第25話

 サキはカンカンに怒って進んでいってしまう。

「罠がある」

 サキが部室棟への連絡通路を覗いて、すぐに引っ込めた。フワリもとっとこ見に行く。

「んん? C4ちゃんじゃないですか。お弁当ちゃん。あからさまですね」

 渡り廊下には一定間隔で、C4プラスチック爆弾が設置されていた。お弁当というのは、見た目から取ったプレイヤー間での愛称だ。

「壊す? これ、待ってるわよね?」

「あーーーー……罠というか、これ……あ。まあ罠ですね。行っちゃダメ」

「どういうことだ?」二人納得しているので、カズヤが質問する。

「貫通の話の続きですね。爆発物も一緒で、実は細かく破壊可能か不可能かが設定されてるんですよね。で、オブジェクトってのは校舎もそうで。一チームでは現実的ではないですけど、ちゃんと柱とか的確に全部壊せば建物を全壊させたりできるんです」

「それ専門の解体屋がいるくらい。銃撃つゲームなのにつまんないって思うけど。卑怯よ卑怯」

「戦法の一つですから。圧殺キルできるのは建物破壊時に天井落としたときだけで、たとえばフワリがグレランぶち込んでも、オブジェクトキルってのは普通できないんです」

「水平方面、建物の壁は割と簡単に壊せるけどね。一つのランチャーを除いて、垂直方面の床と天井に穴は基本あけられないの。水平と垂直は全く別モノ。工兵で破壊威力と範囲は高められるんだけど、マップそのもの自体は厳密には変えられないってわけ」

「だけどそれは今で言えば、校舎はともかく、渡り廊下はやろうと思えば落とせるんですよね。等間隔に工兵がC4置いて、全部の壁をなくしちゃえば落とせちゃうんです。一番建物破壊ができるジャベリンで、大規模を一気に起爆すれば……そうそう、こんな音で」

 ブシューーーー、と校舎全体に響き渡るような音が複数聞こえてくる。

「うわあ⁉」

 同時に、すさまじい振動。

 爆発音が聞こえなかったら地震だと勘違いしたはずだ。校舎全体が激しく揺れて、渡り廊下は吹き飛び、残骸が地面に散らばっていた。三つあるうちの一つだけ、真ん中が残ってる。

「あーーーーーーー。これ、グルですね。一チームじゃ一個落とせるかどうかですし。そういう作戦ですか。残り三チーム、一個は代表なのに、コスいことしやがります」

「爆破テンプレ装備だわ。『カラフの遺産』」

「……その話、ここで必要です?」

 フワリはあからさまに嫌そうな顔をした。

「何よ、珍しいわね」

「別にぃ。人のプレイスタイルに善悪つけるのが、フワリは好きじゃないってだけです」

「悪でしょ。ナーフされたんだから」

「運営のバランス設定が悪いと思いますけど」

 二人は言い合っているが、ケンカというわけではなく、ゲーム上の設定の話のようだ。

「なんだよ。そのなんとかの遺産って」

「『カラフ』ね。ホントは確かもっと長い名前で、省略名だったかな。一年近く前に引退した伝説的プレイヤー。アタシも会ったことはなくて動画でちょろっと見たことしかないんだけど」

「……『伝説の解体屋』とかって、よく言われてましたね~」

「その集団のリーダーね。そういえば雰囲気ちょっとカズヤに似てたかも。男性プレイヤーで、まあまあ高身長で、細目、ツンツン髪だったな。戦い方は全然違くて、えげつなかったけど」

「えげつない?」

「銃の撃ち合い、読み合い、立ち回りが重視されるガンライフオンラインで、一切銃を使わずに大会優勝したチームが過去に一つだけある。そのリーダーがカラフ。プロも混じる代表決定戦で、爆破物だけでの建物破壊キルで全てのプレイヤーを倒してしまった」

