第31話


「ほい」

 フワリの手から、それが投げられた。バンバンバンババババ! と、灰色の床に転がった球体から、囮の銃声が響き渡る。ネタ装備の一つ、デコイ・グレネードだ。知っているプレイヤーなら音で偽物だと一発でわかる爆発物枠。

 ロービルの二階である。三階へと続く階段はカズヤが警戒している。顔を出せば撃つ算段だ。

 じーっと、跳ねまわる球体をフワリの大きな瞳が見つめていた。

「ん~。撃ち合いはしてない。膠着状態。通路に二人、ラウンジ二人ですかね」

 デコイは文字通り敵に位置を誤認させるために使う。そのため、こちらではわからなくても『敵がいる方向に大きな音を立てる』よう設計されている、とフワリが教えてくれた。それを利用し索敵するという珍しい使い方だ。ボン! と一定時間が経ってデコイが爆破した。

「よし、ここでやっちまいましょう。カズヤン、あっちのお部屋の窓撃って~」

 のんびり言うフワリに、音が出るのを承知でカズヤは撃った。窓ガラスに蜘蛛の巣ができて、すぐに粉々になる。何のつもりかわからないが、フワリがわからないのはいつものことだ。

「敵はこなそうですが、いちおー階段上注意してて。フワリが分断しますから、ジャベリンぶち込んだら突って全部倒してください。たぶん残るのは二人かな? 角と、通路入り口」

「了解。爆破? するのはどうやるんだ?」

「床ぶち抜きます」

 のほほんとした顔ですごいことを言う。

 フワリは会議室の出口に立って、室内のたった今カズヤが撃った窓ガラスを巨大な筒型ランチャーで狙っている。

「あの窓ガラス抜くと、ちょうどお外の街灯の先っぽがロックオンできるんですよ」

 フワリの持つジャベリンは、最も建物破壊ができる武器だ。高ランクにならないと解除されないそれは、一流の工兵が使うと、マップ構造を変え、不利を瞬時に覆す一手となる。ただし、発射にはある程度離れたターゲットを数秒ロックオンしなければいけない。

「行きますよ~……しっねええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 ――ブシュボゴォッ!!

「どわっ⁉」

 すさまじい爆音に、カズヤも声をあげる。

 ミサイルを会議室内に射出したため、ビル内で大爆破が起きたのだ。フワリは爆風に当たると自滅の恐れがあるが、すぐに壁の後ろに隠れたため、ダメージは入らない。

「なっ⁉」

「うわあああああああああああああああああああ⁉」

「はい、ばいちゃ~」

 目の前で落ちていく敵の悲鳴に、フワリは無慈悲に言った。

 部屋で爆破させたので、ぶち抜いて上下に穴が空いたのだ。フワリの狙いは、落下キルらしい。カズヤは三階へと到達し、突然の爆破に驚いている相手を捉える。角と通路。

「クソッ!」

 カズヤに一人が気づくが、もう遅い。

 止まり、構え、狙い、ピタリと敵を捉えていた。

 ズガン。反動と火薬の破裂音。敵に現れる『120』ダメージ。

「ヒット」

 コッキング。もう一発。二体目。身体をひねって、避けられていた。『80』ダメージだ。カズヤはすぐにハンドガンに持ち替え、サキと同じUSPで撃ち抜いた。『28』と二つ弾丸が当たってダメージ表示。キルを取った。落ち着いていた。

 フワリがリロードしながら駆け上がってくる。

「ラウンジ一人漏らした! まだ一人そこいます。動かれてズレちゃった! しかも落ちたのも『足グキッ!』ならなかったから生きてます! RPGぶち込んだら引いてったけど!」

 敵は一階に一人。フワリが牽制した相手。そして四階の穴の開いたラウンジに一人。

 部屋をぐるりと囲む通路。右手はハイビルにつながっているので、一草が守っている可能性が高い。カズヤが左に回りながら開いたドアから部屋を覗くと、敵が向かいの出口から通路に出るところだった。左の通路でかち合う予測。

 急ぎながらも落着き、通路に出る。端と端。約四〇メートル。敵はまだ来ない。

「! クソッ!」

 間をおいて、ジャンプで横っ飛びしながら敵が現れる。照準がズレる。スコープの中で追いつかない。当たらない。しかし、強引に引き金を絞っていた。火薬の破裂音が重なる。

 ズガギュン。カズヤの視界が赤く染まる。相手もスナイパーだ。四肢に被弾したらしい。

「ぐっ! っ、……? なんだ?」

 コッキングのために隠れる前に、そのまま倒れた敵の姿を確認する。

 カズヤの弾は当たっていない。ダメージ表示がなかった。敵のほうが上手だった。

 カズヤは近づき、三階には敵がいないことを確認して――窓越しにそれを見た。

「! あぶッ、ね――!」

 ガギュン。カズヤの頬を弾丸が通り過ぎた。

「そういうことかよ……!」

 ハイビル方面、遥か遠く、二〇〇メートルは離れている道路に、小さい光が灯っていた。

 太陽光をいつでも反射するスコープ。カズヤが外した近距離の横っ飛びを、長距離からかっさらっていった相手。カズヤと同じくらいに始めたくせ、遥かに実力をつけたかつての仲間。

