第20話 マハナ・デタサービ

「ぐあああああっ!!!」


エルフ最長老の配下の精霊魔術師が、目と耳を抑えて転げ回る。

彼は最長老の命令で、ミカラの居る部屋を精霊を介して監視していた者だ。


「どうしたっ!?何を見たっ!?何を聞いたっ!?」


最長老が慌てて癒やしの術を施す。

配下の魔術師は混乱による絶叫は収まったものの、ガタガタ震えて目をぎゅっと瞑り、耳を塞いでしゃがみこんでいる。

出血などの外傷は特に見当たらない。


「わ、わたしはなにも見えないっ!なにも聞こえないっ!知らないっ!なにもっ!うぅうぅ〜〜っ!」


彼はうーうー唸りながらそのまま動かなくなってしまう。


(い、いったい何をされた?)


あの人間が闇魔術で何かした事は間違いないであろうが、最長老自身がそれを確かめる気は起きない。

誰か他の者にやらせる訳にもいかない。

配下のエルフを傷つけた咎を責める事もできない。

芋づる式に事が露顕し、あの人間を軟禁して監視していた事がミルティーユに知られれば、今度こそ逆鱗に触れるだろう。


「失敗か。恐らくはあのハーフも生きてはいまい。ハーフエルフ殺害・・・の罪ではちと弱いな。ふんっ、そこは普通のエルフでも良かったか」


ハイエルフと人間の婚姻を防ぐ目的ならば、多少の犠牲には目を瞑る。

どうせなら身分の低いエルフの女でも送り込めば良かったと、最長老は思った。









「はぁっ・・・はぁっ・・・うっ・・・」


初めての行為に少女は痛みをこらえていた。


(それでも、この痛みもミカラ様から与えられた愛の証。嬉しい)


血は混じったのだ。

もう彼は私のモノで、私は彼のモノなのだ。

そして、ミカラに愛され、何度目かの絶頂へと至る時に告げられる。


「ミカラ・デタサービの名をもって、汝に名を与える」


「はぁ・・・はぁ―――え?」


少女が驚いて目を瞠る。


「汝の名は、マハナ。これよりマハナと名乗り、この世界へ在れ、同胞よ。汝の生に祝福があらん事を、土と水と火と風と光と闇の精霊へ願い奉らん。汝に女神の祝福あれ」


「んっ・・・」


祝詞を唱え祝福をする。

その後はキスをして、ミカラ自身の魔力を注ぎ込む作業を続ける。

時間をかけて念入りに術式を刻み込んでいるのだ。


(作法も無茶苦茶だし、祝詞もオリジナルだが、コレでいいだろ)


ミカラとハーフエルフの少女・・・マハナは、魔術的な意味で繋がった。

名を以て彼女を縛る。

これでマハナに何かあれば、ミカラにはすぐに察知できる。


(本来は血の交換でいいんだけど、まいっか)


性交を通して、彼女にいくつものプロテクトをかける。

過保護とも言える強化を半永久的に続くよう施し、自身の魂と同調させ、一部の記憶や知識を共有する。

使い魔の契約に似て否なるもの。

眷属化、血族となる盟約。

いくつかの保険もかけておいた。

隣に居ればもちろんミカラが守るが、マハナが孤立した状態で危機に瀕しても対応できるような術式だ。

一部の知識と記憶の共有により、言語問題もクリア。

ミカラがマハナから吸い上げた知識により、流暢に話せるようになったエルフ語で喋る。


「これからはマハナは俺が守る。何があっても必ず助ける。安心しろ。んで、好きに生きろよ。俺が助けてやっから」


これから世界を巡る旅に出て、他の男を選んだり、そうではなくとも離れる道を選ぶならば、その選択も尊重しようと思う。

ミカラの言葉に今度はマハナが人間語で返す。


「嬉しい・・・ミカラ様、愛しています」


そして、頬を染めて潤んだ瞳で・・・告げてくる。


「これで私たちは夫婦ですね。私は今からマハナ・デタサービ・・・嬉しいです。幸せにしてください。幸せにしてみせます。ミカラ様・・・」


そして、より一層激しく求めてくる。


「いやちょっと待って。眷属化と血族化は別に夫婦契約じゃ―――」


「ミカラ様っ・・・好き。愛してます」


なんだか取り返しのつかない感じになりそうな気配にミカラが慌てるが、マハナはそのミカラの唇を封じる。


(―――ミカラ様から記憶の一部を頂けた・・・)


様々な女の顔が浮かんでは消えていく。

どの娘たちもミカラに焦がれ、ミカラもそれを憎からず思っている。

心が妬ける。

あれらが今後の、当面の敵。

ハーフエルフとして虐げられてきた記憶などどうでもいい。

今後はあの強力な女たちから、ミカラを死守せねばならない。

それだけではない。

マハナはミカラの記憶の奥底を一瞬だが、垣間見た。

そう、それと比べれば―――


(先ずは、ハイエルフのミルティーユ・シャーフィーユ様・・・貴女様が結婚を目論むこのミカラ様は・・・一筋縄ではいきませんよ?)


