を振り返る。
「婿殿・・・」
「旦那様・・・」
ミルティーユが苦しげにこちらを見ている。
その目の前に立ち、人間が操る『防壁』魔術で瘴気を阻んでいるマハナもしんどそうにしている。
なるべくオークやゴブリンも片付けているが、2人にも向かって行くのは止められない。
2人の周囲には、マハナが倒した魔物の死体が転がっている。
「ふふふ。あとどのくらい保つでしょうかね」
アドラメレクは楽しげに笑う。
時間はかかるが、このままなら勝ちは確定だ。
いずれこの場は瘴気で満ちる。
あのハーフエルフが力尽きればハイエルフも手に入る。
ミカラが女を見捨てられないのはわかっている。
女さえ抑えれば、後はどうとでも追い込める。
そうすればきっと・・・
(この方の本気を味わえる)
それを思うとぞくぞくする。
(さて、ハーフエルフとハイエルフ。どちらを先に殺せばより楽しめるでしょうかね?この方にとって大切な方を残しておかないと)
順番は大切だ。
アドラメレクはわくわくが止まらない。
「ふふふ。ハイエルフの姫君に、貴方の首まで持ち帰れたら・・・私はさぞ褒めて頂けるでしょうね」
「悪いな。どっちも諦めろ」
ミカラがアドラメレクの眼前に迫り、拳を振り降ろす。
拳はアドラメレクには当たらずに地面へと勢い良く突き刺さる。
「・・・はぁ、追いかけっこはもう飽きたわ」
ミカラが地面に拳を突き刺した姿勢で溜め息を吐く。
「おや?降参ですか?」
少し離れた位置に転移していたアドラメレクが、にこにこと物腰柔らかく笑う。
「いいや?もう終わりだって話だよ。俺の勝ちだ」
「なんですって?」
ミカラが地面に突き刺した拳に力を、魔力を込めて術式発動。
すると、周囲のあちこちが光りだす。
それは、ミカラがアドラメレクを攻撃する際に踏み込んだ足跡。
その光が繋がり輝くと、地面には円と六芒星の図が描き出された。
「これは・・・魔法陣!?」
「お前さんはオークやゴブリンしか操れないんじゃない。転移して逃げ回る事しかできないんじゃない・・・正確には、他の本命を操ってるからそれっきゃできねーんだろ?」
ゴゴゴゴゴッ!!!
地響きとともに大地が割れる。
ミカラが描いた魔法陣は、強力な退魔の陣。
それに引きずり出されるように、巨大な何かが現れる。
「ギャオオオオオオオッ!」
地中から現れたソレには、目も鼻も耳も無いし手も足も無い。
長い胴体と、胴体と同じ大きさの大口を持つ・・・
「ワー厶!?」
マハナが叫ぶ。
なんて大きさだろう。
「そう言うことか・・・」
ミルティーユが納得する。
その巨大なワームの身体中には無数の穴が空いており、その穴という穴から瘴気が吹き出していた。
エルフ大森林の木々の根を喰らい、それを栄養に瘴気を放つ魔物。
そんなモノが地中を這いずり回っていたなど・・・考えただけで怖気が走る。
「なんと・・・これは―――」
アドラメレクが初めて本当に驚いた顔を見せる。
しかしそこに焦りは無く、むしろ楽しんでいる気配すらある。
「終わりだ」
ミカラがワームに向かって拳を突き刺す。
そしてワームの体内に『土』『水』『火』『風』の属性の魔術をぶちこむ。
四属性の魔術は魔物の体内でぶつかり合い、その威力を外へと向ける。
結果―――
バァァァァァァァァン!
耳をつんざく破裂音とともに、巨大ワームが弾け飛んだ。
「素晴らしい」
パチパチパチパチ
と、アドラメレクが称賛の拍手を送る。
「ふふふ。瘴気を生み出せるワーム、自信作だったのですがね。些か性能を偏らせ過ぎましたか。戦闘能力を無くして瘴気発生に特化しておいたのでね」
アドラメレクはにこにこと笑っている。
それが本心なのか人間のふりなのかは未だにわからない。
どちらにしろ不快には違いないが・・・
「もうワームを操る必要も無い。本気を出せるんじゃねぇか?」
ミカラの問いかけにアドラメレクは両手で身体を抱いて大仰に震えてみせる。
「いえいえ滅相もない。私は肉弾戦は専門外なので」
「嘘こけ」
ミカラは緊張を解いていない。
このアドラメレクという魔族は厄介過ぎる。
出来れば今仕留めたい。
「ふふふ。瘴気が晴れればハイエルフの姫君も力を使える。それに・・・」
ミカラも気づいていた。
大量の気配がこちらに近づいて来ている。
「姫様ーーーっ!ミルティーユ様ーーーっ!」
エルフたちだ。
「多勢に無勢。今は退きましょう。それではいずれまたお会いしましょうね?」
アドラメレクが丁寧にお辞儀をし・・・
「ミカラ様」
ぬるりと消える。
戦いは終わった。
「姫様っ!ご無事ですかっ!ぐぉっ!なんだこの匂いはっ!」
現場に遅ればせながら到着したエルフたちが、まだ周囲に立ち込めている瘴気に鼻を曲げている。
「・・・人間、これはどういう事だ?」
エルフの1人がミカラに厳しい視線を向けている。
魔の森の境界で、エルフの森が荒れに荒れていた。
大地が割れ、巨大なワームの肉片が散乱している。
オークやゴブリンの死体もたくさんあり、まさに地獄絵図だ。
「やはり貴様は、魔族側の刺客であったか。ようやく正体を現したな」
