第6話 迷探偵ミカラ

ミカラがとある町の冒険者ギルドのクエスト依頼書の掲示板を見ている。


「なんかこう、楽して稼げるクエストないかね」


「これなんてどうです?盗賊職の募集ですよ。お試し期間を挟んで好感触なら正式メンバー登用ありですって」


ミカラの独り言に反応して受付嬢が1枚の依頼書を指し示す。


「・・・ああ、コイツらか。このパーティー、ダンジョン内で盗賊職の仲間を見捨てて置いてきたヤツらだぞ。まだ補充できてないのか?」


常にメンバー募集をかけていたり、メンバーの入れ替わりが頻繁なパーティーはブラックな事が多い。


「え?それちょっと詳しく聞かせてください」


受付嬢が真顔になって話しかけてくる。

ギルド所属のパーティーの不正や犯罪行為を厳しく取り締まるのもギルドの仕事だ。


(放置してっと被害者が他所に泣きついて、騎士団や教会が武力介入するいい口実になっちまう。揉め事は大事に発展する前に潰すに限るもんなぁ)


受付嬢も大変である。

その後もざっとクエストをチェックするが、ミカラの求める依頼が無い。

そもそもソロの中衛職を指名しているような依頼は少ない。

だからといって年齢性別職業不問となると、害獣駆除や薬草採取などのおつかい系ばかりだ。


「しかたねーな。酒飲んで帰ろう」


ミカラが今日仕事をするのを諦める。

明日の自分に期待する。

頑張れ、明日のミカラ・デタサービ。

そんな時・・・


バタァーン!


「だ、誰か助けてください~〜〜っ!」


冒険者ギルドに女が1人飛び込んで来た。










「あのあのっ!誰か助けてくださいーーーっ!」


入口付近で手をぶんぶん振りながら、1人の女が叫んでいる。

ギルド内は他の町と同様に酒場も兼ねており、依頼を終わらせて一杯やってるヤツや、これからクエストへ行くためのミーティングをしている者たちもいる。

降って湧いたトラブルに、ほとんど全員が酒を飲む手を止めて女の闖入者を注視するが・・・


「あ、お姉さん。1番安い酒となんか適当にツマミちょーだい」


ミカラは特に気にする事も無く、隅の席に座ってウエイトレスにオーダーしている。

すると間もなく、ドカドカと足音を立てて屈強な男達の一団が現れた。

そしてあっという間に女を捕まえる。


「手間かけさせやがって!大人しくしろっ!」


「いやぁーっ!助けてっ!助けてっ!」


ジタバタ暴れる女をその一団が連れ去ろうとしている。

冒険者たちは動かない。

ミカラも静観を決め込む。

冒険者は慈善事業じゃない。

それなりの美女と荒事慣れしてそうな男達。

絵面はともかく、女が悪者の可能性が捨てきれない以上、下手に動けない。

女にやましい事がなければ、冒険者ギルドなどでなく、衛兵の詰め所へ飛び込めばいいからだ。


(・・・衛兵?いや、どっかの私兵かな?)


女を捕まえているその一団は正規の衛兵ではないようだが、それなりに良い装備をしている。

商人か貴族か、何処かの金持ちの私兵であろう。

冒険者ギルドに迷いなく踏み込み女を連れ去ろうとしてるところからも、後ろ盾に対しての自信や信頼があるのだろう。

つまり―――


(う、うそーーー!?だ、だれも助けてくれないのーーーっ!?)


女は絶望する。

藁にも縋る思いで冒険者ギルドに飛び込んだのに、あてが外れた。

もう助かる道筋が見えない。


(いやだっ!やだやだやだーーーっ!)


この時、彼女は必死だった。

このまま連れていかれたら確実に破滅だからだ。


(誰かっ!誰か強い人っ!助けてーーーっ!『鑑定』っ!)


彼女は自分が片目にしているモノクルに意識を集中する。

それは魔道具。

魔道具とは詠唱や魔法陣を介さずに魔術を行使出来るアイテムである。

彼女のつけている片眼鏡型の魔道具は、魔力を込めれば鑑定を行えるという、鑑定士には必須のアイテムだ。


(ぬぅぐぉぉぉ〜〜〜っ!魔力ぅぅぅ〜っ!全開ぃぃぃ〜っ!)


