第29話

 そのままの状態で、沈黙が何分か続いた。それから、

「……カズヤ。アタシのこと、好きなのよね? ね? そうなのよね?」

 ベッドで、サキはカズヤの胸に収まって、小さい子みたいに聞いてきた。確認するみたいに。

「さっき言ってたけど。それってどのアタシのことが好き? ちゃんと教えてほしいな」

 面倒くさいことになってきていた。言い訳のように、言ってみる。

「オレが知ってるサキは、三人いるんだ」

「うん。朝練の時に気付いた」

「サキ、昔道場に来たことあっただろ。居合やってたよな?」

 カズヤが剣道を始めるきっかけになった女の子。初めて道場で見て、その美しい動作に一目惚れしたその少女。それは、この道場の娘であるサキだったのだ。

「一回だけよ。ママが死んじゃって、パパは前にも増して過保護になって、危険なことは何も」

 一度だけ見た、白昼夢と勘違いしていた記憶――あれはやはり幽霊なんかではなかったのだ。

「室内の遊びしかできなくて。ゲームは一通り。ガンライフオンラインは一〇年前の出た瞬間から。……最初は許してくれてたんだけどね。有名になりすぎて、心配されて。一晩ケンカして。プロになれるんだったら続けてもいいって言われて……それから滅法練習したわよ」

「霧咲先生、鬼だからなあ」

「それに頑固すぎ! アタシもソロでやってたんだけどね。すごい人気あったのよ。美少女だから! でも一人では限界あるし、良い仲間を探してて、そこで」

「『紅蓮華撃団グレンカゲキダン』と合流だろ」

「さすがストーカー」

 中学生の女子五人で結成された『白乙女騎士団』は、『白銀の戦姫』サキをリーダーに公式リーグ戦まで無敗を誇った。それほどまでに統率され、個々人の技量の高い集団だった。

「今、世界で戦うプロはみんな中高生よ。エイム力、反射神経がダンチだからね。アタシたちもなれるって……慢心してたのね。腕はあっても、精神こころはガキだから」

「でも、プロになれるくらい強かった」

「腕前はホントにね。それぞれに特化したアタシがほぼ五人いるようなもんだし。そのうえ連携も抜群。グレンのチームは幼馴染四人組だったから」

「だけど、一点突破力が足りなかった。そこにソロの超高攻撃力のサキが加わって――」

「敵なしだったわね。まさしくそうだった。アタシがクラン長になって、だから……負けた」

 サキはカズヤの胸に顔を押し付けて、遠い目をした。

「オレが、宣伝で会ったのが二人目のサキだ。リーグ決勝が始まる前。大々的なネットCM」

 カズヤは今さら気づいていた。以前調べたが、テレビでサキの動画が流れたことは一度もない。ではなぜ、あの日にここのリビングで映されていたのか。それがずっと不思議だった。

 簡単だ。あれはネット配信を録画して、サキの父親がテレビで再生していたのだ。

「三人目は、今目の前にいる。少しわがままで、可愛い、ただのか弱い女の子」

「あの宣伝のときが一番勢いあったからね。だからこそ、一番、注意しなきゃだったのに。ユミはね、アンタと同じ小心者だった。いつも無理してた。人一倍責任感が強かった。ツインタワーの三対六は、アタシ、無理だってわかってた。前日にユミから相談されてたの。弾が当たらなくなってる、撃てないんだって。怖くて。彼女は泣いて、震えて。イップスだった」

 サキはその日を思い出しているのか、遠くを見ていた。

「アタシ、グレンには言えてなかった。グレンはアタシが無謀に一人で突撃したことを、いつまでも怒ってた。でも、違うの。ユミが撃てないことをアタシは知ってた。だからアタシがなんとかしなきゃいけなかった。その突破力が、正確なエイム力が――なかった」

 もう終わったことだけど、とサキは結んだ。

「アタシも、カズヤと同じ。居場所、ゲームの中にしかなかったのに。なくなっちゃった」

「オレがなるよ。オレがサキの居場所になる」

「うん。カズヤが、アタシの居場所は『ここだ』って、あの時叫んでくれたから。嬉しかった」

 そっとサキがもう一度顔をカズヤの胸に寄せる。温かく、湿っていた。愛おしかった。ぎゅっと、サキを抱きしめた。もごもごと、付け加えるように。

「でも、さっきの言葉。きっとフワリが聞いたら、怒るわよ」

「? なんでフワリが出てくるんだ?」

「バーカ」

 そう言ってサキは悪戯そうに笑って、カズヤの胸の中で、大人しくなった。


 何時間か、眠ったか。目を覚ますと、すぐ横に静かな寝息を立てるサキの顔があった。無防備だ。触れれば罪になりそうなほど無垢な寝顔に、カズヤは思わず顔を近づけた。

 いや、やっぱダメだ。寝ている隙を襲うみたいで、絶対よくない。結局寸前で止まった。

「……ヘタレ」

「⁉ 起きてたのかよ!」

 寝ていた顔をそのまま赤らめて、サキが口をとがらせた。

「起きてない」

「いや、やっぱちゃんと正式に、こう、寝てるからってのはよくないかなって思って。……あ、そう。そのちっちゃい胸を、サキのハートをオレが撃ち抜いてからって思って――あ」

