第14話 戦闘

ミカラはアナにキスをし―――


(『結界』)


アナの体内に結界を張り、ダンジョンの魔力吸収を防ぐ。


(よし、成功。お次は『記憶解析』)


直近のクッコロたちの戦闘に関する情報を吸い上げる。

頭の中に先程の、見事な連携を行う4人の映像が流れる。


(ふむ。アナには一回さわりだが『暗示』かけた事あるし、何より何度も何日も抱いてたからなぁ。魔術の効きが良いぞー)


正直ユノよりも魔術の効きは良い。

しかし、戦闘能力が無いので、バフしてもあまり意味は無いが。


「んむ〜〜〜!?」


ミカラが唇を通して魔術をかけてるなど露ほども知らぬアナはパニックになる。


(なになになになになんなの〜〜〜?)


ミカラがさらに貪るように舌を絡めてくる。

状況が状況でなければ受け入れるのもやぶさかではないが、はっきり言ってそんな事を・・・


(してる場合じゃないでしょっ!)


アナがミカラの胸を突き飛ばそうとするが・・・


(!!!)


ミカラに腕を捕まれガッチリホールドされ、逃げれない状態でさらにディープなキスをされる。

戦闘の緊張が高まるわずかな間、しかしアナには長く長く続いた一瞬。


「ぷはっ!はぁっはぁっ・・・」


ミカラから解放されぐったりするアナ。

元々抱っこされてるが完全に腰が砕けた。


「もぉ、何で、こんなことを・・・」


気持ちも考えもぐちゃぐちゃだ。

焦がれていた男から出会い頭に情熱的なキスをされ続け、頭がおかしくなりそうだ。

顔が熱く動悸も激しい。


(そんなに・・・私としたいの?)


アナの心に歓喜と期待が満ちる。


「・・・ぅれしぃ・・・」


時と状況を無視して完全にメスの顔にされてしまう鑑定士。

そこへ・・・


「見せつけてくれますね?」


「おっと」


狂騎士クッコロの持つ大剣が二筋の閃光となり襲いかかってくる。

どう考えても、ミカラごとアナをも両断する剣筋だ。

戦う前に少しは何か申し開きでも聞こうと思ったがもういい。

言動が怪しかったが、やはりアナはミカラに愛されていたのだ。

それも深く深く。

この自分が剣を向けても歯牙にもかけずに口づけを交わすほどに。


「斬る。必ず―――」


ミカラは難無く躱しているが、アナの冷や汗が止まらない。


「女神様は貴方のすべてを許したもう」


「うきゃああああっ!」


ピオニーのモーニングスターが振るわれ、ミカラはスウェーでかわす。

とげとげのついた鉄球がアナの顔面すれすれを通り過ぎる。


(ひぃぃぃぃっ!?気のせいじゃないわよねっ!?二人とも私の方狙ってないっ!?)


「んお?あぶねっ」


そしてそれとは別にゴーレムから光線が放たれてくる。

頭に血が昇っていようとも、クッコロもピオニーもその場をさっと離れる。

光が床を爆砕し、足場が乱れる。


「ひぅっ!?」


突然ミカラがアナにナイフを向けた。


「え?え?なに?」


「ちぇー」

 

瓦礫の陰からこちらを覗いていたスノウがぶーたれている。

アナは気づく。

今ミカラはアナにナイフを向けたのではなく、スノウがアナに投げたナイフを受け止めたのだと。


「ミカラぁぁああああああっ!」


アテゥーマが裂帛の気合いを込めて吠える。


「ようやく会えたわね。あの時果たされなかった約束の決闘を今こそ―――」


アテゥーマが決意のこもった視線を向けてミカラを見やると・・・


「すぅーはぁーすぅーはぁー。うむ、久しぶりのアナの香りだ。汗臭いのがアクセントやね、最高」


「やめてってばこのスケベっ!」


ミカラがお姫様抱っこしてるアナの胸というか腹のあたりに顔を埋めていた。

その光景を見たアテゥーマの視界が真っ赤に染まる。


「ぷにぷにしてて柔らかくて好き」


その言葉にハッとする他4人。

自分の腹をまさぐってみる。

クッコロもピオニーもスノウも、特に丹念に鍛えてるアテゥーマなど、きっちりがっちり腹筋が割れている。


「お腹が出てるって言いたいの!?」


一方のアナは真っ赤になってミカラをぽかぽか殴る。


「ミ、ミカラさん、わ、私のお腹もやわらかいですよ?」


「使徒ミカラより啓示あり。私はこれからご飯たくさん食べます」


クッコロとピオニーは鍛え方が常人とは違うので、恐らく食べた分だけ筋肉になるだろう。


キィィィィィィィィッ!


