第7話 金髪アフロ再び

「見つけましたわっ!」


町中で突然指を差され呼び止められ、ミカラはきょとんとする。

目の前に居るのは魔術師らしき少女だ。

女性にしては珍しく、首と耳が見えるくらい短くした金髪。

金にものを言わせただろう豪奢なローブに、強力な付与がなされた杖。


「ようやく出会えましたわっ!ミカラ・デタサービっ!」


「えーと?誰だっけ?」


名指しで詰め寄って来る以上、人違いではないのであろう。

しかし・・・


(どっかで見たような気がしないでもないんだけどな)


頑張って思い出そうとしても、該当するような人物がミカラの記憶から出てこない。


「―――わっ、わたくしの事を・・・覚えていらっしゃらない・・・?」


そんなミカラの態度にショックを受けたらしい金髪ショートが、よろりとよろめく。


「うぅっ!酷いわっ!私をあんな風に辱めておいてよくも・・・あの時、私の衣服を破って、私の大切なモノを奪ったくせに・・・」


なんだか不穏な事を言いながら目に涙を溜めて泣きそうになっている。

ちなみにここは天下の往来。

さっきから通行人の目が痛い。

―――ママ〜あのおじちゃん、おねえちゃんをなかちてるよ~いけないんだ〜ちゅらばだ〜―――

―――しっ!見ちゃいけません!クズが感染りますよっ!―――

とか聞こえて来る。

これはいけない。


「すまん。俺の知り合いに、君みたいな美しい女性が見当たらなくて・・・もしや以前出会った頃よりも、さらに美しくなってしまったから俺にはわからなかったのかも知れない・・・」


ものすごく適当に誤魔化すミカラ。

金髪ショートはコロリと表情を笑顔に変えると、手を口元に当てて高笑いする。


「あら?そうですの?まぁ、私は日々鍛錬を怠りませんからね!美も魔術も、ね!貴方がわからなくても仕方ありませんわっ!おーっほっほっほ!」


「あ、思い出した」


今ので思い出した。

とある町の魔術師ギルドに居た少女魔術師だった。


「金髪アフロ」


「誰が金髪アフロですって!?」


「いやだって髪・・・あ、そか」


「ふふふ、その件も思い出して頂けたかしら?」


低い声を出しながらジリジリと詰め寄って来る金髪アフロ・・・じゃなかった、金髪ショート。


「もう、逃さなくってよ?」


「わかったわかった。逃げないからどっかに落ち着こう?」


ミカラは観念して、金髪ショートを連れて近くの酒場・・・に入ろうとしたら無理矢理ケーキ屋に連れ込まれた。










「その髪型も似合ってるじゃないか。むしろあのくるくるより可愛いよ」


ミカラは珈琲を飲みつつ金髪ショートを褒めておく。


「ほほほ、それはどうも。貴方には自慢の髪をちりちりにして頂いたお礼を申し上げますわ」


「いや、焼ったの俺じゃねーし」


「貴方の弟子の所業でしょう?」


「それなら魔術師同士の模擬戦なんかすんなや」


ミカラが正論を言っても、金髪ショートはツンと澄ましてシカトする。


(こりゃまいったね)


ミカラは、自分を探したり追いかけたりしてくる女の気配には敏感だ。

もしも、追いかけて来たのがセリンだったのなら、先にミカラの方がセリンを発見し、見つからないうちに町を逃げ出していただろう。

この元・金髪アフロは完全にノーマークだった。


「胸の詰め物は止めたのかい?アレがなくても十分に立派なもんじゃないか?」


今はあの時の不自然な膨らみは無い。

それでも抜群と呼べるプロポーションを保てているのはさすがお貴族様と言ったところだろう。

多分貴族よな?

