第10話 男装の魔剣士ユノ

ユノは微睡みの中で誰かの呼び声を聴く。


「―――ノ。ユノ・・・」


優しく耳朶をくすぐる声音に目を開ける。

すると目の前にミカラの顔があった。


「・・・えっ!?ミカラさん?」


気づくと自分は生まれたままの姿でミカラに抱き締められていた。


「わわわわわっ!?なんでぇーーーっ!」


ミカラの顔が近い。

唇と唇が触れそうだ。


「好きだユノ。俺のお嫁さんになってくれ」


真剣な表情のミカラにユノはしどろもどろになる。


「な、なんで僕とっ!?そ、そんな事急に言われても・・・こ、こまります・・・でも、そんな風に言ってもらえて、凄く嬉しいです・・・」


突然の申し出に困惑するが、喜びが勝る。

おずおずとミカラの背中に両腕を回す。

ぎゅっと抱き締めるとミカラの匂いがする。


「君のシチューを毎日食べたいんだ」


ミカラが真面目な顔で殺し文句を言ってくる。


「そ、そんなに美味しかったですかっ!?またいつでも作るので!いくらでもお召し上がりくださ―――」


「そして今は君を食べてしまいたい」


「わーーー!お召し上がっちゃだめぇーーっ!」


口ではだめだめ言っていても、ユノは一向にミカラを跳ね除けたりしない。


「いただきます」


そう言ってミカラがユノに覆いかぶさってくる。


「だめぇ!だめだよぉっ・・・僕にはっ!僕にはやらなきゃいけない事がっ・・・!」


将来の夢はお嫁さん。

そんな幸せな夢は、自分には許されないはずなのに。

ミカラを押し返そうとしても上手く力が入らない。

まるでこうされる事を望んでいるみたいだ。


「好きだユノ」


甘く耳元で囁かれ、脳髄が痺れておかしくなりそうだ。

このまま身を任せてしまいたい。


(でも、でもでもでも――――っ!!!)


「ほわああああっ!?やっぱりだめぇぇぇ〜〜〜て・・・はれ?」


「どうした?何がだめなんだ?」


ユノは自分の大声で跳ね起きる。

口の端からよだれを垂らし、寝惚け眼できょろきょろする。

服を着ているミカラと服を着ている自分を見下ろし、一瞬何がなんだかわからなくて思考停止する。

今のが夢だったと理解するのにちょっと時間がかかった。


(だぁああああっ!なんっっって夢を見てるんだ僕はぁぁぁーーーっ!)


ユノの顔面の表面温度は天井知らずに上がり、目に涙まで溜まる。

ミカラの顔をまともに見れそうにない。

『掛け布団』に顔を埋めて身悶える。


(は、恥ずかしいぃぃぃっ!・・・ん、アレ?これって・・・)


自分が握り締めて顔を埋めていたのが、ミカラが掛けてくれたのだろう、ミカラの上着だと今更気付き、さらに慌てふためく。


(こ、このせいだよっ!この服のせいだよっ!僕が変な夢見たのっ!うぅ〜〜〜っ!そうだっ!ぜったいそうだっ!―――あ、ミカラさんの匂いする・・・)


