第24話


                  * * *


 金曜日。校内決勝の当日。

 生徒たちは授業もなくお祭り騒ぎだ。どのチームが勝つか賭けをしている者もいる。

「あ、あれ……」

 今、校門をまたいで、二人の生徒が現れた。制服は隣町の一草高校。一人は、高い背丈の青年。男にしては長い髪を風に揺らし、細く切れ長な瞳は柔らかい表情だ。高い鼻と微笑む美貌。もう一人は男子生徒の胸までしか身長がない。顔を隠す紅色のコートとフード。

「お待ちしておりました。早いお着きで。俺たちが優勝するのを見ていてください」

 『紅血ノ狢』の団長サライが仰々しく出迎えた。

「そのために名前を貸した。作戦も。もう後はない。必ず倒して」

 フードの女の子が言った。低い、怨嗟に満ちた刺々しい言い方だった。

「わかっています。申し訳ございません。言われた通りに。『クレナイ』様」

 紅。サライたちのクランに刻まれた彼女の名前。

 一か月前までは、学校代表のクラン名は『血ノ狢チノムジナ』だった。

 クレナイと呼ばれた女生徒は、大きなモニターのある部室に通されてソファに腰掛けた。

「それでは、行ってきます」

「必ず倒して」

 会釈したサライに返さず、冷たくクレナイは念押しのようにもう一度言った。

 二人だけになった部室で、ソファの後ろに立ったハンサムな青年が口を開いた。

「どうだか。クレナイも本当は、あいつらに勝ってほしいって思ってるんだろ?」

「……そんなことは、ない」

「直接手を下したいだろ。俺は戦いたい」

 ちょうどチームの紹介がされているところだった。一番にカズヤの姿が映される。

「ここまで上ってこい、カズヤ」

 隣のチームメイトを無視して、男子生徒は挑発するように言った。


                  * * *


 戦場になった校内は荒れ果てていた。

 廊下はところどころ崩壊していて、瓦礫の山と上下階が見えている。通る敵を待ち伏せして攻撃できそうだ。窓は多くが木で補強されていて、弾丸は貫通するが視認はしにくい。教室は隣のクラスへ壁に大きく穴を開けられていたりして、室内戦を意識した立ち回りが求められる。

 六チームによるデスマッチ。リスポーン・時間制限なし。校舎内だけしか移動できず、敵を全滅させなければいけない。その優勝クランが、賞金の出る地区代表戦への切符を手に入れる。

『START!』と同時、「行くわよ!」とサキの一声でカズヤとフワリが追従する。

 三人チームは互いに違う方向を警戒・カバーしながら、ひとかたまりで進むことを作戦にしていた。今回のスポーン地点は生徒教室棟の二階と三階の間である踊り場だった。

 サキは上階有利のセオリーに従い、三階へと駆け上がる。左右を確認しながら廊下へと出て、職員室棟とVR棟へと繋がる渡り廊下を横切った。一番手近な教室へと入り込む。

「渡り廊下はカズヤが警戒して。VR棟側は瓦礫で遮られて見えないから、背中を隠して職員室棟だけ見ること。職員室側の屋上にスナ。顔出さないよう気を付けて。一チームいるはず」

「正面敵影ありです」

「交戦するわよ」

 フワリとサキは同時に廊下へと飛び出して、遮蔽物の瓦礫から頭を出して、廊下奥に見えた敵と撃ち合いを始めた。壊れて廃墟と化した学校は普段と違いながら、どこか日常風景と重なる部分があって、不意にドキリとする。校内に響く射撃音は思いっきり非日常だ。

 音を聞いて裏取りしてくる敵がいないかをカズヤは警戒している。今のところ人影はない。

「うーん。あたらへん。銃はやっぱあかんす」

 フワリはワンマガジン撃ったらもう満足したのか、リロードしながら戻ってきてカズヤの横についた。今回はフワリが工兵で、カズヤが衛生兵だ。サキはいつもどおり突撃兵。援護兵がいないので、残弾には注意しないといけない。サキは今回兵装を『銃器バッグ』にしているので、メインウェポンを二種類持っている。普段の白いマフラーは兵装らしく、外していた。

「う~ん。カズヤン今日は衛生兵だから癒やし系。まったりしますねえ」

「馬鹿。傷ついてないだろ。なんで撃たないんだ」

「フワリは撃つの向いてないです」

「ちゃんと指切りしないからよ。フルオートのベタ撃ちで当たるわけない」

 サキは単発射撃のベルギー、FNハースタル社製FALを使っている。

 一発あたりの威力が高いアサルトライフルだ。反動は単発なのでそこまで大きくなく、安定して中遠距離を戦えるライフル。ゲームではレートが低く、最大威力70の設定。

「カズヤン任せた」

「おう。任せろ」

 カズヤはフワリに警戒を任せて、教室の空いた穴から顔を出した。

「――ひでぶっ!!」

 出した瞬間に弾丸の嵐が降り注いでデスした。

「もう! 再復活リスできないのよ! 蘇生は三回までなんだからね!」

「ぶはは! まんま顔出したら死にますって! このまま放置でもいいですけどね」

 言いながらも、女子二人が連携して助けてくれる。サキが前を牽制し、その好きにフワリが心臓マッサージを行い、復活させてくれた。

「廊下側は二対二の撃ち合いしかできなくて少し安全なんです」

 とフワリが教えてくれる。

「こっちは瓦礫が配置されてるから。隠れながら戦いなさい。煽られてるわよ」

「ん?」

 カズヤが撃ち返そうと顔を出すと、相手は体を隠して銃の先だけ見えるようにして、くるくると空中で回転させていた。

「アンタのこと『雑魚』って言ってるわけ。『倒すのカンタン』でもよし。マナー違反ね」

「死体撃ちと一緒ですね。BAN対象ではありませんが」

「野郎……!」

 カズヤが顔を赤くするが、フワリとサキがその相手に激しく銃弾を浴びせた。

「ああいう相手は」「ぶっコロです」

 二人はカズヤが手を下す間もなく、一瞬出した相手の顔を正確に撃ち抜いた。

「っしゃ! YEAH!! 雑魚がイキッてんじゃないわよ!」

 サキは可愛らしくガッツポーズし、の口の方がよっぽど悪い。

「なるほどな。ああいうのは、やっちゃダメなんだな」

「そうよ。スポーツマンシップに則らないとだからね」

「……今の悪口は?」

「聞こえなければよし。ルールにはなくても、敬意をもって戦わなきゃ。相手を貶したり、煽るのは最低よ。負けて悔しいときだってあるけれどね」

 口は汚いがサキはまともなことを言っていた。剣道にも通じていてカズヤも納得だ。言いにくいが、一応、カズヤはそちらを見ながら聞いてみる。

「……フワリは?」

「ん?」

 サキがそこで顔を上げる。

 同じチームのフワリは遮蔽物から体を全部出して、廊下のど真ん中で銃どころか全身で回転して踊っていた。完全に煽っている。

「アンタ何やってんのよ!!」

 声をあげるサキに、フワリは本当にわからないといった顔。

「? 挨拶です。煽りは挨拶ですよ。挨拶されたら返すのが礼儀(マナー)です」

「アタシたちのクランの品位が落ちるでしょうが!」

「んなもん、人撃って殺してる時点でクソもねーです」

 身も蓋もないことをフワリは平気で口にする。相変わらず二人の女の子は意見が食い違ってここでも火花を散らしていた。戦場に添える花としては幾分幼稚だったが。

 サキの言葉を無視してフワリは踊り続ける。ババババ! と横を弾丸がかすめていった。

「おほほ。釣れた釣れた」

 フワリは相手が集まるのを待っていたらしい。彼女が装備するのはサキと同じFN社のSCARスカーライト。威力35、弾丸三〇発のバナナ型マガジン。金迷彩の先端には専用のMK13グレネードランチャーが装備されている。アサルトライフルの最終アタッチメント。

 カチャンと音を立てて切り替え、相手へとグレランを撃った。爆発音と、相手の悲鳴。

「っしゃ! ダブルキル~!」

 フワリの煽りは敵を集める囮だったようだ。カズヤからはどう見ても本気で煽っているようにしか見えなかったが。敵をだますならまず味方から、というわけではないと思う。

「ほら、カズヤン。残りの敵が見てきますよ! 援護して!」

「あ、おう!」

 フワリが言うと同時に、同じ方向から二人が撃ってくる。

 距離は約六〇メートルか。スコープを覗くが、タイミングがとれずに何発か被弾する。

「クソ、撃てないぜ」

「普通、構えてる方が有利ですからね。リロードタイミングか、自分を狙ってないところを次から狙うといいです」

 フワリが言うと同時に、いつの間にか裏を取って詰めていたサキがFALからMP5Kアキンボに切り替えて、残りを全員倒すところだった。

「ナイス~! 合流しますか!」

「わかった――うわっと⁉」

 ――ガギュン。

 隣の教室へ入った瞬間、職員室側の窓から狙撃される。窓を撃ち抜き、カズヤのすぐ横に弾丸が突き刺さる。

「ぎゃー! コンクリはスナだと貫通できます! もぞもぞ伏せて逃げて!」

 ズガ! と壁を貫通して、カズヤの先ほどまでいたあたりが撃ち抜かれる。チュインと跳弾して音がこだまする。背筋が冷える。廊下からは足音。敵が迫っている。

「もうちょい耐えて。移動だけでいい」

 職員室棟の一チームだ。カズヤはフワリが手招きする一つ隣のクラスへついて、壁に身を隠した。入ったときには撃たれたが、今は射撃音がしない。

「挟んでるかな? こっちからも来てる! 屋上一、職員室一。左右の渡り廊下から二ずつ!」

「ここが踏ん張りどころですかね。カズヤン伏せて待機ステンバイ。フワリが廊下から音出しますから、教室の横穴を覗いた相手をぶっ殺して!」

 フワリはいつもののんびりボイスではなく、的確に情報だけを告げて教室を出て駆けた。

 すぐに「オラオラ~!」と射撃音と愉快な声が聞こえる。カズヤは言われた通り、教室の出口の穴から入り口の穴へ、超近距離でスナイパーライフルのスコープを覗いて敵を待った。

