第8話 セレーネ

 午前授業が終わり、今日の魔法授業が始まろうとしていた。昨日に引き続き火の魔法かと思われたが、なんと水のだった。

 曜日ごとに魔法授業が違い、教師の人も昨日とは別の人が担当していた。

 建物の高さ自体はほかのより低くて、部屋の端には水は張られた場所があり、水のイメージをつかむためのものだろう。

 木の椅子とテーブルの上に一つの水槽が置かれ、その中に水を入れる授業だった。

 椅子に座り、ただただじっと水槽を見るだけの時間が続く。

 魔法は『好き』だけど、やはり危険なものだという意識がぬぐえず、昨夜の目の模様の事も気になり、集中する事が出来ない。

 水だから火ほどの危険はないとは言え、力がうまく使えず何かしら起きでもしたらもうこの先魔法を使う事が出来なくなるかもしれない。

「どうしました?」

 目の前に教師がいて心配そうにこちらを伺ってくる。

「だ、大丈夫です」

 引きつった笑顔を向けながら返答しかできなかった。

 とりあえず形だけでもやってる風を装うため、水槽の横に手をかざしてみる。

 前に出した手を見ると小刻みに震えていた。

(大丈夫……。何もない。できる……)

 ぎゅっと拳を握り閉め、魔法を使う。水槽の中、半分ほど水が入り、それ以上の進展はなかった。

 最初の水入れは比較的簡単にできるが、火の時同様徐々に水嵩みずかさを増すようにするのが難しい。

 出来てはいる。けれど、こんな小さな事しかできないのならやってないのと一緒だ。いつまでも魔法を恐れていては前に進めない。それは本人が一番自覚しているだろうが、不安や恐怖が身体を支配し、行動に移すことができない。

 水を入れて、消して、また入れる。それの繰り返しをして、授業は終わりを迎えた。


 教室から出てまたすぐに寮に戻ろうと思っていたら、なんだか騒がしい。

「決闘やるってさ!見に行こうぜ」

 横を通りすぎていく生徒がそういいながら走っていった。

「けっとう?何それ」

 横にいたリードに訪ねてみるも、わからないという感じで首を傾げていた。

「行ってみようか」

『けっとう』がそのまま意味の決闘なのかも含めて見に行く事にした。

 みんなが行く方向に一緒についていくと、火の魔法棟で行われるようだ。

 授業やってる一階ではなく二階に向かっていった。そこは建物全部を使った大広間になっていた。

 中央に向かい合って立ってる二人と、一人の教師を囲うようにその他の人が並んで観戦している。

「さぁ、ギャラリーも揃ったし、始めましょうか」

「ええ、そうね」

「それでは始めます!準備はいいですか!」

 なんの説明もないまま始まろうとしていた。決闘する人は一人はあのセレーネで,

もう一人の男の人は誰かわからない。

「それでは準備を!」

 腕を組んだまま微動だにしないセレーネに対し、相手は大きな杖を構え魔法の準備をした。目は赤色の模様が三つ光っている。

「それでは行きますよー!」

 慣れているのだろう。セレーネは落ち着いた様子で目を閉じ、ゆっくりと開く。その模様は四つだった。

「はじめっ!」

 勢いよく振り下ろされた腕を合図に男が頭上に杖を掲げ、大きな火の玉を作りだしていく。

「行きますよー!火の鳥よ行け!」

 玉が徐々に形を変えていき、本当に鳥の形へと変貌していく。杖をセレーネに向けると一羽ばたきした後ゆっくりと進んで、当たる手前ではじけセレーネの周りを囲い、低い火の柵が出来上がる。

「どうですか!熱いですか」

 問われても表情一つ変えず、体勢も変わらなかった。

「まだ足りませんか……。じゃあこれはどうです?」

 低かった火の柵が高くなっていき、渦巻くように回転して炎の竜巻が出来上がり、見てるこっちにまで熱が伝わってくる。

 あの中にいるセレーネはどれだけ熱いのだろうか。そもそもあんな事して女神の加護に影響は出ていないのだろうか。

 心配してみていたら、竜巻の回転が遅くなり、止まってしまうかと思われたその時にキィンと甲高い音が鳴り氷の柱に変わった。

「う、うそだろ……」

 口をぽっかりと開け、愕然とした様子で呆けていた。

「い、いやまだだ……」

 まだ諦めていなく、再び杖を掲げ火の玉を作り上げる。その玉は二つに分かれ同じように鳥に変わり、いまだに凍ってる柱に向かって突撃していく。

 まだ柱との距離があるが、突然氷が砕け散ると同時に鳥が凍り付き地面に落ち、あたりには氷の結晶がキラキラと光る。先ほどまで暑かったのが嘘のように涼しくなる。

 凍り付いた鳥は滑っていきセレーネの足元まで行った所で止まる。

 膝から崩れ落ち床に手をついた。

「あら、もうおしまい?これからだったのに……」

 そういうと、足元に居た凍っていた鳥が頭から崩れていき、氷の粒がセレーネの周りを回って顔の近くまで来ると蛇の形が出来上がる。回っていた氷も形を成していき巻き付くような形になる。

「……」

 その様子を男は黙ってみてるしかなかった。

 戦意がない事がわかったのか、教師の人が「勝者!セレーネ!」と声高らかに宣言する。

 回りにいた観客たちは今回もまた、セレーネが勝ったなという感じで解散していくのだった。

 星の数が一つ違うだけで、ここまでの魔法の技術に差があるのかと唖然とする。

「す、すごかったね……」

 隣にいたリードも言葉を失っているようで、普段のしっかり喋ってるのとは違いそれだけこの決闘がすごかった事がわかる。

「ねぇねぇねぇ!!!見た!今の!鳥よ鳥!」

 興奮したフィーアが腕をつかんできて左右に揺さぶってくる。

 頭が揺れて逆に冷静になれる。

「ちょっと、待って。わかったから……」

 ぶっきらぼうに言ったセリフにフィーアは少しばかり怒り、頬を膨らませる。

「なんであなたはそんなに落ち着いてるのよ!すごいとは思わないの?」

「思ってるよ。でも、こう頭揺らされると落ち着くというか、気分が沈むというか……」

「あ、ごめん。でもちょっと話しに乗ってくれてもいいじゃない」

「ごめんてば……。うん!でもすごかった!魔法があんなに自在に形を変えれるなんて!」

 朝の落ち込みはどこへ行ったのかというほど、キラキラした目をしていた。

 ぞろぞろと回りにいた生徒たちが出ていく。その中に教師の人もいた。

 今の決闘がどういうものなのか、聞くために駆け寄る。

「先生。今のは決闘は何なのですか?」

「ああ。新入生か。君たちはなんで魔法を使うのかわかるかい?」

「えーと、魔族と戦うためですかね」

「そう!そのため。でもそれって、ここ出るまで実践は出来ない。となると、いきなり戦うとなると、恐怖で何もできない事がある。それなら実践形式での魔法による決闘をする事で少しでも慣れておこうというわけ。人を殺さないようにする事の方が難しい。それゆえ、この決闘も三ツ星サルグにしか許可されてないし、その中でも魔法操作がしっかりできる者じゃないといけないんだ」

 三ツ星でも一部の人しかできない決闘。

「じゃあ、君たちも魔法の修練頑張って面白い試合見してね」

 そう言い残して、階段を下りて行った。

 その場に残った三人で今あった事を話し込み、時間はアッという間に過ぎていった。

 建物を出たときにはもうあたりはすっかり暗くなっていた。

 話しをしたことで、試合が終わった時よりも興奮して気分が高まっていた。

 部屋に帰ってからもリードにあれやらこれやら話しかけて、自分はどんな魔法を使おうかと。

(そうだ。自分の目が黒いからって、気にしすぎる事は無いんだ。ちゃんと魔法を操れたら、いいだけじゃないか。危険かもしれないなんて、もともと魔法は危険だからこうして学校があるんじゃないか)

 決闘を間近で見た事でクロフトの意識が変わり、魔法への恐怖感が少し和らぎ、ここへ来たときよりも一層気合が入るのだった。

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