第32話
「ハイビルを爆破しますッ!!」
答えないサキに、聞こえてくる言葉に、フワリがRPG-7を構えた。
「カズヤン狙撃準備! 一対一なんか知らねえ! 穴開けるから、クレナイを、グレンさんを撃ち抜いて! ダメ! サッキーを守って! 絶対サッキーがいなきゃ、ダメだから!!」
フワリは絶叫して、サキたちが戦う目の前の四階めがけて、めちゃくちゃに乱射する。
ボゴッ! と壁が丸く吹き飛び、穴が空く。すぐに次弾装填。
三発残っていたRPGは、人が見えるか見えないかの穴を三つあけただけだった。
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
フワリが叫ぶ。カズヤはスナイパーを覗くが、敵の姿は見えない。うっすらと、一つの穴の近くにSAKIの名前。そのすぐ横に、クレナイはいるはずなのに。
「サキ……!」
カズヤたちの声は、届かない。耳にクレナイの怨嗟の声が響く。
「お前が壊した。私の居場所を。みんないなくなった。壊したお前だけがぬけぬけと、今もしがみついてゲームをしている。それが何より許せなかった。お前が原因なのに」
「そうね」
サキは短く答える。
「……しゃーねー」
ふぅーーーーーーーー、と。フワリが長く、大きく息を吐いた。
「四階を爆破して敵をぶっ飛ばす。残りの二発でやるっきゃねー。三人の工兵はしゃーなし。グレンさんが残るよりまだマシ。もう、それしかないです。燃えるぜ!」
背中から、フワリが真っ白のランチャーを外して構えた。
それは『槍』を意味する対戦車ミサイル
「カズヤン。あとは任せた。お好きなままに、自分を信じて」
黄昏に映える白銀迷彩。真っ白の、サキと同じ服装。それは大会優勝者が試合で装備していた武器にだけ送られる、一点物。カズヤは、思わずフワリを見ていた。
「フワリ……?」
「伝説の解体屋は、叩かれてやめたわけじゃないんです。叩かれるくらいならそもそもやってません。……フワリは、誰と一緒にいるかを選んだだけ。あのときのカズヤンは、居場所がなくなっちゃってとっても大変だったから。フワリが一緒にいたいのはカズヤンだよ」
にっこり笑った。いつもと違うアカウント名。三つの単語の連なり。
『KAZUYAN_LOVE_FUWARI』
三つの単語の頭文字をつなげた読みは――カラフ。
「死ッねぇええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
一年ぶりに復帰した、爆発物のみの伝説的プレイヤーが、ジャベリンをロックオンした。
サキは、膝をついていた。銃を落としていた。かつての仲間に、自分のしたことに、武器を向けることはできない。完全に、敗北だ。
四階にはめちゃくちゃにランチャーが撃ち込まれ、壁に穴が空く。オレンジに染まる室内。瓦礫に火が付いて燃えていた。もうすぐ、この建物は崩壊するだろう。けれど、サキの寿命の方が短い。轟音と爆破で揺れ続けるビルで、二人は向かい合っていた。
「ごめん、グレン。アタシ」
「謝ってももう戻ってこない」
「アタシが……勝手に、突っ込んだから」
「サキは強いだけで、私のことも、ユミのことも、ハスミもシエルも信じてはいなかった。ただギリギリ保っていただけ。一人で勝手に暴れてただけだよ」
「そうだね……だから崩壊した」
「ボクは一度だけでもいいから、ちゃんと相談してほしかった」
そこだけは感情をこめて、クレナイは言った。カシャン、と拳銃をリロードする。
「アタシ、バカだから。勝たせてもらったことに気づかなかった。気を遣ってもらってた。みんながアタシを、受け入れようとしてくれてたのに。独りよがりで。……ワガママだから」
「気づくのが遅すぎるよ」
クレナイはサキの胸に向けて、引き金を絞った。
一発。『40』ダメージ二発の合計80。サキの視界が真っ赤に染まる。
「何か言い残すことは?」
「……アタシ、もっと『白乙女騎士団』のみんなと……本当は、一緒にいたかった」
絞り出した言葉に、
「ッ!」
グイ、とクレナイがサキのマフラーをつかんで、立ち上がらせる。