「食らえッ! ノドカ!」

 意識するよりも先に、身体を止めて、銃を構え、敵をしっかりと照準する。

 ど真ん中。ピタリと定まる照準を、読んだかのように相手が右斜めに飛んで弾丸を避ける。『感知』スキル。スコープの光。たったそれだけの情報で、いとも容易く、ノドカは避けた。

「流石だ……! あぐっ⁉」

 言うよりも速く、ノドカの弾丸がカズヤの右腕を撃ち抜いた。

 カズヤよりも正確で、鋭い一弾。エイムアシストを考慮しても、相手の方が強い。

 流麗なワンショット。その弾丸で以って、ノドカの涼しげな顔が訴えている気がした。

 ――そんなもんか? カズヤ!

「まだまだ!」

 三階を横移動しながら、道路を同じく移動して狙撃するノドカを狙う。

 カズヤは、身体のほとんどを窓下に隠し。ノドカは、車などの遮蔽物を利用し。

 ノドカの横のコンクリートが跳ねる。カズヤの背中の壁に穴が開く。

 移動を予測される。瞬時にカズヤは向きを切り替えて、相手のエイムを切る。コッキングしながら、相手を狙う。同じように、ノドカも避ける。

 一刀を互いに切り結び、刃を向ける鍔迫り合いが如く。

「カズヤン、そっちはダメ!」「!」

 フワリの言葉に、カズヤはすんでのところで止まった。危うくビル同士をつなぐ通路に顔を出すところだった。間違いなく、そこに一草の残りが待ち構えている。

「チーム戦ってことか……!」

 ――かからなかったか。けど、オレたちは殺すなら、オレたちで、だろ?

 油断ならない。スコープで覗かなくても、ノドカが得意げに笑っている姿が想像できた。

「フワリが助けたから、こっちもチーム戦!」

「ああ。サンキューな!」

 カズヤがノドカを続けて狙おうとすると、そこでノドカに別の火線が迸った。

 一階にいる百島の最後の一人だ。こちらもスナイパーらしい。ギリギリでそれをかわし――それでもノドカは、カズヤの顔面スレスレを狙撃してきた。

 ――勝負はお預けだ。

 そう言いたげに、激しいスナイプの中一切撃ち返すことなく、遮蔽物に隠れながら、ノドカは余裕の態度で引いて行った。あるいは、お前は俺の獲物だとでも言いたげに、悠然と。

 念のため、一瞬顔を出すと、軽機関銃の嵐が吹き荒れた。唯一ある連絡通路だが、やはり既に固められていた。この距離では撃ち抜けない。ここが『白乙女騎士団』が敗北した場所だ。

「カズヤン! ここはいいから、それよりロービル屋上取るのが先!」

「わかってる! 忙しいな!」

 フワリの声にカズヤはうなずき、来た道を戻って、階段を上った。

 屋上にはヘリコプターの着陸地点が白で描かれ、他には一か所給水塔があるだけ。

「サッキーは今戦ってるから……なんとかノドッチと工兵三人仕留めないとですが」

 状況はほぼ千丈と一草の一騎打ちだ。同じ階の高さで、サキはクレナイと戦っている。

 相手はサキを一番に警戒している。クレナイが勝てば五人でカズヤたちを仕留めに来る。ハイビルを制圧されれば高さの有利は相手になる。サキが勝てば、おそらくはハイビルが崩壊させられる。サキを確実に仕留め、四人でカズヤとフワリを倒そうとしてくるだろう。

 サキがクレナイに勝つことは勝利への最低条件。その上で、サキは囮になり、ビルを壊そうとする工兵をカズヤたちが少しでも減らし、全員生き残ることがベストの結果。なのだが、

「あー。たぶん顔出したらノドッチ撃ってくるなあ。一階から三階のどこかで柱にC4つけてるでしょーけど、フワリたちじゃきびしーですし。敵は静観しそー。やっぱ膠着状態!」

