第13話 魔石持ち
「ではみんなの目的を整理しましょう」
古代遺跡を進む5人の女たち。
「私はミカラさんと再びパーティーを組む事でしょうか。彼の支援無しでも十分戦えますが、彼のサポートがあれば私はもっと戦えます」
(―――もちろんパーティーは2人だけです。彼の支援を受けるのは私だけです。それこそ、2人でこの古代遺跡ダンジョンを初踏破すれば箔も付きます。爵位も得られるかも。さすればカナラーズ家のお歴々も納得するでしょう・・・しなければあのお年寄りたちを斬るしかなくなりますが―――)
狂騎士クッコロが合いも変わらずにこにこと先陣を斬る。
舞い込む縁談、既成事実を作ろうと襲ってくる・・・返り討ちにしたが・・・貴族の御曹司。
重く伸し掛かる家名、宿命、運命など・・・2人で斬り開けばいいのだ。
物理的に。
「私も同じです。使徒ミカラ様のお導きこそ、我が信仰の標となります。私は僧侶として、女神様の歩んだ苦難と試練の道を辿らなければなりません」
(女神様とは・・・実在した歴史上の人物を神格化したという説を推す宗派もあります。一方ではそれは女神様が下界にて受肉したに過ぎない説とか・・・まぁそれはともかく。女神様は紆余曲折を経て1人の男性を愛した。私はその教えに殉ずるのみ)
破壊僧侶ピオニーは、解釈違いの信仰もまた受け入れる寛容さを持つ。
女神様が実はただの1人の女で、男を愛して子を成したのなら自らもまたそうするべきである。
「あはっ。私も同じだね〜。師匠とまた一緒に冒険したいだけだよーーー!」
(もちろん寝る時も一緒、お風呂も一緒は決定事項ね。師匠に髪を撫でられた感触、未だに忘れられないよ〜〜〜)
暗殺盗賊スノウが朗らかに語る。
師匠がいればどんな相手も殺せる。
だけれどあの時、自分を見るミカラの眼差しが寂しそうだった。
悲しそうだった。
ああ、あんな目をさせる相手は自分が殺してみせるのに。
「私は、ミカラと戦いたい・・・けど、正直今は勝てる気がしないわ。そうね、パーティーを組んで冒険者になるのもいいかしらね。弟子入りなんて柄じゃないけど、側に居れば盗める技もあるでしょうし」
(ゾラのヤツが言ってた事は本当かしら?ミカラとまぐわれば強くなれるの?うぅ、名実ともに姉妹になるのは業腹だけど・・・背に腹は代えられない。ミカラを倒して力づくでモノにするもよし、ミカラが私を倒して私の身体を自由にするもよし)
武道家アテゥーマは根本的なところは脳筋である。
幼い頃から強く、特別だった。
しかしミカラが現れ自身の弱さを知り、世界の広さを知り外界へと出てみた。
・・・が、ミカラほどの強者はいなかった。
脳筋らしくアテゥーマは決めていた。
初めてを捧げるなら自分よりも強い男でなければならない、と。
「私も・・・かしらね。パーティー組んで、一緒に冒険する。きっと楽しいわよね・・・」
(―――んんっ。くっ・・・もぉ、思い出しちゃったじゃないの・・・あいつめ・・・ほんと責任取りなさいよ―――)
鑑定士アナがミカラとの愛欲にまみれた日々を思い出す。
仕事もせずに朝から晩まで、して過ごした。
鑑定士としてのミカラへの興味は、彼への愛がすぐに凌駕した。
甘えさせられ甘えられ、腕に抱えられて眠る幸せに胸に抱いて眠る幸せ。
あの悦びを知ってしまってはもう抜け出せない。
「では、みんなの目的はミカラさんとパーティーを組む・・・で間違いない・・・ですね」
クッコロのまとめに皆一様に頷く。
本音と建前は見事に一致している。
―――どうやってこの連中を出し抜けるか?―――
このパーティーの意思はかつてないほどに統一されていた。
あの逃げ足の速いミカラを協力して捕まえ、尚且つこの一筋縄にいかない仲間たちをどう蹴落としてみせるか?
