第19話 ハーフエルフの少女
「エルフだよね」
流石のミカラも、この都市に着いた時には気づいた。
ここは元々居た大陸から西へ西へと進んだ先。
魔族の支配地に面する大森林を擁するエルフ領で間違いないであろう。
「エルフの国かぁ〜」
ミカラはふかふかのベッドの上に大の字に転がる。
「あの娘はやっぱ、お姫様かな?」
森で出会った女の子の事を思い出す。
言葉はわからないが、見た目がじいさんのエルフ達が畏まっていたのはわかった。
とても偉いのだろう。
お姫様はじいさんエルフたちと、なんだか語気荒く言い合いながら何処かに行ってしまった。
その後ミカラはこの部屋に案内された。
言葉は解らないが、どうやら歓待されてはいるらしい。
森を破壊した罪や、お姫様をかどわかした罪とかで牢屋にぶち込まれずに済んで良かった。
「あの娘、きっとまだ幼いんだろうな。それでもいくつだろう?俺よりは年上か?ようわからん」
実際はこのエルフの国では最も年上である。
お年寄りに見えたエルフよりも年嵩だ。
ハイエルフはエルフよりもさらに年を重ねるのがゆっくりだ。
ミカラはベッドの上から窓の外を見やる。
「おもしれー住居だよな~」
それは巨大な大樹をくり抜いて作られた城であった。
その一室にミカラは迎え入れられている。
「まぁいいや。も〜色々疲れたし。しばらく寝て・・・過ご・・・スヤァ・・・」
降って湧いた厚待遇に首を傾げつつも、ミカラはこの状況を甘受する事にした。
「何故じゃ!?何故結婚式を挙げてはならぬ!?この頭でっかちどもめっ!」
エルフの幼いお姫様―――もとい、このエルフの国で最も年上のハイエルフの姫君はぷりぷりと怒っていた。
「何故も何も無いでしょう。貴女様は最も高貴な血を持つハイエルフの1人。それが何処の誰とも知らぬ人間の男と番になるなど、許されるはずがありません」
最年長の長老が諭すように語る。
まるで孫娘と祖父のように見えるが、実際は真逆の関係性。
「それに物見の精霊魔術師が確認しております。彼奴は闇の魔術を操った。ならば魔の者に相違ありません。即刻追放すべきです。むしろ処刑し―――」
「おい―――」
最長老の発言が遮られ、部屋の空気がビキビキと軋む。
集まっていた長老集に冷や汗が浮かぶ。
「・・・婿殿はワシの命の恩人じゃ。いや、この王国すべてのエルフの恩人と言って良い。魔物の大群を滅ぼしたのはまぎれもなく婿殿の力。では何か?お主はワシや王都の娘たちが魔物に犯され孕まされ、男は喰われ殺される未来の方が良かったのかの?今のんきにこんなお喋りができているのは誰のお陰じゃ?婿殿のお力じゃろう?ん?」
「それは、そうですが・・・」
最長老は続く言葉を飲み込む。
ミルティーユがその気になれば、この部屋に居る長老集など一瞬で締め殺せる。
そこまでの暴挙はさすがに出ないだろうが、ハイエルフの威圧に皆一様に萎縮してしまっている。
彼女はただ偉いのではない。
最も強いから偉いのだ。
やると言えば絶対にやる。
彼等に出来るのはごねて反対して時間を稼ぐくらいだ。
(まぁいい、手は打ってある)
エルフの最長老が内心でほくそ笑む。
(ハイエルフが人間と子を成すなどあってはならぬ。純潔は守らなければならぬ)
「―――誰だ?」
ミカラが目を瞑ったまま話しかけると、部屋への侵入者がびくりと震える。
「よっ・・・と。刺客・・・て感じじゃねーな」
ミカラが起きてベッドに腰掛けて部屋への来訪者を見やる。
その者はエルフにしてはやや肉感的で、少し人間に近い見た目の少女だった。
(外見だけでなく、内面もか?)
