第7話 杖と竜

 そこには確かに◆の模様はあった。けれど、他の人と同じようにきれいなものではなく、ただ真っ黒な模様。

 とても女神による加護であるという装いではなかった。

 その事実にクロフトの身体を駆け抜けたのは『驚愕』ではなく『恐怖』だった。

 得体の知れない『何か』見てしまったと。

 動揺で目は泳ぎ、身体は震え、冷や汗が全身を覆う。

 一体どれくらいの時間自分の眼を見ていただろう。一瞬だったような、それとも数分だったか。

 ひとしきり見た後、その恐怖から目をそらすように、うつむく。呼吸する事も忘れていたのか、下を向いた事でようやく少しだけ息をする事を思いだす。

 はあはあという声が聞こえそうなほど荒く、短い間隔での呼吸になる。

 心臓の鼓動は早く脈打ち、今にも飛び出しそうなほど強く胸が痛む。

「ふぁー……あれ、クロフト。何してるの?」

 いつから見ていたかは分からないが、突然リードが声をかけてくる。

 ふっと力を抜き、魔法を使う状態を解除する。

「な、なんでも無いよ。ただ疲れただけだから……」

 明らかな動揺した震え声で答える。

 リードは少し疑問に思ったのだろう、疑いの顔を向けてくるが、深くは聞いてこなかった。

「そお、自分も顔洗いたいから、どいてもらっていい?」

「あぁ、ごめん……」

 片手で顔を覆いリードの横をすれ違う。まだ心臓は落ち着く様子はない。

 寝るためにベッドに横になるが寝れるはずもなく、この事について誰かに相談するべきか、否か。

 相談したことによって、異常な人間だと思われ、加護を剥奪されてしまうのでは。そんな考えが頭をよぎり、さらに鼓動が速くなる。

(落ち着け……落ち着け……)

 何とか落ち着こうと歯を食いしばり、心臓のある位置をぐっと握る。

 布団を頭からかぶり、誰からも見えないようにする。

 何も変わる事なく、やがて朝が来る。


「クロフト、起きてー」

 布団を勢いよくはがされる。でもいつもと違い、クロフトはただ丸まっていた。

「なんだ……起きてるんだ……」

 その様子に少しびっくりした様子でその場を去り、着替え始める。

 自分も起きないといけないのはわかっているが、寝てないのと眼についての事が頭の中をぐるぐる回り、疲れて動く気になれないでいる。

「ほら、起きてっ」

 昨日同様、着替え終えたリードが無理やり上体を起こさせる。起き上がっても力なくうなだれている。

「はい、シャキッとする」

 パンと背中叩かれ気合を入れられるが、まったく元気も出ない。

「どうしたの?具合悪い?保健室に行く?」

「いや……。だい……じょうぶ……」

「本当に?」

 歯切れの悪い返答に不信がる。

 これ以上心配かけてはいけないと、ゆっくりではあるが、着替えを始める。

 その間も顔はあげる事は出来ずにいた。

 教室につき、いつもの席に着くとすぐに教師もやってくる。

「はい、今日は杖についての授業になります」

 午前の眠くなる授業が始まったけれど、それすら耳に入ってこない。

「えー、杖というのは特別な木から作られ、魔法を手助けしてくれる大切な道具です。そして杖を持てるのは三ツ星サルグになってからになります。その理由を……」

 耳には入ってこないけれど、授業は通常通り行われ、いつものように指名する人を選んでいる。

「はい、君」

 誰が指されたかもわからない。早く今日が終われと思うばかり。

「君!ちゃんと聞いているのかね!」

 声を荒げる先生。一体誰に向けられてるのか、少し顔を上げると、目の前にその教師がいた。

「す、すみません。聞いてませんでした……」

「君一点減点ね」

 当然のように引かれていく点数に仕方ないと思う気持ちもなく、また生気を失ったように下を向く。

「魔法を使う際にマナを操ります。マナが杖を通り、マナを操れる量が変わります。それで未熟である一つ星シグル二つ星セストは持つ事が許されてません」

 自分が当てられた後、別の誰かが答えていき、授業が再開されていく。

「ではなぜ杖がそのような機能をもっているかというと、マナの通り道である麗脈れいみゃくに木の根が触れ、そこから吸収されたマナが木を青く染めあげる事で特別な木になります」

 そうして、トンと教卓の上に一本の杖が置かれる。いろいろな装飾がされているものの、青い木というわけじゃなく普通の色の杖。

「マナを吸っていないと青くならないため、このように加工されたものは普通の木と見分け付かないものになります。杖単体でも魔法を強くしてくれますが、このように宝石をつけたり、これを使う事でもより強力になります」

 小瓶をみんなに見せる。フィーアが貰ったのと似た粉が入っている。色は黄色い。

「これが何かわかるものは?」

 全員があれは何だろうかと各々顔を見合わせて悩んでいる。

「わからないようですね。これは黄龍こうりゅうの鱗を粉にしたものになります。杖にまとわせる事で効果を発揮します。使い方は杖作るときに職人の人に聞いてください。これは雷の魔法を強くしてくれるものですが、それぞれの属性があります。そして、それだけではなく使う木の場所によって操れるマナの量も変わり、根本、中心のものほどいい杖になります。それゆえ高価でもあります」

 ここに来てからお金というものを使ってなかったから、忘れていたがお金の概念が存在していたのか。

 そして、いつの間にか自分が授業を聞いている事に驚く。一体どこから聞いていたのかすら覚えていない。

 やっぱり、気分が落ち込んでいても魔法に関する事は興味が引かれるようだ。

「ですが、いい杖を使っているからと言って、本人の魔法操作が不十分であれば意味を成しません。皆さんも自分の実力にあったものを選びましょう」

「先生。質問いいですか……」

 恐る恐る一人の生徒が手を挙げる。前に勝手に質問して減点されてた人だ。

「よろしい」

「その竜の鱗は貴重なものではないのですか?いくら身体の大きな竜といえど、いずれは無くなってしまいませんか?」

「いい質問ですね。一点加点です」

「竜は今どうなっているか知ってますか?」

 加点して貰ったにもかかわらず、質問を返される。

「人が魔法を手に入れて、撃退したのではないのですか?」

「普通な回答ですね……。まぁいいでしょう。一般的には竜はこの世からいなくなった事になってますが、実は封印され今なお生きています。仮にも魔族より守ってもらった竜を殺す事は出来ませんでした。そして生きているという事は、鱗も生え変わりこうして材料になります」

「鱗以外には無いんですか?」

 追加の質問をしたことで、教師の顔が険しくなり、また減点されてしまうと身構える。

「また勝手な発言ですが、良い質問なので許しましょう。大きく分けて五つあります。一つは今言った鱗、他には……」

 誰かを指名する状態になる。

 そこですかさずフィーアが手を挙げる。

「じゃあ君で」

「角です」

「正解。その角は最も大きい魔法を操れるものになります。後三つ」

 再び指が動きだし、どうか自分には来ないでと思うばかり。そして、自分に向けられたかと思ったら、横にいるリードが指名された。

「……爪ですか?」

「そうですね。爪です。強力な魔法を扱うのに長けてます。残り二つ」

 そうして残りを質問していくが、誰もわからず、結局教師の人が答えを教えてくれる。

「残り二つはたてがみひげです。この二つは似た性質で繊細な魔法を操るのに適しています。ですが、髯はとても貴重で十年に一つあるかどうかのものになります」

「同じような性質なら、鬣でよいのではないですか?」

「君は質問ばかりだね。少しは自分で調べるという意識は無いのかね。今日はいいですが、次は調べるように」

 その後も教師の説明は続き、いろいろな事を教えてくれた。

 まず角。竜もマナを利用して魔法を放つ事が出来、その際に角はマナを集めるためのもので大きな魔法を作りだせる。髯は集めたマナを放つ最に調節するため、鬣は細かい魔法を作りだせ、爪はマナを凝縮し、強くし、鱗はマナを感じ取り、バランスよく魔法を扱えるのだそう。

 そんな話をされても、杖も使ってない自分達からすれば赤子にフォークやスプーンの説明をするのと同じような感じだ。

 使ってみない事には何もわからない。

 杖にはさまざまな大きさがあり、先生が見せてくれた身長と同じくらいの大きなものから、細長く木の枝くらいの長さのものまでいろいろあった。

 自分が使うなら、大きなものがいいなと今から持てる事が楽しみで仕方ない。

 そのためにはまず三ツ星サルグにならないといけない。

「今言った事以外にもたくさんありますから、勉強をしておいてください。今日の授業はこれで終わります」

 一般授業が終わり、続いて魔法授業が始まる。

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