第34話
カン、と階段から足音が響いた。
「やっぱり、やられたか。いよいよ、俺とカズヤの一騎打ちってわけだな」
悠然と、彼は歩いてきた。ノドカは武器を構えもせずに、カズヤたちの前に現れた。
「もう弾切れだし。アンタ、下の階に隠れていたのに、さっきアタシを
サキは相手を睨む。ノドカは涼しい顔で、どこ吹く風だ。
「さて、なんのことかな? ……一騎打ちの邪魔はできないって思ったのかもな」
「アタシが味方三人を片付けたのに? ふん。プライドが高い。嫌いじゃないけど。……フワリも助けていいわよね? きっと、見たいから」
サキは武器をしまって、残り数秒で消える予定のフワリの死体に近づいて、心臓マッサージを始めた。残り全員が屋上に集合し、誰も撃ち合わないという珍事が発生していた。
「っしゃああああああああああああああああああ! 死ねええええええええええノドッチ!!」
フワリは起き上がって、鬼の形相を浮かべ、そのままノドカへ狙いを定めた。カチリ。ランチャーは出なかった。
「あ。RPGも空やん……。一発残しておけばよかった!! チッ、命拾いしましたね!」
ノドカは、今だけは驚いた顔をして、その様子を見て心底ホッとしたようだった。
「おいおい、相変わらずかよ、フワリ」と苦笑い。
大丈夫だと思っていたサキが一番驚いている。
「入ってたら本気で撃つ気だったの?」
「モチのロン。こんなん茶番やで。勝つのが一番ですから。でも、弾がないんじゃしゃーない! じゃ、応援するために盛り上げますか! いぇーい! フワリはケーキ!」
パシーン、とカズヤに、フワリがハイタッチする。続いて、サキも。
「アンタに、全部任せるから。アタシも……今回は、ケーキ食べたいかな。三人で、お祝い」
「ああ。わかった。勝ったらケーキだな。ホールがいいな。三人の食べたい物だ」
初めての、意見の一致。チームを一つに、気持ちを一つに。
二人とも銃をしまって、カズヤの背中を叩く。彼の立つ後ろに、サキとフワリが正座した。武器を構えていなければ、好きなポーズを取れる。
そのやりとり。相手との対峙。決して実現しなかったはずの一戦。
「一本勝負――中学の延長戦だな、カズヤ」
正面に立つノドカが笑う。カズヤも笑った。全て理解して、お互いに武器をしまう。
「ああ、代表戦だ――ノドカ」
屋上のヘリポートを試合場に見立て、その外から、右足から一歩、入る。
互いに姿が見える一〇×一〇の正方形。それには、少し大きさが違うけれど。
九歩の間合いに立って相手を見た。
それから、二人揃って同時に正面を見る。それはゲーム上停止している落日――黄昏の風景。
正面に向かっての礼は、決勝戦の試合前に行う儀礼。
相手に向き直る。互いの目を見て、三〇度の礼。同時に言った。
「お願いします」
三歩。竹刀から狙撃銃に変わった武器。構えての蹲踞はできないので中腰になる。
頂上決戦――全てを決める戦いが、彼らの手に委ねられた。
『――始め!』
どちらともなく、無音の開始を空耳して立ち上がる。
構え、狙い――引き金に指をかけて――互いに横に跳び、撃つ。
あらぬ方向に二つの弾丸が交差し、飛んでいく。コッキング。
倒す未来と、倒される未来が、同時に押し寄せた。スキル『感知』による、狙撃の察知。
スナイパー同士に、間合いはない。威力減衰はない。目に見える全てが射程範囲。
相手の目、銃口を睨み、構えの動きからその
無言の攻め合い。体重移動。互いに互いを、推し量る。
――ここだ!