ここまでコテコテのお嬢様で平民だったらそれはそれで凄いわー。


「何処を見て言ってますのっ!?」


このぷんぷんしてる少女の名前すら知らないので、『鑑定』などで識別しても無理だったろう。

今回は完全に一本取られたカタチだ。


「はいはい、ごめんなさいよって。それで、俺に何の用なんだい?改めまして、俺はミカラ・デタサービ。貴女の名は?」


ミカラは平時には『鑑定』魔術を迂闊に使ったりしない。

それなりの強者は『鑑定』対策を取っており、下手をすればカウンターの術式でこちらの情報だけ抜かれて終わる。

尋問でも拷問でもない普通の場合は、真正面から問いかけるのだ。

礼儀として先に一応名乗っておいたし。


「ミカラ・デタサービ・・・」


知ってるくせに、噛んで含めるようにミカラの名前を復唱する金髪ショート。


(なんか嫌な予感しかしないんだぜ)


彼女は優雅に持っていたティーカップを置くと、艶然と微笑み名乗りあげる。


「私はアフロディーテ・ウーラニア・パンデーモスと申します。アフロディーテとお呼びくださいな」


「はいよー」


金髪アフロもとい、アフロディーテに軽く返事をしながら、ミカラは心の中で溜息を吐く。


(げげげ〜。結構高位貴族かも知れん。聞き覚えのある響きだし・・・何処かの王家筋か?)


王侯貴族は名前が長い。

長ければ良いと言う訳ではない。

だが結婚とは家同士の繋がり。

ミドルネームに母親の生家の名を入れたりする。

家督を継いだり次期当主候補になったりしたら名前の末尾に屋号のようなものを襲名したりする。

長いから繋げて読んだりする。

由緒正しい歴史を持つ国の皇帝など、名前が長過ぎて書き切れないくらいらしい。

他にも、簡単に呪われたりしないようにとかの意味合いもあるとか。


「ぐはっ。あーあーなんかめんどくせーのが来たなーマジで」


とにかく、長い名前のヤツは偉いヤツである可能性が高いのだ。


「それ、本人の前で言いますの?私をこぉぉぉんな姿にしておいて?」


貴族の令嬢がバッサリと髪を切る。

それは世俗を捨てて出家する時とか、死んだ事にしてもらって実家を家出したりとか、貧乏過ぎて髪を売ったりした時くらいだ。


「俺のせいじゃないけど・・・なんか少し引っかかるな。そんな愚にもつかない逆恨みを言いに来た訳じゃないんだろ?」


「話が早くて助かりますわ。貴方に依頼があります。ミカラ様?」


これは断われそうにない。

ミカラは我が身の不幸を嘆き、今週おすすめスイーツのモンブランを一口食べた。










「魔物の討伐、ね」


「そうですわ。魔術の模擬戦はもはや廃れ、時代は魔物狩りしようぜ!ですわっ!」


「お貴族様なら狐狩りでもしてろよ?魔物狩りにダンジョン探索なんて、今度こそ死人出るぞ?」


お貴族様やその子息たちが物見遊山でダンジョンに赴き行方不明となり、その救出クエスト依頼が回って来たりする。

ミカラはもちろんお断りだ。

別に受けてもいいのだが、救出対象が死んでたり怪我したりしてると、冒険者のせいにする依頼主が多いのだ。

そのためダンジョンからの貴族救出クエストはすこぶる人気が無い。


(魔術の模擬戦が流行ってくれてた方が平和だったな)


そうすれば、こんなところでアフロディーテに捕まる事もなかっただろう。

大通りを2人で歩く。

ただブラブラしてる訳でなく、クエスト出発前の買い出しである。

ミカラはアフロディーテから目的のダンジョンの種類やら探索日数を聞いて、それに合わせたアイテムや食料を買い足して行く。


「ミカラ様はサポートに徹してくださいまし。強化系のバフも結構ですわ。・・・セリンさんからは、貴方の指導はあってもバフやデバフ等の支援は無かったとお聞きしましたからね」