最強のハイエルフも怖くない。

ミカラの魂に残る微かな残滓・・・いずれはあんなのと男の取り合いをせねばならないのだ。

ハイエルフの姫君など可愛いものだろう。


(私は必ず、ミカラ様を本当の意味で手に入れる)











「ふむ。まずは人間の婚姻について調べねばならんの」


むふんむふんと鼻息荒くミルティーユが書物を漁る。

小さい身体で王城の大図書館の空中をふよふよと漂う。

精霊魔術を駆使し、大量の本を同時高速で読み込んでいく。


「む!?・・・な、なんじゃとっ!?と、とある人間の国の王族は・・・だ、大観衆の民の前で初夜を迎えるのかっ!?ならワシは、全エルフの前であの方と・・・」


ミルティーユはちっちゃいお手々で頬を覆い、顔を真っ赤にする。

意識が乱れたせいか、ハイエルフの小柄な身体も空中に大量に開かれたままの蔵書も、くるくるバサバサ回り出す。


「姫様、それは処女信仰と言いますか・・・えーと、王族の血がきちんと守られてるかどうかの確認というか・・・まぁどのみち100年前の話ですので・・・」


侍女が床に落ちた本を片付けながらやや呆れたように言う。 

すると姫様は目をグワッ!と開き・・・


「100年前などついこないだではないかっ!?」


言い放つ。


「人間は普通100年も生きませんよ、姫様。世代が変われば風習や作法も変わります」


お付きの侍女が困ったような顔をしている。

最長老他、長老集の言いつけ通りに時間稼ぎをしているのだ。

隙あらばあの人間の部屋へと勢いよく走り出そうとするミルティーユに―――事前に人間の結婚式とかお調べになっては如何でしょう?――――とかなんとか言いくるめたのだ。

侍女である彼女は普通のエルフなので、人間に対する物珍しさはあれど不信感は無い。

最長老派と言う訳でもないが、人間と姫様の結婚には少し疑問がある。

そもそもミルティーユは、彼女が小さい頃からずっと偉いお姫様だったのだ。

今働いてる王都の大樹と似たような扱いだ。

それがいきなり恋だの愛だの騒ぎ出した。

戸惑うのも当然だろう。

彼女は一般的で善良な国民であったが、魔物の大群が迫る恐怖と、それを薙ぎ払ったミカラの強大さを知らない、不特定多数のエルフの1人に過ぎない。

王都に住んでいて、結局避難する間も無く危機が去ってしまった。

ハイエルフの言葉を嘘とは疑わないが、人間がハイエルフを救ったなど信じ難いのだ。

その無知さと平和ボケにより、知らず知らずのうちに陰謀の肩を担がされてしまう。

空中でふわふわ浮かんだまま、ハイエルフのお姫様は幸せそうに目を瞑っている。


「ふふふ。楽しみじゃの。婿殿の故郷はどのようなところであろう?ワシが婿殿の実家に嫁ぐのもアリよな?ハイエルフを嫁にする栄誉など、人間では最上であろう」


ニマニマと笑うミルティーユに、侍女は咄嗟に思う。

ハイエルフが人間に嫁ぐ?

先に述べた例えになぞらえれば、この王都の大樹が突然人間界にお引越しするようなものだ。

スケールの大きさに現実感が追いつかない。


(姫様もお戯れが過ぎます)


侍女は自身がその程度の認識であった事を後悔する事になる。










「ワシの婿殿は何処じゃ?」


ミルティーユが愕然として呟く。

侍女たちに言われるままに湯浴みをして身体を清め、衣装を新しく新調し、ばっちりおめかししてミカラの待つ部屋に向かうと―――そこはもぬけの殻だった。


「姫様、あの人間は黙って城を去りました。人間の国へと帰ったのでしょう」


最長老がいけしゃあしゃあと言う。

ハーフをけしかける策が失敗した後、どうしたものかと思っていた。

仕方無く別の配下に部屋を覗かせた。

先程の監視役がズタボロにされたのを知っているそのエルフは、涙目になりながら恐る恐る部屋を覗き見て・・・


「い、いません。人間も、ハーフも・・・」


そう報告した。

城中いたるところを探しても見つからない。


(逃げた・・・のか?まさか、あのハーフで満足して国を去ったか?下賤な者同士お似合いだからな)


理由はわからないが、あの頭痛の種が消えたのだ。

最長老としてはほくほくだ。


(我が監視網や王城に勤める衛兵の目を突破して消えてしまった事は不気味だが・・・まあいい。捨て置いて良い些事よ)


最長老が一安心して胸をなでおろしていると・・・


「そうじゃ。わかったぞ」


ミルティーユが合点がいった顔で面を上げる。


「婿殿は、ワシが魔物に襲われ危機に陥った時に助けに現れてくれた。つまり・・・魔物、魔族との戦いが目的だったんじゃな」


「姫様?」


「ワシが婚姻の申し出をした時も、婿殿は笑顔で頷いてくれたのじゃ」


(・・・それは言葉がわからなくて適当に生返事してただけでは?)