普段は頑張っても不可能な不特定多数への同時『鑑定』を、ギルドに居た人間すべてに使う。

危機的状況に際した火事場の馬鹿力とでも言える限界突破の魔力使用だ。

実際、彼女はその広範囲同時『鑑定』による魔力大量使用で、この後に気を失う事になる。

しかし、それが彼女自身を助ける結果に繋がる。


(―――――っ!『騎士』『魔術師』『盗賊』『僧侶』っっっ!駄目っ!ほとんどが職業が一つで、魔術適性も少ないっ!)


少し剣を振るえても『騎士』適性はつかない。

治癒を少し出来ても魔術を少し使えても『僧侶』や『魔術師』適性がある事にはならない。

職業適性とは、その道で一流に成れる可能性を秘めた者。

実際に彼女を守って追手を倒してくれるかは別の話だとしても、そもそも強くなければ頼る意味が無い。

今自分を捕まえている男達を倒して終わりではないのだ。

彼女とともに黒幕に立ち向かえる人材でなければならない。

彼女はギルド内すべての人間の『鑑定』結果を次から次へとチェックする。

視界に同時に飛び込んで来る情報の渦に目が回り、意識が飛びそうになる。


(うぅ、強い人いない・・・ダメ、あの人もダメ・・・)


せめて『騎士』と『魔術師』を併せ持つ、いわゆる魔剣士くらいの攻守バランスの取れた職業適性でないと、直接戦闘力皆無の自分を守りきれないだろう。


(『魔術師』『僧侶』持ち・・・レアだけど、前衛職は欲しい・・・でもダメ。いない―――)


だがどの冒険者からもそこまでの鑑定結果を得られない。

そもそも誰も助けてくれる気配が無い。


(ああ、もうダメなんだ・・・)


泣きそうになる彼女の腕や肩を、追手の一団が掴んで外に連れ出そうとしている。

もう終わりだ。

そう思って視線が滑る。

その視線の先には、1人の男が居た。

装備は軽装。

所謂中衛職だろう。

彼女の大ピンチなど何処吹く風で、1人のんきに酒とツマミを楽しんでいる。


(なんなのよあいつっ!)


彼女は理不尽にも、無関係なその男に怒りを覚える。

その瞬間、彼女のモノクルに、その男の『鑑定』結果が映し出される。


「―――――――え?」


『盗賊適性』

『騎士適性』

『魔術師適性』

『僧侶適性』

『暗殺者適性』

『武道家適性』

『鑑定士適性』


「はっ!?ちょ――――」


膨大な情報に目が追いつかない。

表示された全部は読めない。

職業適性を読み切る前に、魔術適性が表示される。


『土適性』

『風適性』

『火適性』

『水適当』

『光適性』

『闇適性』


(なにこれっ!)


読み切れない。

さらに何かが表示されそうになり・・・


(ま、まだあるの!?)


バツンッ!


「あっ・・・」


突然『鑑定』魔術が途切れた。

彼女の目と鼻から血が垂れる。

瞬間魔力使用量が限界を超えたのだ。

これ以上は脳が焼き切れてしまうため、肉体が無理矢理魔力を閉じたのだった。

膝ががくがくと笑い、呼吸も浅くなる。

意識が飛びそうだ。

あの男の『鑑定』結果のすべてを読み切る事はできなかったが・・・


(ば、ばけもの・・・)