ゴーレムがまた光を放とうとしている。

が―――


「さっきからっ!」


「うるさいですっ!」


クッコロとピオニーがゴーレムの足を斬り砕く。

ゴーレムは仰向けに倒れ、放たれた光線が天井を貫通していく。

さっきほどではないが、瓦礫が落下し周囲がもうもうとした土煙で満ちる。

その煙幕を抜けて、アテゥーマが踏み込んでくる。


「ふっ!」


小さな町の武道大会ではないのだ。

外の世界でミカラに挑めば魔術を使われ手も足も出ないというかすぐさまトンズラされるだろう。

今、この魔術封じの古代遺跡での戦いがミカラに勝てる千載一遇のチャンス。

お荷物を抱えて、他3人の女やゴーレムからの攻撃をいなしながらの戦い。

これで負ければもう言い訳のしようも無い。

ミカラは強者で、自分は弱者なのだ。


「覚悟っ!」


己のプライドと人生をかけた一撃。

一瞬、ミカラと目が合う。

ミカラがふと呟く・・・不思議そうに。


「・・・お前さん、誰だっけ?」


「ぶっ潰す!!!」


アテゥーマは弾丸のように駆け抜け間合いを詰め、ミカラが抱き上げているアナへと掌底を放つ。

狙いは浸透勁のひとつ。

アナに当てた衝撃を貫通させミカラへと届かせる技。

しかし、ミカラは動じない。


「その技は―――」


あの蛇のようにねっとりと絡んでくる女の身体を思い出す。


「―――ゾラから教わったぜ」


浸透勁は魔術でなく体術のひとつ。

魔術封じのダンジョンでも戦闘に組み込める。


(その体勢でどうやって勁を放つつもりっ!?女を抱き上げたまま私との決闘を果たそうなどっ!そのふざけた態度ごと砕いてあげるっ!!!)


しかし・・・


「―――返し方をな」


ミカラはアナを抱きかかえたままそのまま軸足の踵のみで立ち、独楽のように高速で回転。

アナが急激にかかる遠心力に目を回しかける。

そして―――


ズンッ!


震脚。

力強い踏み込みが石畳を砕く。

アテゥーマの迫りくる掌底に向かって、ミカラの背中が突き出された。

アテゥーマの掌がミカラの背中に触れ・・・


「ぐはっ―――!?」


アテゥーマが吹き飛ぶ。

自ら放った浸透勁の力も合わせてミカラに跳ね返され、そのまま壁際まで吹き飛ばされたのだ。


「あうっ!?」


受け身すら取れずに背中から石壁に叩きつけられ、息が詰まる。


「あの時より強く美しくなったなアテゥーマ。俺があまりお前さんに興味持たなかったのは、お前さんが自分自身で己の才能を磨き上げてる女だったからだよ」


一応それはミカラからしたら最大の賛辞にはなるのだ。

自分を必要としない、才を己の力で見極め研ぎ澄ます者を、ミカラは尊敬する。

それとは別に、安い挑発に引っかかる正直な性格ではミカラに勝てるはずがない。

卑怯者、臆病者と言われようが、戦闘そのものに拘りの無いミカラには痛くも痒くもないのだから。


「―――ずるぃ・・・わ・・・」


アテゥーマは、ミカラが目の前で他の女と口づけしてるのを見て、信じられないくらい頭に血が昇ってしまった。

脳筋アテゥーマにも微かにあった、女としての嫉妬や独占欲といった女の一面。

しかしそんな男から、オマエにオレは必要無いと言われ、アテゥーマは失意のまま意識を失う。


「アテゥーマ・・・わっ!?」


ミカラが突然激しく動き、アナはがくがくと揺らされる。


「さっすが師匠〜」


スノウが音もなく近寄っており、2本のナイフで攻撃してきたのだ。

銀光が宙に軌跡を引く。

しかしすべてミカラは躱しきる。


「お前さんの攻撃はすべて急所を的確に狙い過ぎる」


今のミカラの弱点はどう考えてもアナだ。

故に、アナを狙うスノウの攻撃は予想しやすい。

それに・・・


(スノウにしろ他の3人にしろ、アナを狙う攻撃に躊躇がある。それが隙になる)


アナから情報を抜き出した後、わざわざお姫様抱っこしたまま戦っていたのにはいくつか理由がある。

ひとつは単純に安全のため。

4人の女だけならともかく、あのゴーレムの光は容赦無くアナも巻き込んでくるだろう。

もうひとつは挑発目的。

ミカラに執着して追いかけてきてる女どもの目の前で、他の女とイチャコラベロチューする事でむちゃくちゃ煽る事。

ミカラを力で手に入れようとしてくる脳筋どもに対して、1番非力な女をベタベタ甘やかす事で本人たちのアイデンティティーをぐらつかせる。

さらにもうひとつは・・・アナの記憶から見た5人の信頼関係に起因する。

まともに同性の友人を作れてこれなかったクッコロたちには、このパーティーは初めての女友達であろう。

そんな彼女たちがアナに本気で攻撃できるはずがない。

アナはミカラの弱点である以上に、彼女たちにとっても弱点なのだ。

すなわち、ミカラがアナをお姫様抱っこしてちゅっちゅしながら戦うのが、この場における最も合理的且つ有効的な作戦なのであった。


「いや〜マジで助かってるぜアナ。男を支えてくれる女は最高だね。愛してるぜ」


ミカラが再びアナにキスをする。


「くっ!いけしゃあしゃあとよく言う・・・」


(私の事も、あっさり置いていったくせに・・・)


ミカラの軽口に顔をしかめるが、アナは抵抗するどころか自ら目を瞑り唇を差し出す。

今この場にて、ミカラの腕の中ほど安全な場所は無いのだから。

そのアナとミカラの口づけを見て、スノウが寂しそうに言う。


「師匠は・・・私のお腹がぷにぷにしてないから・・・私を置いていったの?」


スノウは微かに腹筋が割れている、痩せ型で細身小柄な自分のお腹をなでる。

そして微笑む。


「師匠の倒し方―――わかっちゃった」


くすくす笑う。

暗殺者としての勘ではない。

女としての直感。


「これなら、どうかな?」


スノウが自らのナイフを胸に向けて、渾身の力で刺し込む。


ガシッ


「―――スノウ、今の読みは良かったぞ。焦った」


一瞬で間合いを詰めたミカラがスノウの手を止めていた。

先程ミカラが居た場所にはアナだけが取り残されており、びっくりした顔をこっちに向けている。

スノウが笑う。


「えへへ。師匠の意表を突けましたし、アナから師匠を盗れました〜」


「ああ、そうだな。盗賊としては優秀だぜ」


ミカラに褒められスノウがはにかんで笑う。

その後ろ手にもう一本のナイフを隠して。

しかしそのナイフがミカラに向けられる事は無かった。


「だが、俺の大切な女に刃を向けた罰だ」


「え?―――んむっ!?」


ミカラはスノウを抱き寄せ、そのまま唇を奪う。

突然の事にびっくりするスノウだが、頬を赤らめ目を瞑り・・・ミカラを受け入れる。

頭をなでられうっとりし、身体の力が抜けていく。


(大切な女・・・それってアナの事?私のこ・・・

と―――?―――)


カランとナイフが床に落ちる。

そしてスノウはそのまま意識を失った。

『結界』からの『睡眠』のコンボ魔術だ。

もちろん、スノウとの間にあった関係性がないと効き目は薄かったろう。

スノウは、ミカラに頭をなでられて眠る事に幸福感を感じていたからだ。


「暗殺者としては失格だが・・・それでいい」


ミカラはスノウを抱えて移動し、アナに託す。


「壁際に下がっててくれ。スノウを頼む」


「ミカラ?」


ミカラは首をコキコキ鳴らすと背後を振り返る。


「タフだな。狂騎士、破壊僧侶」


そこには、アナがこのメンバー全員でも撃破困難と判断したゴーレムの残骸が散らばっていた。

2人で魔石持ちゴーレムを片付けたのだ。

胸の魔石が真っ二つに割れて粉々になっている。

魔石のドロップを見込まないなら魔石を破壊するのが1番速く確実な倒し方だ。

とはいえやれるかどうかは別の話。

アテゥーマやスノウも弱い訳ではないが、この2人は一枚格が上がる。


(あーあ、戦いながら強くなってら。さっきまでとは違うな?)


中衛のサポート職であるミカラは、戦闘をする場合はバフやデバフを駆使する。

向こうも魔術は使えないが、より不利なのはこちらだろう。

手強い。


「俺は楽して生きてきたいだけなんだけどなぁ」


ミカラがぼやくと、クッコロがにこにこしながら応える。


「ミカラさん、ならどうでしょう?カナラーズ家に来ませんか?お金にも・・・多少の火遊び程度なら・・・女にも不自由させませんよ?私が当主となりますから、ミカラさんはたまに働いてくれればいいです。子供はたくさん欲しいです。キスもたくさんしてください」


(そういやアナにキスするたんびに、ゴーレム斬り刻んでるクッコロから凄まじい熱視線来てたな)


ピオニーも負けじと、なんか早口で喋り出す。


「使徒ミカラ様。私は女神現人神説を推します。女神様のモデルとなった女性は恋多き方だったようで、中には働かずに彼女が生活基盤のすべてを支えた男性も居たらしく・・・有り体に言えばヒモでした。女神様がヒモを飼ってたとか、女神最上の過激派に聞かれたら異端審問行きですが、私は全ての解釈に寛容です。それでいきましょう。私が使徒ミカラ様を飼います。大切にします。最後まで面倒見ますから拾っていいですよね?ね?ねぇぇぇぇ?」


モーニングスターをぶんぶか振り回してなんか怖い事を言うておる。

しかしミカラはその2人に対して―――


「悪ぃな。俺、束縛されんの嫌いなんよ」


軽薄そうに笑いながら言い放つ。


・・・ ズシン・・・ ズシン・・・ズシン


ダンジョンの奥から足音が響く。

ゴーレムは、魔術により生み出されし存在。

アレはガーディアン。

ガーディアンが・・・


「さっきの一匹なわけねぇよなぁ」


現れたさらに3体のゴーレムに向かい、ミカラが走り出す。

そのミカラにクッコロとピオニーが駆け寄り、左右から挟んで剣と鉄球を振り下ろした。


第2ラウンド、開始っ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る