とか誰もが思ったが、高貴なるハイエルフには誰も突っ込めない。

そして、ミルティーユが辿り着いた結論に、その場の誰もが耳を疑う。


「婿殿は魔族を倒しに向かったのじゃ。我々エルフの民を守るために。じゃが、いくらなんでも水臭いの。嫁を置いて単身戦地へ向かうとは。婿殿、今貴方のミルティーユがお側に参りますゆえ―――」


ミルティーユが掌をかざすと、王城の壁が蠢き穴が開く、風の精霊がミルティーユを包み―――


「姫様!?お待ちくださ―――」


弾丸のように撃ち出す。

最長老たちが慌てて壁に駆け寄るが、壁は元通りになりすぐに穴は塞がってしまう。


「いかんっ!姫様が瘴気に囲まれ精霊魔術を使えなかったのは事実っ!次こそ捕われるぞっ!」


最長老の言葉に皆が慌てふためく。


「追いかけて連れ帰るのだっ!」


しかし、誰もが二の足を踏む。


「い、いったい誰が?」 


本気のハイエルフに、エルフは絶対に勝てない。

精霊魔術は精霊を操る。

つまり、格上の精霊魔術師がその場の支配権を得るので、格下ではリソース不足でまともに魔術が使えなくなる。

人間の魔術師同士の戦いならこうはならない。

基本、自分の魔力で魔術を操るからだ。

そのため、相性や戦略作戦次第では格下が格上を食う事もできる。


「くっ・・・!他の都市のご領主様―――ハイエルフの皆様方に連絡せよっ!ミルティーユ様が危ないっ!」


各都市を守るハイエルフ達もそうそう簡単には動けないだろうが、そうも言っていられない。


「おのれっ!どうしてこうなるっ!やはりすべてあの人間のせいかっ!」


最長老が吐き捨てる。。


「あの男は災いを運んできたエルフの敵なのだっ!」











「えっきし」


「大丈夫ですかミカラ様?お寒いですか?」


くしゃみをしたミカラに、マハナがピトッとくっつく。


「大丈夫だって」


「ほらミカラ様、温かいうちにお召し上がりくださいませ。あーん」


ここはマハナの部屋だ。

王城の敷地内だが、ゴミ捨て場や廃材置き場の物置に近い場所にある小屋だ。

夫であり命の恩人たるミカラを招き入れるにはやや抵抗があったが、拠点は必要である。

国を出るには色々準備がいるし、時間もかかる。


「このような場所でこのような食べ物しかお出しできず申し訳ありません」


マハナは小さく汚い小屋と、有り合わせで作ったスープを見て、恥ずかしくて消えてしまいたくなる。

中途半端に長い耳も下に垂れている。


「いいって、気にすんな。美味しいよ、ありがとう」


ミカラはマハナを抱き寄せ頭を撫でる。


(そういや何にも食ってなかったし、最後の携行食はお姫様にあげちまったしな)


そういえばあのエルフの姫様はどうしてるだろうか?


(まぁ、もう会うことも無ぇだろ)


「うふっ。夫に喜んでもらえるのは、妻として嬉しい限りです」


マハナは上目遣いになり、ミカラの身体を触ってくる。


「いや違うからね?眷族化は結婚違うからね?」


ミカラはそう否定しつつも、食事の後にマハナも美味しく頂いた。











「婿殿がワシを置いて行くはずがない。きっと・・・」


ミルティーユの目の前には森の端が見えてきた。

あれより先は、植生がまるで違ってくる。

魔の森。

瘴気が満ちて、魔物が跋扈し、エルフが力を失う忌み地。

魔族領。


「エルフの―――ワシのために戦いに出たはずじゃ。きっと、そうなんじゃもん」


ミルティーユの気持ちが焦りに満ちる。

ハイエルフとして生きてきて、他者との関係性に乏しい。

何より、人間の感情や考えなどわからない。

もしかしたら何か気に障る事をしてしまっていた?


「む、婿殿は、ワシを嫌いになった?だから、出ていった・・・のか?」


ふと、思い出す。


「そうじゃ・・・ワシは」


そうぽつりとこぼした彼女の周囲に、さっと影が差す。

そして―――


「婿殿の名前すら、知らぬのか―――」


暗い森の中で頼りなく俯く小さな女の子に向かって―――


ドゴッ!


巨大な何かが叩きつけられた―――

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