第4話 学園

「っだぁぁああ……全然わかんねぇ……」

 机の上に置かれた紙を見つめていたが、ついには諦め突っ伏してしまう。

「しぃー……大きな声を出さないでよ。今はテスト中なんだから」

 口の前に人差し指を立てて、注意した後、隣の席から小声でリードが話しかけてくる。

「だって、いきなりこんなんやらされても……わかるわけないじゃいか……」

「実力を調べるためのものなんだから、ちゃんとやる事が大事なんだよ」

 そう話ながらもリードはペンを動かして、テストの問題を解いていく。

「そういうお前は何でできるんd━━」

 パシン!と盛大に音を立てて、クロフトの頭が教師の持っている紙筒によって叩かれる。

「くぅ~~~」

 あまりの痛さに後頭部を抑え悶絶してしまう。

「私語は慎みなさいブレイワース」

 威圧的な眼光を飛ばしながら、教師がクロフトを見下ろしている。

「先生、できました」

 リードがここぞとばかりにテスト用紙を教師に渡していた。

「ふむ……。よろしい。君は後の時間は自由にしていて結構」

 自由にしていいと言われたリードは、そそくさと荷物をまとめて教室から出て行ってしまう。

 うらやまし気に振り返ってみていたら、頭を掴まれて無理やり前を向かされる。紙に向き直してもしばらくは手は離されず、やれと無言の圧力をかけられる。

「そんなことされても、文字すら読めないんですから……」

「では、皆が終わるまでおとなしくしていなさい」

 露骨に嫌そうな顔で、声に出さずに「ええ……」と口を開けていたら、パシン!とまだ何も言ってないのに、また叩かれた。

 そのやり取りが終わるのと同時にフィーアも用紙を提出して、外へ出て行った。その後も時間はかかったが、数人の生徒がテストを終わらせていく。最初は21人いたが、今はクロフトを含む6人の生徒が居残り組になった。

「君たち6人はこれから文字の読み書き、計算方法をきっちり教えていきます。終わるまで帰れないと思ってください。早く帰りたいなら、頑張るように!」


 さかのぼる事半日前、2日遅れで学園に入る事になったクロフトは、加護を受けると、説明もないまま制服三着を受け取り、学園にある寮の部屋に案内された。

 本来であれば、加護を受けた後学園の説明をしてもらい、家に報告と学園で暮らすための必需品を持って戻ってくるのだが、異例のクロフトはそんなことはなく、何も準備をしていない。

 試験を通過した生徒が、加護をもってどこかへ行くという事は無いので、この時だけは許可もなしに外へと出られる最後の機会である。

 扉を開けると、まず目に入ってきたのは両端に置かれた二段ベッド。そしてその前後に置いてある机。それから入って扉の両脇にクローゼットが一つずつ。

 部屋は広いけれど、四人用である事を考えると少し手狭なくらいだ。

「クロフト、君もこの部屋だったのか。てっきり自分ひとりかと思ってたよ……」

 左側のクローゼットを整理している途中だった。

「あれ、まだ整理してなかったの?」

「うん、初日は案内された後、すぐに寝ちゃったし、その次の日はどうしても畑エリアが気になって、一日中作業していたからね……」

 ここに来てまで畑をやるってなんともリードらしい。それにしても、畑エリアということはほかにも分けられているのだろうか。

「他にはどんなところがあるんだ?」

「各属性にちなんだものだね。ああ、君はそっちのクローゼット使って。二人だから余裕あるよ」

 言われるままに、反対側を使わせてもらう。余裕あるとは言うが、制服三着と今着ている服だけしかない。これならもう一人分は余裕で入っただろう。

「そういえば、服はこれだけしかないのか?寝るときに制服のままって事は無いよな……?」

「あ、そういえば、君どこ二日間何処居たんだ?」

 今思い出したというようだった。友人の心配よりも畑の方が大事らしい。今まで長い付き合いなのに、その程度しか気にかけられてないと思うと、悲しくなってくる。

「ちょっといろいろあって、入るのが遅れた……」

「行くよ!」

 突然腕を引っ張り、リードはズンズンと歩きだす。

「ちょっと、待って。どこに行くの」

 いきなりだったので、前につんのめりながらもなんとかこけずに体勢を立て直して、少し後ろを歩く。

「フィーアのところに決まってるじゃないか!彼女は初日から君がいないって言ってずっと心配してたんだ。早く顔を見せてあげないと、倒れてしまう」

 そんなに心配してくれていたのなら、学園の前に行ってあげれば良かったと思う。けれど、あの時は落ち込んでいてそれどころではなかったし、仕方がない。

 リードに連れられて、歩いてきたけれど、自分たちがいた建物の裏側にもう一つ同じような建物があった。男女で建物が分かれていた。

 玄関口に大きく男子禁制と書かれていて、物々しい雰囲気が漂っている。

「君たちどうしたの?こっちは女子寮よ」

 中に入らず、外で談笑していた二人のうち一人がこちらに話しかけてい来た。リボンの色を見るに、自分たちよりも上学年のようだ。

「あ、はいわかってます。あの、ちょっと話したい人がいまして……」

「なんて名前の子?探してきてあげようか」

「じゃあお願いします。名前はフィーアって子なんですけど、自分たちと同じ学年で赤い髪で背が小さく、気の強そう感じの子です」

「おっけー。じゃあちょっと行ってくるから、そこで待っててねー。あ、くれぐれも中のぞいちゃダメだよ」

 いたずらっぽく笑いながら寮の中に入っていく。あっさりと了承してくれた事はありがたいけど、のぞくって言っても男子寮と違って一階全体を生垣が覆っている。そもそもそんな気すらなかった。

「そういえば、リード。君は試験どこだったんだ?」

「僕は木だよ。毎日畑の植物触ってたからね」

「それもそうだね。試験は難しかったの?」

「いや、簡単だったかな。種を芽吹かせるだけだったから」

 本人は簡単だって言ってるけど、毎日植物の生長を見ていないと簡単には出来なさそうな内容だ。

「そういう君は火に行ったんだって?フィーアが話してたよ」

「そうなんだよ。試験は難しくはなかったんだけど、ちょっとだけ問題が……」

 あったと言っていいのか、なかったと言っていいのかわからない。結果的には自分も合格は出来てるから問題ないと言えばそうなのだけれど。

「なんかあったのかい?」

「いやー……なにも……」

 煮え切らない答えに、リードも困り顔になる。

「アハハ……」

 乾いた笑いしか出ない。気まずい雰囲気になり、早く来ないかなと思っているところに、「クロ!」と声がしたころには胸のあたりに衝撃が走った。

「ぐおっ……。フィー、抱き着くならもうちょっと前に声をかけてくれ……」

 小刻みに震えていて、今にも泣きだしそうなフィーアの背中に手をまわして、そっと撫でてあげる。

「もお!心配したんだから!どこに居たのよ!!!」

「いやー、ちょっとだけ入るのが遅くなっちゃいましたー……。なんて……」

「ばか!ばかばかばかばか」

 ぐりぐりとフィーアが頭を押し付けてくる。少し痛いけど、そんなこと言ったら、余計に攻撃が激しくなりそうなので黙っておこう。

「それに比べて、あんた!どういう神経してるのよ!」

 ひとしきりぐりぐりし終わったら、今度はリードに攻撃の矛先が変わる。

「初日からそのうちどこかにいるだの、死んだわけじゃないだの、能天気にもほどがあるんじゃないの?三人で一緒に受かろうって言ってたのは何だったの?あなたたちの関係ってそんなに浅いものだったの!?」

「ごめんって……」

「なんでもごめんで済むと思わないでよね!まだ言いたい事は山ほどあるんだから」

「まぁまぁ、落ち着いて……。こうして三人で学園に入れたんだから、良しとしようよ」

 まだ怒りが収まらないのか、フィーアは怒った犬みたいにぐるると喉を鳴らしそうな勢いだった。

「じゃあ、頑張ってねー」

 玄関先で起こった痴話喧嘩に呼んできてくれた先輩たちも、気まずそうに寮の中に入っていってしまった。

 それからは三人でいつものように雑談をしつつ、試験がどうだったとか、学園の中がどうとかいろいろ話してから自分たちの寮に戻るのだった。

「そういえば、ここ二人って言ってたけど、他のとはどうしてるんだ?」

「男女で分けてから、それぞれ4人部屋を作っていたら、一人余ったそうで、君がいなかったら僕はここを独占出来てたところだったよ」

「そうかい。それは残念だったなっ!」

 部屋に戻ってから、ベッドに腰かけてすぐそばにあった枕を投げつけてやる。油断していたリードの顔面に思いっきり当たる。

 枕が顔から滑り落ちると、拳を握り閉め震えてた。

「や……やったな!」

 先ほど投げつけた枕を投げ返される。そうなる事がわかっていたから、ひょいとよけると、続けざまにリードは自分の方の枕を投げつける。

「ぶえっ……」

 二個目が飛んでくるとは思って無く、当たってしまう。

 その後はしばらく枕投げをして遊び、ひとしきりやった後疲れ果ててベッドへ横たわる。

「はぁはぁ、もうこれくらいにしよう。明日は授業だし、早く寝ないと遅刻しちゃうよ」

 つい泊会みたいな雰囲気とこうして二人で学園に入れたことにテンションが上がってしまい、はしゃいでしまった。

「ええっ。もう授業あるの?!」

「そうか、クロフトは遅れてきたからすぐにある感じになっちゃうのか」

「うん。もうちょっと猶予が欲しかったなぁ……」

「仕方ないよ。さぁ、もう寝よう。お休みクロフト」

「ああ、お休み」


 そして、今に至る。

「文字はここにいる間も、ここを卒業した後でも使うから、しっかり覚えるように!特に学園ではお知らせは張り出してあるのを個人で確認するのが当たり前だ。一日で覚えられるように頑張れ」

 そこからは地獄のような作業が永遠と続いた。同じ文字を書かされ、覚えるまでずっと。

 全部の文字を書き終えたら、覚えているかのテストをして、覚えられたいなかったら、また書かされる。

 今まで勉強というものをしたことがなかったツケが回ってきた。それを昼までやり、休憩を挟んでまた文字の勉強。

 ある程度できるようになったら、今度は計算の勉強をひたすらと。

 そしてようやく解放された頃には、文字の読み書きと簡単な計算はできるようになっていた。

「だっああああああ……疲れた……」

 教師がいなくなってから、盛大に机に突っ伏しながらため息をつく。このまま目を瞑れば寝れそうだけど、先に出たフィーとリードが何をしているのかが気になる。

 二人して置いていくなんて薄情にもほどがある。

 席から立ちあがり、部屋を出る。リードのいる場所は多分畑だろうとわかるが、それがどこに何があるのかが解らない。

 何せほかの人と違って、学園の案内をされていないのだから。

「さて、どうしたものかな……」

 誰かに聞こうにも、他の人はさっさと帰っていて教室には誰も残っていない。こんな事なら最初から聞いておけばよかった。疲れのあまり机で休憩してしまった。

 ここで立ち止まってても仕方無いので、中庭のある方へと歩きだす。この学園は広すぎて、たまに迷いそうになる。建物自体はそれほど多くはないが、一つ一つの規模が大きいゆえに何がどれかわからなくなる。

 一般教育棟は一番小さいからわかるが、それ以外は数倍もの大きさがある。

 そんなこんなで、ようやく中庭に到着すると、木陰の下でフィーアが椅子に座って何やら本を読んでいた。

「フィー、ここに居たんだ」

「クロ。ようやく終わったの?待ちくたびれて、死ぬかと思ったよ」

「そんな大げさな……」

 はーあと小さい欠伸までして、退屈だった事をアピールしてくる。自分からおいていったくせにと思わなくもない。

「ごめん。思ったよりも難しくて……」

「前々からやっておかないからそういうことになるのよ」

「フィーはなんで勉強できるの?」

「私はお父様から教えて貰ってるからね」

 自慢げに胸を張って主張してくる。さすが、いいところの娘だ事。なんで自分たちみたいな平凡なのと一緒にいてくれてるんだろうか……。

「ところでフィーはなんで僕みたいな庶民と一緒に遊んでくれるの?」

 つい疑問に思った事を聞いてしまう。

「さっ、クロも来た事だし、行きましょ。リードのやつどうせまた畑にいるでしょうから」

 まるで聞こえて無いと言わんばかりに椅子から立ち上がり、歩きだしてしまう。

「ねぇ、なんでなのー?」

「しーらないっ!」

 答えをはぐらかして、早歩きでその場を後にする。

 急いで追いかけ、隣に並んで歩いてフィーの横顔を除き見ると、心なしか顔が赤らんでいるようにも見える。

 多分夕日のせいではないだろう。

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