女たちは笑顔の下で火花を散らす。
そんな折に・・・
「むっ!なんか近づいて来てるよ?」
スノウがナイフを両手に逆手持ちにして警戒する。
ズシン・・・ズシン!
地響きをさせて歩いてくる巨体。
「ゴーレム?」
それが姿を現す。
ピオニーがモーニングスターを構えて首を傾げる。
彼女の得物は岩など簡単に粉々にできる。
しかし・・・
(なんでしょう?踏み込めない・・・)
女神の導きか冒険者の勘か、彼女は先制攻撃を躊躇する。
それは、一般的にゴーレムと言われる魔物であった。
石造りで出来ているストーンゴーレム。
この石で出来てる古代遺跡にはピッタリな魔物ではある。
「ん、強そうね」
アテゥーマが呼吸を整えて構えを取る。
岩をも砕く拳を持つはずのアテゥーマの眉間にシワが寄る。
アレを砕けるイメージが湧かない。
「魔石持ちよっ!気をつけてっ!」
アナが叫ぶ。
そのゴーレムの胸には不思議な輝きを持つ石が埋め込まれていた。
ゴーレムのサイズで考えると拳大くらいの大きさだ。
もしも無傷で取り出せたならば一抱えはあるだろう。
大物だ。
「魔石持ちって?」
ダンジョン攻略など初めてのアテゥーマが訊いてくる。
「魔石ってのは、名の通り魔力の宿った結晶体よ。
それを核にして動く魔物を魔石持ちと呼ぶの。魔石を取り込んでいる心臓部を破壊しなければダメージを与えても身体は再生する。ダメージを与え続ければいずれは魔石の内包する魔力が枯渇して撃破できるけど、それをすると魔石をドロップできない。
何より、効率が悪過ぎるわ」
もしも核となっている魔石が自律して魔力を回復できるのなら、汲めども尽きぬ泉と同じだ。
そんなものを削り殺すのは、コップで湧き水の出る泉を涸らそうとするようなものである。
「でもさ、コレ倒さないと先進めないでしょ?弱点晒してくれてるんだし、あの魔石を壊せばいいんだよね?」
そう言いつつもスノウも攻めあぐねている。
ミカラから教わった急所を見抜く勘が、目の前のゴーレムに対しては働かない。
殺せる道筋が見えない。
他の3人も常と違い無闇に突っ込んでいかずに様子を見ている。
「それはそうだけど・・・」
アナは違和感を感じる。
構造的に見て、恐らく魔石の裏側に心臓部があるのだろう。
(・・・これは撤退しないとまずいかも・・・)
心臓部を破壊するには魔石を壊さなければならない。
しかし、逆に言えば魔石を奪い取ってしまえば事足りる。
(―――何故?)
あの魔石持ちは自らの弱点を晒して―――
キィィィィィィィィィィィッ!
ゴーレムの胸の魔石が光輝いていく。
「いけないっ!」
アナの顔の血の気が引く。
「みんか避け―――」
ゴンッ!
轟音とともに、ゴーレムの胸の魔石から光が放たれる。
光は真っ直ぐに伸びて軌道上の全てを貫く。
アナたち5人は直撃は避けたものの余波で吹き飛ばされる。
「嘘でしょ・・・?」
背後の壁に大穴が開いている。
背の高いゴーレムが地上に居る5人に向けて光を放ったため、壁に対してやや斜めに攻撃が当たったようである。
しかし、いったい何処まで貫通しているのか。
穴の奥は黒く深く、底が見えない。
「みんなっ!撤退よっ!コレは倒せないわっ!」
魔術やマジックアイテムさえ使えればまだ戦略の立てようもあった。
あの光を放つ時に『防壁』の魔術で防ぐ。
『強化』バフをかけて攻撃力を上げる。
『弱体化』デバフで相手の防御力を下げる。
これだけで大分楽になる。
しかし、この魔術封じのダンジョンではそれも出来ない。
(くっ!どのみち使えないから持って来てないけど
『脱出』の魔術があればっ!!!)