同じ条件でセリンを超えなければ意味は無いとの事だ。

本当は1人でやりたかったらしいが、冒険者の随行がダンジョン探索と魔物狩りの条件らしい。

それならばと、かつて自分を打ち負かしたセリンの師匠であるミカラに白羽の矢を立てたのだそうな。

そんな訳で、今回は冒険者ギルドでなく魔術師ギルドからの依頼となる。


「オーケーわかった。俺はアドバイスに徹する。それと荷物持ちや料理とかか?」


「そうですわね。後は罠の解除とかもお任せ致しますわ」


「かしこまりした、お嬢様」


「ふふ。良くってよ」


茶化してみると、案外合わせてくれる。

このお嬢様、なかなかノリが良い。

楽しい。

あの時居た取り巻きの男達の気持ちがちょっとだけ解るミカラだった。


「・・・あら?」


とある露天商の前でアフロディーテが立ち止まった。


「ん?どした、お嬢」


そこには木彫りのネックレスやブローチ、髪飾りなどのアクセサリー類が無造作に陳列されていた。

アフロディーテからすれば手に取る価値も無い物ばかりだろう。

立ち止まった2人に対し、胡散臭い露天商の男が笑いながら話しかけてくる。


「おお、お目が高い。これは掘り出し物だよ。なんとエルフが作った護符の品々さぁ!」


いけしゃあしゃあと嘘八百を言い放つ。

本当にエルフ手製の品物ならこんな値段ではないだろう。

騙そうと言う魂胆があるとかないとかでなく、そういった謳い文句の商売なのだろう。

アレだ。

火山の麓でドラゴンの卵とか言ってただの丸い石を売ってる系だ。


(いやまぁ当たり前にどれも偽物だろ?・・・ん?)


アフロディーテが見つめていた髪飾りだけ、何かが違う事にミカラは気づく。

エルフが作ったかはともかく、その髪飾りだけ内在する魔力が桁違いだ。

たまたま本物が混じっていたのか、たまたま素材の一部に魔力が固まっていたのかはわからないが、本物の掘り出し物だ。


「なぁお嬢、その髪飾り・・・」


「な、なんでもありませんわっ!」


ミカラが話しかけるとアフロディーテはぷいっとそっぽを向く。

素直ではない。

欲しいのだろう。


「お兄さん、可愛い恋人にひとつどうだい?」


「こここ恋人っ!?わたくしとミカラ様はあのその・・・ っ!」


「ああ、この髪飾りをくれ」


ミカラがその木彫りの髪飾りを手に取る。


(勘がいいのか、これも才能か?無意識に魔力ある出物を見抜いたのか)


一応、『鑑定』魔術をかけてみる。


(んーーー?装着者に『幸運』をもたらす・・・ 系?なんかふわっとしてんな〜?効果はイマイチわからんが、掘り出し物には違いないし、まいっか。買っとけ買っとけ)


アフロディーテの魔術師としての才に舌を巻きつつ、ミカラは露天商に金貨を渡す。

書き殴られてある値段からして、明らかにチップとしても多過ぎるが、この髪飾りの本来の価値からすれば全然負けてない。

そんな事情は露と知らず、露天商は満面の笑みを浮かべる。

せいぜいが、年下の恋人の前で格好つけてる見栄っ張りな男ぐらいに思ってくれただろう。


「ほら、これ見てたろ?」


ミカラはアフロディーテの肩を掴んで抱き寄せる。


「ひっ!必要ありませんわっ!そんな安物・・・」


俯き目線をずらすアフロディーテの短い髪の毛に、ミカラはそっと優しく髪飾りを差してやる。


「いいからもらってくれよ?これでも可愛い女の子の髪の毛を台無しにしちまった罪悪感は多少はあるんだぜ?」


アフロディーテは少し俯いて黙っている。


(ありゃ?やっぱり要らなかったか?余計なお世話だったろうか。まぁお嬢が要らなくても知り合いの鑑定士経由で高く売れるだろ)


「なんだよ、要らないなら・・・」


ぺちん


髪飾りを取ろうとしたら手をはたかれた。

なんなん?