その異常さを理解するには十分だった。

その男はこちらを、真っ直ぐに凝視していた。


「・・・見たな?」


「――――ひっ―――」


その男―――ミカラと目が合いその声を聴いた途端、彼女は小さく悲鳴を上げてガクンと項垂れ、意識を失う。

冒険者ギルドまで全速力で走ってきた事に加えて、魔力大量消費、ミカラの『威圧』。

非戦闘員たる彼女には耐え切れなかった。


「なんだ?どうした?」


「知らん。なんか勝手に気絶した。まぁいい、起きた時に騒いだらかなわん。何かで口塞いどけ」


突然意識を失った女に面食らいつつも、追手の一団は撤収しようとする。

そこにミカラが現れる。


「どこまで見た?答えろ」


ミカラは女に話しかける。

当然女は意識が無く応えない。

代わりに追手の1人がうるさそうにミカラに言う。


「おい、なんだオマエ?この女の知り合いか?そうじゃねぇなら余計な邪魔・・・」


「邪魔だ」


ミカラは女を抑えていた男たちの足を払って床に転がす。


「ぐあっ!」


「痛ぇっ!」


男たちが慌てて見上げると、女はミカラの腕の中に収まっていた。


「な、何しやがるっ!女を返せっ!」


ミカラはその声を無視し、ギルド内に響く大音声で叫ぶ。


「おい!ギルドの姉ちゃん、俺はこの女のクエストを受ける!クエスト内容は『助けて』だ!受理しろっ!」


「え?ですが・・・その方はまだ・・・」


まだ正式にクエスト依頼を行っていない。


「この女の名前はアナ・ライズ。鑑定士ギルドのメンバーだ。身元はハッキリしている」


ミカラはアナの名前など、先程までは知らなかった。

さっき、知ったのだ。


(俺を『鑑定』する者には、オートで『鑑定』魔術が発動して丸裸にできる)


カウンターの術式。

ミカラはアナの年齢から職業適性に魔術適性、さらには鑑定士としての腕前まで知ってしまった。

さらに今重ねて『解析』魔術を施し、その人となりなどの、深い部分まで探れた。

取り敢えずは生粋の悪人ではない。

多少強引でもクエスト受諾して問題は無い。


「冒険者ギルドと鑑定士ギルド、この両組織の信用を担保にして、鑑定士アナ・ライズのクエスト依頼をミカラ・デタサービが口頭にて承った。文書での依頼やクエストランクの選定、報酬の明文化は後日発行する。これで問題は無い。この場の全員が見届人だ」


スラスラと喋るミカラに、先程の男たちがじりじりと詰め寄ってくる。


「何をごちゃごちゃと・・・いいからその女を―――」


ミカラが告げる。


「まだわからないのか?今この女を連れて行こうとすれば、この場の全員がお前さんらの敵になるぞ」


「何をバカな―――」


「クエスト受諾者、またはギルド職員が現状メンバーでのクエスト達成が困難だと判断した場合、追加報酬による増員要請ができる」


―――ええ?俺達を巻き込むなよ―――と、ギルド内の冒険者たちが迷惑そうな顔をする。

が、ノリの良いヤツらは心得たもので、手持ちの武器でガチャガチャとこれ見よがしに音を立てたり、立ち上がったりする。

ハッタリとしては十分だ。

有り難い。


「この女を捕まえたいなら、正式な捜査権を持つ騎士団でも連れて来いよ」


ここはミカラも賭けだった。

コイツらが本当に後ろ暗いところがまったくなければ、今すぐ衛兵を呼んでくるだろう。


(だが、この展開に持ち込めたなら大丈夫なはずだ)


連中の中に1人だけ毛色の違う男が居る。

体格も大きい方ではなく、一団の後ろの方に目立たず地味に佇んでいる。

だが気配が二流三流のそれではない。

先程から無言を貫いてるが、恐らく彼がリーダーだろう。

果たして・・・


「―――やめろ。一旦退け」


やはりリーダーだったのだろう。

彼が声をあげると、私兵たちは捨て台詞も無く直ぐ様撤退していく。

潔く見事な引き際だ。

リーダーの男はチラリとミカラを一瞥すると、何も言わずにギルドを出て行った。


(プロだな)


ミカラへ仕返ししてプライドを保つ事より、冒険者ギルドと揉めた場合の雇い主へかかる迷惑や負担を考えたのだろう。

いい判断だ。

それにかなり強い。

もしも戦闘になったらどうなっていたか。


(穏便に済んで良かった)


