第23話

「まだ遅い! 偶然当たってるだけ! 撃つ準備が姿勢も心もできてない!」

 何回かの野良チーム戦を終えて、次の試合の準備中にサキが言ってきた。

 サキもセミオートのアサルトライフルで付き合ってくれて、だいたい同じ位置で警戒し、敵が現れるところを狙ったり、少しずつ前線をあげて攻めてみたりと練習したが、カズヤの銃はなかなかうまく当たらなかった。銃の先っぽが曲がっているんじゃないかと思うくらいだ。

「早く撃とうとしすぎ。角を曲がるとき注意不足。警戒もまだまだ。一方向しか見てない」

 教師のようにサキが続けざまに指摘する。カズヤの顔を見て追加攻撃。

「まーた全部わかってるって顔してる。わかった上で全部やるの! わかるとできるは違う!」

「う、うるせーな。サキは優しくないな!」

「優しくしてうまくなるならアタシだって優しくするわよ!」

「そういうところだよ」

「何よ!」

 と、ボソッと言うとサキは鋭く反応する。

 サキは有名人なので、たまに「サキさんですか?」と同じチームになったプレイヤーに握手を求められたり、手を振られたりする。

 「はぁい」と

 なんて言って、軽く手をあげて、声変わりさせて愛想よく反応している。

「態度豹変。……イテッ!」

 なんてカズヤがつぶやいたら、笑顔のまま、こちらも見ずに強めに小突かれた。

 フワリから『準備完了』とメールが入って、二人は試合後に抜けてログアウトした。

「夕飯には早いよな?」

「アタシお肉がいいなぁ」

 フワリの部屋から食堂へ向かいながら言う。カズヤとサキはすっかりこの生活に慣れていた。

「お、来ましたね!!」

 二人が到着すると、相変わらずメイド服でフワリが出迎えた。家の主なのにちぐはぐな格好だが、カズヤとしてはかなりアリなので、できればそのままでいてほしいと思っている。

 フワリは大仰に右腕を挙げて、

「では、おじいちゃん!」

 カシュゥッ! と、掠れた音を立てた。たぶん、指パッチンで合図したかったようだが、本人はそんなこと気にした風もなくドヤ顔のままで待っていた。威風堂々とした佇まいだ。

 カートに乗せられて到着。それらは厳かに、そっとテーブルに運ばれた。大きな白い箱が二つ。直方体の大きなものと、横長のもの。どちらもとんでもないサイズだった。

「どっちから開けます??」

「アンタがこそこそ何かしてたやつ?」

「けっ。クソガキ。生意気。サッキー。そんなヤツには見せてあげなーい」

「何よ。可愛くない。アンタこそ生意気」

「もっぺん言ってみろや」

 なんだか最近フワリとサキは小競り合いのようなやりとりをよくしていた。

「おいおい。仲良くしろって。この箱はなんなんだ?」

「サッキーがメイド服着てくれたら開けましょう」

「おい、サキ。早くメイド服着てみろ。一度でいいから『ご主人様』とか言ってみてくれ」

「アンタ趣旨変わってるじゃない」

「それじゃあサッキーには着させたくないですねぇ」

 カズヤに言うときだけは、二人の息がぴったりだ。サキのメイド服が見た過ぎたのだ。

「ぐっ……くそぅ」

 サキが歩み寄って直方体のバカデカい白い箱を開ける。

「これって……」

 フワリの用意したそのサプライズに、勝手に開けたサキも驚いていた。

 学校の模型だ。建築時に作るのと同じ精巧な四棟。渡り廊下も正確に作られている。丈夫な厚紙製。サイズ縮尺まで端に描かれていて、地面には実際の長さまで記されている。

「無理言って発注しました。図面は業者に流してもらい。これで距離はバッチリ!」

 サキは昼間にメモしていた手帳を取り出して、数字を付け合わせてる。

「すご! アンタ本当にすごいわね! やっぱ人力じゃ限界があるから。渡り廊下は二五メートルか。教室の一番近くから向かいの端までは四五メートルないのね。最高よ、これ」

「そうでしょう。フワリはいい仕事をするんです」

 こくこく、とうなずくフワリに、サキは嬉しそうに笑っている。どちらかというと、戦いを予期した獰猛な笑みだ。

「ってことはやっぱり」

「ええ、誰か一人は」

 二人で同時に、その武器の名前を呼ぶ。

「「――FALファル」」

「二階の奥から屋上の手前までならヘッショいけますね。射角で少し離れりゃそもそも狙えないですから」

「アタシがやるわ。オーバーキル使う。アンタはどうせ好きな銃使うでしょ」

「フワリは楽しいのしか使わねーです」

「結局、何の話をしてるんだ?」

 女子二人で珍しく盛り上がってるので、カズヤは聞いてみる。

 校舎の見取り図と距離がわかって何になるのだろう?

「うわー……」

「アンタはもう少しアンテナ立てて。髪ばっかツンツンしてないで」

 二人はあからさまにカズヤを軽蔑した目で見つめる。

「カズヤン。校内大会の決勝は、だいたい特別なその学校を模したマップでやるんですよ」

「え、マジ?」

 どんだけ興味ないんですか、とフワリがジト目になる。サキも睨んでいる。

 二人ともカズヤを睨むときだけは息がピッタリだ。

「常識よ、常識。アタシがなんで昼にあんな測ってたと思うの? 遊びだと思った?」

「いや、校内でゲリラでも始めるのかと」

「失礼すぎ。殺すわよ」

「ぶはは、確かにサッキーならあり得ます」

 どうしてサキがあそこまで一生懸命校内を歩き回っていたのか、やっと納得がいった。戦う射程レンジを計算し、使う武器を検討していたのだ。

「専用の校内マップだと攻略サイトもないし。どうしても正確には距離がわからないからね。でもこれで有利に戦えるわ。こんなことできるなら早く言いなさいよ」

「フワリはだから、測るのは無駄って言いましたよ?」

 首をかしげるフワリに、サキが顎に手を添えて何か考え事をしていた。

「フワリ。この前のグレランのときも思ったけど。アンタそんなキルレ高くないわよね? 遊んでるから? 本当はもっと戦えるんじゃないの?」

「うわー。キルレ厨です。数字こそ全て、みたいの。疲れません? そーゆー戦い」

 フワリはあからさまに嫌そうな顔をした。

 キルレとはキルレシオの略で、一ライフあたりの平均キル数のこと。要は『一回死ぬまでに何人キルできるか』を表していて、単純にそのプレイヤーの強さの指標になるのだ。

「そもそも芋ればキルレってあげやすいですし。知ってますよ! そうすると今度はKPMキルパーミニツツ(一分間にどれだけキルできるか)とか言い出すんです。低ければ待ち、高ければとつ! 高KPM、高キルレが強い! プロの平均はいくつ! ……マジダルです。そういう窮屈な遊び方しか知らないから、サッキーはサッキーなんです」