『鑑定』までせずとも、直感的に魔力の属性の違いがわかる。
その少女は起きたミカラに対して床に座り跪くと頭を垂れる。
「ワタシ、アナタ様ヘノ贈リモノ、デス。好キニシテクダ、サイ」
カタコトだがミカラがわかる言葉で、そう言ってくる。
「え?なんで?」
ミカラが素っ頓狂な声をあげる。
そのミカラに対して、少女はおずおずと近づき、衣服を脱いでいく。
エルフらしい、天然の簡素な布の服を脱ぎ捨て、恥じらいながらも隠しはせず、その身を晒してくる。
「いやいや待ってくんね?」
自他ともに認める大の女好きであるミカラでも・・・むしろ多数の女と寝てる故にか・・・よくわからない状況で差し出されてくる女体に、我を忘れて飛びついたりはしない。
ミカラの胸に身を預けて、微かに緊張で震えている肩に優しく手をかける。
「なんでそうなる?説明求む」
少女はミカラが拒絶した事にショックを受けたようで、いきなりポロポロと涙をこぼし始めた。
「ワタシ、要ラナイ・・・デスカ?」
「なんでそうなるねん。泣くな泣くな」
美人局の気配はしない。
嫌嫌来てる訳でも無さそうである。
だが、ここはミカラにとっては未知の世界。
迂闊な行動はできない。
「ワタシ、アナタ様丿チカラデ救ワレタ。魔物倒しシテクレタ」
「あーアレか。ありゃぁまぁ事故みたいなもんなんで、アレをオレの功績にカウントされるとちょい微妙だわ」
座標設定無しの強引な空間転移。
下手をすれば、この都市の真上に光と爆発の雨を降らせていたかも知れないのだ。
「俺が救ったとかそういうのなんか違うから、下がってくれるか?」
基本据え膳食いまくるミカラの直感が、この娘を抱くと厄介事になると告げていた。
なんとか引き下がってもらいたい。
しかし、どうやら彼女はその気は無いらしい。
勝手にぽつぽつと話し始める。
「ワタシ、ハーフ。ダカラ、最前線居タ」
(ハーフ?ハーフエルフか?)
エルフにしてはやや肉感的な肢体と、カタコトな人間語に納得する。
だが、最前線とは?
見た目や魔力も、パッと見感じる身のこなしも特に戦い慣れている感じはしないが・・・
(軍人?まではいかなくとも、警備隊とかなのかな?)
ミカラが吹き飛ばした魔物たちと戦う役目があったのだろうか?
そうなれば、お礼をしに来たと言えなくもない。
しかし、次の少女の言葉でミカラの顔色が変わる。
「ワタシ、ハーフダカラ、エルフ丿民守ルタメニ戦ウ丿役目。アナタ様丿贈リモノニモ、ハーフダカラ選バレタ」
「・・・何?」
ミカラの目に剣呑な色が覗く。
ハーフハーフと彼女は言っているが・・・この少ないやり取りで、いかに少女が差別的扱いを受けているかが、なんとなくわかった。
冒険者仲間にハーフエルフが居た。
彼等彼女らはあまりエルフ本国の事を語りたがらなかった。
その理由がコレか。
「ならなおさら抱けんわ。俺は人身御供を要求する化物じゃないんだぜ?早く服着て帰れ」
百歩譲って、助けられたお礼ならばわからなくはない。
しかしカタコトながら『ハーフエルフだから抱かれに行かされた』事情が透けて見えてしまっては、立つモノも立たない。
ミカラは、彼女が脱ぎ捨てた衣服を拾い、着せようとする。
すると彼女はイヤイヤをし、服を拒む。
「なんでそんなに・・・」
「ワタシ、居場所無イ」
泣きながらも少女がミカラを真っ直ぐに見て来る。
「魔物戦ウ怖カッタ。デモハーフ戦ウ。精霊魔術苦手。デモ、エルフ助ケルタメ戦ウ」
微かに震えているのは、緊張のためだけではない。
魔物への恐怖も思い出しているらしい。