くんくんくん。

すぅーはぁーすぅーはぁー。


「あ〜〜・・・ユノ?・・・起きたんなら、それ返してくれん?」


ミカラの上着に顔を埋めて一心不乱にくんかくんかしとる男装の魔剣士に対し、冷静に上着の返還要求をするミカラであった。












「あ、あの、パーティーの皆には・・・僕の事・・・」


「言わんよ」


性別の事だろう。


「よ、良かったです。ありがとう」


ユノがホッとしたような顔をしている。

人にはそれぞれ事情がある。

気にしだしたらキリが無い。

冒険者ギルドへの登録は基本、職業適性や魔術適性などがあれば十分だ。

ギルド本部だと年齢や性別、出身地やら身元保証人などの記入とその証明が必要になってくるし、それが本来の正しい基準らしい。

が、あっちこっちの末端の支部だとその基準がガバガバなのだ。

―――ミカラも杜撰な管理の末端支部でするりと登録している―――

せいぜいが、指名手配中の犯罪者の顔と同じじゃないかとか、そのくらいの調べ方しかしない。

ユノが性別を偽って登録したか、性別を空欄で済ましたかはわからないが、冒険者的には大した問題ではない。

強ければ、役に立てるなら問題無い。


「・・・理由、聞かないんですね?」


「言いたくないなら別にいい。話したいなら聞くぞ」


気を使ってる訳でなく、面倒なだけだ。


「優しいんですね。ミカラさん」


だがユノは良いように受け取ったらしい。

何故彼女が自分に対して妙に好意的なのかよくわからない。

ミカラはくるりと振り返り、ビシリと指を差し念を押す。


「面倒事に巻き込まれたくないだけだ。勘違いするなよ?」


ミカラは本当に本心からそう言ったのだが・・・


「ふふっ。そう言う事にしておきます」


ユノはそう言ってくすくすと笑っている。

なんだか釈然としない。

ちょっとやり返してみる。


「俺にも話せない事はたくさんあるしな」


アフロディーテの笑顔が脳裡によぎる。

ミカラのあげた木彫りの髪飾りをした少女を思い出す。


「えーなんです?教えてくださいよぉ~」


「やなこった」


「むむむー。・・・あっ!そうだっ!そうですよぉっ!僕の秘密とその、は、は、はだかを見たしっ!その、お返しに何か教えてくださいっ!ミカラさんばっかずるいー!」


「いや別に見たくて見た訳じゃないし」


「うあっ!その言い方はないですっ!乙女の柔肌を見ておいて・・・ 」


「乙女って、お前さん・・・」


(女だって隠す気無いのか?)


まだ昨日までのユノからは、穴だらけだが男を装う意識が感じられた。

しかしもう今は、そこらにいる町娘みたいに表情をコロコロ変えて怒ったりむくれたり笑ったりしている。

可愛らしいものだった。

男装の麗人などでなく、男物の服を着ただけの女の子だ。


(・・・好きで男のふりしてる訳じゃなさそうだな)


むしろ、ミカラにバレたから開き直ってる感がある。

ずっと抑圧してきたためだろうか。

料理の腕前も含めて、元来女としての素養は高い・・・いわゆる女子力高めの娘なのかも知れない。

元のパーティーに合流して男であると言い通すのは厳しそうだ。

どうするのだろう。


(・・・場合によっては、俺が引き取るか?)


ミカラはふとそう考えて、直ぐ様頭を振る。


(いや、それはもう俺の考える事じゃねぇわな。お嬢の事もあるし・・・)


アフロディーテを抱いた日、最後の方はミカラの方が抱きしめられ、むしろ甘えていた。

その温もりと安らぎを思い出し、ミカラの胸がズキリと痛む。


「・・・むぅ。ミカラさん今・・・他の女の子の事考えたでしょ?」


(なんでわかるんだよ女やっぱ怖ぇよ)


女の勘は怖い。

2人はじゃれ合いながら迷宮の奥へと進む。










「なんか師匠が浮気してるんだよそんな気する絶対だめ刺さなきゃ」


「使徒様が悪魔の誘惑にあってますはい今すぐお救いせねば今行きますね」


「ちょっと!2人とも戦闘中に何処行くのっ!?迷子になるわよーーーっ!」


本能のまま生きてるような4人の中で、特に勘所の鋭い2名が急にそわそわしだしたと思ったら戦線離脱しかけている。

後衛から指示を飛ばしていたリーダーが慌てて注意を促す。

同じ古代遺跡の何処かにて、なんかそんな会話がなされていた。










「くそっ!固い―――っ!」


「下がってろユノ。俺がやる」


ミカラとユノの2人は魔物と交戦中である。

やはりダンジョン。

楽しくおしゃべりしながら進めるはずはなかった。

魔剣士ユノの剣は、昆虫系魔物の固い表皮に当たると、甲高い音を発して跳ね返される。

仕方無いのでミカラが前衛として戦い、ユノには後衛としてサポートをしてもらう。

とりあえずのツーマンセル。

ミカラ的にはソロでも構わない。

ユノはこちらの意思や狙いを頑張って察しようとしてくれるため、割とやり易い。

現状そこまで悪くはないのだが、ユノは納得していないようだ。


「本当は僕が前衛職なのに・・・すみません。お役に立つどころか、足を引っ張ってしまって・・・。なんだか、いつもより力が出なくて・・・それにそもそも、こうやって孤立してるの僕のせいだし・・・」