地上へと転移する『脱出』のスクロール。
上級冒険者には必須の高級マジックアイテム。
系統は『闇』魔術。
好きなところに転移する事は出来ないが、あらかじめ特定している座標を目指して空間を移動できる。
だがその『脱出』による魔術も万能ではない。
使用可能人数は1名。
パーティーが多ければ多いほど『脱出』のスクロールが必要になる。
高位の『闇』魔術の使い手がいればその問題も解決しそうだが、魔力消費が半端ではなく負担がデカい。
そもそもその魔術師が死んだら詰む。
あとは装備品や背負ったり抱き締めてる物くらいしか術式効果範囲が無いので、苦労してゲットしたお宝の数々を泣く泣く手放す事になる。
そして、この魔術封じの古代遺跡のように、閉ざされた空間がスクロールの効果を打ち消したりする。
特にダンジョンボスの部屋などはそのパターンがよくある。
ピンチに陥ったからってスクロールを開いてもなんの効果も発揮しない場合もあるのだ。
未熟な者は粗悪品を掴まされたりもする。
粗悪品どころか偽物もよく出回っている。
何故なら持ち主が使用不可だと気づくのは窮地に陥った時。
死んだ者はクレームをつけに来ない。
(私なら偽物なんて『鑑定』で見破れるし5人分のスクロールなんて簡単に用意できるのにっ・・・!)
アナが歯噛みする。
情報不足は準備不足の言い訳にならない。
「私が殿を務めます。皆は撤退を」
クッコロが大剣を二刀流に構える。
その構えが通常とは異なる事に、仲間たちが気づく。
剣のみとはいえ、防御の型、守りの型である。
攻撃力においてパーティー随一を誇る狂騎士が・・・眼前の敵を『斬れない』と判断している。
(ミカラさんの支援があればあるいは・・・いえ、詮無き事ですね)
魔物を斬り殺すのにハマッてようと騎士は騎士。
彼女は仲間たちを助けるために死地へ赴く。
しかし――――
「あのさー1人でカッコつけないでよね」
スノウがクッコロの横に並ぶ。
「女神様は誰一人見捨てません」
ピオニーがさらに並ぶ。
「1人であんなの相手に出来る訳ないでしょ?」
アテゥーマが笑いかける。
「皆さん・・・わかりました。勝ちましょう」
クッコロがいつものにこにこ顔でなく、心からの笑顔を見せた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
クッコロの剣がゴーレムの腕を切り刻む。
石造りの腕はガラガラと崩れ去り―――
ガキンッ!
瞬時に再生する。
(速いっ!?)
「せいっ!」
ピオニーがゴーレムの胸元にモーニングスターを振り下ろす。
魔石には傷一つつかないが、周囲の石が壊され、まるで眼球が飛び出したみたいに魔石がこぼれ落ちる。
魔石は床から少し上くらいまでに垂れ下がってぶらんと揺れる。
魔石には細い管が繋がっており、それが恐らくはゴーレムの心臓部に繋がっているはずだ。
「隙ありゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!・・・ありゃ?」
魔石に繋がる細い管に一撃を見舞うスノウ。
だがその刃はアッサリと弾き返される。
「危ないっ!」
スノウの目の前で光輝き出した魔石から光の奔流が放たれ―――間一髪、アテゥーマがスノウを抱きかかえて飛び退く。
光は上へとそれ、天井に真一文字の傷跡を作る。
「ちょっ!だめだってばみんなっ!逃げなさいっ!」
戦闘力皆無のアナは逃げの一手に縋るしかないが、他の4人には力がある。
故に逃げない。
「みんなミカラの事好きなんでしょ!?こんなところで死んじゃ会えなくな―――」
アナが必死に撤退を呼びかけていたその真上―――
ゴバッ!