「おうお嬢ちゃん!優しくて太っ腹な彼氏で良かったな~!似合ってるぞー!」


露天商の男がおだてる。

ミカラも乗っかっておく。


「ああ。お嬢は綺麗な金髪だからな。落ち着いた木彫りの髪飾りがよく似合ってるよ」


「・・・くっ!引っかかってはダメですわよアフロディーテ!あのセリンが鼻高々に自慢してる想い人を私に惚れさせるのですっ!私がドキドキしてどう致しますのっ!?」


アフロディーテがなんか俯いたまんま早口でボソボソと喋っとる。

さすが高速詠唱使い。

凄い早口だ。


「し、仕方無いですわね。ここはありがたく頂戴致しますわ。・・・ですがっ!こんな物で私のあの時の屈辱は晴らせませんわよっ!」


アフロディーテはそう言い、短い髪をかきあげて髪飾りを強調する。

ツンツンとしながらも、上機嫌になっているようだ。


「はいはい」


ミカラはそんな彼女を可愛らしく思う。


(チョロかわ)











「『風』よっ!」


アフロディーテが放つ風の刃が、魔物の群れを切り刻む。


(相変わらず詠唱速度が速いな)


遠間から、距離を詰めさせる暇も無く魔術を放てる限り、アフロディーテに敵う魔物はこの近辺にはいないだろう。

ここは魔物の森。

地下迷宮型ではない樹海型のダンジョンだ。

幻覚作用を起こさせる花粉。

移動する樹木型魔物。

地上だからと甘く見るなかれ。

森の中で迷えば生きたまま森の養分にされるだろう。


「おーっほっほっほ!」


アフロディーテは絶好調だ。

遠距離から不可視の斬撃を飛ばす彼女には何者も近寄れない。


(やる事ねー。楽なお仕事だー)


ミカラとしてもほくほくである。

ある程度進んだ適当なところで野営の準備をする。

ここからはミカラの仕事だ。

食人植物とかの罠系の魔物がいないか確認し、聖水を撒いて簡易安全地帯を設置する。

鍋や食材を用意して火を起こす。

シチューを作ってアフロディーテに食べさせてやると、やたら喜んでくれた。


「こ、このお料理・・・ウチの料理人でも作れるかどうか・・・とても美味しいですわ。ミカラ様・・・ぅぐぐぐっ、これが胃袋を掴まれるとぃぅヤツですのね?」


なんかまたブツブツ言っておる。

お口に合わなかったかしら?

森の夜は早い、それぞれのテントに入る前に、アフロディーテの履いていたブーツを脱がして素足を出させる。


「マッサージしてやるよ。魔術の戦闘はともかく、慣れない森を歩き詰めだったのは堪えたろ?」


「ふ、ふふんっ!私が歩いただけで疲れたなんて言う訳あ痛ぁぁああああああっ!!!」


ミカラが足のツボを刺激するたびにアフロディーテお嬢様が悲鳴というか絶叫をあげる。


「凝ってるねぇ〜」


足裏のツボ押しをしばらく繰り返すと、ぐったりしたアフロディーテが話しかけてくる。


「・・・はぁ、はぁ・・・あの、このマッサージはセリンさんには?」


アフロディーテは息も絶え絶えだ。

しかし・・・


(き、気持ち良かった・・・ですわ)


それは良かったのだが、これをあの小生意気なセリンがすでに体験していたのなら業腹である。


「いんや?そんな暇無かったしな」


あの少女魔術師はとにかくせっかちだった。

ミカラが教えた『反魔』や『沈黙』をまだ使いこなせないうちにこのアフロディーテに挑んで蹴散らした。

そのせっかちさでミカラに迫り、逃げ出されてしまったのだが。


「ふふ。そうですのね」


アフロディーテは少し機嫌が良くなった。


(女の考えてる事はやはりよくわからん)


そうして3日間ほど、樹海型迷宮での冒険は続いた。










「お、おかしいですわね?」


「ん?どうした?なんか不調か?『治癒』するかい?」


(こ、この男・・・何故私の美貌にメロメロにならないんですの?)


