エルフ蒐集

第17話 エルフ領境界戦線

「右翼第8守備隊より伝令っ!砦にて籠城し戦線を維持するとの事っ!」


「救援に向かわせろっ!孤立すれば嬲り殺しじゃぞっ!」


「送れる部隊がありませんっ!間もなく正面も突破されますっ!」


「くっ!覚悟を決める時か―――」


魔族の領域との境界を守る総司令官ミルティーユ・シャーフィーユが、悔しげに呟く。

ミルティーユはエルフの王族、いわゆるハイエルフと呼ばれている存在だ。

その脈々と続いてきた血も、自分で最後かも知れない。

寿命が長く妊娠し難いエルフ。

そしてハイエルフはさらに長命で、結婚出産の概念自体が薄い

そもそも死が遠い存在なので、命を育む理由に乏しい。


(それがこんなカタチで裏目に出るとはのぉ・・・)


あるいは人間の王族なら、子供を逃がすなどの対処法が取れた。

ミルティーユには子供はいない。

そして彼女こそが1番年若いハイエルフだ。

彼女と同世代のハイエルフたちも、別の戦地にて苦戦を強いられている。

彼女たちより上の世代のハイエルフたちは皆、肉体を捨て去り魂だけの存在・・・つまり精霊化してエルフの大森林に溶け込んでいる。

大森林が在る限り彼等ハイエルフに真の滅びはこない。

しかし・・・


(森とともに生き、森とともに滅ぶもまた本望―――じゃが、こんな終わりで良いのか?)


魔族からの侵攻によりエルフ領がどんどん侵蝕されている。

樹木系の魔物が増殖し、ゴブリンやオークなどの低俗な魔物の巣穴が作られる。

このまま大森林が魔の森と化せば、森と同化しているハイエルフたちもまた滅びる。


「・・・人間からの援軍は?」


ミルティーユがダメ元で訊いてみる。


「・・・ありません。派兵の条件はエルフ領の割譲と、ミスリル鉱山の権利移譲他、要求がいささか大き過ぎます・・・飲める訳がないです 」


「人間の国はひとつではないじゃろう」


ミルティーユが力無く呟く。

部下が言い難そうにそれに応える。


「酷いところでは、エルフ領の避難民を・・・奴隷としてなら受け入れてやる、などと―――」


「もうよいっ!」


ミルティーユが机を拳で叩く。

エルフ領は魔族領と人間領との間に挟まれている。

足元を見たくなる気持ちも理解できるが・・・


「魔族がエルフを滅ぼしたら次は人間じゃぞ?それが解らぬほど愚かなのか?いや、前回の魔王討伐で気が大きくなっておるな?・・・エルフ無しで魔王を倒したものな・・・」


彼女の感覚で言えばついこの間、人間を中心とした他種族連合軍が魔王城まで攻め込み魔王を討ち取った。

エルフも参戦しなかった訳ではないのだが、直接戦ったのは人間たちだ。

魔族は人間だけで対処できると考えても仕方無い。

それもあって、魔族の脅威よりもエルフを利用する事に天秤が傾いているのだろう。

総司令官は大きく深く溜め息を吐くと、部下たちに告げる。


「総員退避せよ。ワシが出る」










「大樹よ!その幹と枝で邪悪なるモノを打て!葉と花弁で魔なるモノを切り刻め!」


ハイエルフの精霊魔術がエルフ大森林の植物を操る。

木や草や花は、まるで自らの意思で動くかのように、テリトリーに侵入した魔物たちを駆逐していく。


「我こそはエルフ大森林の最大戦力。ハイエルフなり。魔族の尖兵どもよ、尽く滅ぼしてくれよう」


ミルティーユ1人で万のエルフの戦力に足る存在。

そして、エルフたちの精神的支柱でもある。


(ワシがここで死ねば、エルフの民は総崩れになる)


同世代のハイエルフの中で最も精霊魔術に長けているのが彼女だ。

彼女が勝てないならば、もはやエルフたちに勝ち筋は無い。

死ねない。

しかし退けない。

勝たなければならない。

しかし・・・


「ぐっ!臭いっ!なんだこの匂いは―――」


瘴気。

そう呼ばれる魔界の空気。


(まさかっ!ここまで攻め込まれて?・・・いや、しまった!)