沈黙を破ったのはカズヤだった。ピタリと止まり、撃った。
「!」
ノドカはカズヤから見て右に避けようとしたのを急激に方向転換し、予測して撃ったカズヤの弾を無理矢理避けた。コッキングしながら、今度は狙われる番になったカズヤがジャンプ。
「あぐっ⁉」
ズガン。胸を狙っていた弾が腕に当たる。威力80の弾丸。
「っと。今の籠手は?」
「旗一つかな!」
死んでいなければ、関係ない。今度はカズヤのチャンス。血に染まる視界で、スコープにノドカを納める。カズヤが撃った弾丸を、ノドカが中腰になって避ける。顔の横を通り過ぎた。
ズガン。コッキング。避ける。止まる。構える。狙う。撃つ。
互いが互いに放つ弾丸は、胴より上に当たれば一撃必殺の狙撃。
全射程威力減退なしの、長距離を本来狙うスナイパーライフル。
こんな数メートルで、超近距離で撃ち合うものではない。
だから、すぐには当たらない。互いに当てようとし、避けようとするならば。
それは、白刃を持って行う、剣撃にも似た。
弾が切れる。リロード。
決着の刻が近いのを、剣士の勘が互いに告げていた。
カズヤが、撃ち切った狙撃銃を、ゲームでは重さを感じないそれを、銃ごと振ってマガジンをはじき出す。弁当箱サイズの空になった弾倉が宙を、放物線を描いて飛んでいく。
「っ!」
それを見ていたサキの瞳が、不意に滲んだ。
そんなことしなくても、自重で空の弾倉は落ちると、ちゃんと説明した。
それは彼の師がハンドガンで行う、誤ったリロード。ずっと昔についてしまった悪癖。
「バカ。リロードの癖、ついちゃってるじゃない」
画面がかすむ。現実のサキは目に涙を浮かべて、微笑んだ。たぶん、嬉しかった。
「お願い、カズヤ。勝って――!」
「カズヤン、頑張れ頑張れ頑張れーーーーーー!」
チームの心を一つにして、サキとフワリが、叫んでいた。
全てが懸かっている。ヒリつくような、肌に刺さる緊張。立っているだけで吐きそうなほど。
それを同時に愉しんでいるかのような、俯瞰しながらも感じる昂揚の同居。
ああ――ここは、戦場だ。
久しぶりの、自分が極限の状態で敵と殺し合う戦場で、カズヤは楽しんでいた。
まだ燃え尽きていない。むしろ、今こそ、この戦場で行う命のやりとりで、生を実感する。
互いの剣を構え合い、中心を取り合う――攻め合い。
銃に間合いはないけれど。
互いに一撃必殺を狙う弾丸は、相手をど真ん中に捉えてもしゃがんだり、跳んだり、移動することでスレスレを抜けていく。
当たった弾丸は腕をかすめてダメージを与える。自分にもかすめ、視界が八割赤く染まる。
全てを賭けたチームの代表戦は、技術よりも気持ちの強い方に軍配が上がる。
剣道と一緒だ。撃ち合い、避け、リロードして、正面同士。
相手の弾丸が、頬をかすめた気がした。
嘘だ。かすめるだけで死ぬのだから、外れている。
そのとき、応援するサキとフワリが、ノドカの背中越しにしっかりとその表情まで見えた。
「――――」
ああ。カズヤはようやく理解する。チームメイト。居場所。やっぱり、ここにある。
団体戦だけど個人戦。個人戦だけど、戦ってるのは一人じゃない。
カズヤの放つ弾丸は、自分とチームの思いを乗せた必殺の一撃じゃないといけない。
「その顔だぜ。そのお前を――ずっと倒したかった!」
ノドカは嬉しそうに叫び、頬を歪め笑った。
超至近距離での、ゲームでしかあり得ないスナイパーライフルの撃ち合い。目で通じあう。互いに狙い、撃たず、機会を図り、攻め合う。
いつかの夏を、思い出す。
真っすぐに構えて、自身を弾丸にして飛び込む相面は、より早く、相手の正中線を奪った方に軍配が上がる。
まさに、今。ここだ。剣の達人だけが認知する一刹那。互いに思った。思ったことが、互いに理解った。
「――――」
剣先から銃口に変えて、触れ合うか触れ合わないか、一足一刀の間合い。
一歩入れば剣が届く、必殺の結界。銃には、それはないけれど。
二人は互いに、全くもって同時に、武器を構えた。
サキとフワリから授かった、現実と架空のM200 Intervention。
現実と架空が――剣と銃が重なる。
構え、狙い、二人、音を重ねて撃ちだす弾丸は。
カズヤの顔面に、一直線に当た――らずに、そこで消失した。
「⁉」
四パーセント。エイムアシストの幸運が、最後に微笑んだ。
同時。カズヤの放った弾丸は、真っすぐに相手に突き刺さって、ノドカの脳天をぶち抜いた。
『面あり!』
あの夏の道場で、霧咲先生が一本を告げていた。
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