おかしかった。

今まで出会った男達は、アフロディーテが何もしなくとも彼女の虜になっていたはずであった。

しかし、3日も寝食を共にしたはずのミカラからはそんな気配は微塵も無い。

実は、ちょっとした色仕掛も試していた。

薄い肌着で寝てみたりして―――「お嬢、風邪引きますよ」―――布団をかけてもらったり。

水場では彼の前で裸になりその完璧な肢体を披露してみたりして―――「お嬢、そっちの方ヒル居ますから気をつけ「うきゃああああああ!!!」―――裸で抱きついた挙げ句に頭をなでなでされて慰められた。

しかし、ミカラはまったくアフロディーテに惚れる気配が無い。

むしろ、優しく子守唄を歌われたり泣き止むまで頭をなでなでされたりしてるうちに、アフロディーテの方が、ミカラを見てるとドキドキし始めてしまう始末である。


(な、何故ですの!?これでは私の立てた完璧な作戦、『小生意気なセリンの先生兼想い人を寝取って奴隷にして見下しざまぁ』計画が台無しにっ!!!)


アフロディーテは完璧に穴だらけの作戦計画を頭の中で反芻してはうんうん唸っている。

魔物狩りで魔術師ギルドのポイント稼ぎも目的のひとつではあるが、ミカラを自身の美貌で骨抜きにするという真の目的の方は達成不可能な気配がする。


「まずい・・・まずいですわ」


「あ、お嬢、そっちは」


ボコッ!


「な、なんですのっ!?」


アフロディーテがふらふらと歩いた先には風化し、植物の根で覆われた石畳があった。

足を置いた瞬間に、石畳の底が抜ける。


「きゃああああああああああああっ!?」


崩壊する瓦礫とともにアフロディーテが落下する。


「お嬢ーーーっ!!!」


ミカラの叫びは、地下へと続く闇の中へと吸い込まれていったのだった。










「きゃあああああああああっ!」


アフロディーテが悲鳴をあげて魔物たちから逃げ惑う。

そこは樹海型迷宮の真下に存在していた、古代遺跡型ダンジョン。

先程瓦礫と共に落下した時アフロディーテは、『幸運』にも大量の岩に圧し潰される事は無かった。

即死は免れた。

だが・・・


(嘘っ!魔術がっ!魔術が使えないっ!?)


どうやらこの迷宮には魔術封じの術式が組み込まれているようである。

アフロディーテにはもう、逃げる事しかできない。

苔生した石畳の上を転げるように走る。


(嘘っ!嘘ですわっ!私がこんなところで―――)


アフロディーテを追いかけてくる魔物たちはどれも小物の雑魚ばかりだ。

彼女が魔術さえ使えれば、秒で細切れにできるだろう。


「はっ!ぜひゅっ!はぁっ!はぁっ!」


必死に走る。

大丈夫。

きっとミカラが助けに来てくれる。

そうじゃなきゃおかしい。

あのセリンに変な魔術を教えて、自分の髪の毛もプライドも台無しにしてくれた男。

自分の色仕掛を歯牙にもかけない朴念仁。

料理は美味しいしマッサージも上手い、歌も上手いし、頭をなでてくれた手は優しかった。

それに―――


「あうっ!」


魔物の攻撃が頭をかすめる。

かすった時に・・・


カチャンッ


「あ、ダメ・・・」


ミカラが買ってくれた髪飾りが落ちる。


(あれは、セリンさんに自慢するんですの。ミカラ様から貰った物だって―――)


アフロディーテにはその髪飾りしか見えていなかった。

魔物たちが振り下ろしてくる牙や爪は目に入っていなかった。

そして・・・


ドガッ!


「――――――――――うぇ?」


「―――間に合った」 


ボソリとした男の声が聞こえる。


「!!!ミカラ様っ!」


感極まってアフロディーテが叫ぶ。

そこには、魔物の攻撃をナイフ2本で防いでいるミカラが居た。










「下がってろお嬢」


ミカラはアフロディーテを一瞥すると、大量の魔物とナイフ2本で切り結ぶ。


「だっダメです!ミカラ様っ!逃げないとーーー」


アフロディーテが我に返る。

ミカラの実力はアフロディーテも認めるところである。

助けに来てくれた事は嬉しいが、周りの魔物の群れと、魔術封じのダンジョンという現実は覆せない。

しかし、ミカラはナイフ2本で魔物の群れに突っ込んでいく。


(ま、まさか―――)