疲労の色濃いユノが俯き、今にも泣きそうだ。

今の戦闘だけで心身ともにかなり削られたようだ。

深刻に落ち込んでるユノに、ミカラが溜息混じりに答える。


「そうだな。そもそもおっきくて魅力的なユノのお尻が悪い」


ユノがお尻をぶつけて鍵を開け、罠が発動した事をほじくり返す。


「うぅ〜〜〜ミカラさんのいじわるっ!」


お尻を押さえて可愛くむくれてそっぽを向く。

気を逸らせたようだ。

ネガティブな思考は咄嗟の判断を鈍らせる。


(ちょっと試してみるかな)


いくら魔術封じの術式があるとは言え、ユノが平時

以下のフィジカルになるのはおかしい。


(おそらくユノは、天然の無詠唱魔術を使っている。呼吸するように自然に身体強化を行っているんだろう。そしてこの古代遺跡だと、その無意識下の無詠唱魔術すら吸収される)


少し広まった場所で聖水を撒き、短時間だが安全地帯を作ってからミカラはユノに話しかける。


「このダンジョンは魔術を無効化してるんじゃない。放出される魔力を吸収してる」


「えぇと・・・そうなんですか?」


ユノには吸収も無効化も区別がつかない。


「ああ。肉体も精神も、魔力がある。本当に吸収が無条件無尽蔵に起こるなら、人間だけでなく魔物も含めて、生き物全部干涸らびて死んでなきゃおかしい。吸収するのにも限界があるはずだ」


「はぁ・・・」


きょとんとしているユノに、ミカラは説明を端折る事を決めた。

聖水の効果時間も短い。


「ユノ。今すぐ強くなって戦力になりたいか?俺ならお前さんに元来の力を取り戻させてやれる」


「え―――ほっほんとですかっ!」


ユノが驚き飛びつかんばかりに顔を寄せてくる。

近い。


「ああ、たぶんな。俺ならできる」


「あ、じゃあお願いしますっ!」


即断即決の魔剣士ユノ。


「・・・いいのか?俺に身を任せる事になる訳だが・・・」


ユノが微笑む。


「僕はミカラさんの事、信頼してますもん」


「そうか。ならまず目を瞑れ。身体の力を抜け」


「はい」


大人しく指示に従うユノ。


「よし・・・行くぞ」


ミカラはユノの頭と腰に腕を回す。

そして―――


「むぐっ!?」


キスをした。


(えーーーっ!なんでキスっ!?バフってキス必要???というか僕の初めてのキス・・・ミカラさんとなら嫌じゃないけど・・・でももっとムードとかさぁ。デートを重ねて距離縮めたりとか―――)


ユノはパニックになりつつも色々注文をつけてみたくなる。

余裕がある。

割とまんざらでもなかった。

男のふりをして冒険者などしているのだ。

身の危険は常に感じていた。

野党にでも捕まれば、散々犯され慰み者にされて売られるか殺されるかしただろう。

いい人たちだと信じたいが、彼女のパーティーメンバーは娼館に通って金で女を買うような男性たちだ。

自分が女だと知られたら、よってたかってどうにかされたかも知れない。

望むような初めては無理だと諦めていた。

ミカラへの好意が本心からなのかは自分でもわからない。

元々住んでいたのどかな村で出会っていたら、優しい近所のお兄さんで終わっていただろう。

多分ミカラは他の女の子にも、ユノと同じように優しいはずだ。

そんな誰に対しても変わらない優しさにコロリとほだされてしまったのは、古代遺跡ダンジョンで生死を共にしているからだ。

そう冷静に分析出来てる自分も居るには居る。

しかし、だからと言って一度自覚した恋心は止められない。


(好きです。ミカラさん。お嫁さんにして欲しい)


あの夢は自分の願望なのだろう。

ユノは自分からもミカラの背中に腕を回す。


(―――っ!?)


どくんっ!と、心臓が一際大きく跳ねた気がした。

身体中を何かが駆け巡っている気がする。


(・・・成功、かな?)