ミカラのせいで消し飛んだ魔物はオークやゴブリンが多かった。
つまり―――
「エルフを守るために、その身を盾にする。いや、させられてたのか?」
戦って負けた後、犯され嬲り殺しにされるのも仕事のうちだったのだろう。
その間に、エルフたちが避難できるための時間稼ぎ。
エルフ独自の精霊魔術も、ハーフエルフだとそこまで強くないらしい。
「・・・胸糞悪ぃな。仲間逃がすための捨て駒か」
戦争なら仕方無いのかも知れない。
ハーフエルフへの忌避感はミカラには理解できない。
人伝に聞いたら、ふーんそうなんだ、世知辛いねぇで流しただろう。
しかし、目の前で少女が震えながら泣きながら吐露してきたこの状況では、話が違ってくる。
「仲間違ウ。ハーフ、エルフ仲間違ウ。アナタ様モ・・・」
「ミカラだ」
「ミカラ・・・ミカラ様モ、ワタシ要ラナイ?汚イデス?人間デモナイ、エルフデモナイワタシ・・・要ラナイ」
少女が泣き笑いのような顔で立ち尽くしている。
ミカラは思わず・・・少女を抱き寄せる。
「・・・ンッ!?・・・」
口づけをすると、少女の身体をベッドへと押し倒す。
「気ぃ変わったわ。抱く」
(試してみたいことあるし)
「あとその前に―――」
ミカラが虚空を睨む。
「他人ん家だから遠慮してたけどよう。いつまでも見てんじゃねぇ」
『結界』を部屋全体に張る。
この部屋に通されてからずっと気になっていた。
何かに覗かれ、聞き耳を立てられてる気配。
(精霊魔術ってヤツか?なんにしろムカつくな)
少女の話を聞いたせいもあり、ミカラは『結界』に少し細工をする。
ミカラがその気になった事で覚悟を決めたのか、少女が積極的に求めてくる。
だが、慣れてないというか初めてなのだろう。
どう男に接すれば良いのかわかっていない。
性的な差別虐待は無さそうなのでホッとした。
もしも、この少女が毎日当然のように不当な扱いを受けていたら・・・ミカラはこの大木を燃やして、エルフ国の犯罪者になっていただろう。
「おい、待てって。焦んな、まずせめて名前教えてくれよ」
ミカラは少女を落ちつかせるように優しくキスをする。
少女はびくりと震えた後、だんだんと大人しくなる。
頬を赤らめ、やや潤んだ瞳で、言う。
「ワタシ、ハーフ・・・ダカラ、名前、無イ」
「オーケイワカッタ。くそむかつくがこのハニートラップ乗ってやる。お前さんは今から俺の女にする。このむかつく国もすぐ出てく。この国からお前さんを連れ出す。俺と行くのは嫌か?」
すると少女は目をパチクリとした後に、目に涙を浮かべて微笑む。
「嬉シイ、連レテ行ッテ―――」
少女はミカラを力いっぱい抱き締めて呟く。
「ミカラ様ト居タイ。コンナ場所嫌イ」
「ぎゃああああああっ!」
「逃げろっ!オークだっ!」
「くそっ!精霊魔術の威力が下がってるっ!瘴気が濃くなってきたっ!」
魔物の大群の襲撃。
ハーフエルフの少女は、普段は召使いとして馬車馬のように働かされてきた。
ハーフだから、魔物の森に放逐されないだけ有り難い事なのだと、小さい頃から刷り込まれていたからだ。
そして、有事の際には、エルフの民を守る盾となる。
初めて握らされた剣は重く、ただの革の鎧はとても頼りない。
作戦も指示も何も無い。
ただ、戦って時間を稼げとしか言われない。
似た境遇のハーフエルフたちも、皆虚ろな目で最前線に立たされていた。
逃げても行き先も無い。
従わざるを得ない。
しかし、隣に立っていた男のハーフエルフが喰われ、反対側に居た女のハーフエルフがオークに連れ去られていくのを見て、犯され殺される恐怖を実感する。