「そんなことできるのか⁉」

「当時の環境はね。そのせいで一時期銃を使わない爆破装備がめちゃくちゃ流行した。低レベルで組める爆破専門のテンプレ装備ってのがあって、それがさっきのヤツのこと」

「工兵、アサルト+グレラン、C4二個、グレネード二個、爆破師ボマースキル、ランチャーのセットですね」

「嫌われ装備ともいう。銃で勝てない雑魚が簡単に組めて、そこそこ倒せちゃうからね」

「ぶはは、サッキー嫌いそ~」

「嫌いなのは嫌いだけど。まあ戦い方の一つではあるでしょ。文句言ってるのはそれを抑えられない雑魚よ」

「お、言いますね~」

 なんだかフワリも楽しそうにニッカリ笑っている。

「一番の問題はやっぱり爆破物が強いって広まったことで。ガンライフ始まって以来唯一、アップデートで爆破物系は一律威力や確殺範囲が調整されてるのよ。一人のプレイヤーのせいでね。ある意味すごいこと。カラフは方々から叩かれまくってやめたらしいけど」

「……。ジャベリンなんか範囲半減ですからね。クソ運営ですよ」

「それを相手はわざと使ってきてるってことか」

 ですです、とフワリはうなずいた。意味深に続ける。

「たぶん、疑似的にサッキーの『アレ』を再現してるんだと思います」

「……とりあえず、行くだけ行きましょ」

 ルールとして渡り廊下は全てを落とすことはできないため、一つだけは破壊不能に切り替わる。その最後の一つに、敵が待ち構えていることを、言われなくてもカズヤはわかっていた。

 だが、小さくサキの背中が震えていることには、カズヤは気づかなかった。

 VR棟を細かくクリアリングし、そして、そこに三人はたどり着いた。

 真ん中の渡り廊下。顔を出すと同時――銃弾の嵐。

「あぐっ!」

 サキが短くうめき声をあげる。軽機関銃による固定ダメージの二発。

 廊下の先には、奥に誂えられたいくつかの瓦礫を遮蔽物にして、軽機関銃を構える六人の姿。全ての銃口がこちらに向いて、待ち構えていた。

「カズヤ! 壁から離れて!」

「ぐはっ⁉」

 ドドド! とコンクリを貫通して、カズヤの視界が一瞬でオレンジに、そして赤黒く染まる。120ある体力が、残り僅かを示していた。三発分。たまたま貫通で威力が落ちていただけだ。

 手近なVRルームに逃げ込んで、回復しながら三人は顔を見合わせた。

「くっは~。最悪ですね。つまんね~ことしやがります」

「おいおい、六人いたぞ。屋上の爆破物のヤツらは⁉」

「別チームでしょう。もう一組いますかね? ちと見て、やれたら爆殺! チャーンス!」

 金ぴかの身の丈ほどもあるランチャーに切り替え、フワリは構える。

「――んっはぁ⁉」

 ひょこ、と穴から顔を出したフワリが、そのままヘッドショットされる。叫び声をあげてぶっ倒れた。銃声はないが、一撃。サイレンサー付きスナイパーライフルによる狙撃だ。

 舌を出して相変わらず笑いながら死んでいる。

 ガッ、ガガ! とフワリが倒れたあたりを狙って銃弾が貫通してくる。回復阻止のようだが、なんとかサキが五秒かけて心臓マッサージする。フワリが起き上がった。

「くそ~。ごめんなさい。せっかくの予備ライフ使っちまいました。めちゃくちゃ構えてました。ぶっちゃけ見た瞬間死を悟ったレベル。ドラグノフ六人ですね。一個上の三階の教室」

「屋上には工兵……三チームで連携じゃねーか! いいのかよ!」

「厳密には連携してないんですよ。三チームとも、たまたま上と下の階にいて、たまたまお互いに気付かずに、たまたま廊下からくるフワリたちに気付いて撃ってるだけですから」

