第26話

 鉄壁の陣形は、目標ルールで活きる作戦だ。

 プロ選抜のリーグ戦、一位を独走していた天下無敵の白乙女騎士団を屠った敵の陣形。

 動画では、無理をして不意の攻撃をしかけた敵に、五人の内の二人が運悪くやられてしまったところから始まっていた。

 そこからは地獄。三対六の不利な突撃戦。

 カズヤがその試合動画を見たのは、その一度だけだ。自分の好きなプレイヤーが、チームが無様に負けるその試合を、最後まで平静の気持ちで見ることはできなかった。

 仲違い。無理なクラン長の突撃。当たらない狙撃。ブーイング、酷いコメント、低評価の嵐。

 クランはその後ユミが離脱し、リーグ戦は全て敗北。あと一勝ができず。白乙女騎士団は栄光から一転、坂を転げ落ちるようにして、最後には瓦解した。

 ――あの時と一緒だ。

 竹刀から銃へと変わった、自分の漆黒の武器を撫でる。それはかつてのユミの武器。

 負けられない戦い。常に不利から始まる大将戦。勝ってやっと代表戦。そこでも勝って、やっと一つ駒を前に進められる。いつも声を枯らして応援していたフワリが、今は一緒に戦っている。あの日救ってくれたサキが、泣きそうな顔で震えている。滾るな。ただ、いつも通りに。

「おっけ~ですよ~。カズヤンがいいって言ったら作戦開始!」

 全然気持ちの張っていない、いつもの、のんびり声のフワリ。

「……サキは?」

「いつでもいい」

 サキも気張って普段通りの声を装っている。

「そっか。じゃあ……あれ? こういうときどう言うもん? 十秒後だ、とか?」

「決まってます。勝ったら何食べたいかとか言うんですよ! フワリはマカロン!」

「んなバカな。それ、オレらの剣道の代表戦じゃんか」

 中学での公式戦は、いつでもそんなことを言ってはしゃいで、緊張をほぐしていた。

 職員室棟の渡り廊下。普段なら部室棟まで望めるはずのそこは、ちょうど瓦礫が設置されて見えないようになっている。その遮蔽物はフワリがぶっ壊す予定になっている。

「……カズヤ」

「ん?」

「またアタシ、カズヤに――」

「貸しじゃないぞ。チームだからだ」

「! ……うん」

「そーゆーのはちゃんと当ててから言ってどーぞ」

「うるせー」

「ありがと」

「!」

 たまに見せる、優しい声での感謝。胸に熱いものが広がった。

「何デレデレしてるです? つまんねーからもう始め!」

「あっ、おい⁉」

 フワリがスモークグレネードを投げる。敵の視界を一定時間奪う三つ目の投擲物枠。敵は煙に覆われた廊下を、突っ込んでくると勘違いしてめちゃくちゃに撃ちまくってきた。

 フワリはそれから振り向いて、金のランチャーを放つ。爆破。それは反撃の狼煙。

 激しい銃撃音。数秒の黒煙。それが、晴れると同時。カズヤは止まり、構え、狙い、そして。

 照準線が、サライの顔を捉えていた。



 爆音。同時、サキとフワリは飛び出した。

 スモークを抜けると、あの時と同じ、二五メートル先に無数の軽機関銃。

 ベルト給弾による一〇〇発が装填されているFN社MINIMI軽機関銃は、固定ダメージ40の分隊支援火器。当てることよりも敵への制圧射撃を目的とした、現実に則した使用方法。120しかない体力は、全員の六〇〇発連続で撃ち込まれる内、三発が当たれば死んでしまう。

 それがこのゲームの当たり前。サキの生きる世界。

 五メートル先のドラム缶が永遠ほど遠い。

 頬をかすめる火線を無視して、銃も撃たずに突っ走る。

 一発。二発。身体に当たり、視界がオレンジに。ひやりと心臓が跳ねて、なんとか瓦礫の陰に滑り込む。背中をつけて、振り返ったのはきっと彼の姿が見たかったから。名を呼んでいた。