不思議な話だが、彼を敵として信頼したからこそ出来る即興の茶番だった。

追手が脳筋バカの集まりだったならば、ギルド内の冒険者全員巻き込んでの大乱闘の末に、この無断鑑定女を抱えてトンズラするハメになっただろう。


「さて、と」


ミカラがギルド内の冒険者たちに振り返り、肩をすくめて笑顔を向ける。


「悪かったな。俺のおごりだ。好きに飲んでくれ」


そう言ってミカラが金貨をウエイトレスに渡すと、あちこちから口笛を吹いたり、「いえーい」とかの反応がある。

白けていた空気を、酒や料理のオーダーでてんてこ舞いになるウエイトレスがかき乱してくれる。

元の喧騒を取り戻した店内を歩いてきた受付嬢が、ミカラに心配そうに話しかけてくる。


「ミカラさん、本当によろしかったんですか?その方が犯罪に類する事を犯してたり、何か・・・その、どなたかに目を付けられたりしていたら・・・」


『鑑定』や『解析』も完璧なる神の御業ではない。

無自覚に犯罪を行っていた場合や、無実の罪を着せられていたらその結果を覆す。

最悪ミカラも犯罪の片棒を担いだ事になって牢屋入り。

冒険者ギルドからも除名だろう。


「ま、成るように成るさ」


そう言ってミカラは自分が泊まる部屋へと上がっていった。

部屋に戻り、鑑定士アナの顔の血を拭き、『治癒』をかけてやる。

使った魔力はすぐに回復しないが、じきに目覚めるだろう。


「―――うっ・・・」


しばらくして目を覚ましたアナに、ミカラが冷たい声で問いかける。


「俺の質問に虚偽無く答えろ。答えなければ殺す。嘘を吐いても殺す」


「はい・・・」


アナは虚ろな眼差しでボウっと宙空を見つめている。


(『威圧』は成功したから自白は成功しそうだけど、念の為な)


軽く『暗示』をかける。


「重ねて言う。必ず嘘偽りなく答えろ。・・・俺の『鑑定』結果・・・どこまで見た?」


底冷えのする声でミカラが問う。

およそ無防備無抵抗の女に対して出す声音ではない。


「はい。私が『鑑定』して見たのは――――――」


アナが喋り終わった後にミカラがさらに問う。


「お前の所属はなんだ?本名から答えろ」


「私は鑑定士アナ・ライズ。所属は鑑定士ギルド・・・ 」


「―――そうか、わかった」


ミカラがようやく緊張を解く。


(どうする?『暗示』の上、『精神支配』で『記憶操作』すれば・・・いや、頭ぶっ壊れるかも知れん)


事情はよくわからないが、悪意を持ってミカラに無断で『鑑定』魔術をかけた訳ではないようだ。

ミカラの適性についても、知ってる者や、勘付いてる者もそれなりに居る。


「このくらいの情報なら、許容範囲、か」


口封じせずに済みそうでホッとするミカラ。

見ず知らずの女の頭をいじってまで秘匿するほどの情報をアナは知り得ていない。


「ま、釘は刺しておくか」


普段の何処か不真面目な、いつもの態度と表情を取り戻してから、ミカラはアナに声をかける。


「おい、起きろ。アナ」


「はえっ?」


『威圧』と『暗示』を解かれた事により、アナは意識を覚醒し、口からよだれを垂らした。










「あ・・・まずは、その、助けて頂き、さらには依頼も受けて頂き、誠にありがとうございます」


ベッドから上半身だけ起こして、行儀良くアナがペコリと頭を下げる。


(うーん。魔力使い過ぎて倒れちゃったから、あんまりよく覚えてないんだけど・・・私いつの間に依頼出したっけ?)


助けて助けてと騒いだ記憶はある。

クエスト依頼書を出す前に捕まった記憶も。


「私は鑑定士のアナ・ライズです」


「ミカラ。冒険者だ」


「あ、あの・・・ご職業は?」


「見ての通りの中衛職だが?」


帯剣していないし、魔術師の杖もローブも無い。


「ええと、私はその、戦える人・・・が、いい、の、で―――」


そこまで言いかけて、アナの顔からサッと血の気が引いていく。


「あー・・・思い出したか?」


ミカラがガリガリと頭をかく。

アナはわなわなと震えながら声を上げる。


「あっ!あなたっ!なんですかあの職業適性の多さはっ!魔術適性もまさか全属性―――」


ミカラの人差し指が興奮するアナの唇に添えられる。


「クエスト受諾の条件だ。俺の『鑑定』結果は他言無用で頼む」


「え・・・凄い才能なのに・・・勿体無いですよ?」


アナが不思議そうにする。

自分にもしも『騎士』や『武道家』の適性があれば、あんな男達手ずから叩きのめしてやれたはずだ。


「詮索も無しだ。今後俺に対して『鑑定』したりしたら、そこで依頼は破棄する」


「あうう・・・そんなぁ。わかりましたよぉ」


鑑定士の職業適性持ちは、その職種に相応しく、とにかく知りたがる。

利用してやろうとかそんな裏が無い分、逆にたちが悪くしつこい。

知識欲の塊なのだ。

アナにとってミカラは、生まれて初めて出会った、好奇心が無限に湧いてくる対象なのだろう。

自身の置かれた窮地も忘れて、熱っぽい視線を恨めし気にミカラに送っている。

いい女に見つめられるのは嫌いじゃないはずなんだが、こちらの底を見通そうとする視線はゾワゾワする。


(なんで俺の周りはこんなんばっかなんだろうか?)