「お前がッ! 壊したんだろ!」
「うん……だからだよ」
泣くこともできないアバターで、精一杯顔をゆがめて、それでもサキは笑った。
「失って、気づいた。とっくに、居場所になっていたことに。なくなったあとで」
「死ねよ」
グレンの拳銃が震える。
怖かった。サキは、最後の抵抗で、数歩、下がった。
パン。39ダメージ。
「あ、ぐぅっ……!」
サキは顔をゆがませながら、一切攻撃手段を持たないで、それでも引いていた。
「ッ! そうやって、負けを認めないで、なんの意思表示だッ!!」
相手が激昂する。下がったことで、外の光が、サキを照らしていた。
「グレン。あ、アタシッ」
「もう二度と、私の前に現れるんじゃない!」
ピタリと、最後は恐ろしいほど正確に。拳銃が向けられる。クレナイの声は、震えていた。
――ズガン。
「ぁ」
胸に、強い衝撃が刺さった。
サキの身体が一瞬浮く。スナイパーライフルによる狙撃。
それは1.2倍ボーナスの部位。一撃でライフを奪うワンショット・ワンキル。
意思に反して、身体が倒れる。
いつの間にか天井を見つめて、サキは床に倒れていた。
クレナイは、最後には撃ってこなかった。
* * *
部屋の炎がクレナイの顔をを赤く照らしていた。
床に倒れたかつての仲間を見て、唇を噛んだ。
強者も、死ぬ時は一瞬だ。あっけない死に様を曝す。
近接の覇者が味気ない最後だった。引き金は、結局絞れなかった。死体撃ちはマナー違反だし、する気もない。そんな執着は、見せたくない。
「サキ……。本当は、ボクだって。なんで転校したんだよ……。一緒にプロになろうって、約束したのに。真剣だったのはボクだけか? 今の五人だって……本当は、最後の、一人は……」
同じ一草で、ともにまた戦おうと誘うはずだった。そのために遥か遠くから、全てを捨ててクレナイも転校してきた。最後の一人になるはずだったメンバーは、そこにはもういなかった。
向けるべき銃口は、同じ未来の先のはずが、何の因果か、お互いを狙いあう格好となった。
「ナイスキル、ノドカ」
返答はない。そこで通信機をオフにしていたことに気付いた。
いや、そもそもノドカはロービルには上っていない。狙撃は百島か。
ブシューーーーーとランチャーを放つ音が続けざまに聞こえた。
「クレナイ! ビルを破壊する! 相手がジャベリンを撃ってきてる! 二発撃たれたら、もしかしたらその階も吹き飛ばされるかもしれない! 相打ちを狙ってきてる!」
「チッ。飛び降りる!」
身軽スキルはしっかりつけている。それがあれば崩壊しても外側に飛び出せば生き残れる。
「なっ⁉」
安心しきっていたクレナイはそこで驚きの声をあげた。
ドゴオッ! と真上の天井に大きな穴が空く。凄まじい爆風と衝撃。ジャベリンが屋上と五階を突き破ったらしい。発射音から察するに、まだ一発目のはずだ。どうやって五階で爆破させたのか? まさか、天井の覗く隙間を狙って通したとでもいうのか。だとしたら、まずい。
もう一発の弾が放たれた音がした。それをこの階に直接ぶつけられれば、半径八メートルまで即死。本気でクレナイを狙っているらしい。
「むちゃくちゃだ! 今から五秒後に起爆しろ!」
クレナイは仲間に方向を指示し、援護を頼み、開いた穴から四階を強引に飛び出した。
身体を襲う、ふわりとした浮遊感。ぞっとする。直感。それは、死の感触。
「! ッ⁉」
瞬間、クレナイの瞳が見開かれる。
飛び出した、その正面。自身を狙う、スコープの反射光。千丈の狙撃手。
――読んでいたのか。まさか、ここまで計算して爆破を⁉
自身が相手の一手によって動かされている。
詰みかけている現状に――クレナイはしかし、笑った。
咄嗟に、落ちながら、持ち替えていたアサルトライフルを構える。
敵の狙撃音と、ビルの爆破音が重なり――ハイビルと呼ばれる五階建ての建造物は、最初はゆっくりと、少しずつ、うなるように軋みをあげて、内側に向けて崩れ去った。
ズガン。
狙撃銃の弾丸が、放たれた。
* * *
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます