第15話 自殺行為で気を引くのはやめましょう?

「ミカラさんっ!」


「使徒ミカラっ!」


クッコロの二振りの大剣とピオニーのモーニングスターの強襲をかい潜り、ミカラは走る。


(倒しても倒してもキリが無い・・・とはならんだろ)


ここはまだダンジョンの表層に近い。

恐らくあの魔石持ちのゴーレムがこの付近の階層のガーディアン。

いわゆる階層ボスだろう。


(あの程度のガーディアンなら、まぁなんとかなるっしょ?)


魔石からの怪光線がとにかくうざいが、動きはとろい。

倒さずになんとか封じ込めないとならない。

1体倒したら3体増援が来た。

あの3体を倒したら何が出てくるかわかったもんではない。


「こっちだ!追ってこいっ!」


(俺に引き付ける)


ここには非戦闘員のアナと眠らせたアテゥーマとスノウがいる。

場を変えねばならない。


「待ってくださいっ!」


ゴーレムを追い抜き追いかけてくるクッコロとピオニー。


「いや君らじゃないんやが?」


ミカラが女から逃げる理由のひとつ。

彼に好意を持つ者はだいたい、その攻撃性をミカラへと向けてくる。


(憎まれてるならまだいいんだけどよー)


馴染みの娼婦に刺されそうになった事もあるので、女には極力深入りしないようにしている。


「な、なにしてるのよ2人ともっ!ミカラが死んじゃうわよっ!」


アナの叫びも2人には届かない。

アナが以前『鑑定』しかけたミカラの特性は未知のものが多い。

中衛職をしているが、前衛も後衛もこなせる。

現にアテゥーマやスノウを完封して、クッコロやピオニーの攻撃はかすりもしない。

アナの知る限り、ミカラは万能で無敵に近い。

しかし、それはイコールで死なない訳ではない。

無敵の英雄が小さいミスで命を落とした話は伝説や神話には枚挙にいとまがない。


(―――ミカラが力を隠してのらくら逃げて生きてるのはそれが理由―――?)


強い冒険者が王宮に召し上げられ英雄となり・・・無茶苦茶な王命により死地に投入される事もまたよくある。


「お前らっ!後ろ後ろっ!?―――」


ミカラが振り返りクッコロとピオニーに叫ぶ。

3体のゴーレムが光線を放ってきた。

その直線上には、クッコロとピオニー。

彼女たちの目にはミカラしか映っていない。


「だぁーーーーっ!もぉぉぉっ!」


ミカラは反転逆走して2人に飛びかかる。

クッコロの剣がミカラの身体を斬る。

ピオニーのモーニングスターがミカラの身体を打つ。


「ぐっ!っ痛ぇぇっ!」


そして、光が3人を飲み込む。


「ぐはっ」


ミカラはクッコロとピオニーの2人を抱えて床をゴロゴロと転がる。

魔力抵抗値という概念がある。

石をもくり抜く光も、魔力抵抗値の高いものには低減されたダメージしか与えられない。

生命は魔力抵抗値が高く、ゴーレムの光線で人体が消し飛ぶ事は無い。

しかし・・・


「おいっ!無事か、2人ともっ!?」


3人の衣服はボロボロになり、肉体にはそれなりのダメージがあった。

クッコロとピオニーは意識はあるものの、ミカラより明らかに怪我は酷い。


「ふーーっ!仕方無ぇ!」


ミカラはクッコロに口づけし『結界』からの『治癒』。

ピオニーにも同じく口づけにて『結界』『治癒』。

瞬く間に2人の傷が良くなり、目を開く。

そして立ち上がり・・・


「ふふっ。やはりですね。私が傷を負えば助けてくださる。読み通り、ミカラさんはこのダンジョンでも魔術を使えていますね?初めての唇、奪われてしまいました」


「それでも不本意です女神様。アナほどじっくりでもなくスノウほど優しくもない。・・・でも意識朦朧としてるところを強引にされるのは・・・良かったです」


頬を染めて武器を構える2人。

ピオニーはモーニングスターを握り締めたままだったが、クッコロは今の攻撃を受けて剣を二振り手放している。

なのでクッコロは腰の予備の三、四振り目を抜く。


「ちぇーやっぱりわざとかい」


スノウが己自身を人質にしてミカラの動揺を誘い、さらにはキスまでされていた事は見られていたようだ。

わざと死にかければミカラがキスして助けてくれる。

危機一髪な状況なら『睡眠』の魔術は使われない。

とても作戦などと呼べない危な過ぎる橋だが、今の一連の流れで、確実にミカラは削られた。

魔術封じ破りの手札も知られた。

何より―――


「ミカラさんは優しい。私たちを殺したり見殺しにすることはおろか、傷つける事すら出来ない。私たちを失う事を恐れている」


「使徒ミカラ様。先程は守ってくださり治癒してくださりありがとうございます。お礼に後で治癒しますし誰にも盗られないようお守りしますから、死なない程度に痛めつけます。お許しを」


ミカラが女を見捨てられないと知られた。


「はぁっはッはーーーっ!嫌なこってーーー!」


ミカラがとんずらする。

しかし、その動きは精彩を欠いている。


(ああ、くそっ。やる事がっ!やる事が多い―――っ!)