「んな事よりも、話を進めろ。時間は稼いでやったが気休め程度だろう」


ミカラが先を促し、アナはようやく本題に入る。


「はっ!はいっ・・・実はですね―――」










アナの話はこうだった。

アナはこの町で鑑定士をやっている。

数日前にとあるマジックアイテムが持ち込まれた。

鑑定結果はアーティファクト級。

そして今日、そのアーティファクトの現所有者の貴族が、アナを詐欺師として捕らえようとしてきたらしい。

貴族の遣いとして来たのは、金次第でなんでもやる荒くれ者の私兵たち。

濡れ衣とは言え捕まったらどうなるか。

拷問、凌辱、そして・・・人知れず闇から闇へ。

衛兵の詰め所に駆け込む事も考えたが、もしも貴族の私兵たちの言い分を衛兵が信じたら引き渡されてしまうかも知れない。

だから冒険者ギルドへと必死に走り・・・今に至る。


「鑑定依頼品を持ち込んだのは?」


「この町の商人よ。入手経路は聞いてないわ」


「お前さんを追いかけてた連中の雇い主の貴族ってのは?」


「この町では中堅くらいの御貴族様よ。領主様の叔父だとかそんな感じね。マジックアイテムやアーティファクトの蒐集家として有名だわ」


「ふむ」


整理しよう。

詐欺師としてアナを捕らえようとしたのなら、鑑定結果と現物が違ったと言う事だろう。

黒幕は誰だ?

どう考えても、アナと貴族の間に居る商人が怪しい。


(て言うか、そいつしかいないべ。だが動機はなんだ?)


「なんか心当たりねぇのかよ?」


「心当たり・・・うーん。あっ!」


首を捻っていたアナが何かを思い出す。


「そう言えば・・・そのお貴族様のお屋敷でパーティーあったんだけど・・・ああ、ギルド関連の付き合いでね?若い女だからって引っ張り出されるのよ。セクハラ親爺どもめ・・・いやまぁそれはいいわ。その時ちょっとその・・・偽物のアーティファクトあったから、指摘しちゃった」


てへっと舌を出すアナを半眼で見据える。


「それしかねーだろ。お前さんはお貴族様と、そのお抱え商人の面子を潰したわけだ」


黙ってればいいものを。

流れから言って、そのアーティファクトを売りつけたのも件の商人なのだろう。


「・・・私に鑑定させた本物と偽物をすり替えて売りつけ、事件の発端になった偽アーティファクトの件も擦り付けてウヤムヤにするつもりだったのかしら?」


「んーーーもしかしたら・・・貴族も商人も実はグルで、パーティーで赤っ恥かかせてくれた鑑定士の目が曇ってる事にして、面子を保ちたいだけかも?」


「うぅ、それじゃ手に負えないわよ。お貴族様が白と言ったら黒も白なのよ」


頭を抱えるアナを横に、ミカラはカーテンの隙間から外を見やる。

監視者は―――2人?


(なるほど)


ミカラは頷くと、アナに呼びかける。


「アナ」


「え?何?」


「デートしよう。今から海でも見に行こうぜ?水平線に沈む夕陽はさぞかし綺麗なはずさ」


ミカラが満面の笑みでそう提案した。










ミカラとアナの2人がギルドから出て海岸へと向かっている。

・・・その後を、何者かがつけて行く。

ミカラとアナは手を繋ぎ恋人同士のようである。


(・・・?)


丁度景色の良い断崖絶壁に差し掛かったあたりで、何故か2人は突然口論し始める。


「―――嫌よっ!変な事しないって言ったじゃないっ!」


「あ?何だこのくらいで。じゃあ他の冒険者を雇えよ。見つけられればだがな」


ミカラが鼻で笑って歩み去っていく。


「え?待って・・・嘘でしょ?ホントに行っちゃうの?」


不安そうにふらふらとミカラの後を追おうとするアナ。

彼女は段々と崖に近寄って行く。


(・・・・・・・・)


・・・今なら、目撃者もいない。

鑑定ミスをした鑑定士が1人、崖から落ちた。

そんな事は誰も気にしないだろう。

すぐに忘れられる。

事件とも呼べない。


(これで、これで私の地位は守られ―――)


ガシッ!