「カズヤ!」

 職員室棟まで見晴らしがよくなったその先、一〇〇メートル超。スコープが光っていた。

「はっははははは! 死ね死ね死ねぇっ――がっ⁉」

 ズガン。敵の笑い声は、そこで途切れた。

 廊下をどの弾丸より迅く、真っすぐに突き抜ける一弾。

 ど真ん中で撃っていた一人、サライの頭を撃ち抜いて強引に黙らせる。ユミは、ここで当てることができなかった。サキがそれを、誰よりも知っていた。

「ナイッスーーーーーーーー!」

 鬨の声をあげて、フワリがAT-4ランチャーを構えて相手へ撃ち込んだ。本来現実では使い捨てだが、ゲーム上武器はなくならないので、続けて使用できるのだ。煙を残して突き進む弾頭に、敵が怯む。

 その隙にサキはすぐにサブマシンガンに持ち替える。丸太のようにランチャーを持って走っていたフワリは武器を切り替え。その横をサキが走って追い抜いた。

 二人の間を、もう一発の弾丸が迸り、ノリの頭もぶち抜いた。

 120の速度で、仲間フワリと一緒に、サキは絶望の廊下を渡り切った。

「――うああああああああああああああああ!」

 角を飛び込んで曲がりながら、叫んで両手のMP5Kを乱射する。角待ちショットガンを撃たせず黙らせて、そのまま奥もまとめて二連キル。残りはフワリの方の二人。

「てっめぇ! ぐはっ⁉」

 背中の叫び声は、ポスンという気の抜けた音で掻き消された。フワリの近距離でのグレラン直撃だ。

「ほい、乙~」

「死ね――んなっ⁉」

 という声と同時に爆発音。

「……アンタ、えげつないわね」

 サキは気になって見に行くと、自分の頭にC4をくっつけたらしいフワリがそのまま撃たれて爆殺され、ついでに至近距離の敵も自滅で巻き添えにしていた。これも煽りの一種だ。

 『紅血ノ狢』は時間にしたら一分にも満たずに、全滅していた。

 勝った。あのときの過去を乗り越えた。そうサキが安堵しかけたちょうどその瞬間。

 ――ズガン。背後から狙撃音。

「ッ!」

 サキの真横の壁に、突如弾痕が開く。南から狙撃。いるはずのない、VR棟の屋上。そこに、スナイパーが立っていた。歯噛みして駆け出す。スコープが光る。サキには撃ち返す態勢が整っていない。空になったMP5K。だが、弾があってもそもそもこの距離では当たらない。

「カズヤ! 援護!!」

 走りながら、遠くのカズヤにサキが指示を出す。そこで、サキはそいつと対峙した。

「なっ⁉」

 敵は、今いる校舎の屋上と三階で、『紅血ノ狢』に従っていたのではなかったのか。

 廊下の先に、フードを被った敵が一人立っていた――



 ガキュン! と。

 遠く、くぐもった狙撃の音。

「クソッ!」

 舌打ちする。カズヤは無意識に走り出していた。

 絶え間ない敵の攻撃。少なくとも二人。スピーカーからはサキの舌打ちと連続した銃撃音。

 職員室棟から二棟分走り抜け、VR棟へ。階段を駆け上がる。現実とは違って、速度100で走れる距離はスキルをつけていない限り限界が定められていて、もどかしい。回復するまでは走れなくなる。焦れるようにカズヤは最速で上を目指した。

 屋上のドアを開けると、カチ、と足元から音がした。

「ッ!」

 設置型のクレイモア指向性対人地雷。爆発物枠。これは対処をフワリに教わっていた。戸惑うと死ぬのだ。カズヤは瞬時に前のめりに飛び込んで、ゲームなので一秒後に起爆した鉄球の散弾をすべて避けた。同時に立ち上がり、屋上で背中を向けるスナイパーと対峙する。

 敵が振り返っていた。不意はつけなくなったが、これで五分。中腰。構え、狙う。

 体幹が落ち着いていなかった。手元はブレる。撃たれる前に引き金を絞った。

 ――外れる。

 確信めいた予感を伴って、弾丸は敵の脇を逸れていった。焦りすぎだ。

「ガッ⁉」

 刹那、胸に突き刺さる相手の弾丸。エイムアシストを利用した流し撃ち。相手の一発が放たれ――カズヤは絶命した。

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