 ハイビルの結果で敵は爆破するか、しないかを決める腹づもりのようだ。そもそも一騎打ちに邪魔立てはできないし、攻めようにも工兵三人とノドカが守っている。

 フワリは爆弾だけしか装備してないらしい。背中のバッグはネタ装備の一つである兵装『サブバック』で、サブウェポンを二つ持てる。ランチャー二つだ。

 どちらにしても、カズヤたちは、サキが勝たないことには始まらない。それは前提条件となる。

「サキ、頑張れ」

「居場所は、自分で勝ち取るものですからね」

 目の前のハイビル四階では、そして耳元からは、絶えず単発の銃声が響いていた。



 弾丸が、頬のすぐ横を通る。

 サキは無意識に歯噛みした。遮蔽物に隠れ、USPを敵に向ける。サキは相手の行く先を予測し、敵はそれを予測し避ける。避けた相手を追うが、数発撃ち返されて牽制される。

 体力120同士の拳銃戦。威力40の弾丸を少なくとも三発当てないといけない。だが、ハンドガンの最大威力射程は短い。四発か、あるいは五発だ。

 サキはリロードし、手首のスナップで弾き出して新しいマガジンを装填する。

 敵は柱から半身を出して、正確にサキの足を撃ち抜いた。

「くっ!」

 痛みなど無視して転がり、柱に近づく。敵はリロードを完了し、至近距離までつめたサキの弾丸を受けながら撃ち返してくる。

 互いに二発ずつ。被弾し、ソファなどの遮蔽物に隠れ、その場を離れて回復とリロード。全然弾は当たらない。それだけ読まれている。実力は拮抗している。こちらの釣りにも動じず、フェイントにもかからない。おかしい。サキの戦いをここまで知っているはずがない。

「アンタ、誰? サブアカでしょ。前にアタシと一対一したことある?」

 決まらない勝負に苛立って、サキは聞いてしまった。

「……前にも言った。私は『怨禍』クレナイ。憎悪の炎を宿す者」

「そんなの聞いたことない! 誰か知らないけど、もう一度、ここで倒してあげるから!」

 叫んで、一瞬心を落ち着ける。無心。

 そうだ。カズヤの教えを、思い出せ――!

 サキは姿を現し、一気に勝負に出た。

 敵の向ける銃を無視して、一直線に駆ける。まっすぐの突進。サキの一番得意な戦法。

「――――」

 頬をかすめる弾丸を無視し、直前で斜め跳び。この跳び込みが、ゲーム上では一番動きが速いのだ。さらに、右にフェイントを一度入れて左に跳んでいる。

「食らえッ!」

 構えた銃は、弾丸を吐き出さなかった。

 ――なん、で?

 サキの脳裏に疑問が浮かぶ。相手にピタリと向けられる銃口。戦慄した。撃てなかった。敗北を見た瞬間に悟っていた。三発正確に体に撃ち込まれる。画面がどす黒い赤に染まる。

「ゲホッ!」

 跳んだ態勢のまま受け身も取れず、地面に転がった。距離を計算した、120にギリギリ届かない、正確な三発。

 負けだ。撃たなくてもよくわかっていた。最後の一発は敢えて撃ち込まれなかった。強者同士による直感で、互いにそれが、わかっていた。

 達人同士になれば、結果はされなくてもわかる。まごうことなき、敗北だ。

「なんで……読めるの。アンタ、誰……?」

 体力が回復し始める。サキは聞いていた。聞かなければならない気がした。

「リロードの癖は、直ってないんだね」

「!」

 その口調に、親しい言葉遣いに、サキは目を見開いた。

「なんだか懐かしくなったよ。初めての入団試験を思い出した。あのときと一緒だ」

「え……ぁ……まさか」

 サキの手と声が、震え始める。覚えてる。一対一の拳銃対決。サキが勝利した一直線。右から左のフェイント。最も得意な形。そもそもサキが入団試験を受けたことなど一度だけ。

 どちらの団に、どちらが加入するのか、と話して、それでサキたちは一つになった。

 ――団長は優しいから、サキちゃんに勝たせてくれたんだよ。居場所、なくさないように。

 ユミがそう言っていた。サキも、後になって戦いぶりをみて納得した。突撃思考のサキは持っていなかった、正確すぎる訓練されたエイム。

 でも、こんな乱暴な攻撃性はなかったはずだ。

 もし、これがあのときの再現なのだとしたら。

 そのフードを取られる前に、サキは何としてでも撃たないといけなかった。

「サキ! 諦めちゃダメだ!」

「サッキー!」

 今の仲間の声。けれどサキは聞いていなかった。かつての仲間が、目の前にいたから。

「グレン、なの……?」

 かつての仲間であるグレンの姿。

 髪の色と目が、記憶とは違う。血のように赤く染めていた。

「違うよ。私はクレナイ。『炎華エンカ紅蓮グレンの……残り火」

「あ、ああ……」

 それで全ては決定づけられるように。サキは声を掠れさせて、今度こそ完全に敗北を認めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る