「!!!」


その人物は、腕を掴まれ硬直する。

1人になったアナを突き落とそうとした人物。

その正体は・・・


「やはりアンタだったとはな。付き合いもそれなりに長かったのに・・・残念だよ」


その正体は、アナにアーティファクトの鑑定依頼を持ち込み、貴族に売り払った商人――――――ではなかった。


「え?誰?」


アナは、自分を崖から突き落とそうとした初老の男と、その男の腕を掴んでいる私兵のリーダーとを交互に見比べる。


「我が主の執事頭を務めている者だ。迷惑をかけたな、鑑定士」


リーダーが無表情で謝罪する。


「どゆこと?」


アナと喧嘩別れしたふりをしていたミカラも、いつの間にか戻っていて話の輪に加わる。


「以前から主人のコレクションを横流ししている者が居たのはわかっていたんだ」


リーダーが男を拘束しながらあらましを話してくる。


「証拠はもう揃っていた。主人には伏せて内々に処理しようとしたのが仇になってな」


お貴族様は、駆け出しの若い鑑定士よりも、長年勤めていた腹心を信じた。

信じたかったのだろう。

贔屓にしている商人を使って、新しいアーティファクトの鑑定を件の鑑定士にさせた。

そのアーティファクトは本物だった。

だが主人はそれを偽物と断じ、鑑定士の捕縛を命じる。

真実が解っていても、従わざるを得なかった。


「詐欺師と呼んで館に連行した後は、この男が手出し出来ないように監視の名目で護衛をするつもりだったのだ。その間に主を説き伏せるつもりだったんだが・・・ 上手くいかんものだ」


リーダーはチラリとミカラを見て嘆息する。

アナの予想以上の逃げ足の速さ、衛兵の詰め所でなくギルドに逃げ込んだ事、ミカラがアナの依頼を受けた事、さらには主の気の迷いを千載一遇の好機と睨んだ真犯人が鑑定士を亡き者にしようと画策した事。

不測の事態が連鎖的に起こってしまった訳だ。


「ではな。後日改めて今日の件で訪ねる。他言無用に頼む」


リーダーが執事頭を後ろ手に捕まえ連行しようとした瞬間・・・


「はなっ!離せぇーーーっ!」


ボッ!


「ぐわっ!」 


執事頭の嵌めていた指輪から炎が上がり、リーダーが弾き飛ばされる。

『護符』の指輪なのだろう。

装着者の身の危険に際して力を発揮するマジックアイテム。


「くっ!来るなっ!離れろーーー!」


「おい、危ないぞー?」


崖ぎりぎりの位置まで行って威嚇する執事頭。

ミカラからしたら飛び込んでも構わない。

どうでもいい。

しかし、付き合いが長いからか生け捕りを命じられているからか、リーダーには痛恨のミスだったようだ。


「よせ、はやまるな。罪を償え。きっと主はお許しくださる」


「うるさいっ!誰も、私の苦しみなどわからないっ!」


思い詰めた表情の執事頭を見て、心底どーでも良さそうにミカラは思う。


(早く帰りたいなー)


アナも両手を胸の前で握り、執事頭に訴える。


「どうしてこんな事を?アーティファクトの横流しなんて・・・いずれバレてしまったはずでしょう?」


アナの姿に誰かを重ねて見ているように、執事頭の瞳が揺れる。


「・・・ 娘が病気なんだ。娘のために金が要る・・・」


アナがハッとする。


(ん?まずいな?)