「ざけんな! グルだろうが!」

「証拠はねーです」

 こういうときに、一番に打開する策を告げそうなサキは、背中を向けて壁を睨んでいた。

「……『鉄壁の陣形ファランクス』ね」

「!」

 静かなサキの言葉に、カズヤは戦慄した。

 その名前には聞き覚えがあった。動画で見たのは一度だけ。架けられた二つのビルを繋ぐ連絡橋の先に、目標物を背中に、銃を構える一チーム。六対三の状況で、絶望の鉄壁。容赦のない弾丸の嵐。チームの要である狙撃手の弾は、当たらなかった。とある大会の決勝戦。それを勝てば、『白乙女騎士団』はリーグ一位が確定してプロになるという話だった――

 ダメージは食らっていないのに、カズヤの視界は赤く染まった気さえした。

「野郎ッ!」

 声を荒げるカズヤに、フワリが静かに言った。

「カズヤン。作戦立てましょう。怒りに任せれば相手の思うつぼです。フワリとサッキーでタゲとってなんとか狙撃って感じですかね。勘違いしてるかもですが、『あの時』とは違います。相手はガチでもなんでもない、しょぼい学校の代表ですよ」

「……そんなこと、わかってるわよ」

「ああ~ん! フワリこわ~い! カズヤン助けて~~!!」

 ここぞとばかりにフワリはカズヤに抱き着いてくるが、そっとそれを引き剥がした。

「おぅ。ひどいです! カズヤン、フワリに冷たくない?」

「サキ……?」

 肩に手を置くと、その小さな体は恐怖に震えていた。瞳に涙はない。アバターにそんな機能はついていない。ただ苦しそうに、いつもの勝気な表情などなく歪んでいるだけだ。

「サキ。大丈夫だ」

 ぎゅっと、カズヤの腕が握られる。

「カズヤ。アタシ、怖い。……また、失うかもしれない」

「そんなことさせねぇ。オレがなんとかする。サキは前だけ見てればいい」

 ぎゅっとカズヤはサキを抱きしめた。目の前の女の子は震えていた。守ってあげたかった。

 隣で見ていたフワリは、自分が無視されて、二人だけの世界に入っているチームメイトに、口を尖らせた。

「あーあ。つまんねー。カズヤン、フワリも怖い~~。ぎゅってして?」

「フワリが本当にダメになったら、ちゃんと抱きしめるさ」

「くっはぁ⁉」

 フワリはその言葉に、ヘッドショットでもされたように気をつけの姿勢のまま仰向けにぶっ倒れた。ゴン! と頭が床にぶち当たる。

「フワリ、キルされました! カズヤンのえっち! フワリンハート、今の言葉に撃ち抜かれました! 120ダメージ! いぇいいぇい!」

 胸にはサキが顔を押し付け、フワリは寝そべってじたばたしている。全国放送されていることは考えないほうがよさそうだ。

 しゅばっと立ち上がり、フワリは自信満々の笑みで、

「うっし。やりますか。ゲスにはかっこよく勝ってやりましょう。サッキー。あの時と状況は同じですが。目標ルールでもなければ相手もへたっぴ。サッキーの心を折るためだけの作戦に、何乗っかっちゃってるんですか? 勝たないといけないんだから、勝てばいいんです」

「……」

「まず、廊下はビル同士じゃないですから。終わりじゃないです。ここは学校。職員室棟まで物は置いてありますが、全然長ぇです。スナのが断然有利。そしてフワリには瓦礫をぶっ壊せるランチャーがあります。フワリはグレンさんには及びませんが、やるときゃーやります。特にこういう胸糞悪い相手はマジでぶっ殺(コロ)です。昔からそう決めてます」

 そこでやっと、サキが顔を真っ赤にしてカズヤから離れた。

「カズヤンも、ユミさんではありません。絶体絶命の状況、絶対勝たないといけない試合で勝ち続けた男です。技術はまだまだですが。カズヤンがやりますよ」

 ニッカリと八重歯を光らせて、フワリはそれから作戦を口にした。

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