ゴーレムの注意を引きつけながら、自殺行為をして気を引いてくるクッコロとピオニーを無力化し、戦えないアナを守り、目覚めたらまた襲ってくるだろうアテゥーマとスノウも眠ってるうちにダンジョン外へ運ばないといけない。


「ちっ。マジかよ」


走ってる方向からさらにゴーレムが2体現れる。


(こりゃぁ、ちとマズイかな?)


さらに悪化する状況にミカラが笑う。

その時―――


ズバッ!


そのうち1体のゴーレムが頭から股間にかけて、魔石ごと真っ二つに割れる。

一刀両断され左右に分割されて倒れていくゴーレムの背後から・・・


「ミカラさん、やっと会えたっ!」


涙を流して笑う魔剣士ユノが現れる。










「あ、あいつめっ!さっきはよくもーーー・・・て、こいつも違うのかな?もうわかんないや〜!ミカラさ〜〜〜ん!何処行ったの〜〜〜?」 


魔剣士ユノはミカラを追いかけ階層を下りた後、ミカラを探して魔石持ちのゴーレムを倒して倒して倒しまくっていた。

ゴーレムの側にミカラがいると踏んだのだが、思ったよりいっぱいいる。

最初のがどいつかわからない。

そして、倒せば倒すだけどんどこ現れる。

魔石を無傷でドロップできれば、それこそ一生暮らせるだけの利益を得られたはずだが、ユノには興味が無い。


「ん・・・何だろあいつら?僕に見向きもしないで向こうに行っ・・・て――て、そうか!」


ユノが閃く。

ゴーレムをずんばらりと斬り捨てまくるユノを無視して優先する存在が向こう側にいるのだ。

そして、そんな存在は1人しかいない。

ユノはミカラからのバフを受け続け、ミカラとの魔力的繋がりがどんどん深まっていくのがわかった。

そして、感覚的に理解した。

恋する乙女の盲目的な思い込みでも女の勘でもない。

魔剣士としての直感とも違う。

生物的、本能、生命の根源的な理解。


「ミカラさんはまだまだ何か隠してる。僕よりきっともっとずっと強い」


強くなる事で孤独になる事を恐れていた自分はもういない。

村娘に戻って平和に暮らしたい気持ちも無くなったわけではない。

ミカラともしも穏やかに暮らせるならそれはそれで幸せだろう。

だが・・・


「ミカラさんなら僕をもっと強くできるし、僕が強くなっても、もっと強いミカラさんならずっと一緒に居てくれるっ!」

 

あのゴーレムたちの後を追えば、ミカラが必ず居るはずだ。

そして、その目論見は達成される。










「ミカラさ〜ん!ミカラさん!ミカラさん!寂しかったよ〜〜〜!もうっ!僕を独りにしてーーーっ!キスよりもっと先の事してくれないと許さないですよっ!」


ユノはまっしぐらにミカラへ駆け寄ると胸へ飛び込み甘えまくる。


「ぐほっ!?・・・ユノ、か。無事で良かった」


ミカラは胸に頬ずりしてくるユノの頭をなでてやる。


「げほっ」


「ミカラさんっ!?」


ミカラが血を吐く。

クッコロの大剣にピオニーのモーニングスター、ゴーレムの光に加え・・・今の思い切り飛び込んできたユノの体当たりでダメージを受けた。

血を吐いて咳き込むミカラに抱きついたまま、ユノの首が180°近く曲がって背後を振り返る。


「―――で、この女たちは・・・なんです?」


ユノの変わらぬ笑顔の瞳から光が消えている。

クッコロとピオニーに警戒が走る。


「僕のミカラさんに・・・危害を加えましたね?」


ユノの声音に剣呑な色が混じる。


「違うぞユノ・・・これは―――」


「わかってます。ミカラさんは優しいですからね。誤魔化さなくてもわかりますよ。この切り傷はあの女騎士の剣、抉り破けた服はあの女僧侶のモーニングスター。火傷はゴーレムの光線・・・ミカラさんがあんなの喰らう訳無いですから、あの女どもを庇ったんでしょう?僕にはわかります」


ユノの名推理にはひとつ抜けていた。


(いや、お前さんの体当たりが1番キツかったんだけど・・・)