ミカラは『解析』にてアナに完治済みの病が幼少期にあった事が解っている。


「それで・・・」


アナの瞳に同情の色が滲む。

幼い頃の自分と父親との関係性でも思い出しているのだろう。

そして、執事頭が続きを語る。


「それでっ!私はストレス解消に娼館に通って貢いでたんだっ!彼女ならきっと娘の新しい母親になってくれると信じてっ!だがっ!別居中の妻が娘を連れ出してしまったんだっ!妻が毎月入れていた娘の養育費や治療費だって彼女に捧げたのにっ!新しい母親を迎えるための必要経費だっ!彼女は女神教の僧侶もやってるって!彼女が母親になれば娘の病も良くなるっ!みんな幸せになれるんだっ!そうだろうっ!?私は正しいっ!私は間違ってないっ!私には金が要るっ!娘のために必要なんだっ!」


「最低」


アナが軽蔑の眼差しを執事頭に向ける。

さすがのミカラもアナに同意する。


「だな。娼婦にハマって高い物を貢ぐのはダメだ。遊びはキチンと節度を弁えるべきだぜ。それにやはり結婚は良くない。自由に娼館にも通えない、酒も飲めない」


「え?なにそれ最低」 


「いや違うんだアナ。娼館に通いたいなら結婚するなって話で・・・いや違う。結婚してから娼館に通って何が悪いんだっ!」


「わかったミカラ、もう私に近寄らないで」


アナがミカラにも軽蔑の眼差しを向けて距離を取る。

後ろめたい事など無いはずなのに、ミカラはしどろもどろになる。

そんな感じでじゃれあってると・・・


「私はもう、お終いだ―――」


執事頭はふらふらっと後ろへ後退りし、崖の底へと頭から落ちるように傾いて行く。


「―――ぐっ!」


リーダーは先程の炎の影響か咄嗟に動けない。


「危ないっ!」


アナが走り、執事頭の手を掴んで引き戻し―――


「あれ?」


反動でアナが崖側に移動してしまう。

そして・・・


「きゃああああああああああっ!?」


真っ逆さまに海へと落ちる。


「ちっ!バカっ!」


ミカラが走って崖をジャンプする。


「『加速』っ!」


空中を疾走してアナを抱きしめ、そして―――


ドッポォォォォォォンッ!


海面へと叩きつけれる。


(陸は!?早く上がらんと・・・)


風の魔術と水の魔術を使い、顔の前面の海水を避けて空気を確保する。


「がぼがぼっ!わたじっ!泳げなっ―――がぼぼっ!!!」


「暴れんなバカっ!溺れるっ!」


パニックを起こして抱きついてくるアナを振りほどき、首根っこを仔猫のように掴み直す。

そして水の魔術で水流を作り、なんとか上がれそうな岩場を見つけて海水から上がったのだった。











「―――へっ!へっ!へぷちんっ!」


盛大なくしゃみをするアナにミカラが声をかける。


「おい、こっち来いよ。火に当たらんと風邪引くぞ?」


なんとか岸辺へと泳ぎ着いた後、ミカラは直ぐ様焚き火を焚いた。

衣服は脱いで岩場に干してある。

周囲は海水に囲まれてはいるが今は満潮。

今は夜半なので、朝方になれば干潮となって陸路が現れて帰れるだろう。


「つまり、一晩ここで夜を明かすんだよ。凍え死にはしないだろうが寒くねーのか?」


「寒いわよっ!でもでもだって・・・」


アナが岩陰から覗く。

衣服すら脱がずに夜風に冷えるのに任せている。

本当に風邪を引いてしまうだろう。


(ええい、仕方無い)


「わっ!何すんのっ!きゃあああっ!」


ミカラはアナを引っ張り出すと、そのまま衣服を剥いですっぽんぽんにする。

そしてそのまま・・・


「うぅぅ〜〜〜・・・う?アレ?ミカラ?」


ミカラはアナを焚き火の側に放置すると、入れ替わるようにアナの居た岩陰に隠れる。


「俺はいいから暖まれ」


「え?でも・・・」


この岩場はあまりに狭く、焚き火を二つ作るスペースもない。


(まぁ、こんなんじゃ風邪もひかんけど)


あまり思い出したくないし二度としたくないが、裸同然で雪山のクエストをこなした事がある。

あれと比べればマシだ。


「えっきしっ!」


「あの・・・ミカラ?」


「んだよ?」


「変な事しないなら、一緒に火に当たってもいい」


「そうかい」


ミカラは素直に岩場から出ると、背中合わせでアナと肌を合わせる。

アナの背中がびくりと震えたのを肌で感じる。


「おい、なんであいつ助けた?自分の事しか考えてねーし。お前さんハメようとして、最後は崖から突き落とそうとしたんだぞ?」


「私も許した訳じゃないよ?でも・・・あの人が死んだら・・・娘さん悲しむよ。どんなクズな父親でもさ」


「・・・・・」


そのまましばらく無言で過ごす2人。

しかし、海からの風が強まり、より温度が下がる。


「うっ・・・寒っ」


(しゃーねー)