エルフの最長老が現れ、ミカラを憎々しげに見ている。
ミカラは黙っている。
アドラメレクが逃げたふりして不意打ちをしてこないかを警戒していた。
しかし、どうやら杞憂らしい。
完全にあの慇懃な魔族は逃げたようだ。
(逃げたのか見逃されたのか・・・)
ミカラがエルフたちを見やる。
こんな大量の足手まといがいたら、いくらミカラでも勝てなかったかも知れない。
「なんとか言ったらどうだ?この下賤な人間めが」
最長老の言葉を聞きながらミカラは思う。
(エルフの言葉を覚えても、ろくな事言われないなぁ)
見目麗しいエルフたちには興味があったが、とても好感情を持てそうにない。
(マハナの件もあるしな)
マハナと記憶を一部共有したせいで、彼女がハーフエルフとしてどんな扱いをされてきたかを追体験していた。
あれは許せそうにない。
何人かのエルフたちが、いつでもミカラに攻撃できるように精霊魔術の準備を始めている。
別に感謝されたくて魔族と戦った訳ではない。
ミルティーユを助けたのも成り行きだ。
アドラメレクを退けたのも結果に過ぎない。
しかし、今は色々疲れてるので、攻撃をされた場合、上手く手加減できるかわからない。
(てゆーかマジ疲れたわ。寝たい)
アドラメレクを結局、最初の不意打ち以外は一発も殴れなかったので不完全燃焼でもある。
「やんのか?喧嘩なら買うぜ?」
さすがのミカラも少々苛ついてきた。
今はミカラにしかその意識が向いていないが、もしもエルフたちがマハナをさらに貶めるような言動をしたら、その時ミカラは我慢するつもりはなかった。
そして、それはマハナも同様であった。
自分を虐げ続けてきた者たちへの恨みより、今ミカラを罵倒している事の方が許せない。
(それ以上旦那様に醜い言葉を吐き出すのなら、全員コロス・・・)
マハナがエルフたちへと飛びかからんと構えを取ったその時・・・
「やめよっ!!!」
ミルティーユの大音声が空気を震わす。
「・・・ワシと婿殿の結婚に反対なのはいい。ワシも立場は理解しておるつもりじゃ。じゃがな・・・」
ミルティーユの怒気により、周囲の木々がめきめきと音を立てて蠢く。
「ひっ、姫様?」
精霊魔術の特性。
その場で最も強い術師がその場の支配権を得る。
ミルティーユが周囲の精霊すべてを掌握した事で、エルフたちの精霊魔術が雲散霧消する。
「じゃが、2度もエルフの民を救った英雄に対する仕打ちがコレか?我らエルフは誇りを、礼節を、矜持を何処に忘れてきた?」
ミルティーユが厳かに告げる。
「もうよい。ワシは婿殿と出て行く。ハイエルフの嫁入りじゃ。盛大に祝うがよい」
樹木で縛るまでもない。
圧倒的なハイエルフのプレッシャーを浴びて身動きできるエルフなど、この場にただ1人も居なかった。
「婿殿、婿殿!さっきの続きじゃ!子作りじゃ!早く子を成してエルフ人間双方の架け橋にじゃな・・・」
「待ちなさいこのロリババア。旦那様の夜伽の相手は妻である私が居ますので、どうぞ見た目お子ちゃまはお城にお帰りくださいませ」
「そういえば何じゃ貴様?我が婿殿に馴れ馴れしい。婿殿が幼い頃からワシは、良い男子じゃなぁと思っておったのじゃ。早い者勝ちじゃ」
ミルティーユの中で、ミカラと言う少年とこの男が同一人物であるのは確定している。
ただ彼女の感覚的には、つい先日出会ったばかりの少年が、ふと目を離した隙にとてもとても良い男に成長していた事に驚くばかりだ。
「ふふふ。なら私の勝ちですねぇ?私はもう旦那様に身も心も捧げました。この胸も唇も旦那様に何度も愛されましてよ?」
マハナが自身の豊かな胸を持ち上げて強調する。
ミカラの強化魔術により筋力が増加、ビルドアップしたため胸囲も増していた。
それを見て、自身のぺったんこな胸を見て、ミルティーユがふがふが憤慨する。
「ふぬーーーっ!婿殿っ!まさか初夜を迎える前に浮気をするなどっ!人間はたくさん妻を娶ると言うがっ!まずはワシじゃろ?ワシが正妻じゃっ!」
「ふほほっ!旦那様は私みたいな豊満な肉体が好きなんですーーー!悔しかったら千年後にでも出直してきてくださいっ!」
「ぬぬぬぬぬっ!なれば仕方無い。ハイエルフの秘儀により、寿命を削って肉体構造を変質させる禁術を―――」
「やめい」
売り言葉に買い言葉で寿命を削ろうとしてるミルティーユをミカラが抱き上げる。
「あんっ。婿殿だいたんじゃの」
ミルティーユはミカラに抱きかかえられたままキスをしてくる。
ミカラはその唇を咄嗟に避け、頬で受け止める。
しかしミルティーユはそれで満足なのか、ミカラの頬に繰り返しキスをする。
「ああっ!ずるいですっ!私もっ!」
マハナが反対側に回り込み、反対の頬へとキスの雨を降らす。
「俺は結婚なんてしないぞ?」
2人はミカラの言葉を無視して、ミカラの首に抱きつく。
「ぐえぇ」
両側からぎゅーぎゅー首を締め上げられながらミカラはよろよろと歩く。
取り敢えず目指すは人間領。
自称ミカラの妻を2人も引き連れて、ミカラは進む。
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