ミルティーユが気づく。

かなり遠距離ではあるが、自分の周囲が取り囲まれている事に。

単騎で戦っていればいずれは孤立するのは解っていたが・・・


(取り囲まれるのが速いっ!有能な指揮官がいるのかっ?まさか魔族・・・?逃げなければっ!瘴気の満ちた森ではワシには精霊の力が―――)


「げはっ!?」


突然、腹に衝撃を受けて総司令官が転がる。

泥に塗れながら転がり上を見上げる。


(まさか!魔族―――)


魔族、ではなかった。

ただのオークだ。

駆け出しの冒険者でも倒せるぐらいの、低級の魔物。

オークはブヒブヒと鼻息荒く、ミルティーユの足を持って宙に釣り上げる。


「離せっ!下等な魔物風情がっ!」


ミルティーユが掌を振るう。

これだけで、低級な魔物ならば細切れに出来たはず。

しかし・・・


「精霊魔術がっ!・・・使えぬっ!?」


エルフ族の操る精霊魔術は非常に強大だ。

大自然、森羅万象に満ちている魔力を操るのだ。

人間の魔術とは比較にならない。

しかし、万能で無敵なもの等は存在しない。

精霊魔術には弱点もある。

それは、精霊が居なければ魔術が使えない事だ。

極端な話だが、海に落ちたとしても、水の精霊を操って脱出はできる。

だが、炎の魔術で海水を蒸発させたり、土を生み出して足場を作る事はできない。

ミルティーユの周囲には、今は魔界の瘴気が満ち満ちている。

彼女の呼び声に応える精霊は、存在しない。


ビリッ!


「やめ、やめよっ!」


オークは、ミルティーユが装備している精霊の加護を得ている鎧を難無く剥ぎ取る。

精霊の加護が無ければ、ただの革と木で出来た胸当てくらいの装備品だからだ。


(本来なら、こんな、こんな豚なんぞ触る事すらできぬはずなのに―――っ!)


オークはミルティーユの衣服をビリビリと剥ぎ取ると、吐き気をもよおす生臭い息を吐きながら、己の下半身の一物を屹立させる。


「―――ひっ」


ミルティーユの背筋が凍る。

齢数百年。

ハイエルフとして生きてきて、恋や愛と言うものを知らない。

生殖行為の知識はあるが、人間や動物等の交配手段くらいの認識だ。

つまり・・・


「やめよっ!やめっ・・・やめて・・・」


ミルティーユが力いっぱい抵抗しても、オークの膂力には到底抗えない。

ミルティーユの下半身にソレが押し当てられる。


「いっ!嫌じゃっ!」


魔族に敗れ、配下の魔物に喰い殺される覚悟はしてきた。

しかし、人間の娘のようにか弱くされたうえで、醜い豚に犯され、魔物の子種を孕む事は想像していなかった。

オークやゴブリンに犯され妊娠したエルフの話は聞いた事がある。

しかし、ハイエルフの話は聞かない。

まさか、自分がその第一号になるなど考えもしていなかった。


「だっ・・・誰か―――たす、けて・・・っ」


ミルティーユは虚空に向かって呟くように助けを求める。

助けなど来ない。

ここは、魔族が拡張した瘴気の領域。

エルフの精霊魔術は使えない。

そもそも、ハイエルフである彼女が1番強いのだ。

彼女を助けてくれる者など、居る訳がない。


「神よ。エルフの神よ―――」


エルフが信仰するのは大自然そのもの。

その大自然の掟は弱肉強食。


(わしは、みすてられたのか?)


ミルティーユの周りにはいつの間にか多数のオークやゴブリンたちが集まっていた。

ああ、きっと順番待ちなのだろう。

ハイエルフである彼女は、生命力が強い。

きっと延々と犯されても死ぬ事はできない。

魔物の子を孕んで産まされるだけの苗床にされてしまうだろう。


(こんな、こんな最期を迎えるために―――何百年も生きてきたのか―――?)


ミルティーユは自分が泣いている事に気づく。

低級の魔物に、やめてくださいお願いしますと哀願していた事に気づく。


(・・・人間の商人から買った絵物語には、人間の英雄の話がたくさんあった)


オークが乱暴に彼女の胸を掴み、血が出る。

頭をゴブリンに掴まれ、汚らしい一物を咥えさせられそうになる。


(・・・お姫様の危機に現れ、魔物を倒す、王子様―――)


ミルティーユの意識が現実逃避を始める。

ハイエルフの奥の手である精霊化も、周りが瘴気に包まれていては行えない。

肉体を捨て去り高次の存在に成って逃げ切る事もできない。


(・・・―――・・・)


ミルティーユの意識が完全に閉ざされる――――


ヴォン!


突如、エルフ大森林の上空に暗黒の球体が現れる。

圧倒的な闇の魔力。


(嘘じゃろう?これ以上、ワシに絶望を与えるつもりか?)


あまりに強大な暗黒の魔力に当てられ、ミルティーユの意識が少しだけ正気に戻る。


(まさか、魔族?・・・そうか、ハイエルフがオークやゴブリンに犯され孕まされる様でも見物に来たのか?)


ミルティーユは魔族と直接遭遇した事はあまりないが、これほどの闇の魔力はかつて経験した事はない。

間違いなく魔の者であろう。

オークやゴブリンたちも突然の魔族の出現に狼狽えたのか、ミルティーユを放って右往左往している。

この性欲獣欲の塊どもでも、犯せる女より命の方が大切らしい。

魔族は彼等の上位種であっても庇護者ではないのだ。

気まぐれに手慰みに殺される。

その漆黒の丸い闇は徐々に徐々にその大きさを増していく。

太陽の光が吸い込まれていき、肉眼では遠いのか近いのか判然としない。

今はどのみち無理だが、エルフ特有の精霊知覚能力でも全容が掴めないだろう。

平面的な円なのか、立体的な球体なのか?

そして、その黒い闇から何かが生まれようとしている。


(来る)


始めに光があった。


(闇から光?)


ミルティーユがその違和感を考察する前に、その光の正体がわかる。 

凄まじい光は攻撃魔術であった。

ハイエルフの知る穏やかな太陽の光とは違う。

すべてを破壊する光の奔流。


ズバァッ!!!


その光は轟音とともに放たれ、瘴気渦巻く魔の森を焼き、進軍してきていた魔物の群れも容赦無く焼き払う。

どれだけの規模の威力なのかはわからないが、遠くにある山の山頂が光に当たって消し飛ぶのが見えた。

瘴気が晴れ、精霊の力が流れてくる。

これで彼女が魔物に襲われることなどはない。

そもそも、あの光がオークやゴブリンどもを一掃し、生き残りも散り散りに逃げていく。


(―――なんじゃ?魔族が・・・魔物の大群を・・・倒した?のか?)


予想もしない異常事態に動揺する。

過去には友好的な魔族も居たと聞く。

エルフや人間とも関わりを持ったとのこと。

しかし・・・


(―――味方?そんな訳ないの。奴等魔族はエルフも人間も、同系統の魔物ですら下に見ておる。こちら側に顕現した時、たまたま足下に居た虫を踏み潰しただけなのじゃろう・・・)


希望は持ちたくない。

魔族にもしも捕まれば、先程よりもおぞましい末路を辿る事になるはずだ。

助かったなどとは思えない。


ゾクリッ


と、ミルティーユの全身の産毛が逆立つ。

空にあった暗黒の球体は消えていた。

目の前には、圧倒的な闇の魔力を持つ者が立っている。

濃い闇の魔力に精霊知覚能力がやられ、直視できない。

ガタガタと身体が震える。

恐怖しかない。

精霊化どころか、精霊魔術を使う隙さえないだろう。

自分が裸同然の姿でいる事など構っていられない。

もしかしたら失禁もしているかも知れない。

根源的な恐怖がミルティーユを襲う。


(死ぬ。死ぬ。殺される死にたくない助けてたすけ・・・)


ミルティーユが死や絶望を意識したその時・・・


バサリッ


「―――え?」


彼女の肩に、焼け焦げ煤けて血にも汚れたボロボロの上着がかぶせられる。


「なっ・・・!?」


彼女が振り仰ぐと、闇はいつの間にか晴れていた。

闇の魔力を纏っていたその者は、彼女の頭をなでりなでりと優しく強く、がっしりとなでる。


「なななななななっ!?」


ハイエルフとして、エルフたちの長として過ごしてきた数百年。

年若いエルフの子供たちの頭をなでる事は数あれど、誰かになでなでされた事など記憶にあまりない。


「あ・・・ 」


ミルティーユがその男を正面から見る。

太陽の光を浴びて、こちらを安心させるように微笑んでいる血まみれの男からは、先程までの闇の魔力は感じない。


ドクン


と、ミルティーユの胸が高鳴る。


(こん、こんな事・・・あるのか?)


魔物に囲まれ、犯され汚される寸前に、間一髪で誰かに助けてもらう事など。


(に、人間?)


その男はどうやら人間らしい。

エルフの男性よりも太くがっしりとした体つき。

魔物たちを倒したために負ったであろう身体の切り傷や火傷の跡。

上着をミルティーユにあげてしまったために露わになる、胸から腹への素肌。

ミルティーユの鼓動が早まる。

まるで病にでもなったかのようだ。 

エルフ領境界戦線防衛軍最高総司令官。


「おっ―――」


エルフ王族ハイエルフ。

つまり・・・


「おうっ」


エルフのお姫様、ミルティーユ・シャーフィーユが・・・


「王子様・・・?」


突然現れた人間の男に、恋に堕ちた。

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