震えるアナの背中を、ミカラが後ろから抱きしめる。


「あっ・・・ちょっと・・・」


「こうすりゃ寒くないだろ?」


「さっ・・・さっき変な事しないでって・・・言ったでしょ?」


アナはミカラの腕の中で無理矢理振り返り、胸板を押し返そうとして・・・触れた指先をびくりと震わす。


(うぅ、前衛職適性に裏打ちされた肉体・・・)


この肉体には、まだどれだけの秘密が隠されているのだろうか。


「今晩は冷え込みそうだな。暖めあった方が安全だろ?」


「うぅ~・・・ 」


アナは大人しくミカラの引き締まった肉体に包まれる。

暖かいし、安心感が凄い。

抵抗する意思が奪われていく。


「今回の依頼料まだ貰ってなかったしな。今から頂こうか」


ミカラがアナを抱き締める。

もう抜け出せない。


「け、けだものぉ〜・・・ っ!」


顔を赤らめ抵抗を諦めるアナ。


「でも・・・私を信じてくれて、助けてくれてありがとう。ミカラ」


吐いた熱い息が白くなる。

お互いに吐息が顔にかかる距離で見つめ合う。


「ああ、俺の『鑑定』眼で、アナは信じられるってわかったからな」


「ふふっなにそれ――――んっ」


焚き火の灯りが映し出す2人の影がひとつになる。

その晩はやはり冷え込み、2人は存分に暖を取ったのだった。










「いいよアナ。俺の事『鑑定』しても」


「ホントっ!?やったっ!」


干潮となり現れた陸路を歩き、2人は町へと帰っている。


「ありがとうっ!」


アナはほくほく顔でモノクルの魔道具を作動させる。

魔道具の単眼鏡が、ミカラのステータスの鑑定結果を映し出す。


「ふへへへっ!いったいどんな秘密が―――あれ?」


しかし・・・


「げっ!『隠蔽』してるじゃないっ!」


眼鏡越しに現れる文字は『鑑定』不可。

ニヤリと笑うミカラ。


「『隠蔽』してないとはいってない」


「ぐぎごぎぎぐぎぃっ!!!」


アナが変な鳴き声を出す。

知識欲の権化たる鑑定士が、目の前にすぐにある未知に触れられないというのは、想像を絶する焦らしなのだろう。

『隠蔽』の魔術を使われてしまうと、一般的な鑑定士のアナの力では突破できない。


「ずるいーーー詐欺だーっ!!!」


「はっはっはー」


ぽかぽかと叩いてくるアナの軽い拳を、ミカラは笑いながら受け止める。


(鑑定に対して『偽装』する事も出来るけど、あれやると能力の上限も強制的に下がるからなぁ・・・)


それに『偽装』は犯罪者や闇の組織がよく使うので、国の重要施設や教会などには、『偽装』に反応する術式が組んであったりする。

犯罪者に間違われてしょっぴかれるリスクもあるのだ。

そんな事を考えていると、アナがさらにぷんすこ怒り出す。


「そうだわっ!思い出したっ!あなたの『鑑定』結果の『称号』っ!」


その瞬間、ミカラの顔がほんの少し強張る。

が・・・


「『女殺し』ミカラに『女誑し』ミカラ!ほんと、さいって――――」


叫ぶアナの唇をミカラが塞ぐ。


「―――――っ俺への詮索は無しって言ったろ?悪い子だな」


「――――――んぅっ!・・・ なんで私、あなたなんかに頼っちゃったんだろ・・・ ?」


男としてクズには間違いないミカラには、まだまだアナの知り得ない秘密がある。


(それが何か知りたい、貪るように読み漁りたい)


その欲求が満たされない限り、彼女はミカラから離れられない。

彼がこの町を去れば、店を畳んで後を追いかけて行ってしまう自信はある。

顔を真っ赤にして視線を逸らすアナを逃さないように抱き締めて、ミカラが耳元で囁く。


「―――お仕置きだ」


ミカラはしばらくこの町に滞在する事に決めた。

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