第35話


エピローグ 現実、三人の居場所で


 ゲームからログアウトし、『コネクトライト』を外し、カズヤは現実に戻ってきた。

 全く同時に、サキも立ち上がって――二人は見つめあっていた。

「サキ」「カズヤ」

 互いに名前を呼び合い、どちらともなく身体を寄せて――

「カズヤーン!」

「ごはっ⁉」

 サキと今まさに抱きしめあうというところで、カズヤはフワリに抱きつかれた。普段は背中にくっついてくるくせに、こういうときだけは前から、割り込むような形で飛びついてきた。

「おい、フワリ⁉」

「へへーん。一番乗り~」

 感動の抱擁、というより、フワリはにや~っと笑って、挑発するようにサキを見た。

「むっ」

 唖然としていたサキが、フワリの様子にあからさまに頬を膨らませる。

「ちょっと、フワリ。そこは、アタシの――」

「サッキーの、何ですか?」

「アタシの……な、なんでもない、けど」

「取られたくなかったら名前でも書いておけばいいのでは?」

「バカ言ってんじゃないわよ! フワリはいつも背中じゃないの。ず、ずるい! あ、アタシだって……!」

「抱きつきたいです?」

「だ、抱きつきたくはない、けど……その」

 もじもじとして、顔を赤くして、ごにょごにょと言葉を濁した。

「だ、大体何なのよ! フワリがカラフだったの? なに名前で気持ち告白してるのよッ⁉」

「はぁ~~~? してねーです。和訳は『カズヤンはフワリ大好き!』ですから。サッキー、自分がそうだからって、勘違いしてるんじゃないですか~?」

「そんなんじゃないわよ! 間違っただけ! え、英語は苦手なの! 日本人だから!!」

 カズヤを中心にして、激しい言葉の銃撃戦が繰り広げられていた。何なんだ、これは。

「よいしょ、よいしょ、っと。せっかく優勝したんだし、これくらいにしておきますか。はい、どーぞ。ちゃんと譲りますよ~。心置きなくくっついちゃってください!」

 フワリはカズヤに抱きついたまま、器用に背中に回って、頬を首の右にくっつけてきた。

「…………」

 サキは最初の勢いを失ったせいで、完全に機会を逃して、棒立ちしていた。

「……サキ? その、ホラ。あ、空いてるぞ?」

「何様よ、カズヤ! バカ!!」

「イッテェ!」

 ズド! とかかとで蹴られた。

「……カズヤっ!」

 その蹴りの勢いのまま――サキがカズヤの胸に飛び込んだ。

「サキ!」

「カズヤ!」

 サキは泣いていた。その涙が、今までと違って、嬉しさが原因なことは、彼女の笑顔から簡単に推し量れた。三度目の抱擁で……やっと、その顔が至近距離で拝めた。

「……居場所、守れたかな」

 カズヤが言った。

「うん。守れたよ、カズヤ。ありがと」

 きゅっと回した手に力を込めて、サキが応える。今度は互いに、ちゃんと相手を見ていた。

「カズヤのここが、アタシの居場所だもん」

「サキ……」

 ずっと互いを、互いに見ていた。どれくらいそうしていたのか、そこから、どちらともなく顔を近づけて――

「ちゅーするのはいいですけど、カズヤン、サッキーとのあとは、フワリとも当然してくださいね?」

「「……」」

 顔の横で普通の口調でフワリが言った。唇同士がくっつく寸前で、止まった。

「何今更照れてるんです? ホラ、めーん!」

 ガツーン、と割と本気で頭をぶっ叩かれた。

「いっ、むぐっ――」「んっ⁉」

 後頭部の痛みと、目の前に、驚いたサキの瞳。

 確かに触れた、わずかな感触。離したときには忘れそうな、けれど、確実に触れた、

「……なっ、あっ」

「な、これは、フワリがっ」

「面ありです?」

「じ、自分で一本にすな!」

 自分で打っておいて、自分で旗の代わりに手をあげて、審判もこなすフワリだった。

「あ、せや。そろそろ閉会式出ないと。審判旗つながりで、地区優勝旗、もらえますよ」

「何のあれだよ」

 一つだけ駒を前に進めて――三人は今ここにあった。ここが居場所だった。

 やがて、サキが言った。

「その旗、置く場所は決まってるわね」

「ああ」「ですね!」

 三人とも、きっと同じ場所を考えていた。

 もうすぐ取り壊しになる道場の正面には、空になった台座がある。

 白色の代表旗は、そこに、きっととても似合うだろうと、カズヤは思った。


                                     了

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