無理だ。

彼は前衛職ではないのだから。

サポート系のバフ魔術も使えない。

すぐに魔物たちに引き裂かれて食われてしまう。


(時間稼ぎをして私を逃がすつもりですの?―――)


アフロディーテが今すぐ逃げ出せば、彼女1人だけなら助かるかも知れない。

ミカラもそれを望んでるかも知れない。

しかし・・・


「嫌っ!嫌ですわっ!貴方を失いたくなんてありませんものっ!逃げてくださいっ!ミカラ様っ!」


助けになんて来ないで欲しかった。

死んでほしくない。

助けに来てくれて嬉しい。

一緒に帰りたい。

また頭をなでて欲しい。

アフロディーテの感情がぐちゃぐちゃになる。

ミカラが死んだら、すぐに自分も後を追おう。

そうアフロディーテが決める。

するとそこに―――


ドォォッ!ズシィィンッ!


「ふぇ?」


アフロディーテの周囲へと、死んだ魔物たちの残骸が落ちてくる。


(・・・ ミカラ様は盗賊職では・・・?これはいったい・・・?)


泣き腫らした目をゴシゴシと子供のように擦り、ボヤケた視界をクリアにする。


―――ドチャッ!


「ひっ!」


アフロディーテの目の前に、巨大な蜘蛛の魔物の死体が横たわる。

その巨大蜘蛛の身体に跨っていたミカラがナイフを引き抜くと、紫色の体液が散らばる。

軽く振ってその体液を飛ばすミカラ。


「ミカラ様っ!お怪我はっ?お怪我はございませんかっ?」


アフロディーテが叫ぶように呼びかける。


「!!!」


ミカラはアフロディーテの呼びかけにビクリと震えると、持っていたナイフを投げ捨てる。

アフロディーテはその時ミカラと目が合い、背中にゾクゾクと戦慄が走る。


「さて、帰るぞお嬢」


「はぃ・・・」


ミカラに手を引かれて素直に歩くアフロディーテ。

ミカラは腰の鞄からロープとカギ爪を取り出し、天井の穴・・・ 地上へ向かって放り投げる。

早くしなければ魔物がまた襲ってくるかも知れない。

2人はロープを使って脱出した。

不測の事態により、今回の迷宮探索は打ち切りとなった。










「『光』よ!」


ミカラはアフロディーテの後を追って穴へ飛び込む。

暗闇に向かって照明の魔術を放ち・・・ その魔力は雲散霧消する。


(くそっ!ここは魔術封じのダンジョンかっ!『探知』魔術も跳ね返すから未発見だったのか?んな事よりも・・・ )


アフロディーテの悲鳴が聞こえる。

魔物らしき不規則で騒々しい足音も聞こえる。

ミカラは駆け出す。


(まずい。早く・・・もっと早く)


『強化』系のバフも、『弱体化』系のデバフも使えない。

未知のダンジョンの未知のモンスターに、身一つで挑み、殺し、女を助け出さないとならない。


(研ぎ澄ませ。俺は一振りの刀―――)


思考が加速し、時間が間延びしていく。

『盗賊』適性の身のこなし、『武道家』適性の腕力、『騎士』適性の剣術で振るわれるナイフ。

そして『暗殺者』適性で見極めた急所を突き刺し、解体して仕留める。

アフロディーテの無事は確認した。

後は、邪魔なモノを排除するだけ。

ミカラは感情を消し去り、ただただ殺戮する。

そのまま周辺の魔物を鏖殺する。

そして、目撃者の排除。

こちらを心配そうに見つめている、髪の短い少女。

後はこの女を始末するだけ。

首を掻っ切ればそれで終わり。


―――違和感?