「は? なんなの? 数字が全てよ。結果なんだから。アタシ、キルレ4.52だけど?」

「自慢乙です。ぷぎゃーすぎます。誰も聞いてねーっての」

 なぜか二人は本気で言い合いをしている。

 ちなみにキルレは全プレイヤーを平均すればもちろんおよそ1になる。ピッタリにならないのは自滅が入って1を割るからで、キルレ3を超えていれば十分人外の領域だ。

 サキの場合は一回死ぬまでに最低四人倒すわけで、得てしてそういうプレイヤーは平気で一〇連続キルなどを取る。

 余談だがカズヤは0.33。三回死ねば一回倒せるかどうか、である。

「アタシは言ったんだからアンタは言いなさいよ」

「出た~。マウント取りたがり。勝つのわかって言ってます。フワリは1.2ピッタ!」

「ざっこ。才能なし」

「は? 死ねや」

「数字で勝てないからって口で反撃? みじめすぎじゃない?」

「ほ~う? いいでしょう。フワリは負けを認めます。参りました。数字が全てですからね。ところで、サッキー。おっぱい何カップですか?」

「は? 関係ないでしょ」

「フワリはFですが。トップとアンダーもいいましょうか?」

「バカじゃない? 数値で勝って何になるの? デカければいいってもんでもないでしょ」

「カズヤン! サッキーの言葉、今の聞きました??」

 あり得ねーです、とかフワリは言っているが、カズヤは聞いてなかった。

「フワリ、Fなんだな……デケェわけだぜ」

「カズヤン、ただのスケベです」

 男子高校生だから許してほしかった。

「というわけで。お待たせしました! じゃじゃーん!」

 ぱかーん、と横長の箱をフワリが開けた。中には、カズヤがゲームで使っているシャイアン・タクティカルM200 Interventionが二脚バイポツドを立てて置かれていた。

「うわああ! オレの使ってるヤツじゃんか!」

「嘘、これ実銃寸法のヤツじゃないの」

 当たり前のように鎮座しているのは、製造会社と直接ライセンスを結んで寸法を正確に測ったエアーコッキング・ライフルだ。世界に一〇〇丁しか製造されていないプレミア品で、中古でもオークションでざらに二〇万を超えるレア銃だった。

「へっへっへ。これも時間がかかりました。カズヤンが頑張るっていうから、現実の練習に使えるかなって思いまして。フワリからのプレゼントですよ」

「マジかよ! ちょっと試し撃ちしていい?」

「エアガンですから、法規制で威力はゴミですが。ちゃんと薬莢飛び出ますよ。どぞぞ」

「うわ、重いな! ゲームだと感じないもんな。やべー。やべー!」

 思わずはしゃいでしまう。

 立ちながら持つのは相当重い。現実で走り回るのはムリだ。床に置いて伏せて、構えて狙いをつける。フワリは的も用意してくれていた。

 軽く引き金を引き絞る。バン、とゲームとは違う音が鳴ってBB弾が飛び出す。だいぶ軽い反動。調整されているのか、真っすぐに飛んで行った。

 レバーを回転、引っ張ってコッキング。感覚がやはりゲームとは違う。決められた動きではなく、自分で能動的にする動作。カシャンと空薬莢が飛び出して、次弾が装填される。オモチャなのに、とんでもなくリアルだ。

「い、いいな。アタシも触りたい」

 と、横で見ていたサキがそわそわする。

「どぞぞ。フワリはゲーム内ではそんなレア銃持ってないですからね。サッキーが貸してくれてるから、現実くらいではフワリもお役に立ちたくて……よいしょよいしょっと」

 サキに譲って、あぐらをかくカズヤにフワリが頭を乗せてくる。あぐらでの膝枕……器用に滑り込んでくるヤツだった。ぽんぽん、とカズヤはフワリの頭に手を置いた。柔らかな髪が指の間を通り抜け、フワリのいい匂いがした。

「いや、フワリからもいつも十分もらってるよ。もらいすぎだ。中学のときからな」

「そんなことないですよ。フワリの方がたくさん。たっくさんもらってますから」

 カズヤの方を見ないで、遠い目でフワリは言った。

「よっこらしょっと」

「うわ、サキ⁉」

 サキは数発撃って、リロードをして、満足したのか二人の元へ歩いてきた。カズヤの背中に、背中合わせになるように座って体重を預けてきた。

「おいおい。せっかくくれた銃で練習するんだろ」

 背中に体温を感じながら、カズヤはサキの不思議な行動に聞いた。ちなみにフワリもなぜ膝枕されに来たのかはわからないが、フワリがわからないのはいつものことなので慣れっこだ。

「なんか、いい雰囲気みたいだったから。いつものフワリのお返し」

「おお? ぶち壊しに来ましたか?」

「お前ら、その、暑いって」

 いつの間にか、こんな三人が普通になっていた。

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