ミカラが内心ぼやく。

クッコロとピオニーがゆっくりと近づいて来る。


「いきなり現れた貴女こそ、いったいどなたです?私のミカラさんから離れて頂けますか?」


クッコロは両手の大剣をジャリジャリと擦り合わせて火花を散らす。


「女神様のモデルとなった女性はとても嫉妬深く、愛する男が浮気した時には大いにお怒りになったそうです。つまり、これ即ち神罰也や。女神様、私に力を・・・」


ピオニーは中途半端に焦げて破けて邪魔になった修道服の袖をビリビリと破り捨てる。

露わになった両腕の筋肉が盛り上がり、ぎちぎちと引き絞られる。


「後方にも何人か女が居ますね?ミカラさんの敵です?」


「敵じゃないからやめろ」


ゆらりと歩み行こうとしたユノを、ミカラが背後から抱き締めて止める。


「あんっ。ミカラさん、ちょっと待っていてくださいね?あの毒婦たちを片付けてから、さっきの続きをしましょう?」


ユノが恥じらうように笑顔を見せるが、目はまったく笑っておらず、ギラギラと妖しく光っている。

そのまま周囲の女どもを1人ずつ睨めあげていく。


「ひっ!」


その視線を受けたアナが、眠っているスノウを抱き締めて思わず悲鳴をあげる。


(なに、あの娘?普通じゃない―――)


このダンジョン内では『鑑定』が使えないし、能力差があると『鑑定』は弾かれる。

だが、そんな事をせずとも、あの魔剣士の少女からは尋常ならざる気配を感じる。

あの娘がその気になれば、このくらい距離が離れていても、アナなど一刀で斬り捨てられるだろう。


「私の仲間たちに変な目を向けないでくれますか?」


ユノの視線を遮るようにクッコロが剣を横に構える。


「僕のミカラさんに傷をつけたのはその剣ですか?二度と斬れないようにへし折ってあげますね。―――その腕の方を」


ぎちりぎちりと、まるで空気が軋むように緊張感が高まる。

しかし・・・


キィィィィィィィィィィッ!


空気を読まないというか、読めないゴーレムたちが、光の奔流を魔石から放とうとしている。


「ちっ―――っ!」


「面倒な・・・」


それぞれが回避するか反撃するか対処法を取ろうとし・・・


ズガァァァァァァァァン!


突然、ダンジョンの天井が爆砕する。


(なんだっ!?魔術―――!?このダンジョン内で・・・いや、外部から、地上からの攻撃っ!?)


しかしその爆発は崩落には発展しない。

大量の瓦礫は降って来ることなく、そのまま燃えて塵となって灰となって消え去る。


「魔術!?」


みんなが上を見上げて呆然とする。

仮に、地上からこの階層まで魔術を届けるとして、どれほどの貫通力が必要なのか?

そもそも魔術封じの術式はどう解消したのか?

それに、これほどの火力を誇る攻撃魔術を―――


「扱える人間なんているのか?それはもう、人と呼んでいい存在じゃない」


ミカラがふと思い出す。

半分揶揄を込めて呼ばれる魔術師たちへの呼称。

移動砲台。

そう呼べる腕前の魔術師を何人か知っているが、直近の知己に、1人該当者がいる。


(このダンジョンの特性、魔力吸収もあくまで魔術の範疇であって神の御業って訳じゃねぇ。ダンジョンに刻まれた魔力回路が作動してる、一種のからくり仕掛けに過ぎない)


だからと言って、外部から魔術を放ってダンジョンを破壊できるなど、通常の魔術師ではあり得ない。

通常、普通、一般的な魔術師はそんなハイコストな事はしない。

そもそも可能だとしても行う理由が無い。

魔石持ちゴーレムの魔石を破壊するのと同じ。

攻略対象のダンジョンを破壊してもお宝は手に入らない。

崩れてオジャンだ。


(魔力吸収の術式ごと燃やすほどの火力。そして、頭のネジが外れとる)


「―――――あーー!やっぱりここに居たーーーっ!」


キンキンと甲高い声が、場違いに明るく響き渡る。

ゴーレムたちが上空を見上げる。

より、警戒度の高い相手に目標を移したのだろう。

ミカラたちなど完全無視だ。

そして間もなく、天井に開いた大穴から、ゆっくりとそれを成した人物が降下してくる。


「ミカラ、見〜〜〜っけ!」


高温に熱された空気にバサバサとローブをはためかせながら現れたのは・・・


「いよぉ、セリン。見ないうちに大分成長したな?」


「そう?わかる?もーミカラのエッチ!」


炎の魔術師、セリン・ニトログリが自身の胸元を隠してミカラに対して舌を出す。


「でもいいわ!ゆるすっ!ゆるしてしんぜようっ!私ったら心が広いからね〜〜〜あん時の事は水に流してあげてもいいわよっ?」


セリンはやけに上機嫌だ。

憤怒と嫉妬の炎を物理的に燃やしているため、心は平穏を保っているのだろう。

その魔術師の眼前に、1人の魔剣士が立ち塞がる。


「何処の誰か知らないけど、僕のミカラさんに近寄らないでくれるかな」


セリンは今の今までミカラしか目に入っていなかった。

ミカラが、ユノの事を背後から抱き締めている事に、今気づく。


「誰よその女?――――――燃やすわよ?」


セリンの周囲が高温で歪み、空気が赤熱化する。

ゴーレムの魔石から光が放たれる。

ダンジョン内のまだ表層部に過ぎない場所にて、過剰戦力による戦いが始まる。

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