女は何か手に握り締めている。

武器か。

ならば指を切り飛ばして無力化する。

―――ああ、そうか。

あれは俺があの娘に贈った髪飾り。

似合ってたな。

喜んでくれた。


「ミカラ様っ!お怪我はっ?お怪我はございませんかっ?」


―――――――危なかった。


ミカラは手に持ったナイフを投げ捨てる。

刃がガタガタで修復できまい。

『魔力付与』もせずに魔物を切り続けたため、手持ちのナイフすべてが駄目になっていた。


「さて、帰るぞお嬢」


自分が危うく殺しかけた少女を、ミカラは直視できなかった。










「では、これが報酬ですわ」


「ああ、確かに」


元居た町へと帰還した。

アフロディーテが宿泊している高級宿の部屋にて、ミカラに金貨の詰まった袋を手渡す。

魔物狩りはやけに中途半端に終わってしまったが、初心者の魔術師と中衛職のコンビでの探索結果としてはまずまずであろう。

いや、大金星と言えるかも知れない。

未発見の古代遺跡型ダンジョン。

まだ全体の規模も不明でランクも定まらないが、下手をすれば発見者の名前が歴史に残る。

アフロディーテに対して、魔術師ギルドからそれなりの評価は出るはずだ。


「じゃな、お嬢も元気で」


2人の関係はそこで終わりのハズだった。

しかし・・・


「おい?」


「こ、こういうのは、お嫌いですの?」


アフロディーテがぎこちなく抱きついてきた。

そう、まだ終わっていない。

終わりたくない。

アフロディーテは目を瞑ってキス・・・


「痛っ」


歯と歯がぶつかった。

ミカラは無反応。

冷たい目でアフロディーテを見つめている。

その視線に怯みながらも、アフロディーテは迫る。


「わ、私には、女として魅力が・・・ 無いんですの?」


ミカラからはそういった風に見られていないのは重々承知している。

それが彼女の高過ぎる自信を目減りさせていた。

さらには、自身の不手際でミカラの命を危険に晒したのだ。

彼女は今、セリンに負けた時よりも、頭がアフロになった時よりも深く落ち込んでいた。


「いや、女としても、魔術師としても・・・仲間としても・・・十分魅力的だったぜ」


ミカラがアフロディーテを抱き寄せる。

優しく背中をぽんぽんたたく。


(また、子供扱い・・・)


不満そうな顔をしたアフロディーテに、ミカラもぎこちなく笑いかける。

 

「いや、本当だぜ?」


それはミカラの本心であった。

思えば、ここ最近では1番まともにパーティーとして連携が取れていた。

アフロディーテが魔術師ながら前衛を務め、ミカラはポーター的立ち回り等も含め、サポートに徹する。

最後のあの古代遺跡に関しては不慮の事故のようなものだ。

強いて言うなら、経験や立場的にミカラの責任のが重い。


「俺のせいで怖い目に合わせた。悪かったな。守れなくて」


「そんなっ!ミカラ様は私を守ってくださいましたわっ!」


「・・・ いや、そうじゃないんだ」


(依頼対象を殺しかけた)


ミカラは自責の念からアフロディーテを拒絶する。


(ああ、駄目。突き放される―――)


敏感にそれを感じ取るアフロディーテ。

ミカラからはアフロディーテへの劣情が感じられない。

このままでは小娘のようにあしらわれてそれで終わりだ。

色仕掛が上手くいかなかったからではない。

きっと、自分のミスで危険な戦いに身を投じた事を怒っているに違いない。

失望したのだろう。


「うぅっ・・・ 」


アフロディーテがポロポロと涙をこぼす。

ミカラに拒絶された事を呼び水に、今更ながら不安と恐怖が蘇ってきた。

魔術が使えない事へのパニック。

魔物に囲まれた絶望。

間近に迫る死の気配。

そして、ミカラを失いそうになった恐怖。


「お願いですわ。抱き締めて・・・」


怖かった。

死を覚悟した。

助けに来てくれて嬉しかった。

でも無茶をして欲しくなかった。

逃げて欲しかった。

感情がぐちゃぐちゃになって上手く喋れない。

顔もきっと酷い有り様だろう。


「ミカラ様、ミカラ様、ミカ―――」


ミカラがアフロディーテの唇を塞ぐ。


「大丈夫だ。俺はここに居る」


そうなのだ。

あの時、ミカラが死ぬかも知れないと思ったのが、1番怖かった。


「よかった、無事で、私のために死んだりしないで、よかっ・・・ 」


その後は声にならなかった。

彼の胸で泣きじゃくり、甘えて背中をなでられ、幼子のように抱きついて離れない。


(ああ、なんて事ですの・・・)