「――え?」
ゴーレムの光により破壊された天井が崩落する。
「アナっ!?」
ドカドカと降り注ぐ岩石は、鑑定士の華奢な肉体など容易く押し潰しただろう。
しかし・・・
「―――――・・・あれ?私生きて・・・?」
「よぉ、元気か?」
「え?」
懐かしいミカラの顔が、間近でこちらを見下ろしていた。
(いやいやいや無理だろ逃げろよ何してんの?)
5人の少女たちとゴーレムが睨みあっている場所のほど近く・・・というか、ゴーレムの光が開けた穴から、ひょいっとミカラが顔を覗かせていた。
(あいつ、まさかな)
共に階下へ落下したゴーレムから逃げ回っていたミカラ。
ようやく振り切ったと思ったら光が壁を貫通して襲いかかってきた。
なんだなんだと、丸く開いた穴から覗き見れば、どっかで見たことある連中とゴーレムが睨みあっていた。
しかし、ユノを庇った一撃にしろ先程の光線にしろ
、ミカラを狙っていたように・・・思わなくはない
。
(ははは偶然偶然。アレはより脅威度の高い侵入者を駆逐するガーディアンだろう?まずはユノに引きつけられ、床下に落下したらたまたま居たコイツらを排除しようとした。ぞんなとこだろ。―――ま、んな事よりも)
「逃げろよバカっ!」
ミカラを顔をしかめて吐き捨てる。
なんとあの女たちは戦う事にしたらしい。
「ああもうっ!」
それ見た事か、まるで歯が立たない。
ゴーレムの光線が貫いた天井の瓦礫が鑑定士の真上へ落下していくのを見て・・・
「しゃーねーなぁっ!」
そうしてミカラは飛び出した。
「ミカラっ!あんた・・・あんた何処行ってたのよっ!このバカっ!」
アナはぼやけた視界の歪んだ顔のミカラに怒鳴る。
「うるせーなアナ」
ミカラはボロボロ涙をこぼして縋り付いてくるアナの額に口づけし・・・
「またお仕置きするぞ?」
耳を甘く噛む。
「やんっ!?ちょっと、やめてよこんなとこでっ!?」
じたばた暴れるが、ミカラのお姫様抱っこからは逃れられない。
すると・・・
「―――お仕置き?」
「それはまた・・・甘美な響きですこと・・・」
ゆらりとクッコロ達が近づいてくる。
「ひっ」
クッコロたち4人からの目線が痛い。
視線で射殺されそうだ。
後で色々問い詰められそうではある。
(・・・でも、良かった)
ミカラには言いたい事はたくさんあるが、今はそれどころではない。
他の4人も同じだろう。
ここはひとまず共闘し、6人で力を合わせて戦う。
さすればあの魔石持ちも倒せるだろう。
だが―――
「ミカラさん」
「使徒様」
「師匠」
「ミカラ」
クッコロもピオニーもスノウもアテゥーマも、眼前の再生途中のゴーレムを捨て置いて、ミカラへと向き直っている。
(なんでっ!?今ならアレを倒せるのに―――!?)
「ま、こうなるわな」
アナをお姫様抱っこしたミカラが溜息を吐く。
ミカラ・デタサービ
対
狂騎士クッコロ・スゥ・カナラーズ
破壊僧侶ピオニー
暗殺盗賊スノウ・ドロップ
武道家アテゥーマ
そして、魔石持ちゴーレムの―――
「ちょいと揺れるけど・・・」
六つ巴の戦いが―――
「我慢しろよ?」
始まる。
「わっ!?こんな時に何を―――んむっ!?」
ミカラがアナの唇を奪ったのが合図のように、戦いの火蓋が切って落とされた。
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