 右手で銃のカタチをとって、サキの左胸に合わせたところで、彼女が近づいてしまってそこへ人差し指が触れる。ふにゅりとした柔らかな感触が、パジャマ越しに伝わってくる。

「きゃっ!」

「ご、ごめっ――? ⁉」

 殴られると思ったが、サキは恥ずかしがって胸を抑えて縮こまった。顔を真っ赤にしている。

「……もう、とっくに撃ち抜かれてるもん」

「――――」

 その言葉が引き金になった。思わず抱き寄せていた。無理だ。止まることはできない。カズヤのタガはとっくに外れていた。手のひらが薄いパジャマの布下にすべりこんだ。

「ちょっと、カズヤ⁉ あっ、ダメッ!」


「動画取ってますけど、ネット配信しましょーか?」


 部屋に響く、地獄のような声。もう一人のチームメイト。

 ビクッと声に反応して、もう一人部屋に人がいたことに気付いて、カズヤは止まった。

「フワリ⁉」

「なんでアンタがここにいんのよ⁉」

 カズヤとサキは跳び起きて、声のした方を見た。

 カチリと懐中電灯をつけて、下から自分の満面の笑みを照らしてフワリが座っていた。右手にはスマホを構えている。相変わらずのメイド服姿だ。

「ちがっ! これは……そう! 凝り固まったお腹のリンパをマッサージしようと思って!」

 カズヤは両手でめちゃくちゃにまさぐり、サキのおへそに指をすべりこませ、くすぐった。

「ちょ⁉ 何を――あっ、わ、わっひゃっひゃっひゃっひゃっ⁉ って何すんのよ変態!!」

「おぶっ⁉」

 ビンタが最終的に飛んできた。

「いえいえ。いいんですよ。いいんです。おほほ、フワリはいいんです」

 いいんです、いいんです、と全然よくなさそうに続ける。

「フワリは心配してただけですからね。あまりに遅いので、玄関も全部開いてるので見に来たら、お邪魔虫でしたか。おっほほほほほほほほ――死ねやぁッッ!!!!!」

「ぐえっ⁉

 」ズドッ! とカズヤの顔に蹴りがめりこんでいた。予兆も予備動作もなかった。

「うし。せっかくサッキーも元気になったことですし、特訓しましょ。作戦も!」

「カズヤは気を失ってるみたいだけど……」

 元気のある女の子が二人と、ぶっ倒れた一人。


 カズヤはそこから、寝る間も惜しんで、学校も休んで練習に明け暮れた。

 ゲームはオンラインで、二四時間いつでもログインできるので、一人でひたすら野良戦に行ったり、フワリとサキが帰ってくれば一対一を練習させてもらった。

「サッキーが火をつけちゃいましたよ」というフワリの言葉に、サキは顔を赤くするだけ。

 サキとフワリは戦闘配信録画を見直して、相手を分析。「ハンパじゃねー」がフワリの評。

 クレナイの情報は試合以外ほぼなかった。サキが転校した一草に、入れ違いで転校していた。サキのような、苛烈な攻め立て方。時たま見せる、驚くほど正確なエイム。同年代でこれだけの実力を持っていれば名が知れているはずだが、サキもフワリも心当たりはないと言った。

「なりすましですかね」

 フワリは静かに言った。

 カズヤたちは自分の姿そのままだが、ゲーム内の容姿は好きに変えられるのだ。性別すらも。

 クレナイは去年県覇者のクランを、ノドカと二人で殲滅していた。五人メンバーだが、補助を三人に任せ、実質二人でほとんど倒している。ある意味カズヤたちに近いチーム構成だ。

 いかにクレナイを無力化するか、が勝負の鍵だった。

「はい、これ。貸してあげるから。アタシとお揃いだからね。肌身離さずつけなさい」

 徹夜でゲームをして、サキが朝の射撃練習をするというのでそのまま参加した。サキはスカートをまくって、左太もものUSPをホルスターごと外して、カズヤに渡してくれた。

「え? なんで? 男だし、ズボンにつけると学校で怒られそうだけど」

「腰にすればいい。ブレザーで隠れるわよ」

「夏場は? ワイシャツだけになるぞ」

「夏場も上着着ればいい」

「そんな馬鹿な」

「これはね、大会優勝記念の白銀迷彩で、優勝装備に対してしかもらえないの! その企業コラボ! 世界にこの二丁しかないの! アタシだと思って大切に使ってよね!」

「なんでそんな大事な物を貸してくれるんだよ」

「フワリに、負けないためよ」

 ベランダに置かれた、バカでかいエアガンを睨んで、赤い顔でサキはそう言った。

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