第19話

 数秒前。手に持った金ぴかのサブウェポンを撫でて、フワリは塹壕で「ふい~」と息を吐いた。フワリは基本、勘で生きている。自他ともに認める感覚派だ。ただのマイペースとも言う。

 突撃の合図の前、サキとカズヤがイチャついているのを尻目に、彼女にしては珍しく真剣な顔で、塹壕の前にある廃屋を睨んでいた。

「……」

 ――おかしーです。たぶん、どうやっても、あと一手たんねー……。

 カズヤの狙撃。サキの突撃。待ち伏せする敵はスナイパーを複数含めた六人。

 フワリが敵ならば、カズヤの狙撃など気にせず、サキを一番に狙う。サキも何発か避けられるが、全員から一人で狙われたら、ほぼ確実に廃屋には届かない。時間切れもありうる。

「う~ん」

 フワリはあまり、考えるのが得意ではない。特に楽しくないことはニガテ。得意なことは、どうやったら敵の意表がつけるかという、敵の一番やられたくないこと、こっちが楽しいこと。

「考えても、わからん!」

 だから、塹壕から勝手に飛び出した。勘で。

 金ぴかのグレネードランチャーを構える。射角よし。あとは、どこに敵がいるか。

 屋根上に顔を出すスナイパーか、廃屋の左右裏からか、窓か、崩れ落ちたドアか。

 どいつが一番狙ったら楽しいかは、フワリは最初からわかっていた。これは、勘じゃない。

 屋上から二つ。ちょうど、三メートル間隔の二人。スコープが光っている。

 合わせる照準は、だから、縦ではなく横。狙いを定める。

「上以外に、四人です」

 二人にしっかり伝わるように言って――フワリはそこで中腰になった。同時に、頭上数センチをかすめる二本の火線。一度きりの回避。だが自信はあった。勘で。タイミングはバッチリ。

「死ねぃ!」

 ポンッ! と真っ直ぐに。スナイパー有利の射程で悠然とグレネードランチャーを発射した。

 ひゅるるるるる、と間抜けな音を立てて、真っ直ぐに飛んでいく。

 二発目を構える敵のちょうどど真ん中、屋根の中央にピタリと着弾する。五五メートル。距離、位置、そして顔を出している斜めの屋上へ、1.5メートル確殺の完璧な二キル。針の穴を通すかのような――神業のショット。

「お、なんだ。フワリけっこーいけるやん――いやぁんっ!」

 窓と、ドア入り口。その二人からの狙撃で、フワリは今度こそ撃ち抜かれ、彼女なりのえっちな声を精一杯にあげて、その場に倒れた。



 嫌な予感がした。

 サキはカズヤとは別、塹壕の出口から飛び出して、荒野を駆ける。

 両手にはサブマシンガン、MP5K。数多の戦闘を駆けたサキの愛銃だ。それらは近距離にめっぽう強い一方で、スナイパーライフルにはかなり距離を詰めないと有効射程には入れない。諸刃の剣だ。

 予選という状況。敵の策略。胸がざわめいた。

 敵は目の前の見えない相手ではない。サキを転校初日から罠に嵌めた『紅血ノ狢』だ。真綿で知らぬうちに首を絞められるような、そんな、窮屈さを無意識に感じる悪辣さ。その粘着質で、いやらしいやり方に空恐ろしさを感じて、胸を叩いて自分を鼓舞する。

 絶対に負けたくない。

 ――マフラーを使うか? いや、土壇場でできるほど練習していない。体調も悪い。エイムは定まらない。それに、いくらなんでも距離が遠すぎる。効果はたいして期待できない。

 廃屋が近づいてくる。まだ遠い。フワリを撃った二人は、一度部屋の中に隠れた。

 残り一〇メートル。

「⁉」

 突然、視界が真っ白になった。フラッシュバンだ。

 ガシャン。あえてわかるように、頭上から音がする。

 サキの左に植えられた大きな木。その上から、スコープを光らせて敵が狙っていた。

「ッ!」

 思わず舌打ちしていた。

 やはり、罠だ。作戦はバレている。カズヤの方を見てはいない。狙いは、サキだ。

 グラグラと揺れる視界で、サキは強引に両手のサブマシンガンを向けようとするが、遅かった。足が、膝から崩れ落ちそうになる。それをゲームが勘違いし、中腰になっていた。

 ズガン!

 耳慣れた射撃音が響いて、弾丸が貫いていた。

「――――」

 サキは目を見開いた。消音器サイレンサーのスナイパーから、そんな音がするはずもない。

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああ――!!」

 その銃声で自分を鼓舞し、まだ戻っていない視界のまま、部屋へと飛び込んだ。

 残り三人を、一気に倒しきった。



 心臓の音がバカみたいに聞こえる。

 自分の息遣いも、たった今撃った弾丸も、凄まじい音と衝撃も。

 全てがカズヤに、感覚として訴えていた。今のが狙撃だ、と。

 スコープで捉えた相手の身体。一気に引き絞った引き金。

『200』というヘッドショットダメージと、一撃必殺ワンシヨツト・ワンキルという表示。

 ただ不思議な高揚感だけが身体を支配している。

 自分にスコープが向けられていないことは、走って一秒で気づいた。

 自分が敵でもそうする。危険なのはサキだ。カズヤは不思議と落ち着いて、命令を無視して立ち止まり、スコープも覗かずにただ家屋を睨んだ。

 不意に何か棒のようなものが見えた気がした。木の枝に混じって見えるTANカラーの迷彩。スナイパーライフル。敵は木の上に、擬態して隠れていた。

 そこからどうやって撃ったかは、正直覚えていない。

 ただ、構え、狙い、撃った。基本に忠実に。それだけだ。

 遠くの敵を見定める、唯一、個人の目の良さに依存する『鷹の目ホークアイ』。絶望的な状況で、ピタリと定まったエイム。構えたその瞬間、既に照準は敵を捉え終わっていた――QSクイックショット

 ゲーム上長距離で行うにはあり得ない、がむしゃらな狙撃の形。外したら終わりの崖っぷちで、今日一番の照準。昨日の練習と同じ構えを、遥か離れたターゲットに行っていた。

 カズヤは呆然として、スコープから目を離して、残りを倒して出てきたサキを見た。

 真っ白の服を着た、このゲームに誘ってくれた少女がこちらを見ていた。カズヤとサキは決して互いに読み取ることのできない表情を、互いに見つめ合っていることが、なぜかわかった。

 この胸の高鳴りは、ゲームへの高揚か、あるいは。

 試合終了を告げる合図。点数は166で、一位。二位との得失点差で逆転していた。

「サキ⁉」

 カズヤの見つめる目の前で、サキはそこで静かに音もなく、地面に倒れた。


                  * * *


 千丈高校の予選はガンライフオンラインと正式契約を結んでいるため、ネットのチャンネルで無料で全国放送がされる。

 たった今校内決勝進出を決めたカズヤたちを、とある高校の部室で数人の生徒が眺めていた。

「そう、それだ。絶望的・危機的な場面で冴えわたるワンショット。流石だぜ」

 長髪を流したハンサムな青年は、満足そうにうなずいていた。興奮を抑えられないように、次の試合も見ずに立ち上がった。

「待ってたぜ、カズヤ。高校での……延長戦だ」

 座ったままの、赤い短髪の少女は画面に映るサキをいつまでも睨んでいた。

「『白銀の戦姫』……! そこは、お前の居場所じゃない」

 その言葉と瞳に、復讐の炎を灯らせて。

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