第22話

「え? ヤです」と、家に着くとフワリは首を振った。

「「はい??」」

「百万、フワリはほしーですから。ちゃんと頭割りしましょう。カズヤンはいらないってことなので、サッキーと二人で五〇万ずつですね。わいわいわわい!」

 一人で納得するフワリに、カズヤとサキは顔を見合わせた。

 賞金の話題を振ると、金持ちのはずのフワリは絶対に譲らなかった。

「まあ? それでもどうしても?? お金がいるのなら、フワリは貸してあげてもいーですけど?? 公平というならこれが公平ですよね??」

「お前、ヤなヤツだなー……」

 しみじみとカズヤは幼馴染に向けて言ってしまった。

「もういい。この話はなしでいい」

「ま、サッキーが『フワリ様~! この平べったいアタシにご慈悲を! なんでも言うこと聞きますぅ~!』って言えば、考えてやらんこともないですが??」

「アタシは平べったくない。ちゃんと膨らみもある」

「カズヤンもさっき背負って、いかにペチャパイのまな板かはよくわかったでしょう。フワリ、抜け駆けに怒ってるんです。カズヤンの背中はフワリだけのもの! カズヤン、実用性も踏まえてAカップはオススメはしませんよ。評価は普段と逆でAが一番下!!」

「ぶっ殺す」

「やってみろやコラ」

「ケンカするなら、オレのいないところでやってくれよ」


 サキは家に着替えを取りに帰って、フワリの家に泊まることになった。条件は同じベッドにカズヤが寝ないことだったので、必然的にカズヤは床で寝袋で睡眠することになった。フワリはそのカズヤにくっついて寝ようとして、そこでも一悶着があったが、ともかく三人は同じ部屋、一つ屋根の下で練習した。

 一日中練習した日曜の夜に、全ての予選が終わって校内決勝の日程が示された。

 五日後の金曜日だった。


 月曜日の昼休み。ご飯を食べ終わると同時に、サキが立ち上がって言った。

「カズヤ。校内を見て回るわよ」

「ん? おう。フワリは?」

「もちろんフワリもよ」

 二人の視線を受けて、フワリはとぼけた顔で携帯ゲームをしていた。画面から目も離さない。

「え~。今いいとこだからフワリはパス。無駄なことはしたくねーです」

「そ。なら二人で行くわよ、カズヤ」

「おう。ってどこに⁉」

 サキに袖を引っ張られるようにして、カズヤは教室を後にした。

「そこ。計って」

 サキは校舎内の階段へと向かう道すがら、メジャーをカズヤに手渡して、昼休みにそれなりに生徒がいる階段でカズヤに段の高さを測らせた。

「ん。一五センチ」

「段を数えて」

 サキが軽い足取りで階段を上っていくので、追ってカズヤも同じようにする。三段数えたところで、目の前でサキのスカートが翻ってることに気付いて、そっちの方に気を取られた。

 登り切って、腰に手を当ててサキが聞いてくる。

「いくつだった? 二〇で合ってるわよね?」

「いや、その」

「? アンタちゃんと数えてた? なんで目そらしてるのよ? ……なに? 何見てたの?」

「……白、の。その――おぶっ⁉」

 言葉と視線で理解したサキが、顔を赤くすると同時、カズヤを蹴って階段から叩き落とした。

「オッケー。一階分の高さは三メートル、と。身軽は必須」

 サキは手帳にメモをしていく。

 二階にあがって、窓から向かいの職員室棟を眺める。屋上には転落防止の柵。サキはこぶしを作って、空中で交互に段にして何かしていた。カズヤも横に立って同じようにしてみる。サキとリズムを合わせて、とんとん、とこぶしを左右交互、上に重ねていく。

「ふざけてんじゃないわよ」

「イテッ!」

 カズヤが目的もわからず真似だけしていることに気付いて、サキは軽く小突いてきた。

「なんか小さい子が遊んでるみたいで可愛かったから……」

「こっちは真面目にやってんの!」

 サキは口調は怒っているが、でも口元は笑っていた。彼女も楽しそうにしてくれていて、それに気づいたカズヤはなんだかすごく嬉しくなった。

 棟の連絡通路の入り口で、サキは上履きを脱いでカズヤに足をメジャーで測らせた。驚くほど小さい足。真っ白のニーハイソックス。二二センチだった。

「一、二、三……」

 小さくつぶやいて、サキは両手を広げてバランスを取って、渡り廊下を足を順番に一列にして数えていく。カズヤももうわかった。距離を正確に測っているのだ。カズヤも同じようにした。彼女より足が大きいので、サキの横にすぐに追いついた。

「なんだ? 仲良くごっこ遊びか?」

 二人が中間くらいまで歩いたときに、廊下の先から二人の上級生が近づいてきた。

「サライさん。こいつら付き合ってるらしいですよ」

「がはは、やっぱ身体で払ったのかなぁ?」

 まるっきりバカにした声に、サキは無視してサライの横を通り、距離を測るのを続けていた。

「おい、無視すんじゃねぇ」

「やめて。気安く触んじゃないわよ」

 サライが目を細めて、サキの肩を掴んだ。サキもようやくそこで応じて相手を睨みつける。

「たった三人で勝てると思ってるのか? 『白銀の戦姫』だけの一人分隊(ワンマンアーミー)じゃねぇか」

「アタシだけでも十分すぎ。オーバーキルね。つまんない策で邪魔してくるアンタらくらい」

「退学させてやる。お前が原因でクラン解体になったこと、忘れたわけじゃないだろうな?」

 下卑た笑いを浮かべて、サライは続けた。

「なんで転校してきた? 居場所がなかったからだろ。お前が一人暴走して、チームが瓦解したから。独善的なお姫様。今は従順な子犬を飼って、メジャーの首輪つけて散歩ごっこかい?」

 サキは無視して、また歩き始めた。

「おい。なんか言ってみろよ。言い訳はなしか?」

「そうね。どうあっても、アタシのクランは一度崩壊したもの。それは事実」

 静かに、サキは前だけを見て、

「この世界は結果が全て。アンタたちのなんとかっていうクランも直接、もう一度、ボッコボコにしてあげるわよ。少しは楽しませてよね? それに今のアタシは、もう一人じゃない」

「!」

 その小さい背中が言った意味を噛みしめて、カズヤはこぶしを握った。

 サキの気持ちをちゃんと汲み取って、緊張でゴクリと喉が鳴る。たぶんそれはこの少女の期待に応えられるかという不安だ。サキはそれで十分とばかりに、また進んでいく。

「おい。お前は男のくせに一言もなしか?」

「……結果がすべてだからね」

「雑魚が一人前にイキってんじゃねぇ」

「ハハハ、自分の言葉もねーでやんの!」

 カズヤはそこで止まって、振り返る。睨んでいるサライとノリに言ってやった。

「今度はもっといい脳みそを用意しておくんだな」

「あぁ?」

「何言ってんだ、コイツ」

「オレがまたアンタらの頭に風穴開けてやるからさ。空っぽのそこに入れればいい」

 自分の額をトントンと叩いて、カズヤは宣戦布告した。

「殺す」

 笑っていた二人は押し黙ってと静かに告げた。振り返った後の背中で無視すると、相手はいなくなっていた。

「何よ、やるじゃないの!」

「いてっ⁉」

 『紅血ノ狢』の二人が去ったのを確認して、サキが嬉しそうにカズヤの背中を叩いた。

「言い返せなかったらアタシがフォローしてあげようと思ったのに! うんうん、まずは言葉の場外戦でもちゃんと戦えないとね! 合格!」

 うんうん、と自慢げに胸を張ってサキはうなずいている。

「ガラ悪くてやだなぁ。フワリもそうだけど性格がいいプレイヤーはいないのかよ」

 ここにいない女の子に失礼すぎることを平気でカズヤは言った。

「強くなれば我も強くなるからね。って、アタシはちゃんといい性格してます!」

「自分で性格がいいって奴にいい奴はいねーよ」

「何よ。別にいーもん。アタシはこういう性格ですし」

 小さい子どもみたいに口をとがらせる。

「もうよくわかってるよ」

 出会って一週間は経っていないけれど、横に立つサキのことはおおむねカズヤも理解しかけていた。画面で見ていた彼女とは、少し違う。だけど、魅力は微塵も衰えていない。それどころか増している。少しの沈黙の後、伺うような口調でサキが聞いた。

「ねぇ。カズヤは、その。やっぱり、おしとやかな女の子の方が好み?」

「え? なんだよ、いきなり。ま、まあ、そういうタイプも可愛いよな」

「ふぅん」

 つまらなそうなサキ。あからさまに不機嫌だ。完全にご機嫌ナナメ。

「いや、オレさ。実は、昔に一目惚れした女の子がいてさ」

「フワリに聞いた。剣道場の女の子でしょ」

「あ、そう。そうなんだよ。もうこの世のものじゃないくらい綺麗でさ。最初その女の子に会いたくて剣道やってたくらい。小さくて、可愛くて、美しくて……ずーっと、好きだった」

「……………………」

 なぜかサキが目をそらしていた。

「そ、その。そういえば、サキにちょっと雰囲気似てるな、って、思ったんだよな」

「は?? はぁっ⁉ バッカじゃないの⁉ だから何よ!」

「いてっ! イタッ⁉ なんで蹴るんだ! イテェ! 本気だろ⁉」

「アンタがつまんないこと言うからよ! フォローのつもり⁉」

 そういうわけではなかったはずだが、なぜそんなことを話したのかカズヤもわからなかった。

「そ、それより距離計ってるんだろ! 昼休み終わっちゃうぞ!」

「うっさい! わかってるわよ! 今やろうとしたところ! ちょうど今数が……あ」

 カンカンに怒った顔のままサキは言おうとして、今度は困った表情になる。

「もしかして、サキさん。その表情は、まさか数忘れたとか?」

「……。覚えてるわよ。ちなみにそーゆーアンタはどうなのよ」

 ジロッと睨んでくる。表情がころころ変わる女の子だ。

「……忘れた」

「…………」

 二人は顔を見合わせて、そこで昼休み終了を告げるチャイムが鳴った。

 結局、放課後にもう一度測り直した。

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