ミカラの腕に優しく抱かれながら、自分のあの作戦が完璧に終わった事を自覚した。


(・・・ああ、私はもうすでに、この方を愛してしまっていたのですのね・・・)










「痛っ・・・うぅ、おまたが痛いですわ・・・」


翌朝の事。

泣きじゃくってスッキリした頭と、物理的な痛みがアフロディーテに冷静さをもたらす。

ミカラはかなり優しくしてくれたはず。

しかし、アフロディーテが本能のままに激しく求めた結果だった。

痛い。

数日はガニマタで歩く事になりそうである。


「ミカラ様・・・」


目覚めたらすでにミカラは居なかった。

契約。

依頼。

それはわかっていたつもりだったが、彼の居たであろうベッドの隣をまさぐってしまう。

匂いも温もりも、すぐに消えてなくなるだろう。


「ふっ」


アフロディーテが笑みをこぼす。


「ふふふ。私が勝ちましたわよ?セリンさん?おーっほっほっほ!」


セリンの自慢の先生から同じく指導を受けてやった。

セリンが味わっていない食事もマッサージも堪能した。

セリンの想い人を先に奪ってやった・・・というか奪われてやった?


「ほっほっほ・・・はぁ・・・」 


誤算だったのは・・・


(なんで、胸の鼓動が止まらないんですの?)


あの時の感情は一時的な盛り上がりとかではないらしい。

肌を重ねてしまった今、さらに彼への愛しさが止まらない。

この作戦計画の最大の穴は、自分が相手に惚れる可能性であった。

そこに見事に落ちた間抜けが自分である。


(でもでも仕方無いですわよね?)


魔術が使えない古代遺跡。

魔物に囲まれ逃げ場が無い。

絶体絶命の時に、間一髪で助けに来てくれた。

惚れない訳が無い。


「ミカラ様が行っちゃう・・・」


今すぐ彼を追わなくちゃ。

まだ間に合う。

彼の隣に立って、一緒に―――


「!!!―――んなっ!何をバカな事を・・・わっ私は、誇り高きパンデーモス家の娘。あんな、あんな冒険者崩れになんて・・・」


惚れるわけがないはずだった。

色仕掛けで骨抜きにして従わせるはずだったはず。


「・・・ミカラ様・・・」


策士策に溺れる。

アフロディーテは、ミカラが買ってくれた木彫りの髪飾りを握り締め、それに口づけをした。

愛し求め合った昨夜を思い出す。

彼の切なそうな表情も。


「ミカラ様も・・・なんだかずっと、泣いているみたいでしたわ・・・」


 








「口封じ、し損ねたな・・・」


ミカラは山道を徒歩で進む。

一刻も早く町から離れたかった。

早くアフロディーテから逃げたかった。

アフロディーテは、確かにミカラの特殊な戦い方を見ていたはずであった。

魔術が封じられているなか、バフも使えない状態で肉弾戦のみで魔物の群れを一撃死で殲滅した異常性。

これを周りに吹聴されても困る。

彼女の口が軽い軽くないの問題ではない。

知ってる事自体が問題なのだ。

アフロディーテが自分への恋慕と、死への恐怖から自分に抱かれようとしてるのはわかった。

それを利用して、『暗示』や『精神支配』で自分に関する記憶を封印しようと考えた。

しかし・・・


―――貴方が無事で良かった。貴方が死んでしまったら私―――


アフロディーテが、何よりもミカラの死を恐怖し、ミカラの無事を喜んでいた事を理解してしまい・・・ ミカラの企みは頓挫する。


「ああ、くそっ。なんなんだよ・・・俺はっ!」


ミカラの事を想ってくれている女の温もりが愛しかった。

だから逃げた。

今も逃げ続けている。

大切なモノはもう作りたくない。

失う恐怖を知っている。

その絶望も知っている。

もう失いたくない。

アレをまた味わうくらいなら・・・


「俺は独りでいい」

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