 大きく開いた穴に一人が顔を出す。スコープの照準線レティクルの十字ど真ん中だ。

「――」

 息を止めて引き金を引く。音速を超える弾丸は直接敵の胸へと吸い込まれた。

 『120』の数字が宙に浮かぶ。敵の足は空を切って、そのまま仰向けに倒れた。

「ナイショッ! です!」

 ゴクリとつばを飲んだ。フワリとの連携。体に刻まれ始めたコッキング。空薬莢が飛び出るカシャンという金属音はただ静かに響いて、ゾクリとするほど味気ない。タイミングを合わせれば、こんなにも簡単にキルができるのだ。

「うっしゃ。ラッキーヘッド頂きぃ。こっちは倒しました~」

「こっちも。そのまま教室にいて。たぶん撃ってくる。一瞬顔出してくれるとありがたい。タイミングは言うから…………――今!!」

 カズヤが顔を上げた瞬間、向かいの職員室棟から二つのスコープが光っていた。

 スキルが顔と胸を狙われていると通知する。不思議と怖さはなかった。下はフワリが撃って牽制し、上の屋上の敵は、一発の弾丸が撃ち抜いていた。

 カズヤから左手、サキのFALによるヘッドショット。「排除」と、静かなサキの一言。

 サキが使うFALの威力70の単発は、HSヘッドショットボーナスが通常の一.五倍ではなく、スナイパーライフルと同じ二倍に適用されていて、減衰威力60となる45メートルまでは一撃で倒すことができる。距離を測っていたのはそれを最大限利用するためだ。もちろん、正確な照準技術が必要なのは言うまでもない。下の敵を数発撃ってサキが倒した。

「そーそー。せっかくだから貫通も教えておきますよ。いちおーこのゲームは弾丸が貫通できるものとできないものがあるんです。オブジェクトに貫通可・不可が個別に設定されてて、可の中にもよく通せるのものと通りにくい物があるという」

「銃にも貫通力が小・中・大って設定されてるの。その組み合わせで与えるダメージが決まる」

 職員室棟はクリア。VR棟へと向かう。すでに二チーム倒して、残りはカズヤたちを入れて四チームだ。

「サブマシの九mm弾が一番貫通低いんですよ。一段階あげたい場合は援護兵ならんと。人体のダメージとは別」

「アサルトライフルと軽機関銃が中から大ね。使用弾薬とか武器による。スナイパーはほとんどが大で、貫通可はだいたい通せる。威力は減退されるけどね」

「窓ガラスとかビニールシートはほぼ一〇〇%。トタンとか薄い金属壁は九五パー。スナだと体力120にはヘッショ以外一撃じゃなくなります。コンクリはかなりきびしーですね」

「なるほど。あ。ってことは遮蔽物に隠れても安全じゃない場合があるのか」

「アンタにしては察しがいい」

 三人でVR棟をそれぞれ警戒して、クリアリングする。敵はいない。静かすぎる。

 サキが廊下に空いた穴から瓦礫に飛び移り、二階へとショートカット。フワリも続く。

「あとは爆発物による構造物破壊は覚えておいた方がいいかも? あ、カズヤン! ダメ!」

 カズヤは気にせず、瓦礫ではなく、直接廊下へ飛び降りた。

「ああっ⁉ グエッ!」

 ブシャッ! と画面が赤く染まりきり、カズヤは死んだ。

「ゲームですから。三メートル以上の高さを直接落ちると割合マックスの一〇〇%ダメージで即死です。死にたくなければ『身軽』の予備効果で落下ダメージ無効にしないと」

「早く言ってくれ!」

「アンタだけで何回死ぬのよ」

 サキが平坦な口調で責めた。

「いやいや。サッキーは身軽つけてますから。直接飛び降りられるのに、敢えて段差使って教えてくれてたのに。『恥ずかしいから言わないけど、同じように通りなさいよね!』って。そういう無言の優しさをカズヤンは感じられるようにならなきゃですよ」

「サキは口ベタだもんな。今のは『アタシが何回でも復活させてあげるからね!』ってとこか」

 二人で勝手に納得していて、サキが顔を赤くした。

「バッ! 違うわよ! 癖なだけ! たまにスキルつけないこともあるから! 殺すわよ!」

「イテッ! 危険地帯でバンバン撃つな! 弾の無駄だろ!」

「アンタは言葉が無駄なの!」

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