第27話
第四章 頂上決戦
「はあ、はあ……はっ、くぅ……」
サキは苦悶の表情で息を漏らしていた。
弾切れを起こしていたMP5Kは、使えなかった。慣れないFALでの、アサルトライフル中距離戦。しかし、ヘッドショットさえ与えれば倒せる、そんな三〇メートル。
サキが狙いを定めるより遥かに早く、二発撃ち込まれた。
パン。パン。と、一定のリズムで、
正確に二発が頭に被弾。118ダメージ。威力減退を起こしていなければ、即死。
校内決勝を前に、サキたちの勝利は絶望的。もし、ここで負けてしまったら――
「ッ!」
空恐ろしい未来を想像して、手が、震えた。落ち着け。まだ負けたわけじゃない。
回復とともに、自分の気持ちも鼓舞する。一発だ。一発、ヘッドショットさえすれば。
「――『白銀の戦姫』」
ツカツカと、廊下をそいつは歩いてくる。
ここが勝負。サキは飛び出して、ピタリと狙いを相手の頭に定める――
「なっ⁉」
――よりも速く。苛烈な連射で、全身を撃ち抜かれた。動きは、予測されていた。
「あっ」
するりと希望が手から抜け落ちていくのを、サキは倒れながら感じていた。
だが、そこでふと違和感。視界の赤が消えていた。死んでいない。これは――
「私は『怨禍(エンカ)』クレナイ」
ブルパップ方式、最大威力40のアサルトライフル。イスラエルIMI社のTAR(タボール)-21を突きつけて、そいつは言う。たとえ、サキが万全だったとしても勝てただろうか。それほどの強者。同じ高校生で、ここまでのアサルトライフル使いを、サキは知らなかった。
いや、真に恐ろしかったのは。
執念が込められているかと錯覚しそうなほどの激しい銃撃。隙のない焔のような攻勢。怨嗟。
「今度の地区決勝。『白乙女騎士団』の墓場で、お前を殺す」
静かに目の前の少女――クレナイはつぶやいた。
「そこで必ず、奪ってやる。お前が私から奪ったものと、同じように」
フードの奥に、隠せぬ憎悪の炎を宿して。
「……あれ?」
確かにキルされたはずだが、意識も身体もそのままでカズヤは立っていた。視界も赤くならず、倒れもしない。MSRを構えた相手は、腰だめに戻して、ニヤリと笑う。
「よっ。待ってたぜ。地区代表戦ではよろしく、カズヤ」
ハンサムすぎる美貌。卒業式からひと月ぶりということも忘れて、カズヤは叫んでいた。
「ノドカ⁉」
目の前には、かつての中学時代、同じ剣道部でチームメイトだった友人が立っていた。
ここ少し改稿する?
カズヤがゲームからログアウトすると、サキは何も言わずにVR室を出て行った。
「っ」
「あ、おい! サキ⁉」
サキを追おうとすると、ちょうどそこで、ノドカが入れ違いで現れた。
「よっ! フワリも元気にしてたか?」
「ノドッチやっほー。見ての通りですよ」
フワリはへらっと笑って、かつてのチームメイトを迎え入れた。カズヤは、とりあえずサキを追う前に、急にゲームに登場してきたノドカに理由を聞くことにした。
カズヤとフワリ、ノドカは中学時代に帰った道を下校していた。
ノドカとクレナイが乱入じみた一幕を演じたのは毎年の恒例行事らしい。昨年の地区優勝校が先に代表を決め、残りの二校へ挨拶がてら、代表が決まった瞬間に乱入する筋書きなのだ。
カズヤとサキは残っていた敵チームだと勘違いしたのだが、『紅血ノ狢』が全滅した時点で他チームは降参していた、とノドカが教えてくれた。
「いやあ、俺はカズヤが勝つと思ってたからな。しかし見ててひやひやしたぜ。剣道とは違って綱渡り戦法だな。驚いたよ」
「驚いたのはこっちだっての。なんでガンライフやってるんだよ。しかも去年の県覇者の学校代表だって?」
「俺は才能あるからな。何でも何も、最初にガンライフ誘ってくれたのはフワリだぜ」
「げっ」
言われたフワリは嫌そうに顔を歪めると、言い訳っぽく。
「ホラ、カズヤンがやるって言ってたから……。ノドッチは器用だしできるだろーなと」
「それで代表かよ。なんだっけ。刀使えるeスポーツ……サムライ・ドーは?」
「『サムライ・ロード』な。サムロー。そっちのがうまくなかったかもな。いや、簡単に上位になれたんだが。やっぱり剣道やってるとどうしても、振っただけで斬れちまうってのが違和感でさ。『面あり!』って審判も言ってくれないんだぜ。そもそも顔切らねーけど」
「剣道は特殊だからな」
「ですねぇ」
いつも別れていた交差点で、ノドカがカズヤを指さした。
「中学でつかなかった決着、今度こそつけようぜ」
爽やかすぎる顔で、その眼差しが真剣にカズヤを捉えていた。
「ああ。――負けねぇからな」
フワリの家に帰ると、サキはいなかった。荷物はなくなっていた。意味が分からなかった。
「おいおい、どうしたんだよ」
「とりあえず、待ちますか」
サキはゲームにも現れなかった。ログインした様子もなく、二日が過ぎた。
日曜日の朝。二人だけになってしまったカズヤとフワリは、ゲームもせずにサキを待っていた。カズヤは連絡先すら聞いていなかったのだ。何もできなかった。
「カズヤン。防具、そろそろ取りにいかないとですよ」
「ん?」
結局時間を無為に過ごして、お昼を食べていたら、フワリが突然そんなことを言った。
「道場に置きっぱでしょ。『オレの青春はここで止まってしまった……これはその証だ』ってかっこつけて言ってたじゃないですか」
「中学生の時の恥ずかしい言葉を思い出させるなよ」
そういえば、そうだった。黄昏のあの日、本当は防具を持って帰らないといけなかったのだ。
でも、どうしてかそれができなかった。まだけじめがついていなかった。納得できなかった。
「そうだな……中学生のときの忘れ物、そろそろ取りに行かないとか」
「もうすぐ、道場取り壊しらしいです」
チャンネルをリモコンでガチャガチャと変えて、フワリがなんてこともないように言う。
「そう、か」
古い道場だった。カズヤの人生でかなりの長い時間を過ごした、思い出の場所。
「というわけで。カズヤン、鍵持ってないでしょ。はい、どーぞ」
「フワリ……」
「ついでにサッキーも連れ帰ってきてください」
「どこにいるかわかんねーよ」
フワリはガサゴソとカバンを漁って、中学時代に貸し出されていた鍵の一つを渡してくれた。木の札に『霧咲錬心舘』とマジックでかすれて書いてあり、その上から『フワリ!』とデカデカと名前が書かれていた。容赦がなさすぎる。
「もしかして、オレが必要になるからって持ってくれてたのか」
ぎゅっと握って、鍵とフワリの気持ちを受け取った。
フワリはへらっと舌を出した。
「いえ。普通に返し忘れてました。ついでに返してきてください」
「お前はオレの感動を返せ!」
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