それでもどうする事も出来なくて震えていると・・・
「総員退避っ!ミルティーユ様が出られるぞっ!退避しろっ!」
ハーフエルフの少女の心に希望の火が灯る。
見る事すら不敬と言われるハイエルフ。
その尊い方が、自分たちハーフエルフすら守ってくださるのだ。
少女はエルフたちに混ざって逃げようとし・・・
「オマエは残れハーフ。姫様が戦っているのになんで逃げれる?恥を知れ」
肩を強く押され尻もちをつき、罵声を浴びせられて動けなくなった。
頭が空っぽになった。
オークに捕まった。
身体を抑えつけられ、衣服を破かれた。
もう、どうでも良かった。
生まれて来たのが間違いだったのだ。
その間違いが無くなるだけ。
オークのブヒブヒとうるさい笑い声も、自身の・・・エルフたちにだらしない醜いと蔑まれていた・・・身体を乱暴に組み敷かれても何も感じなくなっていた。
その時―――
閃光が走り、爆音が轟く。
爆風になすすべなく吹き飛ばされて地面を転がったが、少女は助かった。
訳も解らずに王都に戻ると、大喝采が起きていた。
(あの人が、魔物をやっつけて私を助けてくれたの?)
その男はハイエルフの姫君を抱きかかえて立っている。
(人間なんだ。私と同じ血が半分入ってるんだ)
路上に捨てられていた、翻訳されていない人間語の絵物語を思い出す。
悪い魔物をやっつけて、お姫様を助けてくれる王子様。
(あの人が、私の王子様・・・?)
ハーフの少女に灯る淡い恋心。
しかし・・・
「ワシは彼を夫に迎える。ワシはこの方と子を成し人間族との同盟の礎とし、さらなるエルフの繁栄に尽力する事を・・・ハイエルフが1人、ミルティーユ・シャーフィーユの名において、エルフ大森林に誓おう」
その声を聞き、絶望する。
彼は王子様だったかも知れないが、自分はお姫様ではなかったのだ。
ただ、それだけの事。
呆然としながらも、生還した以上仕事に戻らなくてはならない。
王城へと続く道をとぼとぼ歩いていると、声をかけられる。
確か、長老集の方々の1人だったはず。
何の疑いもせずに後をついていく。
そして、小さな部屋で小声で命じられる。
「あの人間の男を籠絡して来い。人間ごときにはハーフをあてがえば良いわ。あの男が貴様のような汚らわしい血の者とまぐわう姿を見れば、姫様も正気に戻るだろう」
ハーフの少女は、この時初めて、エルフの神なる胡散臭いモノに全身全霊で感謝の祈りを捧げた。
そして―――
「―――あっ―――」
「無理すんなよ?止めても・・・」
「ソノママ、続ケテ・・・オ願イ・・・」
「・・・わかった」
ミカラに抱かれながら、ハーフの少女は思う。
(勝った。ハイエルフの姫君に勝った)
ミカラの身体を離すまいと、舌を絡め足を絡め、背中に絡めた腕の爪で彼の背中に傷をつける。
(コレは私のモノだ。私の男だ)
例え、古臭い年寄りの陰謀の駒としての扱いであろうと、この機会は神が与えたチャンスだったのだ。
そして、それを自分はモ丿に出来た。
(私のミカラ様)
激しい行為の中、見つめ合う。
「ミカラ様、愛してます・・・」
ミカラはその言葉を受け、少し目線を泳がせる。
が・・・
「俺もだ」
(今、他の女の事考えましたね?)
でも大丈夫。
私は彼をもう、離さない。
名も無きハーフエルフの少女は、ミカラにすべてを捧げるように、ミカラからすべてを奪うように、ミカラからの愛を貪った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます