第3話 終了。そして……

 目の前が光輝いて、明るくなったことで目を開け、女神を見つめる。

 後光がさす女神はそれは美しく、この世のものとは思えないほどきれいで言葉を失う。

 少しずつ広がった光が、女神の像を包みこむ前に徐々に収束していき、やがて光は消えていく。

 これで、女神の加護を授かったのかと少し疑問に思いつつも、ついに念願だった魔法を使えるのだとわくわくする。

「…………」

 女神の前に立っていた教師がいぶかしむような顔をして女神像を見上げる。

 どうしたのだろうと不安になる。

「これで加護をいただけたんですよね?」

「いや……。充電切れですね……」

「じゅ、充電?」

「はい、今日はたくさんの人に加護を与えていましたから、女神様もお疲れです。また後日着てください」

 結局中庭まで案内され「では……」という一言だけ言って教師は帰っていった。

 重い足取りのまま門を出る。

「おやおや~これはこれはクロフトじゃないか。どうしたのかな~」

 落ち込んでる気分の中、一番合いたくないやつがそこにいた。一番とは言ったものの、正直誰にも会いたい気分じゃない。

 ジミーを無視してとぼとぼ歩いて家へと向かう。

「おいおい。無視する事はないだろ。同じ落ちたものどうし仲良くしようぜ」

 後をぴったりとくっ付いて煽りながら歩いてくる。早く離れようと走ってその場を去ろうとする。同じようにジミーも走って来て、肩をつかんで止められる。

「なんで逃げるんだよ。これから俺たちと遊ぼうぜ」

「うるさい黙れ!!!お前に何がわかる!金を持ってるお前なんかにこの試験がどれだけ俺に大事だったかを!!!」

 つかんでいる腕を払いのけ、ジミーの胸ぐらをつかむ。右手を強く握りしめ、振り上げる。

「お?なんだ。殴るのか?良いぜ、俺はどうせもう二度と試験受けれないしな」

 試験という言葉を聞き少しだけ冷静になり、振り上げたゆっくりとおろす。

「なんだ?やめるのか。つまらねぇ奴だな。じゃあ遠慮なく……」

 胸ぐらをつかんでる手を掴み返して、拳を振り上げためらいもなくクロフトの顔を殴りつける。殴られた勢い倒れこむ。

「最初に手出したのはお前だからな。お前も終わりだな」

 追い打ちとばかりにののしりと蹴りを浴びせかけてくる。為す術なくただ蹴られる。顔だけは守ろうと丸まる。

「いつもいつもあいつの後ろに隠れて、面白くないやつだけど、今日は一段とつまらねぇな!おい」

 最後にと思いっきり踏みつけられる。横っ腹におもいっきり入り、息を吸えなくなる。

「ペッ。ああ、すっきりしたぜ。じゃあな落ちこぼれ」

 これだけの事があったのにも、助けは誰もしてくれない。それだけ子供であるジミーにも親の権威がある。いつもフィーに助けられていて、自分がいかに無力かを実感する。

 ジミーが去ってからケホケホと咳をすると、口の中から血が吐き出される。殴られたときに口の中を切ったのだろう。しばらく血の味がしている。

 おなかを抑え、足を引きずりながら帰路につく。

 どうして自分だけこんな仕打ちを受けなければならないんだ。試験は通らない、ジミーには殴られる。他の人と同じように女神を信じ、悪い事なんて何一つして来なかったのに……。

 家の玄関まで着くと、カンカンと鉄を打つ音が聞こえてくる。その背中に声をかける事なく二階に上がる。

 布団の中に入り、うずくまって声を殺して泣く。ひとしきり泣き涙が枯れ果てても布団から出る気力もなく、ただ横たわって時間だけが過ぎていく。


(おかしい。今までにこんなことなかった。試験を通過し、加護の付与に至って女神様が加護をお与えにならなかった事など……)

 クロフトが帰った後、再び女神像に祈りを捧げる教師。その祈りに女神は沈黙をしていた。

「だから言ったのです。あの子は危険だと。女神様もそれを見通して加護をお与えにならなかったのでしょう」

 屋上に続く階段からもう一人の教師が話しかける。

「では、あの火は何だったと?」

「それは、わかりません。ですが、制御できないなら魔法を学ばせるわけにはいきません。あの時みたいな過ちはもう繰り返してはいけないのです」

 顔を伏せかつてあった事件の事を憂う。学園始まって以来初の魔法事故。

「あの時は誰にも見抜けなかった。でも今回はあの子の危険性は少ない。そう直観がするんだ」

(女神様、もう一度お考え直し下さい……)

 女神像に手を触れる。


 横になってるうちに、いつの間にか寝ていたらしく、布団から顔を出したときにはあたりは真っ暗になっていた。

 ぐぅ~とお腹がなる。こんな時でも体は正直だ。なにも食べたくない、飲みたくない。このまま消えてしまえれば楽なのに……。

 三年後にまた試験があるとはいえ、あそこまで行って加護をもらえなかったのなら、試験を受ける事もできるかもわからない。もしかしたら、今日のジミーとの一件で本当にもう終わりかもしれない。

 考えがすべてマイナスなことしか考えられない。この先に希望なんてありはしない……。

 歯を食いしばるとジャリと音を立てて、血の味が広がる。

 そういえば口の中を殴られて切ったのだったと思いだし、それだけは吐き出そうとベッドから起き上がる。父親にも今は会いたくないのでそっとドアを開けると、足元にサンドイッチと牛乳が置かれていた。

 帰って来ている事を普通に気付かれていた。そして何も言わずにそっとしておいてくれていた。

(なんだよ……)

 不器用ながらも優しい父に涙が出そうになる。涙をこらえ、口をゆすぐため、一階に降りる。

 結構な時間が経っていたのだろう。一階には明かりはついていなかった。

 洗面所につき、口に水を含むと切れた場所が沁みる。

 血は止まっているが、それでも味はする。それを洗い流すように、水を一気に飲みこむ。すると、またおなかは鳴り響く。

 せっかく作ってくれているサンドイッチをそのままにしておくわけにもいかず、部屋に持ち込み、一口かじる。

 おいしいとは言い難いほど平凡な味だけれど、なぜだか涙がぽろぽろとこぼれ落ちてくる。

「おやじ……。俺……」

 魔法を習い、この貧しい現状を打開できればと挑んだのに、結局は不合格という形でかえって来る事になった。

 母がいなくなってから、それまで分担して行っていた作業も全部ひとりでやる事になり、苦手な計算も文字の読み書きもやり、そして自分というてのかかる子供を育てる。そんな事を七年もしてくれてる。

「どうしたら……いいのか……わかんねぇよ……」

 ヒクヒク泣きながら、サンドイッチをほおばって口いっぱいにして咀嚼する。

 食べ終えてもなお涙は止まらず、枕に顔をうずめる。

 そうして、泣き疲れ、眠りに落ちる。

 朝、鶏の声に起こされ、起き上がる。一晩経った事で少しは落ち着いてきた。

(三年後がどうとか、魔法がどうとか、今は考えたって仕方がない。できる事があるなら、手伝えばいいんだ……)

 パシンと顔を両方から叩き気合を入れたところで、激痛が走る。

「いってー!」

 殴られたところが腫れあがっていて、それを叩いたのだ。

 ジンジンと痛む顔をさすり、部屋をでてゆっくりと一階へと降りる。

 いつもならもうご飯を食べている父が、今日は腕組をしながら椅子に座っている。

 そのまましばらく待っていたが、動く気配がなく、仕方無しと「お、おはよう」と恐る恐る声をかける。

「そこに座りなさい」

 重く低い声でそう告げられる。

 父の顔はいつにも増して怒ったような厳しい顔つきになっていて、怒られるんではないかと身体がこわばる。

 椅子に座ってからもすぐに何か言われる事は無かった。しびれを切らして、自分から何か言おうとしたところで話し始めた。

「試験は、残念だったな」

「うん……。ごめん……」

「なぜ、謝る」

 何故と問われて、言葉に詰まる。面と向かって父のためだという気恥ずかしさと、合格出来なかった悔しさとが混ざり、どう答えていいか。

「お前は、お前のしたい事をすればいい。それが悪い事でなければ、なんだっていいんだ。気にする事は無い」

「でも━━」

「好きにしなさい。父さんはお前が幸せでいる事が一番の幸せだから……」

 何かを言おうとしたのを遮り、表情が柔らかくして、優しく微笑む。

 初めて笑った顔を見たと思った。今まで話しても一言二言だけしか返事はしないし、いつも厳めしい顔するし、自分なんて母の置き土産くらいにしか思われてないものだと。

 でも、本当は会話も子育ても下手なだけで、優しい父親だった。

 その事に胸が熱くなりまた涙がこみ上げてくる。そんな顔を見られまいと顔を俯け、ごしごしと目をこする。

 試験終わりからのこの短い間にどれだけ泣いただろう。一生分の涙は流したかもしれない。

 目を拭き終わり、意を決し父に顔を向ける。

「父さん。僕にも何か手伝わせて!」

「無理にやる事は無い。まだまだ長い人生やりたい事でも━━」

「手伝いたいんだ!父さんを」

 強くまっすぐに父の目を見つめ、そう言い切る。

 息子の決意を受けとめ、ゆっくりとうなずく。

「わかった。少しずつやって行こう」

「うん!」

 その後、父親と一緒に工房に入り、どんな事をしているのかを見学する事になった。

 小さい頃はここは炉の熱で灼熱の暑さがあり、近づく事すら嫌っていた。それは今でもそうだが、手伝うと決めた以上暑いのに慣れていかないといけない。

 実際に鉄を打つにはまだまだ筋力が足りて無く、ハンマーを持つことすらできない。それは父もわかっていたようで、炉に石炭を入れる事から始まった。

 小さい事からコツコツとやっていき、試験終了から一日経った昼下がりに玄関が叩かれる。

 工房の方ではないから、客じゃないので誰だろうかと扉を開く。

「おお、ちょうどよかった。さぁ行きますよ」

 玄関の前に立っていたのは振り分けの時にいた教師の一人だった。

「行くって、どちらに?」

「もちろん魔法学園にさ」

 その人が何を言っているのか、一瞬耳を疑った。自分がもう一度あの学園に行くと聞こえた気がした。

「どうしました。ぼーとして」

「ほ、本当に学園に戻れるのですか……?」

「ええ、だからそういってるじゃないですか」

 二度目の答えを聞いてようやく嘘ではない事に実感が持てる。そして、それと同時に身体の奥底からうれしさが全身を駆け巡り、飛び跳ねたい衝動にかられる。

 うれしさを抑え込み、工房にいる父に報告をしに行く。

「父さん!俺━━」

「行ってきなさい。それがお前のしたかった事なのだろう?」

 全部聞こえていたのだろう。全部を言う前に背中を押してくれる。

「行ってきます!」

 今度は試験の時とは違い、父に抱き着き、別れを惜しむようにしばらくそうしていた。

 八年会えなくなるのだと思い、なんだか悲しくなってくる。

「では、行きましょうか」

 頃合いを見て教師がそう告げる。それを合図に身体を放し「じゃあ、また……」と手を振って工房を後にする。

 玄関を出て一緒に歩いていると、声を掛けられる。

「ああ、そういえば三ツ星になれば、自由に学園の外には行けますよ」

「えっ!?そうなんですか?」

「ええ。ただし許可は必要ですけどね」

 八年は絶対出られないと思って、あれだけ父親に抱き着いてたのに、なんだか急に恥ずかしくなる。

 この人もそれをわかったうえで家から離れたところで言ってくれたのだろう。

「おやー?誰かと思えば、落ちこぼれじゃないか。学園の教師と一緒にどこへ行くのかな?」

「もちろん学園にです」

 自分が答えるよりも先に教師の人が答えてくれる。

「そいつはおととい俺に掴みかかってきた。そんな奴に女神が加護を与えると?」

「それはこれから行けばわかります。すべては女神様の判断にお任せします。与えられなければそれまでです」

 それまで……。つまりは資格を失うという事なのだろうか。一気に身体に緊張が走り、冷や汗をかく。

「それでは行きましょうか」

 背中をそっと押され、学園の方へと誘導される。

「精々夢でも見てるんだな。お前には加護なんてありはしないんだから」

 その後は何かを話すわけでもなく、再び女神の像の前へと来た。

 前と同じように跪き祈りを捧げる。

 目の前が光輝き、その光が一段とひかった後、全身が光に包まれ、身体の中心に吸い込まれていく。

「おめでとうございます。これであなたも女神様の加護が与えられました」

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