ミカラは唇を通して、ユノの身体の内側から身体強化のバフをかけていた。

だがイマイチ効果が弱い気がする。

もう少し接触を強めよう。


「―――んっ!?ん―――っ」


ミカラはユノの歯を舌でこじ開け、ユノの舌に舌を絡める。

唾液と唾液が混ざり合う。

突然のディープキスに、反射的にユノが逃げようとし・・・逃さないようにミカラが強くユノを抱き締める。


(うぁ〜だめだコレぇ〜・・・)


ユノは身体の力が抜けてしまう。

ミカラのされるがままだ。


(『結界』)


絡めた舌と唾液を通して、ミカラはユノの体内に『結界』魔術を張る。

ユノの身体を外殻とした結界。

これでユノの身体の内側には、ダンジョンの魔術吸収効果は発動しない。

それでも『結界』魔術もすぐに喰われて消えてしまうだろう。

時間との勝負だ。


(よし、成功した。さらに―――)


ユノの体内に、さらにバフをかけていく。


『治癒力強化』

『筋力強化』

『防御強化』


バフをかけるたびにユノの身体がびくんと震える。

かきむしるようにミカラの背中に回した指が蠢く。


(凄い・・・力が、溢れてくる・・・)


かつてないエネルギーが身体中を満たしていく事をユノは実感する。

それがミカラとのキスによる幸福感なのか、ミカラがかけてくれたバフ魔術なのかは、ユノにはわからない。


(ああ、幸せ。好きな人とのキスって、こんなにいいものなんだ・・・)


下品な男たちと無骨な女たち、性を生業とする色街。

そんな荒んだ環境の生活で心をすり減らしていた時にたまたま出会った優しい人。

ただそれだけで好きになるのはおかしいだろうか?

そんな事は無いはずだ。

ミカラと話してて楽しかったし、仕事もできるのは頼もしかった。

裸を見られたのは恥ずかしかったけど嫌じゃなかった。

背中を優しくぽんぽんしてくれたのも嬉しかった。

こちらの事情を詮索してこないのも有り難かった。

無関心なようでこちらをよく見ていて助けてくれる。

たまに笑う笑顔が可愛い。

いくつかな?

あんまり離れてないよね?


(・・・果たすべき使命とかなんとか言われてもさぁ。僕は普通の女の子だもん。これで好きにならないはずないよぉ)


ユノはもう、ミカラへの気持ちに言い訳をするのを止めた。


(好き。大好き。ミカラさん―――)


ユノは自分からさらにミカラを求める。

慣れないまでも舌を絡め、呼吸を忘れるくらい貪り合う。

そうしてユノがミカラを受け入れたからか、さらにバフの効果が上がる。

この時点でユノは、普段の何倍もの戦闘能力になっていた。

長いキスが終わり唇を離すと、2人の間に銀色に光る糸ができる。

ぷはぁと息をするユノの目にはもう、ミカラしか入っていなかった。

実はパーティー内にちょっとカッコイイなと思う男が居た。

故郷の村には、初恋と呼べるような甘酸っぱい記憶の幼馴染がいた。

その昔は、お父さんと結婚するとか言ってた気もする。

それらすべてが吹き飛んだ。


(ミカラさんミカラさんミカラさん――――)


もう離さない。


「最初はこんなもんでいいか?検証は必要だしな」


ミカラはユノの劇的な内面の変化にまったく気づいていない。

基本クズ男なので、女の子の初キスに対する憧れだとかを気にする男ではないのだ。

ミカラが早く今回の実験結果を試したいと思っていたら、おあつらえ向きに魔物が近寄って来る足音が聞こえてきた。

丁度良い。

ミカラのバフの効果時間が測れる。

古代遺跡の魔力吸収と、どちらが強いか勝負だ。


「よし、ユノ。戦闘だ。あまり無茶はすんなよ?俺のバフがいつまで続くかわからな―――」


しかし、身体を離したユノは、とろんとした目をミカラに向けている。


「おい?聞いてるか?」


「・・・うきゅぅ」


ミカラの呼びかけには応えず、ユノはよだれを垂らして変な鳴き声を出す。

そして腰が砕け、へなへなとその場に崩折れてしまった。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る